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第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語 Ⅱ

 結果、リックの策は見事成功していた。

 レイナとクリスはリックの思うまま踊らされ、サンタを忘れてすっかり疲れ果てて熟睡していたのである。お陰でプレゼント配りは何の危険もなく行う事ができ、リックは二人の枕元にプレゼントを置いていった。

 因みに、レイナへのプレゼントはお出かけ用の衣服で、クリスには魔除けの効果があるというお守りである。このプレゼントのセンスは、リックの独断と偏見、送る相手に必要そうなもの、彼の財布で購入可能な範囲の物という考えによって選ばれている。


 最大の難関を無事突破できたリックは、自ら考えた策を内心で自画自賛し、安堵して次の目標へと向かった。次はシャランドラの寝室へと向かい、寝てるであろう彼女を起こさないよう、ゆっくりと扉を開いていく。


「あれ⋯⋯⋯?」


 思わず声を漏らしてしまったリックが見たものは、一つのベッドで体を寄り添い合って寝ている、シャランドラとイヴの姿であった。寝間着姿の二人が、気持ち良さそうに寝息を立て、添い寝状態で仲良く眠っていたのである。

 二人がとても仲が良いというのは、リックや他の者達も知っている周知の事実だ。それがまさか、女子のお泊り会のように二人仲良く眠る仲だったとは思っておらず、百合の花満開と言えるこの状態に、内心リックは興奮を覚えずにいられなかった。眠っているのが天使の顔をした小悪魔と、恐怖のマッドサイエンティストであってもだ⋯⋯⋯⋯。

 だがしかし、シャランドラすら最近忘れがちだった事でもあるが、イヴは正真正銘女の子のような姿をした男である。それを知っている者からすればこの状態は、「この二人、仲が良い友達を飛び越えて実はデキてるんじゃないか?」と思わずにはいられない。


「んっ? これは⋯⋯⋯⋯」


 そんな事を考えてしまっていたリックの目に、枕元に置かれた二通の手紙が映る。気になったリックが手紙を手に取って見ると、そこには「親愛なるサンタ様へ」と書かれていた。

 この手紙が自分に向けてのものだと悟ったリックは、一通目の手紙を開いて読み始める。手紙を書いた主はイヴであった。

 

『サンタさんへ。僕はとっても良い子だからプレゼント貰えるのは当然だと思うけど、プレゼントは要りません。その代わり、僕の大好きな人を苦しめている病気を治してください。大好きな人は僕のせいで、今も薬の後遺症に苦しんでいます。それなのに、みんなに心配かけたくないからって、ずっと一人で病気と闘っています。だからどうか、大好きな人の病気を一日でも早く治してください。そして、病気を治すために僕たちの力が必要なら、大好きな人に僕たちを頼れと言ってください。お願いします、サンタさん』


 手紙の内容は、イヴがリックに宛てた想いだった。イヴの優しい想いを受け取ったリックは、どんな願いをも叶えるサンタクロースとして、イヴの願いを必ず叶えると誓う。

 いつの日か、自分を蝕むこの代償を消し去って、太陽の様に眩しい彼の笑顔を取り戻すために⋯⋯⋯⋯。


「⋯⋯⋯⋯という事は、こっちがシャランドラのか」


 消去法で考えれば、もう一通はシャランドラからの手紙で間違いない。イヴの書いた手紙の様に、自分を心配した文面が書かれているのではと思いながら、少し緊張して手紙を開く。


『サンタさんへ。うちはめちゃええ子やからプレゼント仰山貰えると思うんやけど、プレゼントはなくてええ。その代わり、うちが発明した炸薬式超大型装甲粉砕鎚の実験台としてサンタさんに協力を――――』


 命の危険を感じたリックは、シャランドラの手紙をそっと閉じて、見なかった事にした。

 イヴの願いは聞き届け、シャランドラの願いは忘れる事にしたのだが、手紙に要らないと書かれていても、折角用意したプレゼントを余らすわけにはかない。予定通り二人へのプレゼントを袋から取り出して、二人を起こさないよう、枕元へ静かにプレゼントを置いていく。

