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第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語 Ⅳ

3.白百合の女王と帝国騎士インペリアルナイト




 その日、ある一人の少女が運命的な出会いを果たした。

 その日、ある一人の女戦士が生涯で唯一仕えた主と出会った。

 これは、一人の幼き少女と一人の孤独な女戦士による、出会いと忠誠の物語。










 真っ白に透き通る美しい長髪の少女が見たものは、銀色に輝く髪を風になびかせ佇む、一人の美しき褐色の女戦士の姿だった。


 少女は馬車に乗り、護衛の騎士を連れて他国へ赴いた後、帰国の途についていた。だが道中、金目の物欲しさに現れた盗賊達に襲われ、少女は命の危機に晒されたのである。

 護衛の騎士は盗賊達と戦い、必死に少女を守ろうとした。それが彼らの使命だったからだ。しかし奇襲による混乱と、戦い慣れした盗賊達の手強さに、苦戦を強いられてしまっていた。このままでは少女の身に危険が及ぶのは明白であったが、馬車は壊れ、周囲は盗賊に囲まれ、少女達の逃げ場はどこにもなかったのである。

 

 そんな中、彼女は疾風の如く現れた。

 鎧の類は一切身に纏わず、武器は右手に持っている一本の剣のみ。身も武器も一つで現れた彼女は、少女達を取り囲んでいた盗賊を瞬く間に切り伏せると、残った者達も神速の斬撃を持って、一撃で絶命させていった。

 壊れた馬車から降りていた少女は、突如加勢に入った彼女の戦いぶりに目を奪われていた。盗賊の男達をたった一人の女が、瞬きする速さで剣を振るい斬っていく。ほんの一瞬の内に、両手の指で数えきれない程の人数が、瞬く間に命を奪われたのである。こんな光景を見るのは、少女は初めてだった。

 そして同時に、これが命の奪い合いである実戦であり、人の命が失われていく光景であり、この先自分が進もうとしている道に、必ず現れるであろう避けては通れぬ道であると知った。


「大丈夫か?」


 最後の盗賊の胴体を真っ二つに斬り落とし、敵を全員屠って見せた彼女は、純白のドレスを身に纏う少女に声をかけた。

 何事もなかったように無表情な彼女は、一切の傷を負わず、相手の返り血すら浴びる事なく、呼吸一つ乱していない。人ではなく虫か何かを殺したような、恐ろしく冷静で顔色一つ変えなかった。人を瞬殺した自覚がないのかと、そう思えてしまうほどである。


「危ないところを⋯⋯⋯、助けて頂き感謝致します」


 人同士の殺し合い。それによって人が死ぬ光景。どれも少女は初めて見た。

 体が震えた。胸が痛んだ。目を背けたくもなった。だが少女は、斬られて血を流す屍が横たわるこの光景と、圧倒的な強さで人を屠った彼女から、決して目を逸らさなかった。

 体の震えを止め、胸の痛みを堪え、自分を救ってくれた女戦士へと、少女は凛として真っ直ぐ見つめ返す。命を助けて貰った事への感謝を述べ、少女は己の身分に恥じぬ振る舞いを心掛ける。


「私は、ヴァスティナ帝国女王ユリーシア・ヴァスティナです。貴女の御名前は?」


 命の恩人の事を知るために、まず少女は彼女の名を問う。

 少女が女王だと聞いても動じる事なく、得物の剣を収めた彼女は、感情の読めない無表情で名乗った。


「メシアだ」


 彼女が己の名を名乗ると、少女は目を見開いて驚いた後、我慢できずに吹き出して笑ってしまった。

 すると、流石の彼女も困惑したのか、少女が笑ってしまった理由が分からず、少し首を傾げている。どうやら笑われている理由が分かっていないと気付き、少女は理由を教えようかと考えたが、結局教えなかった。

