第四十七話 その花の名は Ⅴ
今夜のヴァスティナ城内は、いつもより賑やかな時間が過ぎていった。城内の食堂では、毎度お馴染みの戦勝の宴が行われ、酒好きの英雄達が好き勝手に騒いだのである。帝国を代表する大食い達も、今夜は沢山の御馳走を堪能し、宴を存分に楽しんでいた。
今日は無礼講と言わんばかりに騒ぎ、食堂からは大勢の笑い声が上がり、声は城内にまで響き渡る程だった。異教徒との戦争による勝利と、戦士達の無事の帰還を祝い、命を落とした英雄達の魂を弔う宴。自らの生還に感謝し、戦死した者達の働きを語り合い、死者の魂を讃え弔うこの席こそ、ヴァスティナ帝国式の戦勝の宴なのである。
その宴には、戦争の主役となった者達や、国を代表する者達も出席している。宴の席には女王自らが足を運び、皆の前で挨拶も行なった。
そのような宴の席に、いつもなら必ずいるはずの人物が出席していなかった。それは、ヴァスティナ帝国女王を補佐し、この国の政治を動かす帝国宰相である。
「お前が欠席なんて珍しいな」
「今日は色々とやる事が多くてね。ジエーデルが王国に侵攻してからというもの、最近忙しくて嫌になるよ」
明かりが灯された宰相の執務室。そこにはリックと、執務室の机で書類を片付ける、帝国宰相を務めている美女の姿があった。
黄金の様に美しい金色の長髪と、透き通る色白い素肌に、大きさも形も整った豊満な胸。理想の美女といった容姿に纏わせているのは、彼女の美しさを一層際立たせる紅いドレスである。
妖艶な笑みを浮かべ、執務室に現れたリックへ顔を向ける彼女の名はリリカ。妖艶なる絶世の美女にして、この国とリックを支えるヴァスティナ帝国宰相である。
「宴には出なかったのかい?」
「いや、顔出して挨拶くらいはしてきた。そしたらお前がいなかったから、気になって様子を見に来たんだよ」
「ふふっ、優しいじゃないか」
「それと、こいつがお前への土産だ」
リックは片方の手に持ってたワインボトルを机に置き、もう片方の手に持っていた二人分のグラスも置く。ボトルの蓋を開けたリックは、中のワインを二つのグラスに注いで、片方をリリカへと手渡そうとする。
「お前の好きなチャルコ産のシュタインベルガーだ。あと、シルフィ姫が宜しくってさ」
「ありがたいね。ヴァスティナ産のシュタインベルガーも悪くないが、これが一番良い」
「製造法は一緒なんだから、味に違いなんてないだろ」
「わかってないねリックは。生産と販売が軌道に乗ってきたとはいえ、つい最近製造を始めたヴァスティナと、長年作り続けてきたチャルコとでは、技術と経験の差で微妙に味が変わるのさ」
チャルコ国でリック達が引き起こした騒動以来、ヴァスティナ帝国はチャルコ国から製造法を頼りに、高値で取引されている高級酒の製造を行なっている。この酒の製造と販売による売り上げは、帝国の軍備増強に役立っており、目立たぬ所で貢献しているのだ。
しかしリリカは、初めてチャルコ産のシュタインベルガーを味わって以来、この酒の味には非常に厳しい。自国で生産しているにもかかわらず、今でもチャルコ産を求める程だ。それを知っていたリックやシルフィは、こうして彼女のためにチャルコ産の物を用意したのである。
二人は互いのグラスを触れ合わせ、赤い葡萄酒であるシュタインベルガーに口を付ける。口に含んだ瞬間、濃厚で芳醇な味が口いっぱいに広がっていく。初めて飲んで以来、二人の舌を魅了したシュタインベルガーの味は、あの頃と同じく健在であった。
愛する美味は、この酒を愛していた者達の記憶を思い出させる。騎士団長メシアや、亡き帝国宰相マストールも、この酒を好んでいた。酒を味わう二人の脳裏に、生前ユリーシアに仕えたメシアとマストールの姿が蘇る。
「美味しい⋯⋯⋯。きっとあの世で、メシアやマストール宰相は羨ましがっているだろうね」