 因みに、イヴへのプレゼントは装飾が施されたイヤリングで、シャランドラへは紫のネグリジェである。

 

「可愛い⋯⋯⋯⋯」


 枕元にプレゼントを置きながら、二人の寝顔を間近で見たリックは、寝ていれば本当に天使な二人の姿に、微笑して声を漏らす。いっその事、サンタの仕事を放棄して、このまま二人と添い寝してしまおうかとさえ考えた。

 男であるが故の欲望がリックを導こうとするが、気持ちよく眠っている二人の邪魔はできないと、二人の頬を撫でるだけで我慢する。そしてリックは、二人を起こさないように気を付けて、静かにこの場を後にしたのだった。










 一方その頃、リックとは別にプレゼント配り歩くウルスラは、メイド達へは大体配り終えて、アンジェリカが眠る女王の寝室に来ていた。寝室に入ると、ベッドの上でアンジェリカが寝息を立てて眠っている。

 サンタを待って起きていないかと心配していたウルスラだったが、まずは眠っていてくれた事に安堵した。やはり、日頃の疲れが溜まっているのだろう。サンタをその目で見たくとも、アンジェリカの体は疲労と眠気に勝てなかったのだ。


 今、このヴァスティナ帝国の女王はアンジェリカである。ウルスラが仕え、生涯の忠誠を誓った女王ユリーシアは、もういない。そしてウルスラは、亡きユリーシアにアンジェリカを託された。

 守って欲しいと、自分の代わりにアンジェリカに仕えて欲しいと、生前のユリーシアに直接頼まれたわけではない。ただ、あの心優しいユリーシアならば、大切な妹を自分の代わりに守って欲しいと、皆に頼むと分かっている。

 それだけではない。ウルスラにとってアンジェリカは、短い間ではあったものの、メイド部隊という名の家族の一人だった。女王になっても、それだけは変わる事はない。例えアンジェリカが女王でなかったとしても、家族だからこそ守りたいと思うのだ。

 だからこそ、大切な家族であったからこそ、自分の心を殺し、一人で苦しみながらその小さな身を削り続けるアンジェリカの姿が、ウルスラには辛い。彼女を守り、少しでも助けになれればと、常に彼女の傍に仕え続けているが、アンジェリカを真に救う事はウルスラにはできない。

 アンジェリカがもう苦しまずに済むように、彼女が救われるその日まで、ウルスラもまたこの苦しみに耐え続ける。その覚悟を胸に、眠っているアンジェリカの枕元に近付いたウルスラが、顔を曇らせアンジェリカの寝顔を覗き込む。


「うっ⋯⋯⋯⋯、ううっ⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯!」


 急に顔を歪め、耐えるように苦しみ出したアンジェリカに、驚いたウルスラが咄嗟に彼女の手を取った。どうやら悪夢に魘されているらしく、アンジェリカは眠ったまま、ウルスラの手を握り返す。

 

「ご安心下さい陛下。私が傍におります」


 魘されるアンジェリカの手を握り、もう片方の手で彼女の髪や額を優しく撫でる。いつもの鉄仮面のような表情はそこになく、今のウルスラは、慈愛に満ちた聖母の様だった。まるでアンジェリカが自分の娘であるかのように、微笑む母の顔をしたウルスラが、悪夢に苦しむ彼女に寄り添う。

 すると、握られた手や撫でられた肌から、ウルスラの温もりを感じて安心したのか、苦痛に歪んでいたアンジェリカの表情が和らいでいく。暫くすると魘されなくなり、再び静かな寝息を立てて眠りについた。


「⋯⋯⋯⋯夢まで苦しめるなんて、残酷過ぎる」


 どんな悪夢を見たのかは、容易に想像できてしまう。最愛の姉ユリーシアを亡くし、自分が女王即位したあの日から、絶望の記憶が悪夢として蘇るのだ。


「陛下、暫し御辛抱ください。悪夢の淵から貴女を、必ずリック様が救って下さいます」


 アンジェリカを救えるのはこの世でただ一人、リックだけだとウルスラは信じている。アンジェリカがどれだけ彼を憎悪しようと、それでも彼は戦い続けてくれている。

 運命のあの夜。リックがアンジェリカを女王にした瞬間の記憶を、ウルスラは忘れない。あの時リックが押し殺した感情と、己の体で受け止めた憎しみと怒り。あの夜の彼を見たウルスラは、アンジェリカのために戦おうとするリックの決意を信じた。

