第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語 Ⅲ
2.推しとフェチと秘密集会
帝国国防軍。帝国騎士団。帝国メイド部隊フラワー部隊。帝国国防軍親衛隊。
南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国には、主に軍事に関わる様々な組織が存在している。帝国国防陸軍、帝国国防空軍、技術開発本部や参謀本部など、細かく見ていくだけでも一苦労だ。勿論、軍事面以外でも数多くの組織や部署があって、ヴァスティナという一つの国は帝国女王のもと治められている。
だがしかし、国を動かす重要な組織とは別に、帝国内には国家の運用とは全く関係ないが、とても重要で重大な組織が裏でいくつも存在していた。
それらの組織は、定期的に深夜のヴァスティナ帝国城内の食堂に集まって、上の者達には知られぬよう秘密裏の集会を行なっているのである。その集会は通称「推しへの愛を語る会」、略して「推し会」と呼ばれていた。
「これより、第八十九回推し会定例会議を始める。まずはいつも通りファンクラブから報告を」
集会のために並べられたテーブルと、夜の食堂内を照らす蝋燭の炎。その席に付く司会進行役が話を進めるべく、報告を求めた相手は司会の正面の席に座っている。
報告を行なう者はファンクラブの代表であり、代表の傍には御付きの同志が二人立っていた。
「では、我らレイナちゃんファンクラブから活動報告をさせて頂きます。我々ファンクラブ会員はレイナ・ミカヅキを生涯に渡って推す事をモットーに、今日まで影ながら推しを見守っております。その姿勢は揺ぎないものであり、志を同じくする同志も着実に増えているのです」
この者達が所属する組織こそ、今まで闇に包まれていた裏組織「レイナちゃんファンクラブ」である。
帝国内では最古参の推し組織であり、その構成員の数は全組織の中でも最大規模を誇る。何より、帝国国防軍の最高司令官の右腕であり、帝国の軍神にして炎槍の二つ名を持ち、今やアイドル的人気をも集めるレイナ・ミカヅキを愛して推す組織であるため、とにかく会員が増え続け、気が付けば最大勢力となっていたのだ。
「我々の活動は主に推しを観察し、隠れて見守り愛でることを主としておりますが、先の戦争時に放送されたヴァスティナ放送局で、我らが推しの非常に重要な情報が公開されたことで、本日この場で御報告できるだけのお話しを準備―――――」
「待った!! 重要な情報を得たのはお前達だけではない!」
報告を途中で遮ったのは、ファンクラブの者達の席から離れている、別の勢力の者達であった。その者達も代表者一人と御付きの同志二名で参加していて、ファンクラブに負けじと声を上げたのだ。
「我が親衛隊は、我々の小悪魔アイドルたるイヴたんがシャランドラ殿と一緒に寝ているという情報を掴みました!」
「なっ、なんと! それは本当なのか!?」
最大勢力レイナちゃんファンクラブに次ぐ裏組織。その名は「イヴ・ベルトーチカ親衛隊」である。
性別を超越したと言っても過言ではない男の娘イヴの魅力に気付き、その可愛さに脳を刺激され支配されてしまった者達が、本人に無断で秘密裏に組織した親衛隊。その規模はファンクラブに届かなくとも、日に日に構成員を増やして規模を拡大している。
「我々がシャランドラ殿を泥酔させて得た情報によれば、シャランドラ殿はイヴたんとお部屋でお泊り会をするほどの仲であるらしく、同じベッドで寝ることはしょっちゅうだそうです。我々がその尊き光景を拝むことは叶いませんが、親衛隊一同は添い寝するイヴたんの尊さを日々妄想し、イヴたんへの愛をより深め――――」
「ふん! 尊さならば我が方に勝るものなし!!」
親衛隊に遅れをとりまいと、同じように声を上げる者達がいる。やはり代表者一名と御付きが二人立ち、力強い声を上げて対抗を始めた。
「おっ、お前達は! 番犬愛好機関!!」