「お前は十分過ぎるくらいよくやってくれてる。マストール宰相も満足してくれてるさ」
「ふふふっ、嬉しい言葉だね」
ヴァスティナ帝国をユリーシアが治めていた頃、帝国の政治を取り纏めていたのはマストールだった。小国とはいえ、幼き少女だった彼女が一国を治める事が出来たのも、忠臣たる彼の力があったからこそだ。
ユリーシアの親の代から仕え、彼女にとっては家族も同然だった。そのマストールがこの世を去った時、彼女は深く悲しみ、彼の死を悼んだ。だが彼の死がもたらしたものは、彼女達への悲しみだけでなく、帝国の政治を纏める柱の喪失だった。
その柱を継いだのが、他でもないリリカである。リリカの手腕は見事としか言いようがない程で、マストールの死で不安に陥っていたこの国を、即座に立て直した。そしてユリーシア亡き今は、彼女の妹であるアンジェリカのために、帝国宰相として日々働いている。
リリカがいなければ、帝国が乗り越えられなかった危機は数ある。時にはアンジェリカを支え、大胆不敵な交渉を行なう事もあれば、リックを救うために、宿敵のもとへと単身乗り込んでいった事もあった。今の帝国が在るのも、リリカのお陰だと言っても過言ではない。
今まで彼女が助けてくれた事、帝国の柱として働いてくれた事を、リック達は深く感謝している。亡きマストールも、きっと感謝してくれている。本当ならば、もっと感謝の気持ちを伝えたいリックだが、感謝の想いが大き過ぎて、上手く言葉にする事が出来ずにいた。
そんなリックの気持ちを察したリリカが、グラスを机に置いて立ち上がり、彼の目の前に近付く。何事かとリックが様子を窺っていると、リリカは両腕を広げて彼の身を招き寄せる。
「ほら、おいで」
「⋯⋯⋯」
美女の甘い誘惑とでも呼ぶべきか、こうされて抗う事ができるほどリックは強くなかった。傍の適当な家具の上に自分のグラスを置き、逆らわずリリカの胸に顔を埋め、彼女の身体に腕をまわす。すると彼女はまるで包み込むように、自身の両手で彼の頭に優しく触れて、愛おしそうに撫で始めた。
「ねぇリック。まだ私に言ってないことがあるだろう?」
「⋯⋯⋯?」
「まったく、呆れたね。やっと帰ってきたっていうのに、私への挨拶はないのかい?」
思い返してみればその通りだった。ようやく帰還を果たし、忠誠を誓っている女王陛下や、愛する二人への挨拶は済ませていたが、彼女への挨拶はまだしていなかったのである。
どうやらリリカはその事に拗ねているらしく、抱擁しているリックの頭を逃がさないようにして、わざとらしく呆れながら溜息を吐いた。
自分にとっては最初の仲間であり、この世界で一番の支えとなっている存在。そんな彼女に文句を言われ、「しまった」と思ったリックは、抱擁されながらもそのまま口を開いた。
「ただいま、リリカ」
「おかえり、リック」
リックを許したリリカは、抱いている彼の頭に軽く口付けをした。抱擁され続けているリックは、触れ合った肌から伝わる優しい温もりの中で、安堵している彼女の気持ちを感じ取る。平気そうにしているが、心配をかけてしまっていたと気付くリックが、彼女の胸元から顔を上げる。
見上げた瞬間瞳に映ったのは、愛おしそうに目を細め、優しく微笑むリリカの姿だった。微笑む彼女に見惚れてしまったリックは、恥ずかしさで頬を朱に染め、彼女から目を離せずにいる。
「そうだ、先に帰ったみんなから話は聞いてるよ。また随分と無茶をしたんだってね」
「⋯⋯⋯たっ、大したことない」
「二人の墓参りにも行ってきたのだろう? ユリーシアもメシアも今頃カンカンだろうね」
「⋯⋯⋯毎度毎度、心配かけてごめんなさい」
「ふむ、宜しい」
反省しているリックの頭を撫でてやり、羞恥で赤くなっている彼の顔を覗き込んで、悪戯っぽく笑うと、今度は彼の額に口付けをした。
「⋯⋯⋯少し熱いね」