 

「私は信じています。ユリーシア陛下が信じたあの方が、いつの日か貴女も救って下さると。だからどうか、陛下も信じて下さい⋯⋯⋯⋯」


 こんな言葉は、とても起きている彼女の前では口にできない。彼女を苦しめてしまうだけだと分かるからだ。それでも彼女に伝えたかった言葉を告げ、ウルスラはアンジェリカの手を離し、枕元に彼女のためのプレゼントをそっと置いた。

 彼女へのプレゼントは、ウルスラが手作りしたパジャマである。冬の寒さに風邪を引かないよう、温かい寝間着をと思い、今日に間に合わせたのだ。


「お休みなさいませ、陛下」


 これ以上は何も言わず、プレゼントを渡したウルスラは、眠るアンジェリカを少しだけ見守って、女王の寝室を後にした。










 ウルスラがほとんどプレゼントを渡し終えた中、リックもまた残すところ最後の一人となっていた。

 レイナとクリス、イヴとシャランドラの他には、ヴィヴィアンヌやアングハルト、エミリオやライガに加えて、いつも口喧嘩が絶えないミュセイラにまで、プレゼントを配り歩いた。

 結婚したゴリオンに関しては、婚約相手のユンの家である孤児院が自宅となっている。城中をまわってからゴリオンのもとまで行くのは大変なため、プレゼントは予めユンに託してある。今頃はゴリオンの枕元に、ユンサンタがプレゼントを置いている事だろう。ついでに、孤児院の子供達分のプレゼントも、全部ユンサンタに任せてあるのだ。

 

 最後にリックがやってきた寝室は、帝国宰相リリカの寝室である。彼女を起こさないよう、そして何らかの罠が仕掛けられていないか注意しつつ、リックは慎重に寝室の扉を開くが⋯⋯⋯⋯。


「おわっ!?」


 扉を開いたリックの手が、突然伸びてきた女の手に掴まれ引っ張られる。体勢を崩したリックはそのまま部屋に引き込まれ、足をもつらせ寝室の床に倒れてしまう。仰向けで倒れたリックの瞳に映ったのは、紅いドレス姿の美女だった。


「ふふっ、ふふふふふふっ⋯⋯⋯⋯⋯」

「お前、かなり酔ってるな⋯⋯⋯⋯⋯?」


 リックの体の上に跨っているのは、勿論リリカであった。右手にはグラス、左手には葡萄酒入りの瓶を持ち、リックの上でグラスに酒を注ぎ、グラスに口を付けて一気に煽って見せる。

