第四十六話 神殺し Ⅴ
この世界に勇者として召喚された日、俺は奇跡を信じた。
本で読んだり、映像で観てきた異世界に、まさか本当に転移できたなんて。その日俺は初めて、心の底から奇跡ってやつを信じる事ができたんだ。
極普通のパッとしない人生に、やっと俺の時代が来たって思うと嬉しかった。異世界に召喚されたんだから、きっとお約束のテンプレ展開が待っていて、物語の主人公みたいに強くなって、何だってできると思ってた。
だって俺達、この世界を救う勇者として召喚されたんだぜ? そうじゃなきゃおかしいだろ。
なのにこの世界の連中は、俺達に使い方も分からない謎の秘宝を渡したと思ったら、いきなりデカいドラゴンの前に放り出してさ。あの時は、初っ端からゲームオーバーかと思って焦った。でも秘宝が聖剣になって、勇者らしく必殺技を出してくれたから、俺達はあそこで終わらずに済んだんだ。
やっぱり、異世界に召喚された俺達には、主人公補正的な特別な力がある。だからどんなピンチも、異世界物のド定番みたいに乗り切れるって思ってた。勇者の力さえあれば、ドラゴンだろうが異教徒だろうが恐くない。悠紀は心配してくれてたけど、ドラゴンを倒したばかりの頃の俺は、完全に調子に乗ってた。
そんな俺は、ボーゼアス教って奴らとの戦いで、厳しく残酷な現実を思い知らされた。
平和ボケした世界で暮らしてきた俺達にとって、これは初めての戦争だった。俺達は戦いの中で初めて人を殺し、初めて人に殺されそうになった。飛び散る鮮血も、目の前で人が殺される光景も、戦死した敵味方の屍も、どれもこれもが初めての経験だ。戦争がこんなにも残酷なものだったなんて、今まで知らなかった。
俺達は戦争っていうものを、その身をもって味わった。物語の主人公達が、異世界でどうしてあんな簡単に敵と戦えたり、倒したり殺したりできるのか、意味が分からない。勿論、俺が読んでた物語の中でも、主人公が戦いや殺人に葛藤する描写はある。
でも、俺達が経験した葛藤は、物語の描写が幼稚なものと思えるくらいの、逃げ場と救いがない苦悩だった。その苦悩に俺や悠紀は堪えてきたけど、先輩と華夜ちゃんは⋯⋯⋯⋯⋯。
勇者になった日、俺はこの力で異世界の主人公になるって決めた。折角勇者になったんだから、夢にまで見た異世界を満喫するだけじゃなくて、苦しんでる人や助けを求めてる人の救いになりたいって思ってた。
それは思って以上に難しい事だったけど、この気持ちは今でも変わらない。戦争に苦しんでる人も、平和を願っている人も、先輩と華夜ちゃんも、悠紀だって助けて見せる。そのために俺の力が必要なら、相手が巨大な化け物だって構わない。
確かに俺は、今でも調子乗ってる餓鬼だ。ルークの奴には初対面で簡単に負かされたし、先輩と華夜ちゃんを助けに行った時は逆に掴まったし、おまけに帰って来たら物騒な狂犬野郎にぶん殴られもしたさ。二回も殴られて歯を折られたもんだから、今もずっと口の中に痛みが奔ってる。
けど、こんな俺でも、勇者らしくやる時はやってやる。異世界で主人公になるとか、英雄になりたいとか目立ちたいとか、そういうのは今はどうでもいい。皆が命懸けで戦ってるあの化け物を倒して、皆を助けたいんだ。
見てろよ異世界。俺が召喚された選ばれし勇者、有馬櫂斗だ!
