第四十六話 神殺し Ⅰ
第四十六話 神殺し
リクトビア・フローレンス。私にとってその名は、仕えるべき絶対の主君であり、身命を賭して御守りしたい存在だ。どうしてそう想うのかと言われると、少し言葉に困ってしまう。一つだけ確かなのは、この御方が今の私にとっての生きる意味だという事だ。
「槍女! そっちを片付けろ!」
「言われなくとも分かっている!」
ボーゼアス教。それが私達の戦っている敵のはずだった。
だが、私達の敵は異教徒から巨大な化け物へと変わってしまった。異教徒が信奉していた戦いの神とやらが、本当に降臨したのかと最初は思ったが、あれはどうやら魔導具の一種らしい。
「ちっ! 勇者の奴ら、まだ手間取ってんのか」
「今は彼らを信じろ、破廉恥剣士。信じて戦う以外に道はない」
「くそっ! 勇者共、これでしくじったら三枚に下ろしてやる」
広大なクレイセル大平原の中心で、私達は死力を尽くして化け物と戦っている。化け物は奇怪な触手を繰り出し、目に付くもの全てを喰らい尽くさんと襲ってくる。私達の役目は、出来るだけ化け物の注意を引いて、勇者達のための時間を稼ぐ事だ。
魔導具の力で現れた化け物を倒せる、たった一つの方法。それは、勇者達が持つ伝説の秘宝の強大な力。勇者が必殺の一撃を放つまでの時間を稼がなければ、あの不死身の化け物を葬る事は出来ないだろう。
その時間稼ぎを成功させるために、我が主君は自ら最前線に立って全軍を鼓舞し、兵を率いて戦っている。自らの危険など全く顧みず、全軍の御旗となって戦う彼の姿に、全兵士が勇気を奮い立たせた。
今も尚、私達が化け物相手に善戦できているのは、全て彼のお陰と言っていいだろう。彼の姿、彼の言葉がここに現れなければ、ここまで戦い続ける事は出来なかったのだから。
ただ、彼が最前線に赴いて戦うという事は、誰かが彼を全力で守らなくてはならないという事でもある。その役目を担うのが私であり、私と共に戦っているこの破廉恥な剣士だ。
「勇者の心配より、私達にはもっと注意を向けるべき存在がいるだろう」
「あの氷女と暴風女か? 連中の方がずっと化け物だぜ」
私と破廉恥剣士はそれぞれの隊を率いて、無数の触手の群れを討って道を切り開いた。私とこの男で数十本以上の触手を撃退し、自軍が進軍するための道を作った。それは今も変わらず、私は槍と炎魔法を、破廉恥剣士は剣と雷魔法を駆使して戦っている。
それでも、ゼロリアス帝国が誇る二大将軍の力に比べれば、私と破廉恥剣士など大したものではない。同じ前線で戦う二人の女将軍は、無数の触手相手に絶大な魔法を操り、容易く蹴散らして進む。あの二人だけで、既に百を超える触手を撃退していた。
見た事もない程の強力な魔法。風将の風が全てを吹き飛ばし、氷将の氷が動くもの全てを凍り付かせてしまう。触手の群れは彼女達に触れる事さえ出来ない。
あれは本物の化け物だ。破廉恥剣士がそう呼んでしまうのも無理はない。相変わらず、人に断りも無く勝手な呼び名を付けるのはどうかと思うが、化け物という点には同意だ。
私達が今日まで戦ってきて、化け物のような強さを持っていた相手が二人いる。一人は、今は亡きヴァスティナ帝国騎士団団長メシア。もう一人は、今は私達の仲間である親衛隊隊長ヴィヴィアンヌだ。私と破廉恥剣士が二人がかりでも、彼女達には全く歯が立たなかった。
だが、ゼロリアスの二大将軍は、メシア団長もヴィヴィアンヌすらも超える化け物だ。刃を交えなくとも、それは直ぐに分かる。私だけでなく、破廉恥剣士も同じ事を考えているだろう。先程から敵だけでなく、味方である彼女達にも注意を向けているのがいい証拠だ。