 リリカがかなりの酒好きで、酒に強い酒豪であるのは誰もが知っている。しかし今日の彼女は、誰が見てすぐに分かるほど珍しく酔っぱらっていて、頬も大分朱に染まっていた。


「ふふふっ⋯⋯⋯⋯。サンタ、正体見破ったり」

「何が見破っただ。最初から分かってたくせに」

「もちろん。私を誰だと思っているんだい?」

「紅茶と酒を飲み散らかす残念美女宰相」

「ふふっ、随分生意気を言うじゃないか」


 何がそんなに面白いのか、リックの体の上で妖艶に笑い続けるリリカが、グラスを後ろに放り、空いた手で彼の髪を撫でる。


「まさか私にもプレゼントがあるのかい?」

「一応。まあ、クリスマスプレゼントっていうよりは、お礼だな」

「?」


 体の自由を封じられながらも、何とか手を動かし、袋からリリカ用のプレゼントを取り出したリックが、彼女の目の前にプレゼントの箱を差し出した。

 リボンで結ばれた小さな箱を受け取ると、リリカは酒瓶も後ろに放り、結ばれたリボンを解いて箱の蓋を開ける。


「これは⋯⋯⋯」


 箱に入っていたのは、大陸北方で取り扱われている高級な紅茶の茶葉であった。それは以前からリリカが欲しいと言っていた物で、手に入れるのはこれが初めてだった。


「よく手に入ったね⋯⋯⋯。値もそうだけど、この地域じゃ手に入らないものだろう?」

「昨日偶然な。北から旅をしてきた商人が街に来てて、お前が欲しがってた茶葉を売ってたから運よく手に入ったんだ」

「⋯⋯⋯憶えていてくれたんだね。私がこれを欲しがっていたことを」


 そう言ってリリカは、愛おしそうに貰った茶葉を眺めると、そっと胸に抱きしめた。喜んでくれた彼女の様子に、リックは安心して微笑する。するとリリカが、意地悪気な笑みを浮かべて口を開いた。


「ふふふっ⋯⋯⋯。女へのプレゼントと言えば、普通は宝石や装身具と決まっているだろう?」

「そっ、そういうのはやっぱ高いし⋯⋯⋯⋯。それに⋯⋯⋯⋯」

「それに?」

「お前にそんなもの買って渡すのが恥ずかしい」

 

 リックの言葉に目を丸くしたリリカが、次の瞬間我慢できずに吹き出して大笑いを始めた。相当酔っているのか、場所や時間の事など全く気にせず、城内で眠っている者達を全員起こさんばかりであった。


「⋯⋯⋯笑い過ぎだぞ」

「ふふっ⋯⋯、すまない。だってリックが、今更そんなことを言うとは思わなくてね」

「付き合いが長くても恥ずかしいことはある」

「私の胸や抱擁を求めるくせに、今更何が恥ずかしいというんだい?」


 尤もな事を言われてしまい、頬を赤くしたリックがリリカから顔を背ける。それが益々可笑しくて、愛おしくて、体を前に倒したリリカが、彼の胸に抱き付いた。


「でも嬉しいよ。ありがとう、リック」

「いつも助けられてばかりだから、せめてこれくらいの事はするさ」

「気にしなくていい。私がそうしたいと思って、勝手にやっているだけなんだから⋯⋯⋯⋯」


 慣れているように振る舞っていても、早鐘を打つ胸の鼓動は誤魔化せない。嬉し恥ずかしさを顔に出さないようにしているリックだが、リリカには全部お見通しだった。

 本当ならば、こんなプレゼントだけでは返し切れないほどの恩がある。

 帝国の政治を取り纏め、重責を背負う女王を常に傍で支え、リック達がいない間は彼女を守る守護者とななる。それだけでなく、彼女とは出会って共に旅をし、共にこの国を南ローミリアの強国に変えた。それらは全て、彼女がリックを傍で支え続けてくれたお陰なのだ。

 

「これからも、俺が弱いせいで苦労をかけると思う」

「うん⋯⋯⋯」

「図々しいお願いだけど、これからもずっと――――」


 その先を言わせなかったのは、リックの唇に当てられたリリカの人差し指だった。微笑みを浮かべる彼女が、驚いたリックを真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「言われなくても、そのつもりだよ」

 

 最後にリックが涙を流した時、彼の傍に寄り添い続け、優しい温もりで包み込んだ。どこにも行かないからと抱きしめて、彼の涙が枯れるまで、ずっと傍にいてくれた。それにどれだけ救われたか、言葉だけではとても伝えられない。

 だから、これからもずっと変わらずにいてくれると、そう言ってくれるだけで、嬉しくて堪らなくなる。


「ありがとう、リリカ⋯⋯⋯」


 それでも、例え言葉が足りずとも、感謝の気持ちだけは伝えたい。 

 ただ一言、リリカへと気持ちを伝えたリックは、恥ずかしさも忘れて満足気に微笑むのだった。










 そして少し時間は流れ、リックとウルスラの二人は、クリスマスプレゼントを配り終えて合流した。場所はウルスラの寝室前で、萎んだプレゼント袋を持つサンタ服姿のリックと、何故かメイド服をぼろぼろにしたウルスラが、任務を終えて合流を果たした。


