第四十六話 神殺し Ⅵ
「んっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯、ここは⋯⋯⋯⋯?」
気を失っていたリックが目覚めると、瞳に飛び込んできたのは雲一つない青空と太陽の光だった。
地面に仰向けで寝ているリックが、起き上がろうと身体を動かすが、彼の身体はまるで重りが載っているかのように、全く動かない。特に、無茶をし過ぎた右腕は、激痛を通り越して感覚を失い、腕が無くなっているようにさえ思う。
気絶する直前の記憶が蘇る。シャランドラから借りた発明品を使ったはいいが、右腕が動かなくなるは、脱出しようとした直後に大爆発が起きるはで、散々な目に遭った。爆風で空高くまで吹き飛ばされ、薄れゆく意識の中リックは、「もう二度とシャランドラのイカレた発明品は使わない」と心に誓ったのである。
序に言えば使った発明品は、彼の傍で鉄屑に変わって散乱している。爆発の衝撃で破壊されたらしく、シャランドラへ返すのは不可能になっていた。
爆発で気を失ったリックは、その後戦いがどうなったのか知らない。
果たして、自分の放った一撃で怪物の攻撃を阻止できたのか。怪物に勇者の攻撃は成功したのか。この長きに渡る激闘の結末を知りたい彼は、辺りを見渡すため、せめて頭だけでも動かないものかと力を入れる。
頭に意識を向けて、やっと気付く。後頭部に感じる柔らかな感触と、頬に触れている温かなぬくもり。彼はようやく、自分の身体が、誰かのお陰で仰向けに寝かされているのだと気付いたのだ。
「動かないで下さい。お願いですから、無理をしないで」
リックの瞳に現れる、燃えるような赤い髪の少女の顔。少女は安堵したように微笑みを浮べ、目覚めた彼の顔を覗き込む。
「レイナ⋯⋯⋯⋯⋯?」
リックの頭を膝枕の上に載せ、目を覚ました彼を寝かせているのはレイナだった。
レイナは彼の頭や髪を撫で、驚いている彼を見つめながら口を開く。
「御無事で何よりでした。爆発で貴方が吹き飛ばされた時は、どうなる事かと⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯結構な高さから落ちた気がするんだけど」
「あそこにいるドラグノフが、落下する貴方を間一髪のところで受け止めました」
レイナが視線を向けた先を、首だけ動かしてリックも見る。少し離れたところに、飛行大隊隊長であるドラグノフと、彼の相棒であり愛機の竜の姿があった。
あの時、爆撃を終えて後退しようとしていたドラグノフは、怪物に向かって行くリック達を見つけ、大爆発の瞬間も上空で見ていたのである。爆発でリックが投げ出されたのを見た彼は、乗っている竜を急降下させ、地面に激突する前に救出したのだ。
目覚めたリックが自分を見た事に気付き、ドラグノフは彼に向けて右手の人差し指を立てる。このハンドサインは、「一杯奢れ」であった。
「お陰で命拾いした。それで、あの化け物はどうなった?」
「勇者の技で、跡形もなく消滅しました。我らの勝利です」
「そうか、勝ったか⋯⋯⋯⋯⋯。皆は?」
「皆無事です。無事ではなかったのは貴方だけです」
「もしかして、怒ってる⋯⋯⋯⋯⋯?」
「言わせるんですか、私に、それ」
当然、懲りずに今回も無茶をしたリックに、常に彼の身を案じるレイナが怒っていないはずがない。安堵した微笑みから一転し、レイナは目を座らせて彼を見下ろしている。
「一体貴方はどれだけ人を心配させれば気が済むんですか? 今回ばかりは本当に死んでもおかしくなかったんですよ。貴方の身が空高く舞っているのを見た時、胸から心臓が飛び出るかと思いました」
「ごっ、ごめん⋯⋯⋯⋯」
「ごめんで済んだら私もヴィヴィアンヌも要りません。大体、ドラグノフがいてくれたから助かったものの、どうやって生還するつもりだったんですか?」
「ほっ、ほら、一緒にクラリッサ連れてっただろ? 怪物に一発かました後は風魔法の力で助かろうとさ⋯⋯⋯⋯⋯」
「咄嗟の思い付きで行動しないで下さい。今度から首輪と鎖を付けて繋ぎますよ」
「お前も俺を犬扱い!?」
冗談の様だが、レイナの本心からすれば、そうやってでもリックの自由を奪ってしまいたい思いである。悲しい瞳の彼女の目元に、薄らと残る涙の痕。戦場で泣くのを堪え切れないほど、彼女はリックの無事を案じ続けたのだ。
いつもの事だとは分かっている。彼と出会った頃から、この無茶苦茶な行動癖は変わらない。ただある時、その無茶な行動が大切な者達の命を救い、彼自身に地獄の苦しみを与えたのである。