 何故って、自分の命を救ってくれた救世主が、名前まで救世主だったなんて、そうそうある面白話ではない。少女の悪戯心が、彼女に真実を教えさせなかったのだ。


「ふふふっ⋯⋯⋯。大義でした、メシアさん」

「⋯⋯⋯⋯」


 これが、女王ユリーシアと騎士団長メシアの出会いだった。










 メシアのお陰で難を逃れたユリーシアは、彼女と護衛者達を連れ、その後無事にヴァスティナ帝国へと帰還を果たした。

 ユリーシア帰還の報と、一行が陥った危機は直ぐに城へと知らされ、彼女がヴァスティナ城へと戻ると、真っ先に現れたのは宰相のマストールだった。


「陛下!! よくぞ御無事で!」


 小柄で皺の多い白髪の老人が、城内へユリーシアが足を踏み入れるや否や、血相を変えて彼女のもとに駆け寄った。マストールが不安に震えながら、ユリーシアに怪我などがないか確認し、無事な彼女の姿に安堵の息を漏らす。

 ユリーシアの無事を確かめると、安堵の表情を浮かべていたマストールは一転し、厳格な態度で彼女の傍に付きそうメシアを見た。


「⋯⋯⋯して、これが話に聞く陛下を救った者ですな」

「⋯⋯⋯⋯」


 警戒したマストールが彼女を睨むが、メシアは一切動じた様子はなく、変わらない態度で立っている。

 袖のない外套に身を包み、外套の隙間からは衣服と、腰に差された一本の剣が覗かせる。特徴的なのは、肩まで伸びた銀髪と褐色の素肌である。女一人とはいえ、如何にも旅人といった風貌の彼女を観察すると、警戒を解かずマストールが問う。


「陛下を助けてくれたことには礼を言う。だがお主、旅人にしては随分身軽だな。何処からやって来た?」

「⋯⋯⋯ずっと北から」

「北だと? 聞けばお主、一人で盗賊共を蹴散らしたらしいな。 その強さで銀髪⋯⋯⋯⋯、いやしかしその肌の色は⋯⋯⋯⋯⋯」


 まさか、いやそんなはずはと言いたげに、顎に手を当てたマストールが一人考え込む。正体を探られようとしていても、やはりメシアは動じない。二人の間に緊張感が流れていたが、堪え切れなくなったユリーシアが、怒って間に割って入った。


「マストール! 彼女は私の命の恩人なのですよ。そのような態度は失礼です」

「ですが陛下、もしかすればこの者はアビ―――――」

「これ以上の無礼も言い訳も許しません! 口煩いマストールなんか嫌いです」

「!?」


 頬を膨らませユリーシアがプイっと顔を背けると、驚愕のあまり腰を抜かしたマストールがその場に尻もちを搗く。

 この世の終わりのような顔をしたマストールに構わず、ユリーシアはメシアの手を引いて彼のもとを離れていく。ユリーシアの護衛達や、城内の文官や兵達が困惑する中、ユリーシアに手を引かれて連れて行かれるメシアが、流石に不憫に思ってか彼女に問う。


「あの老人はあのままでいいのか? 今にも召されそうだが」

「いいんです。これくらい言わないとずっと捕まっちゃいますから」

「⋯⋯⋯⋯それは困るな」


 ならば仕方ないと思ってか、その後メシアはマストールに一切同情を抱かず、小さく華奢な身体と手で自分を引っ張る少女に、逆らわずその身を任せていった。










 南ローミリアを治めるその中心的国家、ヴァスティナ帝国。

 皇帝もいなければ皇子もいない。皇女もいなければ他に皇家の血筋は誰もいない、帝国とは名ばかりの小国。北方からこの地へ、流れるままに旅をしてきたメシアは、ある一人の少女を助けた事で、予想もしていなかった状況にその身を置いていた。


「ミルクと砂糖はいかがですか?」

「いや」


 ヴァスティナ城内の庭園。その庭園のお茶会用の席に座るメシアは、慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐユリーシアの様子を眺め、彼女からカップを受け取った。