「どっ、どうしたんですかその格好⋯⋯⋯? まるで戦場帰りじゃないですか」

「実は、こうなる可能性を考慮して、最後にプレゼントを渡すのはアマリリスと決めていたのです」

「どういうことですか⋯⋯⋯? 話が全く分からないんですが⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 リックが言った通り、ぼろぼろになっているウルスラのメイド服は、戦闘を終えた後のような有様だった。ただ驚くべきは、メイド服は全身破れまくっている状態にもかかわらず、彼女は服以外無傷であるという点だ。


「アマリリスも、レイナ様やクリス様と同じです。サンタの存在を信じてしまったが為に、今晩捕まえようと寝室中に鉄線を張り巡らせていたのです」

「サンタ捕まえるために罠張ってたんですか!? しかも鉄線!?」

「罠を解除するには時間がかかり過ぎてしまうので、仕方なく鉄線を強行突破し、罠の作動で飛び起きたアマリリスを一撃で気絶させ、プレゼントを置いて撤退致しました」

「まさかの力技!?」


 サンタ捕獲のために実戦用の罠を張るアマリリスも大概だが、その罠を力で破壊し、相手を気絶させてからプレゼントを渡すウルスラこそが、やはり帝国で一番恐ろしい存在だとリックは再認識する。そして同時に、アマリリスのもとに自分がプレゼントを持っていかなくて、本当に良かったと安堵していた。

 無傷とはいえ、今のウルスラの格好を見る限り、命がいくつあっても足りなかったのは明白だ。


「ところで、合流地点は私の寝室ですが、どうしてここを指定されたのですか?」


 今の自分の状態や、驚愕しているリックの反応よりも、何故自分の寝室前が合流場所と決められていたのか、ウルスラはそればかりが気になっていた。

 聞かれると分かっていたリックは、予想通りのウルスラの疑問に答えるため、袋に残っていた最後のプレゼントを取り出した。


「理由は簡単です。最後はメイド長にクリスマスプレゼントを渡すためですよ」

「!」


 袋から現れたプレゼントは、モフモフとして暖かそうな寝間着だった。その寝間着が差し出された瞬間、

目を見張ったウルスラが、リックから奪うようにプレゼントを掴み取る。


「こっ、これは⋯⋯⋯!」

「何でも、北方で子供に流行ってるあったかパジャマらしいです。それは大人用で、北からの商人の話じゃ大人にはあんまり受けなかったそうなんですが、パジャマ好きのメイド長なら喜んでくれるかと思って」

「もちろん嬉しいに決まっていますが⋯⋯⋯⋯! いえ待って下さい、どうしてリック様までもが私のパジャマ好きを御存知なのでしょうか?」

「メイド長が何欲しがるかラフレシアさんに聞いたら嬉しそうに教えてくれました」

「あの子は一度本気のお仕置きが必要のようですね⋯⋯⋯⋯」

「まっ、まあまあ落ち着いて⋯⋯⋯⋯」


 毎度の事ながら、口の軽い自分の部下に静かな怒りを燃やすウルスラを、引き攣った笑みを浮かべて宥めるリック。お喋りなラフレシアを必ず懲らしめると決めた彼女は、気持ちを切り替え再び寝間着に視線を移し、両手でそのモフモフ感を確認した。

 

「これは⋯⋯⋯⋯⋯⋯、非常に良い物です」


 普段の真面目な顔が緩み、瞳を輝かせて感嘆しているウルスラの反応に、満足したリックが嬉しそうに笑みを浮かべる。すると、貰ったプレゼントに目を奪われていたウルスラが我に返り、寝間着を胸に抱いて頭を下げた。


