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第四十七話 その花の名は Ⅲ

 チャルコ国に数日間滞在したリック達は、シルフィ達から帝国への土産を持たされて、チャルコの地を後にした。

 因みに、チャルコに滞在中クリス達はアニッシュの訓練に付き合い、何度も模擬戦を行なって大いに彼を扱いた。結果はクリス達の全勝だったが、「今度会う時は必ず勝って見せます!」と宣言したアニッシュは、彼らとの戦いで得た経験を忘れず、決意を新たに訓練に励むのだった。

 

 チャルコの地を離れ、ようやく彼らは自分達の帰るべき国へと帰還を果たす。やっとヴァスティナ帝国に帰ってきた英雄達だったが、本隊が先に大歓声で迎え入れられた事もあって、彼らの帰還は静かなものであった。

 それでも、帰ってきたリック達の姿を見た人々は、彼らの無事の帰還を喜んだ。大人から子供まで、帰ってきた英雄達を笑顔で迎え、城に着くまでの間は多くの人々に再会し、気さくに声を掛けられたのである。

 これはリック達が、ヴァスティナの人々に愛され、頼りにされている証拠だった。そして何より、彼らがヴァスティナの民として、人々に認められている証でもある。今では、かつては敵であったヴィヴィアンヌでさえ、まだ少し恐がられながらも民に受け入れられていた。


 無事帰還の喜ばれた彼らは、ヴァスティナの中心地に聳え立つ国の象徴、ヴァスティナ城に到着した。城には彼らの帰還を待つ、帝国女王が君臨している。リックはこの国の将軍として、女王に帰還の挨拶と報告の義務があった。

 リックはレイナ達を連れ、久しぶりとなる城内の通路を歩く。途中出会う騎士や兵士、メイド達などにも声を掛けられ、帰還を祝う言葉を貰いながら、女王が待つ謁見の間を目指す。

 

「あっ! リック様達が帰ってきた!!」


 謁見の間を目指すリック達の目に、元気ある声で彼らの帰りを喜ぶメイドが映る。声を上げた一人以外にも、メイドは三人いた。元気のいいメイドの傍に二人と、その後ろに一人。他の三人も同様に、リック達の姿を見つけて笑顔を浮かべていた。


「お帰りなさい、リック様!! レイナ様、クリス様、それにヴィヴィアンヌ様も!」

「ただいまです、ラフレシアさん。変わりなさそうで良かった」


 リック達の前に現れたメイドの名は、ラフレシア。女王陛下最後の砦、フラワー部隊最強の五人の一人にして、男同士の恋愛を愛する腐ったメイドである。

 ラフレシアの傍には、彼女の副官的立ち位置の双子、ナノとハナが彼女の腕に抱き付いていた。その三人の後ろにいるのは、フラワー部隊を代表する武闘派のカーネーションであった。

 ラフレシアだけでなくこの三人も、リック達の帰還を喜び、彼らの無事の帰還を出迎えた。すると、双子のナノとハナが同時にラフレシアの腕から離れ、今度はリックの両腕に抱き付いてくる。右腕の怪我はある程度回復し、包帯を外して布で吊ってもいないとはいえ、リックが怪我人なのは変わらない。そんな事など知る由もない二人は、遠慮なくリックの腕に体を寄せて彼を見上げていた。


「お帰りなさいリック様! ナノにお土産は♪」

「お帰りなさいリック様! ハナね、お土産はお菓子がいいの♪」


 メイド部隊一の若さだけあり、双子は子供の様にリックに甘えてくる。可愛らしく無邪気な笑顔の二人に、眩しい瞳でお土産を要求されてしまったら、何も出してやらないわけにはいかない。