 受け取ったカップに口を付け、注がれた紅茶に一口。温かく甘い舌触りと、優しく鼻を抜けていく茶の香りに、無表情だったメシアの顔も少し和らいだ。


「美味い⋯⋯⋯⋯、これが茶か⋯⋯⋯⋯⋯」

「えっ? まさかメシアさん、お茶を飲むのは初めてだったんですか?」

「ああ。いつも飲むのは水か、道中で仕留めた獲物の血だ」

「へっ、へぇー⋯⋯⋯⋯。流石は旅人様ですね⋯⋯⋯⋯⋯」


 一人旅をしてきたメシアの生活は、主に野宿が多かった。手持ちの食料や水が無くなれば、当然現地調達で何とかするしかなく、食料調達は主に採集か狩りである。狩りで仕留めた獲物の生き血も、旅人にとっては貴重な栄養源であるため、彼女もまた当たり前のように飲んでいた。

 そんな、旅人の驚くべき行為を聞き、少し引き気味のユリーシアであったが、メシアの話に興味を抱いて瞳を輝かせる。眩い宝石のような金色の瞳が、紅茶の味に感動しているメシアを映し出す。


「ほんのお礼のためのお茶のお誘いでしたが、もし宜しければ旅の道中のお話をもっと聞かせて頂けませんか? 生まれてから一度も、私はこの南ローミリアから外に出たことがありません。だから、この世界のことを沢山知りたいんです」

「⋯⋯⋯⋯」


 ユリーシア・ヴァスティナ。

 メシアの瞳に映る彼女の姿は、まだ幼い一人の少女だ。しかし彼女こそ、かつて南ローミリアに君臨した大国ヴァスティナ帝国王族の血を引く、唯一の支配者なのである。

 そのか弱く華奢な体で、一国を治める支配者としての重責を背負い、女王として一人戦っている。一体何故、そのような重責を彼女一人が背負わなくてはならなくなったのか、幼い彼女一人が苦しまねばならなくなったのか、メシアはまだ知らない。

 理由は分からないが、一つだけメシアには分かった事がある。硝子細工のように脆く砕け散りそうな少女が秘める、支配者の威厳と心の強さを⋯⋯⋯⋯。

 

「私の前で笑うな」

「⋯⋯⋯!?」


 メシアのお陰で難を逃れてから、ここに至るまで、ユリーシアはずっと微笑みを浮かべ続けていた。優しく、そして温かな微笑が、彼女を慕う大勢の不安を消し去った。

 何も心配はいらない。自分は大丈夫なのだと振る舞うために、人前では常に優しく微笑み続ける。例え命の危機に直面した後でも、それは変わらなかった。これこそ、ユリーシアの強さの証明である。

 だからこそメシアは、ユリーシア被る女王としての仮面を剥がそうとした。今ここには、離れたところで二人を見守っている護衛や文官以外、傍には誰もいない。こんなところでまで無理をするなと、不器用な彼女は言いたかったのである。


「どうしてこの国を、お前一人で守らなくてはならない」

「⋯⋯⋯⋯王も王妃も、私を残してこの世を去りました。一人娘の私だけが、残された最後の王族だったからです」


 微笑みを失ったユリーシアの顔に、暗い影を落とす。思い出すのも辛い記憶が、俯く彼女を苦しめて続けて離さない。

 

「そうか。一人ぼっちなのは私と同じか」

「えっ⋯⋯⋯、メシアさんも?」

「私の親も死んでいる。弟もいたが、それももういない」

「弟⋯⋯⋯⋯」


 親を亡くし、弟も亡くし、肉親を全て失ってメシアは故郷を離れた。今日まで、そんな自分の身の上を誰かに語った事は、一度もない。

 ただ何故か、この少女の前では話してしまった。自分と彼女が、偶然同じだったからというだけが理由ではない。不思議と彼女の前では、話してしまいたくなったのだ。

 自分の事を話して、自分自身の行為に驚くメシアが、同じように驚いているユリーシアを見た。目を見開いて驚いているメシアの姿を見たユリーシアは、思わず吹き出して笑ってしまった。


「⋯⋯⋯⋯何故笑う?」

「ふふっ⋯⋯⋯。だってメシアさん、びっくりした子犬みたいな顔してるから可笑しくって」

「子犬、だと⋯⋯⋯⋯?」


 心外だと言わんばかりに眉を寄せるメシア。それを見て、またもユリーシアが笑う。

 天使の様に微笑んだ眩しい少女。気が付けばメシアは、自分に温もりと驚きを与えるユリーシアという存在に、ゆっくりと引き込まれていた。

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