「櫂斗!! もし失敗したら許さないんだからね!」
「有馬君!! 放つなら今だ!」
三人の選ばれし勇者達が、三つの秘宝の武器を束ねて、一つの大きな力へと変えていく。
櫂斗が聖剣を構えて魔力を集め、悠紀と真夜が彼の肩に手を置き、自分達の聖槍と聖弓の力を彼に送り続ける。彼の聖剣に集まった魔力は黄金の輝きを放ち、三人の勇者達を光が包み込んでいく。
「光が溢れてる⋯⋯⋯⋯。これが異世界の勇者の力なんですの」
「違う。これがローミリア大陸誕生以前から存在する、古代文明が残した魔導具の力だ」
この光の目撃者たるミュセイラとアリステリアが、たった一撃に全てを込める勇者達の戦いを見守っている。
所詮、異世界から召喚された勇者など、秘宝が力を解き放つための部品でしかない。勇者達が持つ秘宝こそ、今のローミリアが創られるより前から存在したとされる、恐るべき力を誇った超古代文明の遺産なのだ。
勇者が持つ秘宝が、どれほど強大で恐ろしい、魔導具という名の兵器なのか。それを知るのはただ一人、アリステリアだけだ。
「ヴァルトハイム、よく見ておきなさい」
「⋯⋯⋯⋯!?」
「これこそ、古代文明の末裔たる我らが封印するべき、世界の神に至る力よ」
それは警告か、それとも野心から出た言葉なのか、この時のミュセイラには分からなかった。ただ彼女の言う通り、これが人の手に余る過ぎた力だというのは、同じ考えだった。
まだ技を放つ前だが、それでも分かってしまう。この一撃は、今し方あの化け物が天に向かって放った魔法と、同等かそれ以上の力を秘めている。そう思わせる程の力が勇者達のもとから溢れて、見守っている彼女達の肌に触れて感じさせるのだ。
『敵対行動を行なう超大型生物の脅威度が低下しました。現状の出力で殲滅が可能です。殲滅手段参式の準備が完了しました。攻撃を開始して下さい』
「待ってたぜ!! 二人共、いくぞ!!」
勇者達の脳内に響く秘宝の言葉。ようやく充填を終えた聖剣が、使用者である櫂斗に全てを託す。
三つの秘宝の魔力を結集し、強大な力を持った櫂斗が、黄金に輝く聖剣を大きく振り被る。狙うは、沢山の兵士が命懸けで大きな傷を負わせた、ボーゼアス教最後の切り札たる魔導具の怪物。あれを倒すならば、今こそが絶好のチャンスだ。
「いっけえええええええええええええっ!! 究極金色聖剣波!!!」
勇気と気合、願いと希望を込めて、櫂斗が聖剣を勢いよく振り下ろす。聖剣に集まった魔力が解放され、巨大な光の衝撃波となって怪物に向かって行く。
大平原を光で埋め尽くさんばかりの、金に輝く光魔法の必殺技。常識を遥かに超える魔力の放出量と、晴天に輝く太陽の様な眩しさが、戦場となったクレイセル大平原を支配する。勇者が放った奇跡の光は、戦場にいる全ての者達が目撃し、戦いの手を止めて目を奪われていた。
「光になれえええええええええええええっ!!!」
切り札となった勇者達は、己に課せられた役目を果たした。櫂斗の雄叫びと共に、聖剣の放った最強の一撃が怪物のもとへ向かう。
逃れる術はない。回避する手段も耐える手段も失った怪物を、光魔法の巨大な輝きが呑み込んでいった。
何の前触れもなく、少女はベッドから目を覚ます。
瞼を開いた先にあるのは、設営された天幕の天井だった。その光景が映った事で、自分がまだ悪夢から醒めていないのだと知る。
設置されたベッドから起き上がった少女は一人、ふら付く足取りで天幕から外に出た。外に出た瞬間、外の光が彼女の目に飛び込んできて、視界を真っ白に変えてしまう。
思わず目を瞑り、眩しさに気を付けて恐る恐る瞼を開く。すると彼女の瞳に、金色に輝く巨大な光の柱が映し出された。
戦場と化している大平原の中心に聳え立つ、黄金の光柱。柱からは光の粒子が舞い上がり、粒子は天に向かって消えていく。まさにそれは、浄化の光とでも呼ぶべきものであった。
ずっと眠っている間、一体何があったのか少女は知りもしない。どうして自分が眠り続けていたのかさえ、よく分かっていない。眠ってしまう前の記憶も、何故か思い出せないのだ。
不安を覚える少女だったが、それでも自分の瞳に映るあの光り輝く浄化の柱は、少女の心に温かなぬくもりを与える。
「綺麗⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
神秘的なこの光景に、少女は一人言葉を溢す。
何処かで、これと同じ光を見た気がする。そう感じた少女の記憶に蘇るのは、自分を救おうとしてくれた聖剣を持つ一人の少年の後ろ姿だった。
「有馬さん⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
目覚めた少女、九条華夜は悟る。
あの神々しい光を出現させたのが、自分を救った勇者の少年であると⋯⋯⋯⋯⋯。




