第四十六話 神殺し Ⅶ
怪物が倒された事で、グラーフ同盟軍による最後の仕上げが行なわれた。
動ける戦力での、ボーゼアス義勇軍残党への対処や、敵軍本陣への進軍である。怪物消滅後、敵後方陣地突入に真っ先に動いたのは、ロイド旗下のジエーデル軍部隊であった。
彼の部隊には、教祖オズワルドの捕縛を目的とした、ジエーデル軍警察の部隊が従軍していた。反乱の首謀者であるオズワルドを、見せしめのために公の場で処刑するのが、軍警察の目的である。その目的を達成するために、ジエーデル軍はどの国の軍よりも先に行動し、オズワルド捕縛に動いたのである。
結果、ボーゼアス義勇軍後方陣地へ突入したジエーデル軍は、怪物の出現で壊滅した陣地内で、捕縛対象のオズワルドを発見した。
だが彼は、軍警察の手によって遺体で発見された。怪物を出した直後か消滅した後か、自ら短剣を心臓に突き刺し、自決していたのである。見せしめで処刑される事を避ける為、捕まる前に命を絶ったのだと考えられた。
その後は、残党による組織的な攻撃は起きず、生き残った者は大人しく降伏していった。ボーゼアス義勇軍の陣にはグラーフ教の旗が立てられ、同盟軍全軍に戦いの終わりを告げたのである。
斯くして、グラーフ教とボーゼアス教の宗教戦争は、グラーフ教の勝利で幕を下ろした。
数え切れぬほど多くの死傷者を出したこの戦争は、後に「ボーゼアスの乱」と呼ばれ、英雄となった勇者達の活躍と、恐るべき軍事力を見せつけたヴァスティナ帝国と共に、大陸の戦史に記される事になる。
激戦を終えたグラーフ同盟軍だったが、休みや勝利の美酒に浸るまもなく、やる事は山積みだった。
捕虜にした敵軍残党への対処、戦死者の遺体の回収と埋葬、大勢の怪我人への手当て、全軍の損害の確認等を行なっていたら、気が付けば時間は夕刻である。戦闘を終えたクレイセル大平原を、夕焼けが赤く照らし出す。照らされているこの大地には、敵味方多くの戦死者の魂が眠っているのだ。
戦後処理を指揮するのは、同盟軍の盟主たるホーリスローネ王国の王子アリオンである。彼は配下の将軍ギルバートの助けを借り、同盟軍の陣地内で忙しくも確実に処理を進めていた。
「ギルバート、これまで本当にすまなかった」
「おや? 王子が私に何を謝ろうというのですかな?」
指示が一段落したところで、傍でアリオンを支えるギルバートに、彼は謝罪の言葉を述べて頭を下げた。「何の事だか分からない」と、惚けた顔をするギルバートだが、謝罪の理由は既に察している。
「王族として恥ずべき事だが、今まで思い上がっていた。ヴァスティナの軍師に言われて、やっと気付けた」
「ほう、あの軍師の言葉で学んだようですな」
「僕はホーリスローネ王国の王子であって、軍人ではない。僕に課せられた役目は象徴であり、全ての責を負う総大将だった。それなのに僕は、軍人の真似事をして多くの兵を死なせてしまった。ままごと遊びと言われるのは当然だ」
最初から、ギルバートを信じて任せていれば良かったのだ。
戦争に素人が口を出してはならない。それは、ローミリア大陸で広く使われている兵法書にも書かれている。これが初陣で、しかも軍人ではなく王族のアリオンが、参謀の意見も聞かず作戦指揮をするなど、絶対にあってはならなかった。
戦争の事は、戦争のプロである軍人に任せればいい。しかも今回従軍している将軍は、ローミリア大陸一の戦略家と名高いプロ中のプロだった。最初から全て彼に任せていれば、多くの兵士を無駄死にさせずに済んだはずだ。
自分の力で正義を為そうと、大陸の平和を取り戻そうと息巻いて、誰の忠告も聞かなかった結果が兵の死に繋がった。素直に忠告を聞けなかったのは、自分のプライドが邪魔したせいだ。それが全て間違いだったと気付き、最後の戦いでアリオンはギルバートに全てを託した。
もしも、指揮を執ったギルバートの作戦が失敗し、同盟軍が怪物に敗れていたとしたら。その時は全責任をアリオンが負い、必要なら死も覚悟していた。本来、それが王族である自分に求められた事で、ギルバートを信頼して頼る事が正しかったのだ。
「もっと早く気付いていれば、僕の作戦で命を落とさずに済んだ者は大勢いる。死んでいった者達には、どんなに謝っても許されないだろう」
「確かに、到底許される死に方ではなかったでしょうな。では、王子を信じて散っていった彼らの死を如何にして償いますか?」
「国に戻れば、父上から厳罰に処される覚悟はできている。だが、それだけでは償い切れない罪だ」
討伐軍の指揮者にギルバートを選んだのは、アリオンの父である国王だ。ギルバートを傍に置いておきながらのこの失態は、必ず言及される罪となる。その責を負う者は、討伐軍の最高責任者であるアリオンの役目だ。
ただ、死なせてしまった彼らの命は、決して無駄なものに変えてはならない。失ってしまった命以上の数を救い、守る事こそ、命を落とした彼らに捧げられる償いだ。
「王子。彼らの死に囚われ過ぎてはなりません」
「!?」
「戦争で兵が死ぬのは世の理。一人も死なせず戦争に勝利するなどは、私にも出来ない難題です。兵の死を背負い、己の罪と責から逃げない覚悟は御立派ですが、人には出来る事と出来ない事があるのです」
全くその通りだと思い、改めてアリオンはギルバートに、大切な事を学ばされた。そして同時に、又もや自分が思い上がってしまった事に気付き、反省させられたのである。