口付けした額から、妙な熱を感じたリリカがリックを見る。抱擁を解いた彼女は、リックの手首を掴んで脈を測りながら、もう片方の手で彼の額に手を当てた。
顔が赤くなっているのは、羞恥だけのせいではない。彼の身体は少し熱を持っていて、軽い寒気も感じていた。少量しか口を付けていないから、さっき飲んだ酒のせいでもないだろう。今の彼の症状は風邪に似ていた。
「今日の分の薬は飲んだ?」
「⋯⋯⋯まだ。持ってた分は切らしてて、たぶん部屋には残ってると思う」
「今日はもう休みなさい。新しい薬はノイチゴに頼んでおくよ」
「悪いな⋯⋯⋯。実は、ちょっと気持ち悪くなって、途中で宴を抜け出してきたんだ⋯⋯⋯」
少しばかりで目が虚ろになり、足元も覚束なくなっている。倒れそうなリックの身体を支えたリリカが、彼を執務室から連れ出そうとした。
これは単なる風邪などではない。この症状は、前の戦いで自分を薬漬けにした後遺症である。
ヴィヴィアンヌをアーレンツの呪縛から解放するため、あの時のリックは己の命を削って彼女と戦った。最強敵であった彼女と戦うためには、肉体強化の薬物が必要不可欠で、それを過剰投与したリックは何とか一命を取り留めたものの、代償に後遺症が残ってしまったのである。
メイド部隊のノイチゴが調合する薬を飲まなければ、過剰投与した薬物の副作用が身体を襲い、高熱や激痛を生み出すのである。今のリックには、その初期症状が現れているのだ。
「リリカ、すまない⋯⋯⋯」
「世話の焼ける男だよ。でもいいさ、弱っている君は可愛げがある」
申し訳なそうに俯くリックに向かって、冗談っぽくリリカが笑って見せる。それで少し元気を取り戻した彼の口元に、薄く笑みが浮かんだ。
そうやって二人が執務室を出ようとしていると、外から扉をノックする音が聞こえてきた。誰かと思ったリリカが入室を促すと、扉が開いて一人のメイドが姿を現す。執務室に現れたのは、メイド部隊のリンドウだった。
「失礼いた―――、リック様! どうかなさったのですか!?」
「ちょうどいい所に来たね。例の症状が出たから、リックを部屋まで連れて行って介抱してくれないかい」
「わっ、わかりました! さあリック様、ゆっくりでいいのでこちらへ⋯⋯⋯⋯」
苦しそうなリックの様子に驚愕するも、リリカの話で瞬時に状況を理解したリンドウが、早速行動を開始する。リックの体に腕をまわし、手慣れたように彼の肩を担いで、抱きかかえていたリリカから彼の体を預かると、歩調を彼に合わせて執務室を後にした。
「だっ、大丈夫ですから。自分で歩けます」
「駄目です。私に任せて大人しくしていて下さい」
「はっ、はい⋯⋯⋯⋯」
リンドウの圧に負けたリックは、言われた通り大人しく彼女に従って、肩を担がれながら自身の寝室へと運ばれていく。
その二人の後ろ姿を、リリカは妖艶な笑みを浮かべ、腕を組んで見送っていた。勿論リックの事は心配しているが、悪くないタイミングで現れたものだと、リンドウの背中を見るとそう思ってしまうのだ。
「頑張りなさい、リンドウ」
二人には聞こえない声でそう囁くと、リリカは自分の執務室へと静かに戻っていった。
「⋯⋯⋯それでイヴ様、本当にもうリック様に抱いて貰わなくていいんですか?」
「うん。だって、もし抱いて貰ったりなんかしたらさ、たぶん嬉しすぎて僕の心臓止まると思うもん」
「諦めちゃ駄目ですよ! 心臓止まったらぶっ叩いてまた動かせばいいんです! 白濁に染まるリック様とイヴ様の禁断の愛の世界を私に見せて下さいよ!!」
「⋯⋯⋯⋯ラフレシアさんに見られるなら余計に嫌」
賑やかな宴が開かれている城内の食堂で、一人非常に残念そうにテーブルを叩くメイドが一人。彼女の名は、帝国メイド部隊随一の戦闘狂にして、男同士の同性愛を愛する腐女子ラフレシア。彼女の隣にはラフレシアをがっかりさせた張本人である、帝国一の狙撃手イヴ・ベルトーチカが座っていた。
