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第四十六話 神殺し Ⅱ

 最前線での戦いが激化し続ける中、後方で準備を進める勇者達一行は、今まさに絶望に打ちひしがれてしまっていた。

 原因は、彼らが操る伝説の秘宝が姿形を変えた武器にある。異世界の勇者、櫂斗、悠紀、真夜の三人がそれぞれ持つ、聖剣、聖槍、聖弓が信じられない言葉を告げたのだ。

 三人に使い方を教えた様に、秘宝は彼らの頭の中に声を響かせた。声の内容は、彼らの力だけではあの巨大な怪物を倒せないという、絶望的な知らせである。

 

「どうして⋯⋯⋯⋯、さっきはやれるって⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 絶望する櫂斗が、覇気を失った声で言葉を絞り出す。こんな言葉を口にしても無意味だと分かっていても、そう言いたくなってしまう。

 作戦が始まる前まで、秘宝は怪物を倒せると言っていた。三人の勇者が聖剣に力を集め、必殺の一撃を放てば勝てると告げたのだ。そのはずが、怪物が放った触手の群れが炎を操るようになり、突然「倒せない」と言い出したのである。

 絶望しているのは悠紀と真夜も同じで、その理由も櫂斗と同じだ。悠紀はその場に膝を付いて俯き、真夜は唇を噛んで立ち尽くしている。この二人もまた、ショックのあまり言葉を失い、どうして良いか分からなくなってしまっていた。


 グラーフ同盟軍の象徴であり希望であった勇者は、皆の希望に応える事ができない。秘宝が怪物を倒せないと言う以上、時間稼ぎの為に戦っている同盟軍の戦いは、全て無意味と変わる。最前線で戦い散った兵の死は無駄死となり、怪物を倒せず同盟軍は敗北する。

 勇者達にはどうする事も出来ない。しかし、そんな結果を許さない存在が、この場に二人いた。


「貴様達、それでも勇者のつもりか。戦いはまだ終わっていない」

「殿下の言う通りですわ! やる前から諦めてどうしますの!?」


 勇者達に向かって言葉をかける、二人の女性。一人は勇者の護衛に付いているアリステリアで、もう一人はここで戦闘指揮を執っているミュセイラだった。

 二人には秘宝の声は聞こえていないため、勇者達に何が起こったのか、詳しい事は彼女達には分からない。だが勇者達の様子を見ていれば、大体の事は察しがついた。それでも彼女達は、まだ若く、勇者としても戦士としても未熟な彼らに、「戦え」と言った。


「ゼロリアス帝国に敗北は許されない。早く聖剣の準備を続けろ」

「秘宝が倒せないとか言ってるのなんて知ったこっちゃねぇですのよ! 貴方達以外にあれを倒せる方法はないんですの、わかりますわよね!?」


 口調に怒りを含ませ、ミュセイラが厳しい言葉と共に指差した方向には、五十メートル以上の大きさを誇る巨大な怪物の姿があった。 

 倒せるのか倒せないのか、それは問題ではない。重要なのはやるかやらないかだ。ここで倒さなければあの怪物は野放しとなり、この先どんな被害をもたらすか想像もできない。人を喰い荒らして回るあの怪物はまさに、歩く天災なのだ。

 天災を阻止できる希望は、今を於いて他にない。こうしている間にも、怪物は喰らった人間の力を吸収して、益々強くなっている。勇者達の秘宝が急に倒せないなどと言い始めたのは、怪物が成長している事が原因なのだ。

 仮に、この場は撤退した後に十分な準備を整え、怪物に再戦を挑んだとしよう。その時この怪物が、各地で人々を喰い荒らし、今以上の力を持っていたとする。頼みの綱の秘宝が、その時また倒せないと言ってしまったら、彼らに勝ち目はない。


 勝てるのは今だけなのだ。やり直しができない以上、失敗は許されない。勇者達の肩には、彼らが想像している以上の重責が圧し掛かっている。それなのに彼らが戦う事を止めてしまったら、ミュセイラの様に誰しもが怒りを露わにするだろう。

