第四十二話 プレイン・バーン作戦 前編 Ⅴ
全体軍議が終わって、リック達が帝国国防軍陣地へ戻って来た時には、既に昼を過ぎていた。陣地内を歩くリックに並んで、エミリオとヴィヴィアンヌが続く。三人は自軍の陣地を見て回り、兵達の様子を確かめていた。
「皆、やる気十分って感じだな」
「兵は皆、来るべき決戦が近い事を感じています。戦い向けて闘志を高めているのです」
彼らが目にした帝国国防軍の兵は皆、戦いの準備に向けて忙しそうであった。ある者は軍用物資を運び、ある者は武器の手入れに集中し、またある者は戦闘車輌の整備点検を行なっている。遅い昼食を取っている者達もいたが、直ぐに昼食をかき込んで食べ切り、戦いの準備へと戻っていく。
陣地内を戦意の熱気が包んでいる。明日かも知れない決戦に向けて、全兵士が万全の準備を整えようとしていた。士気は高く、十万を超える敵の大軍を前にしても尚、勝利を確信している。
「理想的な軍隊です」
「?」
「これほどまでに指揮者に忠実で、どんな状況で在ろうと高い士気を維持できるのは、大陸中探しても極稀です。これも全て、閣下の魅力が為せる技と言えます」
諜報員であり、各国の軍隊の内情を知るヴィヴィアンヌにはよく分かる。これほどまでに洗練された軍隊を、簡単に生み出す事など出来はしない。理想的と言えるこの軍隊を作り上げるのに、最も貢献したのは、最高司令官であるリック自身のカリスマに他ならない。
この軍隊の兵は皆、リックに対して固い忠義を抱き、絶大な信頼を寄せている。彼が最高司令官だからではなく、ヴァスティナという国のため、国を治める女王陛下のために命を捧げ、兵と共に戦場を駆ける国の英雄だからこそ、兵はリックに付き従うのだ。
「決戦の瞬間が今から愉しみでなりません。閣下が率いる大陸最強の軍隊が、下劣で下等な異教徒共を蹴散らし踏み潰す。そうなれば大陸中がヴァスティナ帝国を、ローミリアの新たな支配者と認めるでしょう」
「そんな大袈裟な。ボーゼアス教じゃなくて、ゼロリアスかホーリスローネでも倒さないとそうはならないって」
兵達同様にヴィヴィアンヌもまた、ボーゼアス教との決戦の瞬間を待ち侘びている。
彼女は今、大陸最強と呼んでも過言ではない軍隊が秘める、その真の力が発揮される瞬間を、特等席で見る事が出来る。諜報員であり、同時に兵士でもある彼女からすれば、己の目で絶対に見届けたい瞬間だろう。
しかし、戦いを愉しみに待ち望んでいるヴィヴィアンヌとは対照的に、作戦指揮を行なうエミリオはどこか浮かない顔をしていた。決戦を前にして、覇気が感じられないのである。いつもと違う彼の様子を、並んで歩くリックは見逃さなかった。
「元気ないなエミリオ」
「⋯⋯⋯⋯!」
「何か気になる事でもあるのか?それとも緊張してる?」
「いや、別に何でもないよ。気にしないでくれ」
思えば、グラーフ同盟軍に合流してから、エミリオの様子は少し変だった。先程の全体軍議の場でも、リックが気付いてしまったくらい、アリオンに対して怒りを露わにしていた。普段の彼ならば、あんな場で自分の感情を見せる事などしない。
エミリオは何かを思い悩んでいる。それが分かったリックは、思い切って聞いてみる事した。
「ところで、エミリオって俺になんか隠し事してない?」
「⋯⋯⋯⋯そう見えるかい?」
「例えば、実はチェンバレン将軍とは初対面じゃなかったとか?」
「!」
驚いたエミリオが足を止めてしまう。思わず立ち止まってしまった彼の様子を見て、半分鎌をかけたリックは、自分の直感が間違っていなかったと知った。
「⋯⋯⋯どうして、そう思うんだい?」
「おかしいなって思ったのは、勇者救出作戦を実行した日の夜だ。あの時ミュセイラが将軍の話を始めたら、あいつ滅茶苦茶興奮してただろ?参謀のあいつがあれだけ興奮する将軍を前にして、参謀長のお前が少しも興奮しないのは変だ」
「⋯⋯⋯⋯」
「初対面じゃなくて、前から将軍の事を知ってたなら冷静にもなれる。これでもまだ隠し事してないって言えるのか?」
エミリオは肯定しなかったが、リックの言った事を否定もしなかった。代わりに彼は、諦めた様に息を吐いて、答えるべきかどうか少し考えた後に再び口を開く。
「⋯⋯⋯⋯今まで話した事はなかったけど、私はホーリスローネ王国の生まれなんだ」
今まで彼が自分の過去を話した事はない。リックもヴィヴィアンヌも、この瞬間初めてエミリオの出身国を知ったのである。
