第四話 リクトビア・フローレンス Ⅵ
今日は終わり、次の日を迎えた。
今は深夜で、多くの者が寝静まり、それは城でも城下でも同じである。起きているのは、警備のために巡回している兵士位である。
城で兵士が巡回しているのは、闇夜に紛れて現れるかも知れない、危険な存在を警戒してのことである。深夜であるため、もしも闇に紛れて侵入者が現れれば、見つけ出すのは難しい。闇は侵入者の味方だ。
そのため、城の中の通路などには、火を灯した松明や、蝋燭を設置できる箇所があり、明かりを絶やさないようにしている。夜目に慣れることが出来なくなるが、侵入者を警戒するなら、この方が確実だ。
怪しい動きをする者がいれば、火の灯りに照らし出される。警備の兵士たちの考えでは、警戒は万全であった。
外からの侵入者が相手であれば、これでいいのかも知れない。では、内部からの侵入者が相手の場合は、どう対処するのだろうか?
城の中を、兵士たちに警戒されず歩きまわれる者がいる。その者は真っ直ぐに、とある部屋を目指していた。
その者は、何の苦労もなく、目的の部屋に辿り着いたのであった・・・・・・。
寝室の扉を静かに開き、中を確認すると、一つの大きなベッドの上に、一人の男が眠っていた。
余程疲れていたのか、眠っている男は寝間着に着替えもせず、今日一日過ごしていた服装のまま、仰向けに寝ている。
広い作りのこの部屋には、大きなベッドの他に、いくつかの家具と、景色がよく見える大きな窓もあり、眠っている男の、高い身分を表しているようだ。
扉を慎重かつ静かに開いた時の様に、足音を立てず、眠る男に静かに近付く。ベッドの傍まで来ると、男の寝顔を見ることができ、寝息まで聞こえてきた。見たところ、ぐっすり眠っているようで、仕事で疲れていることがわかる。
これならば気付かれることなく、目的を達成することが出来るだろう。
ベッドの上に乗り、男の体に近付いていく。近付きながら、昼の間に入手しておいた短剣を、ゆっくりと鞘より抜き放つ。短剣を男の喉元へ、少しずつ近付けていき、男の顔を覗き込む。
お互いの顔の距離は、呼吸が聞き取れる程近い。
「そのまま眠っててね」
小さく呟いた。
この状況で言葉を発するなど、愚の骨頂である。だが、わかっていても言わずにはいられなかった。
その理由は、こんなことをしたくないという表われだ。躊躇いの心が、そうさせてしまう。
短剣を持つ手が、小さく震える。だが、やらなければならない。それが彼の仕事なのだから・・・・・・。
「殺さないのか?」
眠 っていたと思っていた男の口が開き、言葉が発せられた。男の両目は見開かれ、顔を見られる。
見られたくなかった。そのまま眠っていて欲しかった。どうして、彼は自分を真っ直ぐ見ているのだろう。見られたくはなかったというのに・・・・・・。
「起きてたんだね・・・・・・、リック君」
眠っていたはずの男。ヴァスティナ帝国軍参謀長リックは、自分が今、殺されようとしているのを、理解している。しかし彼は、喉元に刃が向けられていても、全く動じない。
短剣など見えていないのか、殺しに来た相手の目を、じっと見ていた。その相手しか、今の彼は興味がないのだ。
「待ってたぞ、イヴ」
短剣を向ける、リックの命を奪おうとする者。
それは、飛び道具を使いこなす、女の子のような男の子、イヴ・ベルトーチカであった。
「いつから、僕が怪しいって思ったの?」
「俺とレイナが奴隷を解放して、あの子を専属メイドにするって言った時、お前驚かなかったよな。それと、お前に銃をあげた時、俺がシャランドラに参謀長命令だって言っただろ」
「それが?」
「俺はあの時まで、自分のことを話していなかった。俺のことを何も知らない人間は、俺がああ言うと、必ず言ってしまう言葉があるんだ。お前は何者なんだってな」
「・・・・・・・・」
「お前がその言葉を言わなかったのは、最初から俺の正体を知っていたからだろ?」