 今の彼らには、絶望など一切許されない。絶望していいのは、攻撃が失敗に終わった時だけである。戦わずして終わるなど、誰一人許してはくれない。


「ほら、さっさと聖剣に力を集めて下さいまし! いつまでも前線は持ち堪えられませんの!」


 ミュセイラは勇者達を叱咤し、櫂斗に聖剣を握らせて構えさせ、悠紀を立ち上がらせて彼の傍に置き、真夜の腕を引っ張って彼の傍に付けた。

 そしてミュセイラは、要となる櫂斗の目の前に来ると、彼の両肩を鷲掴みして逃がさないよう押さえつける。


「いいですわね、貴方がやらないと全員死にますの。だから貴方は、絶対に逃げては駄目ですわ」

「そっ、そんなこと言ったって⋯⋯⋯⋯⋯。だって聖剣が――――――」

「聖剣の声なんかどうでもいいんですの。貴方は勇者なんですから、皆のために戦わなくてはなりませんのよ」

「みんなの、ため⋯⋯⋯⋯?」

「そうですわ。だって貴方達は、皆の希望となって戦う平和と秩序の象徴。伝説の秘宝に選ばれし勇者なのですから」


 掴まれた両肩に一層の力が加えられる。それだけ、ミュセイラが勇者に勝利を懸けている証拠だった。

 ミュセイラの覚悟、そして最前線で戦う大勢の希望。彼女達の為に、自分達は何としてでも勝たなくてはならない。泣き言など言っている暇はないと気付き、絶望や恐怖に手を震わせながらも、櫂斗は聖剣を構えようとする。

 そんな、震える手で聖剣を握る櫂斗の手を、彼の肩を離れたミュセイラの両手が優しく触れた。


「大丈夫ですわ。失敗なんて恐れないで、ただ全力でやって下さいまし」

「でも、失敗したらみんなが⋯⋯⋯⋯!」

「貴方が心配する程、皆さん柔じゃありませんの。特に、うちの変態不潔将軍は殺しても死なないですから安心して下さいな」


 冗談の様で、半分冗談ではない事を話してミュセイラが微笑む。柔らかく温かな手の感触と、手が届く距離で自分に向かって微笑む女性の姿に、櫂斗は照れて頬を紅潮させた。


「ほら、貴女達もですわよ。この方だけじゃ力不足なんですから、早く手を貸して下さいな」


 更にミュセイラは、同じように沈んでいた悠紀と真夜にも呼びかける。ミュセイラの言葉を聞いていた二人は、それぞれ不安や迷いを抱えながらも、覚悟を決めて前を向く。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯やるしかない。先輩、私達もやりましょう」

「ええ。私だって、いつまでも逃げてばかりじゃいられない⋯⋯⋯⋯!」

 

 悠紀も真夜も覚悟を決め、秘宝が教えてくれたように準備を進める。櫂斗の背に立った二人は、彼の肩にそれぞれの手を置く。そして三人は、自分達が持つ秘宝に意識を集中させていく。


「頑張って下さいまし」

「はい⋯⋯⋯⋯! えっ、えーと⋯⋯⋯⋯⋯」

わたくしはミュセイラ・ヴァルトハイム。ミュセイラと呼んでくれて構いませんわ」

「ありがとう御座います、ミュセイラさん。 俺、絶対あの怪物を倒します」

「その意気ですわ。貴方達の力、信じていますわよ」


 勇者達を立ち上がらせたミュセイラが、櫂斗達のもとを離れていく。傍を離れた直後、勇者達の持つ秘宝の武器が発光し、三人の足下に魔法陣が出現した。


「貴方達の勇気と覚悟、決して無駄に致しませんわ」


 決意を新たにミュセイラは、近くにいた兵を呼んで無線機を持って来させた。後方陣地に向けて、無線機のマイクに早口で次々と指示を送り、十秒もかけずに連絡を終えた。


「相手が強くなったから倒せないと言うなら、無理やり弱くさせるまでですの。ヴァスティナ帝国国防軍の恐ろしさ、その身にたっぷり教えて差し上げますわ」


 勇者達の攻撃を成功させるため、ミュセイラもまた行動を開始した。自分達もまた、勇者達の戦いを無駄にしてはならない。作戦を成功させるためならば、ミュセイラはどんな手段も使う構えだ。

