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第四十六話 神殺し Ⅷ

 ヴァスティナ帝国国防軍陣地。

 そこでは今、多くの兵が勝利に興奮しながら、戦後処理と撤収の用意を進めていた。戦いを終えた南ローミリアの英雄達は、役目を果たして祖国へ帰ろうとしている。激しい戦闘を繰り広げ、決して少なくない犠牲も払ったが、英雄達は手に入れた勝利と平和に湧いていた。

 設置した天幕を引き払い、機甲部隊と航空部隊の補給と整備を行ない、戦死した者達の遺体の回収と、怪我人の手当てを進めている。特に航空部隊が使っている竜は、数度の出撃でかなり体力を消耗し、大分腹も空かせているため、補給という名の食事の時間が必要なのだ。

 

 陣地で全軍の指揮を執っているのは主に、戦闘中この場で作戦指揮を行なっていたエミリオと、勇者達と別れて合流を果たしたミュセイラである。

 戦闘が終わった後も抜かりなく、二人は休む間もなく多忙な様子で各所へ命令を送っていた。そんな二人のもとに、最前線で怪物相手に激闘を繰り広げた、称えられるべき英雄達が帰還する。


「あっ! やっと戻ってきましたわね!」


 前線から戻って来た彼らを見つけたミュセイラが、一応無事な彼らの姿に声を上げ、その声でエミリオも彼らの帰還に気付いた。

 一応無事というのは、戻って来た内の約一名がどう見ても重傷だからである。勿論、重傷で戻って来たのはリックであった。クリスに肩を借り、傍にレイナを連れて帰還した彼は、右腕の包帯を巻いて布で吊っている。ここに来るまでに、簡単だが手当てを受けていたのである。

 他の仲間達は、それぞれの部隊を指揮するために分かれていた。ゼロリアス帝国側であるジルとクラリッサも、自らの陣地に戻っていった。リックの身を案じてずっと傍にいようとする者もいたが、レイナとクリスがいれば大丈夫と思い、心配しながらも自分の仕事に戻っていったのである。


「お帰り、リック」

「ただいま。やったなエミリオ」


 クリスの支えを借りたリックが、エミリオの前まで来るや否や、大喜びして彼に飛び付き抱きしめた。突然の事に全員が驚く中、怪我の痛みも忘れて、まるで子供の様に燥ぐリックが興奮して口を開く。


「お前の創った帝国国防空軍は最強だ。ドラグノフ達の活躍見てたろ? 敵の兵士は一方的に皆殺しだったし、デカい怪物もぼっこぼこにしてやった」

「しっかり見ていたよ。私の夢が叶ったのは、何もかも君のお陰さ」

「俺は何もしちゃいない。あれは全部お前の力だ。いや~、今回は想定外の化け物が出て焦ったけど、あれがなかったらうちの航空戦力が無双して――――――」

「ところでリック、私に何か言う事があるんじゃないのかい?」


 抱き付かれて最初は驚いたエミリオも、リックの真の狙いにはとっくに気付いている。言葉にした通り、エミリオ発案の航空戦力の活躍に、リックが飛び上がりたいほど喜んでいるのは事実だが、この行動は彼の作戦なのだ。


「抱きしめながら揉めて、勢いで誤魔化そうとしても無駄だよ。何をしてそんな怪我を負ったのかは、既に報告を受けているからね」

「うっ⋯⋯⋯⋯」

「また勝手に飛び出してどんな無茶を仕出かしたかと思えば、あの怪物にたった一人で取り付いて頭を爆発させたって、君は一体何を考えているのかな?」

「だっ、だってさあ! あの時はミュセイラ達が本当に危な――――――」

「それで右腕を壊して全身傷だらけになったのかい? 一歩間違えば死んでいたんだよ。君が死んだら誰がヴァスティナ帝国の軍事をまとめると言うんだい?」

「わっ、わかったから! ごめんって!」

「いいや、全然分かってない。大体君は―――――――」


 こうなるとエミリオの説教は長い。それが分かっていたから、先手を打って誤魔化そうとしたのだが、ヴァスティナ帝国が誇る名軍師には、彼の愚かな企みなどお見通しだった。

 説明が長ければ説教も長いのが、参謀長エミリオ・メンフィスの恐ろしいところである。抱擁を解かれたエミリオは、顔は笑っていたが目は全く笑っていない。御立腹な彼には逆らず、抵抗を諦めたリックは大人しく説教を受けるしかなかった。