二人の目の前にはレイナとクリス、更にはメイド部隊の一人であるデンファレがいる。因みに他の者達はといえば、別の席で飲み食いをしているか、仮設舞台で行われている一発芸大会に参加中だ。毎度お馴染みの「ヴァスティナ帝国一発芸大会」では、いつもの通り司会進行を帝国一の発明家シャランドラが行ない、場を大いに盛り上げている。
現在舞台に上がっているのは、何とメイド長ウルスラであった。シャランドラの指名を受けての飛び入り参加で、隠れた特技だった「小指でかぼちゃを貫く」を披露し、場内を騒然とさせた。ウルスラ驚異の破壊力を目にした全員が、「彼女を怒らせたら自分がああなる」と理解し、これからはより一層逆らわないようにしようと心に誓っていた。
一発芸大会が大勢に衝撃を与えている中、ラフレシアは自らの欲望を優先し、隣にいるイヴに詰め寄っていた。詰め寄られているイヴ本人は、ラフレシアの絡みを鬱陶しそうにしていたが、ふと宴の場から何人かが姿を消している事に気付く。
「あれ、そう言えばゴリオン君は?」
「あれほんとだ、いつの間にかいなくなってる。デンファレ、あんた知ってる?」
「ゴリオン様なら先ほど帰られましたわ。御自宅で奥様がお待ちですから」
「今や勝ち組だよね、ゴリオン君」
「羨ましいですよねー。しかもユン様すっごい美人だし」
「どうせ私は行き遅れ確定のめんどくさい女ですよ! もう、飲まなきゃやってられないですわ!」
「「いや、誰もそんなこと聞いてないから」」
結婚がそんなに羨ましいのか、それとも単に酔っているだけなのか、自棄になったデンファレが酒の入ったジョッキを勢いよく煽る。
「⋯⋯⋯ったく、結婚くらいでぎゃあぎゃあ喚くなよ。そういや暗器メイドもいねぇな。いつも腐乱メイドと一緒だろ」
「リンならさっき、まだリリカ様が来てないって気付いて呼びに行きましたよ」
「言われてみりゃあ確かにいねぇな。酒が飲める宴なんていつもすっ飛んでくるのによ」
「このところリリカ様もずっと忙しそうにしてて、平気そうにしてるんですけど内心無理してると思うんですよね。今日くらいは忙しさを忘れて休んで欲しいですけど⋯⋯⋯」
宰相故の多忙なリリカの身を、傍にいる事が多いメイド達は他の誰よりも案じている。リリカには大きな負担がかかっているのは間違いなく、いつか倒れてしまうのではないかと不安なのだ。
「⋯⋯⋯平気そうって言えば、リンも様子がおかしいんですよね」
「そうか? いつもと変わんねぇだろ」
「そこです、いつもと変わんないのがおかしいんですよ。メイド達の中で誰よりもリック様の帰りを待ち望んでいたリンがですよ、本人を前にして平然としてるんですもん」
「双子メイドみてぇに燥ぐ歳でもねぇだろ。お前らの前で痴態を晒したくなかっただけじゃねぇのか?」
「そうかなー⋯⋯⋯、絶対変だと思うんですよねー。レイナ様はどう思います?」
ジョッキに口を付けていたレイナが、突然名指しされて酒を飲む手を止める。いきなり自分に振るのかと驚きつつも、軽く咳払いして切り替え、少し考えた後に口を開いた。
「怪我したことを怒ってた、とか⋯⋯⋯⋯?」
「どうしてですか?」
「リンドウさんは閣下の怪我を既に知っていた。アーレンツの時みたいにまた無茶をしたと思って、怒らずにはいられなかったんだと思います」
「なるほど、確かに一理ある。リンなら怒って当然だもの」
的を射てそうなレイナの考えに納得したラフレシアは、テーブルに頬杖を付き、虚ろな瞳で自分のジョッキの口を指でなぞり始める。理由が分かったとはいえ、リンドウがいない事への寂しさは消えないのだ。
寂しそうにジョッキを見つめているラフレシアを、どうやって励まそうか困惑しているレイナ。そんな彼女の様子を横目で見ていたクリスと、視線を感じて彼の方を向いたレイナの目が合う。
「⋯⋯⋯⋯何か言いたそうだな、破廉恥剣士」