緒戦からずっと、ギルバートはアリオンを成長させるために、自ら進んで悪役を買って出ていた。今はそれが分かるアリオンにとって、彼は信頼できる将軍というだけでなく、自分を正してくれた良き先生だったと言えるだろう。
「ギルバート。お前には一生敵いそうにない」
「それでは困りますな。国を継ぐ者として、私の様な老兵など追い越して貰いたいものです」
「難しい事を言うな。でも、努力はするよ」
初めて、二人の間に笑い声が上がった。緒戦の頃の険悪な空気は綺麗に消え去り、今は信頼し合う王子と臣下として顔を合わせていた。
そんな二人のもとへ、戦いを終えて戻って来た勇者達が歩いてくる。神を殺した勇者達、櫂斗、悠紀、真夜の三人は、怪我一つない無事な状態だったが、その顔は勝利に喜びながらも疲れ果てていた。
無理もないだろう。秘宝の力とはいえ、あれだけ強力な一撃を放って、疲れないなどあり得ない。寧ろ、立って歩いているだけでも、非常に驚くべき事であった。
「皆さん! 我々が勝利できたのは貴方方のお陰です。本当に、何と感謝の言葉を述べればいいか⋯⋯⋯⋯」
「やってやったぜ王子様、将軍さん! 俺達、あの怪物に勝――――――」
勝利の喜びに一番湧いていたのは櫂斗だったが、彼の元気に身体が付いてこない。疲労でふら付き倒れそうになった櫂斗を、傍にいた悠紀が支えて立たせた。悠紀に向かって助かったと言いたげに彼は笑うが、助けた本人は呆れたように溜め息を吐いていた。
「あれだけの魔法を撃った後では無理ありません。後は僕達に任せ、ゆっくり休んで下さい。それからクジョウさん、妹のカヤさんが目を覚ましたそうです」
「華夜が⋯⋯⋯⋯! 本当なの!?」
「本当です。報告だと、目覚めて少し経ってまた気を失ってしまったそうですが、体調に問題はなく、今は安心したように眠っているとか」
「よかった⋯⋯⋯⋯⋯! 華夜⋯⋯⋯⋯、本当によかった⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
嬉しさの余りそれ以上言葉が出ず、彼女は膝を付いて涙を流し、華夜の目覚めを誰よりも喜んだ。
目覚めない方が華夜にとって幸せかもしれないと、そう考えた時もあった。それでも姉として、大切で愛おしい家族として、彼女の目覚めが嬉しくないはずがない。真夜の心は正直に。華夜の目覚めを祝福していた。
嬉し泣きする真夜の姿に、彼女の気持ちを察した悠紀の目にも涙が浮かぶ。泣きはしなかったが、華夜の目覚めを喜んでいるのは櫂斗も同じだった。
皆が華夜の無事を喜んでいる。そんな中、櫂斗がアリオンの雰囲気の変化に気付き、気になって首を傾げた。
「何だか王子様、さっきよりすっきりした顔してるな」
「はい?」
「この戦いが始まった頃より気持ちのいい顔してるって言うかさ。何だろう、晴れやかって感じ」
「そっ、そんなに難しい顔をしていたでしょうか?」
「まあ、色々と鈍い俺でも分かるくらいには」
それを聞いた櫂斗とアリオン以外の全員が、一斉に吹き出して笑ってしまった。笑われた二人は恥ずかしくなり、顔を赤くしながらむくれていた。
「おい悠紀! それに先輩も! どうして笑うんだよ!?」
「あはははっ!! だってさ、櫂斗がちゃんと自覚してたなんて思ってなくて!」
「ふふふっ、ふふふふふっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「いつまで笑ってるんですか先輩!」
「ギルバート! お前まで笑うのか!?」
「はっはっはっはっ!! アリマ殿もそうですが、今まで王子に自覚がなかったのが笑えてしまいました」
大いに笑われた櫂斗とアリオンは、自分達の不器用さに溜め息を吐きたくなった。自分達は似た者同士なのかもしれないと、そう思った二人の目が合う。家柄や性格も違うが、確かにお互い共感できるところはあったように感じる。
そんな風に考えると、急に友達の様な親近感を覚えてしまう。どうせこの先、まだ暫くは一緒なのだからと、櫂斗は自分の右手をアリオンに差し出した。
「王子様、俺の事は名前で呼んでくれよ。敬語も必要ない。俺も王子様の事をアリオンって呼ぶからさ」
「えっ!? ですがそんな⋯⋯⋯⋯⋯」
「遠慮しなくていいって。悠紀も先輩も、これからはそうしませんか? 名前で呼び合う方が言いやすいでしょ」
櫂斗の提案を受け、悠紀も真夜も少し考えたが、仕方ないなと言いたげに笑みを浮かべて頷く。二人の了承を得て、櫂斗が満足気に笑いながら右手を出し続ける。
「⋯⋯⋯⋯⋯わかった。これからも宜しく頼む、カイト」
「ああ、任せとけ! 期待しててくれよ、アリオン」
差し出された右手を取って、固い握手を交わしたアリオンと櫂斗。二人の間に初めて、確かな友情が生まれた瞬間である。
生まれた世界は違えど、互いに助け合い、協力し合って、この先の苦難も乗り越えていこう。異なる世界の人間同士で友情を生んだ二人は、そう心に決めた。
戦いを終えたグラーフ同盟軍だったが、一つ気掛かりな事が起きていた。
各国軍の主だった者達は既に知っているのだが、怪物が勇者の力で消滅し、残党の処理とオズワルドの死亡が確認された直後、大急ぎで陣を払って自国へ向かい撤収した国があった。
その国の名は、同盟軍最強戦力であった三国の内の一つ、ジエーデル国だった。