「まっ、まあまあ先輩。今は色々忙しいですから、将軍へのお説教はまた後日に改めた方がいいと思いますわ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯確かに君の言う通り、まだ片付けないといけない仕事は山積みだ」

「この人が馬鹿で阿保で変態で不潔で滅茶苦茶なのは今に始まった事じゃありませんわ。まったく、お説教ばかりさせられて疲れるこっちの身も考えて欲しいですわね。先輩は忙しいんですから、邪魔をしないで下さいまし」


 まさかの助け舟を出したのは、あのミュセイラだった。リックとは彼女は、最早帝国の名物であるレイナとクリスの仲並みに揉めるので有名だが、今回は珍しく説教側ではなく庇う側に回ったのである。

 驚くリックが目を見開いてミュセイラを見ていると、彼女は彼から顔を背けて腕を組み、照れくさいのを隠していた。


「⋯⋯⋯⋯⋯将軍のお陰で命拾いしましたの。助けるのは今回だけですわよ」

「そういう事か⋯⋯⋯⋯⋯。爆発の後に気絶しちゃったから詳しく知らないんだけど、化け物の攻撃はちゃんと外れたのか?」

「攻撃が空に向かって放たれましたから、全然平気でしたわ。勇者達もアリステリア殿下も無事で、掠り傷一つ負いませんでしたわ」

「お前は大丈夫だったか?」

「ええ、もちろん大丈夫でしたわよ。私も怪我がなくて済みましたもの」

「そうか。お前が無事だったなら、それでいい」

「!」


 あの時、リックが一人無茶をしてまで、怪物の攻撃を阻止しようとした理由。攻撃を防がなければ、同盟軍が敗北してしまうという理由もあった。しかし、怪物の狙いを見抜いた、あの時の彼の脳裏に浮かんだのは、勇者達のもとにいるミュセイラの姿だった。

 この男の行動原理には必ず、大切なものを守りたいという強い意志がある。今回もそうだったからこそ、命懸けであそこまでの無茶ができたのだ。

 普段喧嘩する仲でも、大切な仲間の一人としてミュセイラを見ている。それを知った当の本人は、真面にリックの顔を見られなくなっていた。余りに照れくさくて、そして嬉しくて、どんな顔をすればいいか分からなかったからだ。


「女の扱いが上手いのは非常に良いですが、一体何度私の言葉を無視すれば気が済むのでしょうか、将軍閣下」

「はっ!?」


 帰ってきて、まず最初に脅威となるのはエミリオだった。彼の説教を誤魔化そうとしたのも、全ては彼女の説教から逃れられないからである。

 いつの間にかリックの背後に立ち、座った目で彼に声をかけたのは、今前線から帰還したヴィヴィアンヌだった。驚いて振り返ったリックは、彼女の姿を見るや、如何にか許して貰おうと土下座を考える。だが彼は、帰ってきたヴィヴィアンヌの姿に驚愕し、我が目を疑った。

 大した怪我ではないが、あのヴィヴィアンヌが全身に掠り傷を負っていたのである。これには、彼女の実力をよく知るレイナとクリスも、驚きを隠せないでいた。

 現ヴァスティナ帝国に於いて、ヴィヴィアンヌは誰もが認める最強の存在だ。その彼女が戦闘で傷を負うという事は、予期せぬ事態に遭遇したか、もしくはかなりの手練れと戦った事を意味する。しかもそれは、無敵のヴィヴィアンヌに手傷を負わせる程の相手だ。余程の相手と戦闘したに違いないのである。

 

「大丈夫かヴィヴィアンヌ!! 怪我は大した事なさそうだけど、何があったんだ!?」

「問題ありません。任務遂行中、第三勢力と交戦中に負傷しただけです。相手は何者か分かりませんが、恐らく⋯⋯⋯⋯⋯」


 その時ヴィヴィアンヌは、視線を一瞬レイナとクリスに向けて、言葉を止めてしまった。ほんの少しだけ思考した彼女は、再び口を開いた。


「⋯⋯⋯⋯⋯いえ、何でもありません。第三勢力の奇襲により、捕縛対象だったハンス・シュトライプを死なせてしまいましたが、目的の情報は入手致しました」

「よくやった。ハンスを失ったのは残念だったが、情報が手に入ったなら問題はない」

「彼の死は私の失態です。処分は御任せします」

「お前が手古摺る程の奴を相手にして、任務を果たしてくれたなら十分だ。気にしなくていい」

「⋯⋯⋯⋯⋯ありがとう御座います、閣下。それとは別に、今回の事に関しての指導は後程たっぷりと行ないますので、そのつもりで」

「はい⋯⋯⋯⋯⋯」


 ヴィヴィアンヌからの説教は確定してしまったが、彼女が成功させてくれた極秘任務は、今後の戦いに必要不可欠な材料となるだろう。それを無事に入手できた事で、リックの思い描く大陸全土の武力統一の戦略図に、新たな駒が進められた。興奮を隠し切れない彼の口元に、邪悪な笑みを浮かび上がる。