そう、イヴはリックの正体を、初めから知っていた。知っていて近付いたのだ。
チャルコの街で見かけ、絶好の獲物だと思い近付き、彼に接触した。
「参ったよ。でも、それだけじゃ断定出来なかったはずだよね?僕がそう言わなかったのは、偶然かも知れなかったんだし」
「確かに確証はなかった。お前が城の中を探検してるって話を、聞くまではな」
この城に来てイヴがしていたことは、新兵器実験場での射撃練習と、城の探索であった。
その理由は簡単で、城の構造を把握し、自分の仕事に活かそうとしたのである。リックの命を奪うのに最適な場所や、逃走経路の確認などをしていた。こそこそしては怪しまれると思い、寧ろ堂々と歩きまわって、情報を集めたのだ。
城の兵士やメイドとも会話し、自分から目立ちに行って、城の中を探検しているだけだと思わせる。本来の目的を隠すための、カモフラージュであったのだ。
しかしリックは、城の探検は目的達成のための下準備だと、すぐに見抜いた。元々、イヴのことを怪しいと睨んでいたため、そうではないのかと、気が付くことが出来たのだ。
「結局・・・・・・、レイナちゃんたちと同じように、僕を疑ってたんだね」
「ああ。初めからな」
「酷いよ」
「悪いな、俺はこういう男なんだよ。リリカも言ってたろ、下衆だってな」
真剣だった二人の表情は、その言葉で笑みに変わった。命を狙う者と、狙われる者の関係であるというのに、まるで緊張感がない。
「お前がどんな組織の人間なのかは知らない。大方、とある国の諜報員といったところか」
「うん、末端の下っ端だけどね。だから大手柄を挙げて出世しようと思ったの」
「じゃあ、国や組織の情報は、あんまり持ってなさそうだな」
「残念でした♪僕たちみたいな雇われた下っ端は、上からの指示で、他の国に潜り込んで情報収集するのが仕事なの。僕はチャルコ担当だったんだよ」
イヴは一か月程前に、小国チャルコの調査を命令され、あの国に潜り込んでいた。あの国に特に変化があったわけではないが、どんな国であろうとも、調査を欠かさない組織であるため、諜報員としてイヴを放ったのである。
命令を伝えるため、イヴに接触してきたのは、諜報員の女であった。顔を見たわけではなく、背後を取られての会話だったが、声で女だということはわかった。その時の会話で、ヴァスティナ帝国軍の新参謀長の話を聞いた。
各地でそれらしき人物が何度か目撃されており、もし発見した場合は、詳しく調査せよとの命令も受けたのである。
人相を聞き、その男について、現状わかっている情報を聞いたイヴも、まさかチャルコで遭遇するとは思っても見なかった。まったくの偶然である。
聞いていた話といくつか一致し、恐らくこの男こそ、帝国の参謀長だと思い近付いた。
そして、現在に至る。
「情報収集が目的なら、俺の殺害は仕事の範疇じゃないだろ。欲張り過ぎじゃないのか?」
「まあね♪でもさ、僕みたいな下っ端には大きな成果が必要でさ。帝国参謀長は新兵器開発を進めてるって情報だけよりも、リック君の命を奪う方が成果になるんだよね」
「独断専行か。だったら、何でその銃を使わない?」
短剣を持つイヴの背中には、リックに貰って使い続けている、狙撃銃があった。スリングと呼ばれる紐が取り付けられているため、背中に担ぐことが出来るようになっている。
今では、イヴと銃は一心同体で、お互いが離れている時は、ほとんどない。
銃は完璧に整備されている。腰に差している拳銃もだ。実験場で練習した後、銃を壊さないために整備を済ませて、ここまで装備してきた。
イヴの銃の腕であれば、何百メートルも先からの狙撃で、リックの命など簡単に奪えるだろう。今のように、直接殺しに来る必要はない。スコープを覗いて頭を狙い、引き金を引けば、それで終わりなのだ。
それが出来るにも関わらず、イヴはその手段を講じなかった。
「こっちの方が確実だからね」
「嘘つくなよ。短剣よりも銃の方が得意だろ?」
「・・・・いじわる」