「我が方が推し続けるヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ親衛隊長は、存在そのものがこの世で最も尊きものであることは既に承知の事実である」
「いや、知らんけど」
「しかしここ最近、アイゼンリーゼ隊長はあのレイナ・ミカヅキと関係を深め、ついには先日街で二人きりでいる姿が目撃されているのです! アイゼンリーゼ隊長に無理やり買い物に付き合わされただけだとミカヅキ隊長は否定しているが、これをデートと呼ばずして何と呼ぶ!?」
番犬こと、帝国国防軍親衛隊隊長ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼを推す組織、「番犬愛好機関」。最近出来上がったこの組織は、帝国に来てから変わったヴィヴィアンヌの様子を目にし、彼女の美少女さや可愛さに気が付いた同志達が、本人にバレたら殺されると分かっていながらも我慢できずに結成した組織である。
「ちょっと待て!? お前らが推してるのはアイゼンリーゼ隊長であって百合ではないだろ!」
「確かにそうではあるが、皆分かっていないのだ! いつも厳しい眼付と態度で親衛隊の引き締めを行なうあの隊長が、ミカヅキ隊長を見つけた途端嬉しそうに口元を緩めて雰囲気を変える、あの尊さが分かるか!!」
「我らファンクラブからすれば、アイゼンリーゼ隊長のお陰で恥じらうミカヅキ隊長が見れて大満足である!」
「利害の一致を得た我が機関は、既にファンクラブとの同盟を締結しているのだ! 分かったか司会!」
分かったかと言われても、同盟を組んだというのであれば、つまりはそういう事なのだろうと思うしかない。無駄に熱く面倒くさいクラブと機関は置いておき、司会は次なる組織に発言を促そうとした。
「では次、帝国王子護衛隊から報告を」
「はい。お任せを」
名を呼ばれた者達は、代表が女性兵士、御付きはメイドと女性の文官であった。それぞれ職が違う三人の女性が共通している推しというのは、帝国を代表するかっこいい女性達である。
「私達にとっての憧れの王子様こと、国防軍第一戦闘団指揮官セリーヌ・アングハルト様にお姫様抱っこされたいと願う毎日の中。ここにいる女文官が先日、なんと偶然アングハルト様に抱かれた件を御報告させて頂きます」
「ほう⋯⋯⋯」
「話によると、彼女が本の束を運んで城内を歩いていたところ、重さで転びそうになり、その場に居合わせたアングハルト様に支えて貰い、危うく転ばずに済んだそうです。アングハルト様に抱かれ、あの顔と声と息遣いを目と鼻の先の距離で体感し、あまりのかっこよさに、その後彼女は鼻血を噴き出し気絶してしまったそうですが⋯⋯⋯⋯」
「それは何とも、君達からすれば涎が止まらない報告だな⋯⋯⋯⋯」
「まったくその通りです。護衛隊一同、彼女が羨ましくて羨ましくて⋯⋯⋯⋯⋯!」
女文官が申し訳なさそうに顔を逸らす中、後の二人は拳を握り締めて悔しがっていた。
彼女達「帝国王子護衛隊」は、言わばアイドルの追っかけのようなものである。追っかける相手は主に、帝国内で特に女性陣から絶大な人気を誇り、本人の知らぬ間に王子様とまで呼ばれている、帝国国防軍の女性兵士アングハルトだ。
帝国内では知らぬ者はいない、アングハルトの「ラブレター事件」をきっかけに女性陣の人気を集め、男主体の軍隊の中で、男顔負けの活躍をし続け、遂には国防軍主力戦力の指揮官にまで任命された。そんな彼女に女性達の羨望の眼差しが集まるのは当然で、彼女に憧れて入隊を希望する女性も未だ多い。
「アングハルト様の件もそうですが、つい最近、私達護衛隊が特に注意を向けているのは、フラワー部隊の王子様と呼び声高きあのスズラン様です。御承知の通り、スズラン様の王子様度はアングハルト様に匹敵するもので、女性の前で紳士的かつ凛として優雅な御姿はまさに―――――」
「お待ちになって! 帝国で王子様と言ったらあの方々に決まっていますわ!」
またまた話を遮った声は、またも女性陣の集まりだった。彼女達も役職違いの三人で、代表を務めているのは女文官である。