 

「これで次の攻撃目標は決まったな。ヴィヴィアンヌ、それに皆も、これからもっと忙しくなるぞ」


 望むところであり、覚悟はできている。

 リックの口にした次の目標は、皆にも容易に想像ができた。いよいよ彼は、夢にまで見た復讐に乗り出すのである。そしてこの復讐は、ヴァスティナ帝国前女王の頃より戦う、レイナ達にとっても待ち侘びたものだ。

 卑劣な手で多くの命を失い、大切な者達を奪われた。リックやレイナ達の脳裏に蘇るのは、白百合のように美しく儚かった優しい少女と、彼女に絶対の忠誠を捧げて仕えた銀髪褐色の女騎士。

 リックは、少女と別れた最後の瞬間を忘れてはいない。心の底から愛した彼女が自分に言ってくれた、最後の言葉と微笑みを忘れていない。胸に隠し続けた憎しみの炎が、今ようやく解き放たれようとしている。


「帝国に戻ったら、早速侵攻用の戦略を考えないとな。その間に武器の大量生産を進めて、なるべく早め―――――」


 次の戦いに思いを馳せているリック達のもとに、急ぎ駆け込んできた兵が二人いた。一方はエミリオ旗下の諜報部隊の兵であり、もう一人はヴィヴィアンヌ旗下の親衛隊の兵だった。

 兵の様子から、緊急事態を感じたリックが口を閉じる。現れた兵はそれぞれの指揮者の傍に立ち、重要な情報を耳元で告げた。

 報告を終えたそれぞれの兵が立ち去ると、エミリオとヴィヴィアンヌが互いの顔を合わせる。お互いの様子を見て、報告の内容が同じであると察したエミリオが、代表して口を開いた。


「リック。どうやら彼らが動いたようだ」

「⋯⋯⋯⋯!」

「ジエーデル軍の戦力が、ホーリスローネ王国と同盟関係にある諸国の国境線を突破し、軍事侵攻を開始したようだ。完全な奇襲攻撃で同盟国は成す術もなく、瞬く間に降伏したらしい」


 独裁国家ジエーデル国。彼の国の絶対的支配者、バルザック・ギム・ハインツベントは、宣戦布告無しで北侵を開始したのである。

 ジエーデル軍が攻撃したのは、大国たるホーリスローネ王国と同盟関係にある国々だ。同盟国が攻撃されれば、王国も当然黙ってはいないだろう。確実に、ホーリスローネ王国とジエーデル国による、初めての全面戦争が勃発する事になる。


「親衛隊が得た情報によれば、侵攻軍の指揮官は名将ドレビン・ルヒテンドルクとの事です。あの将軍を使っているならば、ジエーデルは本気で王国を潰すつもりでしょう」

「侵攻したジエーデル軍の先鋒は約一万三千。その後に四万もの軍勢が続くそうだ。異教徒反乱があった状況下にも関わらず、各地からかなりの戦力を搔き集めたようだね」


 今分かっている情報だけでも、独裁者が本気だと分かってしまう。ホーリスローネ王国とジエーデル国が戦争となれば、大陸の覇権を賭けた戦いと言っても過言ではない。この戦争をきっかけにして、もう一つの大国であるゼロリアス帝国が、一体どのような動きを見せるのかも気になるところだ。

 下手をすれば、ローミリア大陸全土を巻き込む戦争に発展してもおかしくはない。始まってしまった新たな戦争は、リック達にとって今後の戦略を左右する、選択を間違えてはならない緊急事態と言えるだろう。


「だから、ロイドさんのジエーデル軍は大急ぎで撤収したんですのね。彼は名将の息子ですし、王国軍にこれが知れたら大騒ぎですもの」

「素人王子の奴、この事知ったら泡吹いて倒れるじゃねぇか」

「今日まで共に戦ってきた仲間が、突如敵と変わって刃を向け合うか⋯⋯⋯⋯⋯。これが戦争だと分かっていても、やり切れないものだな」


 同盟軍からジエーデル軍が真っ先に離脱した理由は、これしか考えられなかった。討伐の軍を率いていたロイドが、王国への侵攻計画を知っていたのかどうかは分からないが、即座に同盟軍を去るのは当然である。