「とは言っても、お前が銃を使おうが短剣を使おうが、殺されつもりはないけどな」
「何で?」
「女王陛下との約束があるんだ。それを果たすまでは死ねない」
「いいじゃんそんな約束、殺させてよ♪♪」
「嫌だよ、可愛く言っても駄目だ」
リックを殺すのに躊躇いがある。その躊躇いが、イヴにとって確実な方法である、銃を使わせないのだ。
殺さなければならないのに、殺すことが出来ない。この短剣は、迷いの証明だ。
「・・・・・そろそろだな」
「えっ?」
「実はさっきまで、レイナがここにいたんだ。俺を一晩中警護するって聞かなくてな。もしかしたら、今夜あたりにイヴが俺を殺しに来ると思って、レイナには用事を頼んで出て行って貰っててさ」
「それって・・・・・」
「水を取りに行かせたんだけど、そろそろ戻って-------」
「リック様、水をお持ち・・・・・・なっ!?」
扉が開かれ、部屋へと入室したのは、水入りの瓶を持つレイナである。
水を取りに行き、部屋に入ってみれば、目の前で守護する対象が、短剣をつき付けられていた。驚きすぐさま瓶を捨て、十文字の槍を構えて、イヴへと襲いかかる。驚いたのはイヴも同じで、瞬時に拳銃を腰より抜き放って、発砲して応戦した。突撃してくるレイナへと銃撃するも、反応速度の速い彼女は、それを簡単に回避してしまう。
この距離で、避けられることはないと考えたイヴだが、引き金を引く前に、回避運動を取られてはどうしようもない。弾丸が当てられなければ、近接戦闘でイヴに勝ち目はない。
「もらった!」
「くっ!!」
勝ち目がないのを悟ったイヴは、牽制射撃をしてレイナの動きを止めると、部屋の窓を体当たりでぶち破り、外へと逃げる。ここは三階建て程の高さがあるのだが、下には中庭があり、木や草が植えられていた。下にある草木をクッションにして、何とか衝撃を和らげ、逃走を再開するイヴ。
しかし彼はミスを犯した。銃を発砲したことにより、その音で、城中の兵士が動き出したのだ。
「リック様、お怪我は!?」
「ない。それよりも・・・・・」
破られた窓から外を見て、イヴの無事を確かめる。特に怪我はないらしく、逃げようとして、城の中を駆けていくのが見えた。
「レイナ、全兵士に通達だ。イヴを殺さずに捕えろ、これは参謀長命令だ」
「ですがリック様、あの者は-------」
「頼む」
「・・・・・・・わかりました、全兵士に通達して参ります」
一礼して部屋を出ていくレイナ。
彼女が出て行った後、部屋に残されたリックは、腰に拳銃用のホルスターを取り付け、銃を用意する。銃はリボルバーで、装弾数は六発だ。
「忙しくなるな・・・・・・」
城中が、突然の銃声により動き出す。銃声により、異変を察した兵士たちは、現れた襲撃者に対して、戦闘を開始した。
「いたぞ!あそこだ!」
襲撃者であるイヴを見つけ、追いかける巡回の兵士たち。
拳銃で牽制射撃を繰り返しながら、何とか逃げまわるイヴは、頭に覚えた城の構造を頼りに、脱出を図ろうとしていた。
兵士たちを撒くために、予め、シャランドラの工場から盗み出した、試作スモークグレネードを懐から取り出す。
これは、殺傷を目的としない手榴弾で、安全ピンを抜くと数秒の後、周りに煙を撒き散らす。
ピンを抜いて、兵士たちへと投げつける。兵士たちの視界に煙が広がり、兵が混乱している内に、イヴはその場から逃げ出した。
スモークグレネード以外にも、様々な場所から、使えそうな物を集めていたイヴ。全ては、いざという時のための、備えであった。備えあれば患いなしである。
「逃がすかよ、奔れ雷光!!」
「えっ!?」
逃げるイヴの目の前に、突然電撃が奔った。驚いて足を止め、急いで狙撃銃を構える。
イヴの前に現れた敵は、雷属性の魔法を操る剣士、クリスティアーノ・レッドフォードであった。
銃声を聞き、この異常事態にいち早く動いたクリスは、襲撃者を倒すために、この場へ現れた。異常の原因が、イヴだろうと思っていた彼は、この時を待っていたのである。