 魔導具が出現させた怪物は、必ずここで仕留める。改めてそう決意する彼女が怪物へと目を向けると、そこには恐るべき光景があった。


「なっ、何ですのあれ⋯⋯⋯⋯!?」


 勇者達が充填する魔力に反応したのか、怪物は真っ直ぐこちらの方を向いて、禍々しい巨大な口を大きく開いていた。その口内には、真っ赤に燃え上がる巨大な火の玉が出来上がっていたのである。

 怪物の触手は、炎属性魔法を操る魔法兵を吸収したために、口から炎を吐く事ができる様になった。それならば、触手を操る本体も同じ事ができて不思議はない。その事に彼女が気付いた時には、最早手遅れとしか言いようがなかった。

 魔力の吸収を諦めたのか、それとも勇者達の攻撃を本能的に危険と察知したのか、怪物の思考はミュセイラにも分からない。分かる事と言えば、怪物が繰り出そうとしている火球が放たれたら、自分達は一瞬で焼け死ぬという事実だけだ。


(間に合わない⋯⋯⋯⋯!)


 火球の大きさからして、今更逃げても遅い。しかし何もしなければ、自分達はあの火球に焼かれて確実に死ぬ。自分達が、特に勇者達が死んでしまったら、グラーフ同盟軍は完全に敗北してしまう。

 せめて、勇者だけは生かさなければならない。間に合わないと、頭では無意味だと分かっていても、ミュセイラは勇者達をこの場から逃がそうとした。無理やりにでも三人を連れ出そうと、準備を続ける彼らのもとに彼女が駆け出そうとした次の瞬間、先に準備を終えた怪物が火球を放つ。


 吐き出された火球は、一直線に勇者へと迫っていた。前線で戦う兵の頭上を、何もかもを焼き尽くせる熱量と共に火球が駆け抜ける。まるで巨大な弾丸の様に迫り来る火球が、勇者達やミュセイラごと呑み込もうしていた。

 誰もが「やられる」と思い、勇者達もミュセイラも死の恐怖に目を伏せる。だが一人、迫る死の恐怖など微塵も感じていない女性が、巨大な火球に向かって対峙した。


「面白い⋯⋯⋯」


 勇者達を守るため、唯一火球に立ち塞がったのはアリステリアだった。彼女は一人、短時間でここまでの魔法攻撃を操れるようになった怪物に関心しつつ、自分の足下に巨大な魔法陣を出現させる。

 魔法陣は彼女を中心に展開し、一瞬の内に魔法陣から大量の水を出現させた。魔法陣の端から出現した水は、重力に逆らい空に向かって伸びていく。水は意志を持っているかのように動き、巨大な水のドームを創り上げた。

 魔法によって出現した水が形成したのは、アリステリア達を守る水の防御壁である。寸前で防御壁が出来上がり、火球はアリステリア達ではなく水の防御壁に直撃した。

 火球は水の壁に阻まれ、彼女達を焼き尽くす事なく水蒸気爆発を起こす。爆発による轟音と、視界を完全に奪う真っ白な蒸気。起きた出来事に前線で戦う兵は驚愕して、勇者達の無事を祈って蒸気が晴れるのを待った。