 ボーゼアス教を倒した矢先に、この地の王国とジエーデルの戦力同士で、新たな戦争が勃発する可能性もあった。万全の状態ならまだしも、互いに消耗している今の状態では、真面に戦うのは難しい。急いでこの地を去ったロイドの判断は正しいと言えるだろう。


「閣下、如何致しますか? 今ならば逃げたジエーデル軍を追撃できます。追撃の先鋒は我が親衛隊にお任せください」

「リック、どうするかは君次第だ。現状の我々も余力は無いが、敵となったロイド・ルヒテンドルクは危険な存在だ。将来の脅威を排除するなら、今が絶好の機会とも言える」


 命令が発せられれば、ヴィヴィアンヌは自らの隊を率いてすぐさま行動を開始する。エミリオは彼女の意見にも一理あるとし、判断をリックに委ねた。ミュセイラはエミリオと同じ考えであり、自軍の余力の無さを理解しつつも、ロイドが敵として現れた場合の脅威をよく理解している。レイナとクリスは、リックがどんな命令を下そうと、その命に従うと決めている。

 帝国国防軍を代表する主だった者達が、最高司令官であるリックの決断を待った。全員の視線がリック一人に集中し、緊張の空気が流れる。


 ジエーデル国はヴァスティナ帝国が倒すべき敵である。必ずや戦端を開く相手ならば、今ここで先手を打つのは間違っていない。特にロイドは、エミリオとミュセイラが危険視する程の軍人だ。二人が危険と考える相手を逃すなど、リックにとっても選択を迷う問題である。

 緊張感漂う空気の中、全員の視線を集めるリックが、自軍の陣地内を見渡し始めた。彼の瞳には、圧倒的な力で戦場を蹂躙した自分の兵達の姿が映る。兵達は皆、数で勝る敵相手に恐れず勇敢に戦い、装甲車輌や銃器を駆使して敵を撃破した。

 それでも無傷とはいかない。戦死した者は少なくない。大勢が怪我をしている。無事な者達の多くも激戦でその身が汚れ、長かった戦いに疲れ果てていた。


「⋯⋯⋯⋯⋯帰ろう、俺達の家へ。帝国の皆が、兵士達の帰りを待ってる」

 

 リックに命を預け、戦争に付き従い、共に戦う彼らを無事に国に帰す。それが最高司令官である彼にとって、最優先すべき選択だった。

 リックの決断に異を唱える者は、誰一人としていなかった。実を言えば、彼ならばそう言うと分かっていたのである。それに、追撃を仕掛けるにしても、武器弾薬の残りはほとんどなく、満足のいく戦闘は出来ない状態だ。焦って仕掛ければ、大損害を被る可能性は非常に高いのである。

 兵の命を優先した彼の決断を受け、エミリオ達は引き続き撤収の用意を進めた。皆がそれぞれの指揮に戻っていく中、決断を下したリックのもとにレイナが歩みである。リックと向かい合った彼女は、微笑を浮べて彼を見つめる。

 

「やはり、閣下はお優しい方です」

「⋯⋯⋯⋯優しいだけじゃ戦争には勝てない」

「そうかもしれません。ですが私は、優しい貴方だからこそ、己を槍と変えて戦えるんです」


 決断に迷いを抱いていたリックの心情を察し、レイナは彼の迷いを打ち払う。彼女の言葉に励まされたリックは、いつも傍にいてくれる、かけがえのない大切な赤髪の少女へ微笑み返す。

 

「ありがとう、レイナ」










 異教徒との戦いを終えた、グラーフ教の旗に集いし同盟軍の各国は、皆それぞれの国へと戻っていった。特にホーリスローネ王国は、王国を揺るがす緊急事態に驚愕し、どの国よりも急いで撤収したのである。

 戦勝の宴も正式な宣言も執り行われなかったが、グラーフ同盟軍は今日この日を持って解散した。

 解散して帰路につく各国の代表者達は、戦火を拡大させ続けるジエーデル国の侵攻を知り、未だ訪れぬ平和と終わらぬ戦争を実感する。

 

 一つの戦争が終われば、また次の戦争が始まる。

 終わらない戦争の連鎖。争いを止められぬ人間の愚かさに、彼らは怒りを通り越して憐れみを覚えるばかりだった。

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