「安心しろ菜の花コンビ。二人の土産もちゃんと買ってきたから」

「「やったー♪」」

「こらー、二人共! リック様の優しさに付け込まないの!」

「ったく、これだからお子ちゃま共は。土産くらいで燥ぐなよな」


 歳相応に燥いでる双子は、ラフレシアの注意を全く聞かないで、恐いお姉ちゃんに怒られた言わんばかりに、さっとリックの背に隠れた。カーネーションはそんな二人を子供扱いしたが、どうやら二人はそれが気に入らないようで、彼女に向かって同時に舌を出して見せた。


「こいつら、俺に喧嘩売ってただで済むと思うなよ!」

「カーネーションこわーい。喧嘩っ早すぎー」

「自分だって子供っぽいとこあるくせにー」

「もう、三人共喧嘩しないの! カーネーション、言う事聞かないとアマリリスに言いつけるわよ」

「そっ、それは勘弁してくれ姉さん!! 次怒られたら今度こそ殺される!!」

「「やーい、怒られたー♪」」

「あんた達もよ!! メイド長に言いつけてもいいの!?」

「「ひっいいいっ!! 今度こそ殺されちゃうよ!」」


 フラワー部隊は常に死と隣り合わせ。やってしまった事が上司の耳に入れば、最悪殺される危険がある。メイド達全員の規律は、上官の恐怖という絶対的存在によって守られているのだ。

 三人が自業自得に怯える様を見たリックが、思わず吹き出して笑った。帰ってきて早々、いつも見てきた日常の光景が行なわれ、懐かしさと安心感を覚える。この安心感が、戦争を終えて帰還したばかりの緊張感を和らげた。

 無事の帰還という最後の役目を果たし、全軍の最高司令官であるリックは、ようやく心を落ち着かせる事ができた。自分の実家に帰ってきたような、そんな感覚をつい覚えてしまう。

 安心して笑み浮かべているリックのもとに、更にもう一人メイドが現れる。通路を歩き、真っ直ぐ彼に向かって歩を進める、メイド部隊最強の一人。向かって来る彼女はリックにとって、命の恩人と言える存在。


「お帰りなさいませ、リック様」


 帰還したリック達を出迎えたのは、フラワー部隊のリンドウだった。彼女はリックの前で静かに頭を下げると、無表情の顔を上げて彼の姿を見る。


「ただいま、リンドウさん」


 愛想のない挨拶をするリンドウに、リックは微笑を浮べて挨拶を返す。変わりない姿の彼女に再会できて、心の底から嬉しさが込み上げ微笑むが、対照的に彼女は表情一つ変わらない。


「⋯⋯⋯⋯戦闘でお怪我をなされたと聞きました」

「ああ、右腕のことですか? 体が丈夫なのが取り柄ですから、大分治って今じゃこの通り」


 そう言ってリックは、自分の右腕を上下に振って見せる。レイナ達はそれを心配そうに見ていたが、本人は一切痛みを感じさせない、平気な顔で笑って見せた。


「⋯⋯⋯⋯大事にいたらず何よりでした。お疲れのところ申し訳ありませんが、謁見の間で陛下がお待ちかねです」

「わかりました。俺のことは心配しなくても大丈夫です」

「⋯⋯⋯⋯」


 これ以上は何もなく、リンドウは彼に背を向ける。彼女の背は、謁見の間まで自分が付き添うと語っていた。女王への挨拶のため、リックとリンドウは謁見の間へと向かうべく歩き出す。

 ヴィヴィアンヌは二人に続いたが、同じく付いて行こうとしたレイナの肩を掴んだクリスは、彼女を捕まえたまま動かなかった。


「おいリック。俺はこいつと他の奴らのとこに顔を出す」

「わかった。ついでに、みんなに土産を配っといてくれ」


 リックとリンドウ、それにヴィヴィアンヌは、クリス達を残してこの場を後にする。離れていくリック達の背中を見送るラフレシアは、首を傾げてリンドウの事を見つめていた。


「リンドウったら、あんなにリック様の帰りを心待ちにしてたのに」

「「変だね~」」

「嬉しくてリック様に抱き付くかと思ってたのに、どうしちゃったのかしら」


 リックが軍を率いて帝国を出立してから、リンドウは彼の身を心配し続け、心ここに在らずの日々を送っていた。それはメイド部隊全員が知っていて、余りにも彼女が元気を失くしているために、一日も早いリックの帰りを待っていた程だ。