もう絶対にあんな目に遭わせないと誓っていたのに、今回は苦しむだけでは済まない、死を覚悟するほどの危機だった。今度こそは幸運尽きて、二度と帰って来ないと思うほどだった。助かったのは奇跡と言っていい。
「どれだけ言っても、貴方は私の声を聞いてくれない。だから諦めました」
「レイナ⋯⋯⋯⋯⋯」
「止めても無駄なら、貴方の無茶に私も付き合います。どんなに危険で無謀な事だろうと構いません」
「だっ、駄目に決まってるだろ! 俺の無茶にお前を――――――」
「貴方の無事の帰還を、これまで待ち続けるばかりでした。もう待つのは御免です」
言って聞かないなら、傍にいて付き合うしかない。待つばかりは苦しくて堪らないのだ。
彼が無茶な真似をするのは、守りたい大切な存在を救うためである。理由は分かっていても、堪えられないものは堪えられないのだ。ならば、どんな時も彼の傍を離れず、共に無茶に付き合って彼を守る。そうすればもう、彼の無事の帰還を願って悲しまずに済む。
今までもそうしてきたつもりだったが、これからはより一層傍にいようと誓う。例えそれが地獄へ向かう道であっても、片時も彼の傍を離れはしない。
「貴方を守る人が例え私一人だけになったとしても、私は貴方と共に戦います」
優しい瞳で微笑むレイナが、膝の上に頭を載せるリックに顔を近付けていく。互いの息遣いが聞こえる距離。耳を澄ませば、心臓の鼓動さえ聞こえてくるかもしれない。
「私に生きる意味をください、閣下」
彼にだけ聞こえる声で彼女が囁いた言葉は、最初に彼女が彼に願った言葉だった。
どうやら、リックの前でこんな話をする自分が、とても恥ずかしいらしい。その証拠に、レイナの頬は羞恥で朱に染まっている。顔を近付けたのも声を潜めたのも、今の自分の顔や言葉を、リック以外に見せたくないという思いの表れだ。
それがとてもレイナらしくて、可愛くて、面白くて。意地悪な笑みを浮かべたリックは、彼女の膝枕の上で軽く頭を揺らす。
「それにしても、よく眠れそうな膝枕だな。柔らかくていい匂いもする」
「!?」
「これからは偶に膝枕して貰って昼寝しようかな。レイナの枕、疲れが吹っ飛ぶくらい気持ちいい」
驚いて顔を上げたレイナが、顔を真っ赤にして焦っている。そんな彼女の可愛らしい姿を、リックが笑って楽しんでいた。
「こっ、これは今回だけですから! 閣下が怪我をして動けないから仕方なく⋯⋯⋯⋯!」
「えっ? でもさっき、俺にずっと付いて来てくれるって言ったじゃん」
「あれは、別にそういう意味では⋯⋯⋯⋯!」
「ずっと傍にいてくれるなら、毎日膝枕して耳かきもして貰いたいな~」
「あっ、貴方という人はもう――――――」
呆れた様子のレイナだったが、リックやドラグノフ以外の気配を感じて、直ぐに顔を向ける。気配を感じた先には、リック達の姿を見つけて向かって来る、彼の仲間達の姿があった。
レイナが言った通り、大切な仲間達は全員無事であった。言われた通り、大怪我をしたのはリックだけで、皆は傷一つ負っていなかった。
「⋯⋯⋯⋯⋯閣下、破廉恥剣士達が来ました。皆と一緒に帝国へ帰りましょう」
「そうだな。でもその前に、ちょっとだけ我儘を聞いてくれないか?」
「何でしょうか⋯⋯⋯⋯⋯?」
負担をかけて動かない身体や、右腕の怪我の事も忘れて、一人穏やかな顔でリックは目を伏せる。そして彼は、ゆっくりと深呼吸して口を開いた。
「皆が来るまで、もう少しだけこのままでいさせてくれ」
「⋯⋯⋯⋯⋯まったく、仕方のない人ですね」
勝利に安堵したせいか、体の中からどっと疲れが出て、急な眠気が彼を襲う。
戦いは終わった。やるべき事は沢山あるが、それはまた後でいい。
レイナの優しさと温もりに抱かれ、リックは静かに寝息を立て、安心して眠りにつくのだった。
教祖オズワルド・ベレスフォードが召喚した魔導具の怪物は、異世界から召喚された勇者達の手によって倒された。
勇者櫂斗が聖剣を操り放った光魔法が、あの巨大な怪物を光に変えて、完全に消滅させたのである。肉片すら残さず、まるで最初から何もいなかったように、怪物を綺麗に消してしまった勇者の力。その奇跡の全てを目撃した各国の兵達は、勇者の力を讃えると同時に恐れた。
ある一人の兵士が言った。「あの怪物が異教徒の神だったなら、勇者は神を殺した英雄だ」と。以降、怪物を倒した勇者達、特に聖剣を使った櫂斗の事は、大陸中に広く知れ渡る事になる。
伝説の秘宝で奇跡を起こした英雄、「神殺し」として⋯⋯⋯⋯。