「別に、なんでもねぇよ。ただな⋯⋯⋯」
「ただ、何だ?」
「近頃ちっとはマシな面になったって、そう思っただけだ」
それ以上は言いたくないのか、そっぽを向いたクリスがジョッキ片手に酒を煽る。いつもならここで口喧嘩に発展してもおかしくないが、彼の言葉の意味を悟ったレイナは、少し微笑んで彼の顔から視線を外す。
「いつまでも、お前に文句を言われるのは御免だからな」
「けっ⋯⋯⋯! 生意気言うんじゃねぇ」
犬猿の仲にして、いつかは決着をつける宿敵。故に二人は、誰よりも互いの事をよく知っている。相変わらず仲は頗る悪いが、喧嘩するほど何とやらでもある。
今回の戦いで、レイナは自分の心に向き合い、自分がどう在りたいかを考えた。そうして決めた思いをリックに直接打ち明け、新たな決意を胸に戦っていくと誓ったのだ。マシな面と称したクリスの言葉は、彼女の変化を感じ取ったからこそのものである。
「あら~⋯⋯⋯、どこに行ってしまったのかしら。困ったわ⋯⋯⋯」
丁度会話が途切れていたところに、彼女は現れた。誰かを探している様子のメイドが一人、手に小さな木箱を持って、辺りを見回していたのである。現れたメイドは、メイド部隊の百合代表ノイチゴだった。
「ノイチゴさん、どうかしたのですか?」
「あっ、レイナ様! ちょうどいい所に。リック様を探しているんですけど、どこに行ったか知りません?」
「閣下なら宴の挨拶をした後に、疲れたから休むと言って食堂を出ていきましたが⋯⋯⋯」
「ええ!? どうしましょう、大丈夫かしら⋯⋯⋯⋯」
顔を曇らせるノイチゴの様子に、もしやリックの身に何かあったのではと、レイナとクリスが身構える。危機感を覚える二人の様子を見て、大事になりそうな予感が奔ったノイチゴは、慌てて二人を落ち着かせようとする。
「あっ、挨拶の時のリック様の顔色が悪そうだったから、もしかして薬飲んでないのかもと思って薬を渡そうと思っただけですよ。これを取りに行ってる間にいなくなってしまったから、辺りを探してただけです」
「脅かすなよ⋯⋯⋯。待てよおい、確かリックの奴が、帰る途中で手持ちの薬が切れたって眼帯女に話してたぞ」
「やっぱり⋯⋯⋯。寝室にも薬は用意してあったはずだけど、心配だから渡しに―――」
言いかけたノイチゴの瞳が、不安な顔をしてるレイナを捉える。分かっている後遺症の症状とはいえ、やはり心配なのだ。そこでノイチゴは閃いて、不安な顔をするレイナの手を取って、薬の入った木箱を彼女に手渡した。
「悪いのですがレイナ様、これをリック様に届けて下さいません?」
「えっ、私が⋯⋯⋯⋯?」
「本当は自分で私に行きたいのですが、生憎手が離せそうになくて」
そう言って彼女は傍にいたイヴの肩をがっしりと掴み、逃げられないよう押さえつけた。何事かと驚くイヴがノイチゴを見ると、彼女の目は獲物を見つけた狩人のものとなっていた。
「この通り、お酒に酔ったイヴ様をお持ち帰りする義務が残っていますので~~♡」
「えっ、ちょっとまっ⋯⋯⋯⋯!? 意味わかないんだけど!?」
「油断しましたわねイヴ様。今夜は私と夜通し愛し合いましょう♡」
「いやいやいやいや!! ノイチゴさん僕男だよ!?」
「何を言ってるんですかイヴ様。芳醇な雌の匂いがするアナタは、立派なオ・ン・ナ・ノ・コ♡」
「ひっいいいいいいいい!! だっ、誰か助けてよ!!」
ノイチゴの魔の手にかかったイヴは、まさに蜘蛛の糸に絡めとられた蝶と同じである。最早彼に逃げ場はないのだが、連れて行かれたら何をされるか分かったものではないため、イヴは必死の抵抗を試みていた。
薬の入った木箱を手渡されたレイナは、そんな二人の様子を驚きながら眺めていた。すると、目が合ったノイチゴが彼女に向ってウインクし、妖艶に笑って見せて口を開く。
「頑張って下さいね。レイナ様♡」