彼が尻尾を出すその時を、ずっと堪えて待っていた。
「正体現しやがったな女装男子。死にたくなきゃ大人しくしろ」
「やだよ、君の言うことは聞けない。死にたくないなら僕を見逃してよ」
「調子にのるなっ!!」
イヴへと斬りかかるため、接近したクリスに対して、近距離ではあるが狙撃銃を発砲する。音速か、それに近い速度で放たれた弾丸だが、それを恐れず、正面から受けにいくクリス。
弾丸はクリスを貫くかに見えたが、直撃する前に、彼は剣の鞘を使って弾を防いだ。
「嘘でしょ!?」
「くらいな!」
接近したクリスは剣を振るう。剣がイヴを斬り裂こうとした瞬間、右手に銃を持ったまま、左手でナイフを取り出し斬撃を防ぐイヴ。
もしも、今の斬撃を防ぐことが出来なければ、間違いなく斬り殺されていた。
「いい反応しやがるぜ」
クリスの力は、帝国軍内でも最強の部類である。先程イヴが戦ったレイナと互角であり、近接戦闘においては、イヴに勝ち目は当然ない。せめて中距離戦であれば、銃を使いこなせる分、イヴにも勝機がある。
だが、勝機が無いと言っても、この場から逃げるためには、戦うしかない。とは言え、今の攻撃は防ぐことが出来たが、次も防げる自信はない。
次は間違いなく殺される。
「イヴを殺すな破廉恥剣士!リック様の命令だ!!」
「はあ!?」
リックの寝室から、命令を受けてイヴを追いかけたレイナが、ようやく現れた。
彼女の言葉に、一瞬気が逸れたクリスの隙をついて、銃から手を離し、懐から手榴弾を取り出す。安全ピンを歯で噛んで抜き、下へと落とした。
手榴弾の威力を知っているクリスは、舌打ちして、急ぎ距離を取る。炸裂系の手榴弾であれば、そのままイヴと心中してしまうからだ。
しかしイヴが落としたのは、一種の炸裂手榴弾ではない。
「くそったれ!」
手榴弾が弾けると同時に、周りが突然閃光に包まれる。クリスの雷魔法ではない。目がおかしくなりそうな光に、思わず目を瞑るレイナとクリス。
これも試作された武器であり、所謂閃光手榴弾と呼ばれるものである。爆発とともに強烈な光を放ち、敵の目を眩ませるものだ。またの名をフラッシュグレネードとも言うが、この閃光手榴弾も、殺傷を目的としたものではない。
リックがシャランドラに提案し、工場で試作させていたものであった。殺傷してはならない目標がある時、このような武器が必要になると考えたリックが作らせ、最近になって、試作品が完成したのである。
スモークグレネードもフラッシュグレネードも、試作品を奪取したものだ。使い方は、シャランドラとの何気ない会話で、前以って聞き出していた。
奪取した試作品ではあったが、その性能の高さは、今証明された通りだ。
「ちっ、逃がしたか」
閃光の隙をついて、二人の前からイヴは姿を消していた。手放したはずの銃も、ちゃんと回収されており、残ったのは手榴弾の残骸と、空薬莢のみだ。
「てめぇが余計なこと言うから逃がしちまっただろ!」
「あのままでは奴を殺すところだった。リック様の命令に背く気か」
「何であの裏切り者を殺さねぇんだ!ああちくしょう、いつもの悪い癖かよ!!」
頭を抱えるクリスに、今回ばかりは同意したいレイナである。彼は敵だったのだから。
殺さずに捕えようとすれば、こちらに無駄な被害が出る可能性がある。殺すのと捕えるのは、難しさがまったく違うのだ。
しかも、イヴは銃を使いこなし、レイナとクリスの攻撃を躱すほどの実力者だ。無理に捕えにいくのは危険である。並みの兵士では、返り討ちにされてしまう。
今のところ、人的被害は奇跡的に無く、怪我人もいないが、実力がある者以外は、イヴに仕掛けない方が良いだろう。
「しかし妙だな」
「ああ。野郎、手加減してやがる」
射撃は牽制のみ。手榴弾は非殺傷の種類を使っている。死人が出ないのは当然だ。
二人が疑問に思っているのは、何故彼が、誰も殺さないように戦っているのかであった。