「戦略家に憧れた私は、子供の頃軍の士官候補生を育成する学校に通っていた。そこで私は戦略と戦術を学び、あの人にも出会った」
「もしかして、その人がチェンバレン将軍だったのか?」
「時々、将軍は学校にやって来ては特別授業を開いてくれていたよ。当時の私もその授業を聞いていた」
「そんなお前が、どうして王国軍じゃなくてうちに来たんだ?」
エミリオの優秀さはリック自身が一番よく知っている。士官候補生の育成学校に通っていたならば、そこで優秀な成績を収め、何の問題もなくエリートの道を進んで行けただろう。
だが彼は、当時南ローミリアの小国でしかなかったヴァスティナ帝国に現れ、帝国軍の軍師に志願してきた。エリートの道を捨て、自ら厳しく険しい道を選んだのである。
「私の力を、生まれ育った王国に、そして大陸中に証明したいのさ」
「証明⋯⋯⋯?」
「レイナやクリスと同じだよ。私も自分の力の証明がしたい。王国ではそれが叶わない願いだと気付いて、学校を卒業した後は旅に出た。その後、帝国がオーデル王国に勝利した話を聞いて、後は君が知る通りさ」
自分の過去を簡単に話し終えたエミリオが、掛けている眼鏡を外して眉間を指で揉む。疲れた様な仕草を見せたが、口にした事で気持ちが楽になったらしく、少しすっきりとした顔を見せる。
余り思い出したくない過去なのだろうと、リックにも分かっていた。もし簡単に口に出せる事ならば、最初に説明していたはずだからだ。それでもリックが問うたのは、彼が本調子でなければ、全軍に悪影響を及ぼしてしまうからである。
嫌われても、憎まれてもいい。これが人の上に立つ者の責務だと考え、敢えてリックは憎まれ役となった。その事は、勿論エミリオも理解している。
「⋯⋯⋯⋯すまないリック。将軍の顔を見たら、学校に通っていた頃の嫌な記憶を思い出してね」
「そっか⋯⋯⋯、それで元気がなかったんだな」
するとリックは歩き出し、エミリオの前に来て立ち止まり、彼の持っていた眼鏡を奪い取った。そして、眼鏡の両端を両手で持ち、エミリオの顔まで眼鏡を持ってきて、優しくゆっくりと眼鏡を掛けてやる。
「眼鏡を掛けたら、いつもの参謀長エミリオ・メンフィスだ」
「!」
「あんまり心配かけるなよ。一人で抱え込むんじゃなくて、悩みがあったら何でも相談しろ。何のために俺がいると思ってるんだ?」
そう言ってリックは微笑むが、エミリオは彼の性格をよく知っている。いつも一人で抱え込むのは、他でもない彼の方なのだ。
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
「うっ⋯⋯⋯!」
「でも嬉しいよ。リック、ありがとう」
昔の事を思い出し、感傷に浸っている場合ではない。心の中でそう自分を叱咤して、エミリオは気持ちを切り替える。片手で眼鏡のブリッジを軽く持ち上げ、彼はいつものエミリオ・メンフィスへと戻った。
普段のエミリオに戻り、もう大丈夫だと思い安心するリック。二人の会話を黙って見ていたヴィヴィアンヌは、問題が片付いたと判断して話題を切り替えようとする。
「閣下、軍師メンフィスの件も片付い事ですし、例の作戦を実行するか決める必要があると考えます」
例の作戦というのは、全体軍議の場で話し合われたアリオンの作戦の事ではない。帝国国防軍が対ボーゼアス義勇軍に発動する予定だった、決戦のための作戦計画の事である。
「王子の作戦は正直アレだからな。俺達の作戦は予定通り実行する」
「それでは計画通り、全戦力を投入する形で宜しいですね?」
「戦いは数がものをいう、か⋯⋯⋯⋯。どうせ紳士将軍にこっちの作戦の半分は見抜かれてるんだ。今更出し惜しみは必要ない」
帝国国防軍参謀長エミリオが立案した、ボーゼアス義勇軍相手の必勝の作戦。彼が考えたこの作戦ならば、必ず勝利できるとリックは信じている。
いや、信じているなんてものではない。最早勝利はエミリオの手の中にある。そうリックを思わせる程の作戦計画だ。
作戦名はリックが考えた。この世界の人間に意味が悟られぬよう、歴史上の作戦名を参考にして考えた、この作戦にぴったりの名前。勝利を確信したリックが、邪悪な笑みのもと、作戦実行の宣言と共にその名を口にする。
「さあ始めよう。連中を皆殺しにするための、プレイン・バーン作戦を」
緒戦の現代戦もどきは前座に過ぎない。
この世界の誰も見た事がない戦争が、いよいよ始まる。