「本当に、なんとお礼を申し上げればよいか」

「気にしないでください。これは日頃のお礼みたいなものです」

「お礼など頂くような事は何も⋯⋯⋯⋯⋯」

「何言ってるんですか。いつもメイド長が頑張ってくれてるお陰で、俺もみんなも助けられてるんです。それに⋯⋯⋯⋯」


 辛く苦しい記憶が蘇り、言葉を躊躇ったリックが少し俯く。だがその記憶から目を背けず、大切なものを守れなかった者同士たるウルスラに向かって、再び顔を上げる。


「陛下を⋯⋯⋯⋯、アンジェリカを新しい女王にした日から、彼女を誰よりも傍で守り続けてくれている。俺が戦場へ安心して行くことができるのも、メイド長がアンジェリカを守ってくれるからなんですよ」

「リック様⋯⋯⋯⋯」


 女王守護の最後の砦、ヴァスティナ帝国メイド部隊。女王ユリーシアを守るために創設された、花の名を与えられた女王の盾。創設者のウルスラが守るべき女王ユリーシアは、この世を去ってしまった。

 今は、ユリーシアが残した彼女の妹、女王アンジェリカがフラワー部隊の守るべき存在となった。ユリーシアに絶対の忠誠を誓い、生涯かけて彼女を守ると誓ったその想いは、今はアンジェリカへと向けられている。


「メイド長ばかりに負担かけてしまって、本当にすみません。ただでさえ重責を背負ってるのに、毎日休まず働いてるとも聞いてます。俺が言えた立場じゃないですが、あんまり無理をしないでください」


 ユリーシアに仕えていた頃以上に、今はアンジェリカのためにその身を捧げている。もう二度と、守ると誓った大切な存在を、決して失わないために⋯⋯⋯⋯。

 守りたい気持ちはリックも同じである。ただリックは、女王の敵を排除するための剣であり、傍で彼女を守る盾ではない。彼が戦いに赴く事ができるのも、どんな事が起きようと必ず女王を守ってくれる、ウルスラの存在あってこそなのだ。

 それが申し訳なくて、同時に負担をかけてしまっていて心配で、二人きりだからこそ想いを言葉に変えて口にする。


「⋯⋯⋯⋯リック様に無理を心配されるようでは、気を付けざる負えませんね」


 リックの想いを受け取ったウルスラは、不安を抱く彼を安心させるように、微笑みを浮かべて見せる。それはまるで、慈愛に満ちた優しい母のような微笑みで、不思議と安心させられてしまう。


「頂いたプレゼントも想いも、大切に致します」

「⋯⋯⋯⋯それじゃあ、最後のプレゼントも渡し終えたことですし、お互い寝るとしましょうか」


 ウルスラにプレゼントを渡し終えた事で、無事作戦は終了した。自らの寝室に向かおうと振り向いたリックだが、それを許さないウルスラが彼の腕を掴まえる。


「お待ち下さい。まだ作戦は終わっていません」

「はい?」

「まだリック様が残っております」

「別に俺はいいんですよ。大体、サンタがプレゼント貰ったらおかしいでしょ」


 子供ではないリリカやウルスラまでもプレゼントを貰ったが、サンタ役のリックにプレゼントはない。貰うばかりでは申し訳ないと、そう強く思っているウルスラは彼を逃がさなかった。


「サンタが貰うのがおかしいというなら、サンタ役の一人である私が貰うのもおかしいはずでは?」

「そっ、それ言われちゃうとなあ⋯⋯⋯⋯」

「欲しいプレゼントを仰って下さい。教えて頂けるまでこの手は放しません」


 冗談で誤魔化したり、無理やり逃げるなどという真似が、ウルスラ相手にできるはずもない。人間の頭を苫みたいに握り潰し、小指で南瓜を貫くような彼女に対して、力尽くの逃亡など自殺行為だ。

 どうすべきか悩んだリックは、悩み抜いた末に閃いた。下衆な思考で思い付いた閃きとは、彼女が絶対に出来ないであろう願いを口にする事だった。


「そっ、それじゃあ、今夜はまた一段と冷えるし最近溜まってきてるんでメイド長が俺をベッドで抱いてくれるならもうそれで大満足です!」

「わかりました。では、どうぞ私の寝室へ」

「いいのかよ!! しかも即答って!!」


 絶対に断られると思っていたプレゼントは、まさかの即答オーケーであった。逃げ場を失ったリックを待っているのは、自分が引き込まれようとしているウルスラの寝室と、メイド部隊最年長者との魅惑の夜である。