 ただ、当の本人は皆の予想に反し、帰ってきたリックを見つけても眉一つ動かさず、何事もないかのように振舞った。予想外の彼女の様子に、ラフレシアだけでなくナノやハナ、カーネーションまでも首を傾げる。


「まっ、いいか。それでクリス様、どうしてレイナ様を捕まえてるんですか? すっごい顔で睨まれてますよ」

「あん?」


 振り返ったラフレシアがクリスを見ると、レイナの肩を掴んだままのクリスが、眉に皺を寄せた彼女に睨まれ続けていた。


「何のつもりだ破廉恥剣士。邪魔をするな」

「お前、そうやって飼い犬みてぇにどこまでも付いてく気か? この前なんか便所にまで付いてったろ」

「それのどこが悪い⋯⋯⋯?」

「馬鹿、帰ってきてまでくっ付かなくていいだろうが。リックの隣には眼帯女も暗器メイドだっているんだからよ」

「だっ、だがそれでも⋯⋯⋯⋯!」

「口答えすんじゃねぇ! 俺らには他にやる事があんだろうが!」

「こっ、こら待て破廉恥剣士! 手を放せ! はーーなーーせーーっ!!」


 言っても聞かないレイナを掴んだまま、クリスは彼女を引っ張ってリック達とは逆方向に歩いていく。嫌がる彼女を無理やり連れて、自分達の仕事を済ませるために、クリスはレイナと共にこの場を立ち去った。

 

「あらら、行っちゃった。レイナ様もちょっと様子が変ね」

「あれじゃまるでヴィヴィアンヌ様だ。ずっと付いてまわってるって、いつからレイナ様は親衛隊になったんだ?」

「ほんとね。リンドウもレイナ様も、リック様の事で何かあったのかな⋯⋯⋯⋯⋯」


 帰ってきた自分の家でまで、肩を張って心配する事はない。例え犬猿の仲でもクリスは、不器用な彼女を放っておかないのである。

 しかし、嫌がる本人はそんな彼の気遣いに全く察さず、まるで飼い主を悩ませる飼い犬の如く抵抗し、彼に力尽くで引っ張られて連れて行かれるのであった。









 

 謁見の間に到着したリックを待っていたのは、玉座に腰を下ろす、この国の絶対的支配者だった。

 玉座に君臨する少女の前に参上し、片膝を付き、首を垂れて臣下の礼を取るリック。その後ろに控えたリンドウとヴィヴィアンヌも、彼と同じように礼を取って頭を下げた。


「ただいま帰還致しました、女王陛下」

「⋯⋯⋯⋯面を上げろ」

「はっ」


 女王の命を受け、リックはゆっくりと顔を上げた。見上げた先には玉座と、未だその玉座に体が合わない、女王として君臨する少女の姿が瞳に映る。

 その瞬間、リックの瞳に映ったものは、失われてしまったはずの大切な少女だった。

 純白のドレスをその身に纏い、透き通るような白い肌と、一切の混じりのない長く美しい白い髪が、見る者にこの世のものとは思えない神秘的な印象を与える。ただ、芸術の如く作られた人形の様な彼女は、神秘さだけでなく、見た者に悲しみと儚さを感じさせた。

 儚くも美しい少女の顔が、あの頃と同じように瞳に映る。失われてしまった彼女の光。その瞳は、もう二度と外の世界を映し出す事はない。それでも少女は彼に気付き、本当に幸せそうに、変わらない微笑みを向けてくれる。