 やがて蒸気が晴れて視界が回復すると、そこにあったのは何事もなかったように健在な水の防御壁である。勿論、防御壁内にいたアリステリア達は全員無傷だった。

 そして、彼女達を守った防御壁は、役目を終えて魔法陣の中へと消えていく。防御壁を解いたアリステリアは振り返り、自身の後ろにいたミュセイラと目を合わせた。


「⋯⋯⋯⋯⋯ヴァスティナの参謀」

「はっ、はいですの⋯⋯⋯⋯!?」

「確かヴァルトハイムと言ったか。さっき、面白い事を口にしていたわね」


 アリステリアが言いたい事の意味が分からず、ミュセイラは首を傾げるばかりだった。するとアリステリアは少しだけ笑みを浮かべ、再び怪物へと向き直る。


「強くなったせいで倒せないなら弱くすればいい。その策、私も乗ってあげる」


 アリステリアが右手を空に向けて掲げると、今度は彼女の真上に巨大な魔法陣が出現した。魔法陣からは巨大な炎が現れ、炎は彼女の頭上で集まって形を作っていく。出現した炎は巨大な火球へと姿形を変え、アリステリアの頭上で静止していた。


「こんなものか」

「でっ、殿下⋯⋯⋯⋯! まさかこれは!」


 空中に浮かんだ火球は、怪物が放ったものより一回り大きかった。

 アリステリアが真上に掲げた右手を、ゆっくりと怪物に向けて振り下ろす。それを合図に、巨大な火球は弾かれたように飛び出していき、勢いよく怪物のもとへと向かっていった。

 これは報復攻撃である。水属性魔法だけでなく、強力な炎属性魔法までも操る事ができる彼女は、相手から受けた技以上の火力で返したのだ。動きが鈍い怪物にこれを避ける事などできるはずもなく、彼女の放った巨大な火球は怪物の頭部に直撃した。


「目には目を歯には歯を、だ。我らゼロリアス帝国は、敵対する者へ必ず報復する」


 高火力の強力な一撃が直撃し、戦車の砲弾でも動きを止められなかった怪物が、初めて悲鳴を上げた。獣などとは似ても似つかない、酷く耳障りな高音の不気味な鳴き声が、クレイセル大平原全体に響き渡る。

 直撃した火球は怪物の頭部を燃やし、蜘蛛に似た無数の眼玉も焼き尽くした。皮膚を燃やした事で、怪物の骨の一部も剥き出しになっている。

 恐らく、この損傷も時間が経てば回復し、何事もなかったように再生するだろう。だがこの一撃は、怪物に対して一番大きな損傷を与えた、グラーフ同盟軍にとっての希望となる一撃である。全ての兵がアリステリアの放った一撃に歓喜し、大いに士気を上げていた。


(凄いですわ⋯⋯⋯⋯。あれだけ強力な魔法を、しかも二種類操れるなんて⋯⋯⋯⋯⋯⋯)」


 ゼロリアス帝国の王族は戦う血筋だと、皆の前で彼女は言った。その言葉の意味を、戦闘を間近で目撃したミュセイラは思い知る。

 五十メートル以上の魔物を怯ませる程の、巨大かつ強力な一撃を放てる魔法使いなど、この世界にほとんど存在しないはずである。例え存在したとしても、極一握りだけなのは間違いない。しかも彼女は、二種類の魔法を操る事ができる、非常に珍しい存在でもある。

 魔導具の力で召喚された怪物より、アリステリアの方がよっぽど怪物かも知れない。前線で戦っている彼女配下の二大将軍も十分過ぎる程の怪物だが、彼女はそんな二人を上回る化け物なのでは⋯⋯⋯⋯⋯。そう考えたミュセイラの額から、一滴の緊張の汗が流れていった。

 

(いけないですわ⋯⋯⋯⋯! 今は作戦に集中しませんと!)


 頭を切り替えたミュセイラは、視線を怪物に向けて戦闘指揮を継続した。今は、アリステリアが生んだこの絶好の機会を、決して逃してはならないのである。

 そう、今は考えてはならないのだ。「アリステリア達相手にもし戦争をしたら、今のヴァスティナの戦力を総動員しても勝利は不可能だ」などと⋯⋯⋯⋯⋯。

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