護衛隊とその者達とでは、自分達が王子と定める存在に決定的な違いがあった。それは性別の違いである。
「帝国に暮らす全ての女性の憧れと言えば、クリスティアーノ・レッドフォード様こそ頂点! それに勝るとも劣らぬエミリオ・メンフィス様も語らずして何としますか!」
アングハルトやスズランを推す帝国王子護衛隊とは対照的な、このイケメン追っかけ組織の名は「美男組」という。語られた通り彼女達が推すのは、帝国内でも女性陣から大人気を誇っている、国防軍イケメン代表のクリスやエミリオである。
「あの美しさ! あの気品! 理想の美形と言っても過言ではないでしょう! ちなみに私はクリス様派なので、もう毎晩のようにクリス様で妄想してベッドで果てます!」
「確かにレッドフォード隊長は、口の悪ささえなければ美形男子だからな⋯⋯⋯⋯」
「何を言うのですか司会!! その口の悪さがまた良いんじゃありませんか! ねぇ、同じ組員である貴女達もそう思いますわよね!?」
「同意を求められても困ります。私はリック様派なので」
「あっ、私は眼鏡男子好きなのでエミリオ様派です」
「なっ、なんですって!?」
美男組の女性陣三人がそれぞれ違う推しであったために、会議の場で迷惑な対立を発生させてしまった。しかし驚くべきはそこではなく、あのリックにすら推しが付いているという事実だろう。
「めっ、眼鏡好きと聞いては黙っておれませんぞ!」
「!?」
眼鏡という単語に反応して声を上げたのは、美男組とはまた別の組織である。今度は全員男で、眼鏡をかけて白衣を着ていた。そしてやはり、三人の内の代表の一人が更に言葉を続ける。
「眼鏡と言えばそれ即ち、シャランドラ技術開発部主任こそ理想の眼鏡っ子ですぞ! 眼鏡属性を好きならばまず主任を語るべし!」
「愛好家団体は、相変わらず眼鏡の事になるとうるさいな⋯⋯⋯⋯」
眼鏡属性を愛する彼らこそ、「眼鏡っ子愛好家団体」という名の眼鏡属性女子推しの組織である。
帝国内で眼鏡女子と言えばシャランドラであり、その次にメイド部隊のデンファレがいるが、愛好家団体の多くが技術開発部の面々であるためか、彼らの多くはシャランドラ推しだという。兎に角彼らは眼鏡の事には人一倍うるさく、眼鏡属性を愛するあまり、全員眼鏡をかけている程だ。
「お待ちになって! 今語るべきはシャランドラ様ではありませんわ!」
「そっ、その声は! 発酵の乙女の会!」
もう何度目になるか、またしても声を上げた者達がいる。今度はメイドが三人組で、代表の女は何やら一冊の小説を大事そうに抱えている。まるで聖書を説く宣教師の如く、代表のメイドは意気揚々に勝手に語り始めた。
「リック様、クリス様、エミリオ様の名前が出た以上、私達が黙っていられるわけがありません! 私達、発酵の乙女の会はリック様総受け展開を日夜夢見続け、本日も教えを説かせて頂きます!」
彼女達「発酵の乙女の会」とは、つまり腐女子が立ち上げた組織である。口にした通り、彼女達は帝国内で起こる薔薇展開を生きがいとしており、特に今名を出した三人を徹底的にマークしているのだ。
因みに、この組織の立ち上げのきっかけは、メイド部隊のラフレシアの布教が原因らしい。
「黙ってろ腐れ女共! 薔薇より百合の方が尊いんだよ!」
「そっ、その下品で全腐女子を敵にまわすその声は! 百合尊死連隊!」
薔薇推しがいるなら、当然百合推しもいる。
乙女の会に対抗して喧嘩を売り始めたのは、国防軍の男兵士達三人であった。彼ら「百合尊死連隊」はその名の通り、女同士の恋愛を愛する男達だ。
「ヴィヴィレイに尊死! イヴシャラにも尊死! ラフリンにすらも尊死! 女の子は女の子と結ばれる事こそが正しい摂理なのだと何故分からない!!」
「それなら! 男と男が結ばれることもまた性の摂理ですわ! 今回持ってきた私達の教本、ラベンダ・ヒッキー先生の最新三十四巻にもそう書かれていますもの!!」
「何言ってやがる、男同士なんぞ気色悪いだろうが! 第一、薔薇と百合なら百合の方が需要あるぞ!」