「大義である」


 忘れてはいない、忘れたくない、約束を交わした少女の姿。映し出された幻影を消し去ったのは、自分が亡き少女の代わりにこの国の支配者とした、現女王の一言だった。

 身に纏う漆黒のドレスは、最愛の存在を失い、その意志と決意を受け継いだ証である喪服。その美しい黒髪は、亡き存在の幼き頃と同じ髪の色。生れ出た母は違えど、玉座に座る彼女と、亡きあの少女はよく似ている。

 黒の女王。亡き少女が純白の女王であった為に、そう呼ばれてしまう事もある。

 罪深き己を黒く染め上げるが如く。彼女こそが、今のヴァスティナ帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナである。


「異教徒討伐の報告は既に聞いている。魔導具なる存在によって、信じ難い巨大な怪物と戦ったとも聞いた」

「⋯⋯⋯⋯はい。非常に厄介な怪物でしたが、最終的には勇者と魔道具の力で消し去る事ができました」


 女王としての風格と威厳を放つ、とても少女とは思えぬアンジェリカの存在。彼女が女王になって月日が流れ、あの頃よりも少し背が伸び、顔立ちや声も大人びてきている。

 きっと彼女が生きていたなら、今のアンジェリカと同じように成長していたのかもしれない。リックの瞳に、今や幻でしかない少女の姿が重なってしまう。


「噂に聞く、異世界より召喚されし勇者。ジエーデルとの戦争に於いてそれは、王国の切り札となるか」

「しかし、如何に強大な力を持つにしても、勇者とて所詮は人間です。異世界から召喚されたと言っても、あれは戦も知らない子供でした」

「その子供が巨大な怪物を屠ったのだ。子供だからと侮るな」


 あの少女とは違う。女王としての威厳を守るため、支配者として強く在ろうとアンジェリカは振る舞う。

 そうさせてしまったのは、リック自身だった。彼女は憎しみを糧とし、絶望や悲しみを隠して生き続けている。その憎悪の対象はリックと、彼女自身だ。

 リックとアンジェリカ。二人の関係は、あの悲劇から変わってしまった。かつての二人を知る者達が、もう二度と二人があの頃に戻る事はないと、諦めてしまうほどに⋯⋯⋯。

 

「王国とジエーデルが開戦した以上、我らの戦いも近い。わかっているだろうな?」

「はい。現在、国防軍の兵器開発と補充に全力を注ぎ、来るべき戦いに備えています」

「ならばそれまでは、兵に十分な休息を与え、存分に英気を養わせよ」


 例え二人の間が戻らずとも、二人が望んでいた戦争は、直ぐそこまで迫っている。ホーリスローネ王国が勝つか、それともジエーデル国が勝つか。戦いの勝敗は関係ない。

 アンジェリカは復讐の為に、リックは復讐と、亡き少女との約束を果たすために、前へと進み続ける。その先に待つ戦いに、敗北は決して許されない。


「リクトビア・フローレンス」

「はい、陛下」


 顔を合わせた二人の瞳が、互いの姿を映し出す。

 リックの瞳に映るのは、失われてしまった彼女の姿と重なる少女。そしてアンジェリカの瞳に映るのは、自分から大切な全てを奪い去った、殺したいほど憎んだ男。


「我が帝国の敵を屠り、必ずや勝利を齎せ。それが貴様の、命を賭してでも果たすべき務めだということを忘れるな」

「⋯⋯⋯我らが女王陛下の、御命令のままに」


 再び首を垂れて女王の命に従い、リックはアンジェリカに忠誠を示す。その彼の背中を、後ろに控えたリンドウが悲しみに暮れた瞳で見つめている。

 二人が失ったものはあまりに大きく、自分自身すら変えてしまう悲劇だった。失ったものは二度と取り戻せないが、せめて次の戦争が、二人が救われる結果で終わって欲しい。

 これはリンドウだけでなく、二人を想う全ての者達の願いだった。

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