 ウルスラは歳が四十を超えているという話だが、そうは思えないほどの美貌とスタイル、そしてメイド服の上からでもはっきりと分かる豊満な胸を持つ。つまり、リックからすれば望むところの最高のプレゼントなのだが、問題は歳などではなく、いよいよ彼女にまで手を出したとあれば、明日からどんな扱いをされるか分かったものではないのである。


「いいいいいいいいいっ、今のはほんと冗談ですから!! 改めてプレゼントは考えますから早まらないで待ってください!!」

「実は私も、このところ溜まっておりまして」

「!?」

「リック様が私で暖を取りたいというのであれば、お望みのままに」


 その夜、心底ウルスラが恐ろしいと感じて怯えたリックは見た。

 母性溢れる母の顔が、一転して男に飢えた女の顔になる瞬間を⋯⋯⋯⋯⋯。










 そして次の日。

 夜が明けると同時に飛び起きたレイナとクリスが、枕元に置かれたプレゼントを発見して暫く経って⋯⋯⋯。

 

「サンタの奴、俺らが寝ちまってる隙にプレゼントを置いていきやがった」

「不覚だ。まさか熟睡してしまうとは⋯⋯⋯⋯」


 城の通路でレイナとクリスは、サンタクロースと戦えなかった事を後悔し、悔しさに歯噛みしていた。リックの策略によって寝てしまい、起きた時にはプレゼントは既に枕元である。例え一晩中起きている羽目になろうとも、あれ程サンタと戦いたいと願っていたこの二人からすれば、一生の不覚と言っても過言ではなかった。

 そんな二人のもとに、とても眠たそうに欠伸をしながら、偶然リックが通りかかる。通路を歩くリックに気付いた二人は、神速の如く瞬時に彼の目の前へ移動した。


「なあ、おいリック聞いてくれよ。サンタの奴を逃しちまってよお」

「私達が眠っている間にサンタが⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。閣下、どうかなされたのですか? あまり眠れなかったご様子ですが」


 レイナとクリスに阻まれて立ち止まったリックは、睡眠不足に違いないと直ぐに分かってしまうくらい、また欠伸をしては眠そうに目を擦っていた。


「ちょっと寝不足でさ⋯⋯⋯⋯⋯。もう眠すぎて目を開けてるのも辛い。あと腰が痛い」

「大丈夫かよおい」

「もしや、また具合の方が?」

「そんなんじゃない。寝不足なのは朝までこってり搾り取られたせいなんだ⋯⋯⋯⋯」


 どういう事か分からず、同時に二人が首を傾げていると、今度は通路の奥からウルスラが姿を現した。

 昨晩破れてしまったメイド服から着替えた彼女は、何事もなかったようにいつも通りの様子で、三人のもとまで近付いてくると、挨拶のために頭を下げた。


「皆様、おはよう御座います」


 挨拶を済ませたウルスラが頭を上げると、リックは逃げるように彼女から顔を逸らした。するとウルスラは、恥ずかしがっている彼の気持ちを察し、ほんの一瞬だけ笑みを見せる。


「昨晩はよく眠れなかったようですね、リック様」

「⋯⋯⋯⋯誰のせいですか、誰の」

「お疲れでしたら、本日はうんと精の付く物を摂られた方が宜しいかと。昨夜は随分と張り切りましたから」

「!!」


 鬼のメイド長でも、男を揶揄ってみたりするようだ。レイナとクリスに悟らせぬ様、リックにだけ分かるように言葉を選び、慌てる彼の反応を楽しんだウルスラは、三人のもとを離れて仕事に向かっていった。

 またしても意味が分からず、去っていくウルスラの背中を見送りながら、同時に首を傾げるレイナとクリス。そしてリックは、戦闘の如く激しかった彼女との一夜を思い出し、平然としている彼女の背を見て冷や汗をかいた。


(女って怖い⋯⋯⋯⋯)




~終~

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