「腐女子を舐めないでもらえるかしら! けちな貴方達より私達の方が推しへの金払いはよくってよ! そんな事より、さっきのカップリングに百合じゃないの混じってるじゃありませんの!?」
「可愛けりゃ性別なんて関係ない! イヴシャラは性別を超越した百合なんだ!!」
白熱する「発酵の乙女の会」対「百合尊死連隊」による、薔薇と百合の永遠の激突。この二つの勢力は毎度戦いを繰り広げ、激戦のあまり定例会議をぶち壊すこともある。
全く迷惑な対立だが、彼らの主張が他の勢力にも火を付けてしまい、会議は収拾がつかなくなっていく。
「イヴシャラを勝手に百合で片付けるなど言語道断! イヴたんを語る場合は我ら親衛隊に許可を取って貰おうか尊死連隊!」
「許可なんぞ知るか!! お前ら推しが指揮官の狙撃部隊員だからって調子乗るなよ!」
「それには連隊に同意ですわ! ファンクラブも愛好機関も指揮官が推しとか羨ましすぎです!」
「ファンクラブが全員烈火騎士団所属じゃないぞ! その証拠にアイゼンリーゼ隊長はうちの会員だからな!」
「異議あり!! 何故隊長はそっちの会員なのだ! だったらミカヅキ隊長は我が機関に入るべきである!」
「ファンクラブ会員としては、親衛隊の意見に反対である!」
「貴様らああああああああっ!!」
「えー、我が熟女連合としましては―――――」
「護衛隊はまだまだ語り足りません!!」
「それは美男組も一緒です! 乙女の会と連隊のせいでいつも邪魔される!」
「あっ、愛好家団体にも発言権を!」
「ロリと貧乳は希少価値だ!! 俺達ロリコンの団にこそ発言権を!」
「王道は巨乳!! ロリコンの団なんぞではなく我ら巨乳騎士団にこそ発言権を!」
「静粛に!! 静粛に!!! お前らどうしてそう毎度毎度白熱しなきゃ気が済まないんだ!?」
司会進行役が声を荒げ、どうにか皆を大人しくさせる事に成功し、会議の場に静寂を取り戻す。誰にも見つからない様に深夜にやっているというのに、騒げば寝ている者達を起こしてバレてしまう。こういった組織の暴走を止め、秘密会議を守るのもまた、面倒な事に司会の仕事なのだ。
「まったくこれだから、定例会議の司会進行は嫌なんだよな⋯⋯⋯。好きなもので喧嘩し合ったって不毛なだけなのに」
司会進行役は、いつもいつも起こってしまう喧嘩に耐えてきたが、今回その我慢が限界を迎えた。司会は皆の喧嘩を不毛だと言って見せ、疲れたように深く息を吐く。周りの怒りの視線が彼に集まるが、言ってしまったのだからとことん言ってやろうと、司会は決意して言葉を続けた。
「みんなさ、好きなものって人それぞれだろ? みんなの大好きな推しだってさ、人によってばらばらなんだよ。好みが違うことなんて人同士でよくある話だ。だからって自分の好きが一番だと思って、相手にそれを押し付けたり、相手の好きを否定するのは間違ってる。俺達はみんな、他人の好きを尊重するべきなんだ。違うか?」
司会の言葉は、どこまでも正しく当たり前の事だった。
こうまで言われてしまっては喧嘩を続ける事も出来ず、皆一様に気持ちを静めて反省する。大切な事は尊重だと教えられ、皆が心の中で反省しながら、司会進行役の彼を感心した目で見つめていた。
「今回は司会に教えられた。やるなホブス」
「何か、説教の仕方がどことなく将軍閣下に似てたよな」
「流石、リック様の傍に置かれてるだけありますわね」
「おいこら! この場では互いの正体は明かさない決まりだろ! ってかさっき、普通にばらし合ってる奴らいたよな!?」
因みに、この秘密会議の司会に彼が任命されたのは、推しがいない中立の立場だからである。勿論、任命された本人は最初拒否したが、相手が相手であったため断れなかったのである。
彼を進行役に任命したのは、各組織とこの定例会議を支配する、ヴァスティナ帝国の裏の絶対権力者だ。
「⋯⋯⋯ごほんっ。えー、本日の定例会議はこれで終了とする。各代表はそれぞれの推しに関する報告書を纏めて、明日までにリリカ宰相まで提出するように。宰相からは、推しに関するどんな些細な秘密や痴態も漏らさず報告するようにと言われているので、そのつもりで提出すること。以上」
~終~