「化け物退治が終わったら、次に俺達が遣り合うのはあいつらかも知れねぇ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
私達が御守りしている主君リクトビアには、沢山の敵がいる。彼が大陸の武力統一を本気で目指す限り、敵の数は増え続けるばかりだ。将来、私達は大陸の覇権をかけ、大陸最大の軍事力を有する国家ゼロリアス帝国と戦う事さえ在り得る。もしそうなった時、私達はあの二大将軍に勝つ事が出来るのだろうか。
魔導具によって出現した眼前の化け物すら倒せないというのに、私達はリクトビアの為にどんな敵からも勝利を掴み取り、彼を守り続ける事などできるのだろうか。
「⋯⋯⋯⋯まあいい。今はリックの野郎を守ってやる方が重要だ」
そう言った破廉恥剣士が視線を向けた先には、狂ったように笑い声を上げて銃を撃つリクトビアの姿。私達が守らなくてはならない主は、皆を守るために命懸けで戦っている。
貴方の身が心配でならない。本当はこんなところにいて欲しくない。貴方の身にもしもの事があったらと、不安と恐ろしさに心が押し潰されてしまいそうだ。それなのに、私の体に流れる血は興奮で滾っている。
破廉恥剣士やアングハルトと、私も同じなんだ。初めて出会った頃、まだ肩を並べて共に戦っていた頃を思い出す。貴方と同じ戦場で戦える事が、こんなにも嬉しいと感じるなんて思ってなかった。
「閣下⋯⋯⋯⋯」
「ったく、心配したり興奮したり忙しい女だな」
「!」
この男、私の心が読めるのか!? いや、単に私の顔や戦い振りで見抜かれただけか⋯⋯⋯⋯。いつもそうだがこの男は、私の弱いところをよく見ている。私ばかり弱さを知られるのは癪だ。こいつに今度潰れるくらい酒を飲ませて、幽霊以外の弱点を聞き出してくれる。
「⋯⋯⋯⋯お前だって、私と同じ気持ちのはずだ」
「はんっ! 俺だけじゃねぇ、他の奴らも一緒だ馬鹿野郎」
「馬鹿とはなんだ。だが⋯⋯⋯、いつも癪だがお前の言う通りだ」
「いつも言ってんだろうが、脳筋の癖に難しいこと考えんじゃねぇよ。リックを守る、あの化け物をぶっ殺す、それで終わり。簡単な事だろうが」
「ふっ⋯⋯⋯⋯、お前らしい考え方だ。いや、私達らしいか」
確かにこの男の言う通り、為すべき事は単純だ。分かっているのに、貴方の事を想うと私は、貴方が苦しんできた事や悲しんできた事を思い出す。
貴方が愛したメシア団長がこの世を去った時、私の胸の中で泣き叫んでいた貴方の姿を、決して忘れはしない。あんな悲劇を繰り返させないと誓い、私は貴方の槍と化す覚悟を決めたのだから。
貴方が戦場に現れる事を私が恐れる理由は、貴方の身を案じているからだけではないのだろう。戦場には生と死があり、必ず悲劇が生まれる。生み出される無数の悲劇に、貴方を苦しませたくないのだ。
(リック様⋯⋯⋯⋯⋯)
私には、貴方の身体を守る事はできても、貴方の心を守る事はできない。
でも、貴方の身を守る事で、貴方の願望を叶える事ができるならば⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「いくぞ、破廉恥剣士。敵を斬るのに集中し過ぎて、閣下の傍を離れるなよ」
「ふん、言ってくれるぜ」
余計な事を考えるのは後だ。
護衛のための親衛隊が今はいない。一番頼もしいヴィヴィアンヌがいないのだから、私がしっかりしないでどうする。
見ていろ化け物め。手加減など一切せず、我が槍の錆と変えてくれる。




