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第一話 初陣 Ⅱ

「ここが我々の国、ヴァスティナです」


 馬に乗せられ、どれぐらいの時間が経ったのかわからないが、彼らの目指していた帝国に到着した。

 目の前には大きく立派な城壁がそびえ立ち、城門が開いて、彼らと共にその中へと進んで行く。すると、何人かの鎧に身を包んだ兵士であろう人間たちが、こちらへと集まって来た。

 集まって来た兵士であろう男たちは、三人に「どうだった?」などと言って、様々なことを聞き始める。


「オーデルの奴らは何処まで来てる?」

「そんなに遠くない。明日にはここまで来るはずだ」

「くそっ!もうどうしようもないのか」


 会話の内容はわかる。帝国が滅亡に瀕している話だ。

 聞いた話では、今現在ヴァスティナ帝国は、近隣の大国オーデル王国の侵略を受けているという。 オーデルの力は圧倒的で、ヴァスティナは成す術もなく、オーデルが帝国を蹂躙するのは時間の問題らしい。

 この世界の情報を聞くだけのつもりが、国家存亡の危機に直面しているところに来てしまうとは・・・・・。


(情報が手に入ると思って街に来れたのは良いものの、・・・・・まいったなこりゃあ)


 こんなところで戦いに巻き込まれて、死ぬのは御免である。明日にでも敵が来るならば、早く移動したいものだ。


「ところで、後ろの奴は何者だ?」


 勿論自分のことだ。他の人々とまるで違う身なりをしているし、彼らからしたら、見ない顔の男であろう。周りから視線が集まり、自分が注目される。自身を取り巻く空気がピリピリしたものへと変わっていくのがわかる。警戒されているのだ。


「怪しいものじゃないですよ。通りすがりの旅人です」

「この方は、我々がオーデルの兵士に襲われていたところを助けてくださったのだ。色々あってここまで連れて来てしまったのだが・・・」


 周りの兵士はそれに半分納得したようで、徐々に張りつめた空気が和らいでいく。今ここで面倒事になるのは避けられたようだ。無理もないだろう。今現在侵略されている国に、見知らぬ人間が来れば、敵の工作員か何かだと思われても、仕方ないことである。


(しかし、どうしたもんかな・・・・)


 負け戦の迫る滅亡寸前の国に来てしまった現状、まだまだ死にたくないのでお暇したいが、今ここで逃げてしまうのは罪悪感に駆られる。だが、そんな罪悪感などより、我が身かわいさが勝る。

 他者はそれを人でなしというが、そんな言葉が吐ける偽善者は何もわかっていない。人間として生を受け、この世に生きる限り、最終的に自分を優先させることが人間らしい姿だ。本当はわかっているはずなのに、それを誤魔化して、綺麗な言葉を並べ立て、それが正しくないことのように見せることは、愚かなことだと知っているはずなのに。

 自己中心的なことこそ、人間である。自分の考えだ。


「偵察から戻ったか。待っていたぞ」

「騎士団長!!」


 声の聞こえた方を向くと、そこには一人の女性が立っていた。

 肌は褐色で歳は二十代位に見える。周りの男たちと変わらない背丈をしており、鉄製の胸当てなどの防具を着けているが、肌の露出は多い軽装な服装である。左手には盾を装備し、腰には剣を差しているところを見ると、この女性も兵士であることは間違いなさそうだ。驚いたのは、周りが彼女を騎士団長と呼んだことだ。

 彼女がこちらに歩いてくるや否や、馬上の三人の男たちは急いで馬を下り始める。初めて馬に乗ったため、下りるのを三人に手伝ってもらいながら、自分も地に足をつけた。


「よく戻った。偵察ご苦労」

「はっ!」

「戻ってそうそうだが、陛下が直接話を聞きたいそうだ。王宮まで付いて来い」


 背中まで伸びた銀髪を靡かせているこの女性が、彼らの上官であるのは反応を見てよくわかった。騎士団長というと、騎士の中で最も偉い階級のはずである。それが彼女のような女性だとは、俄かに信じられないが、ここはそういう世界なんだと無理やり納得した。

 もう驚かないと思っていたが、それはこの世界では不可能そうだ。


「それとそこの旅人、貴様も付いて来い」

「えっ?!」

「念のため私が聴取する。お前たち、一緒に連れて来い」


 彼女が振り返り歩き出すと、三人も続いて歩き出す。彼らに付いて来てくださいと言われ、あの女性の有無を言わせない決定に、逆らえないと感じたこともあり付いて行く。

 もしかすれば、逃げ出すなら最後のチャンスかも知れないが、それをすれば、ここにいる面々に敵と見なされ、確実に殺られると感じて実行できなかった。

 結局、相手の言うことを黙って聞くしか、今の自分には出来ないのだと理解した。






「貴様は何者だ?」

「ただの通りすがりの旅人です」

「もう一度聞く、貴様は何者だ?」


 今、自分がこの世界に来て、最も危機的状況に陥っているのだと思う。

 目の前の女性は、とても鋭く、それだけで全身の筋肉が、緊張で硬直し動けなくなってしまう、刺すような視線でこちらを見ており、ちょっとでもおかしなことをすれば、たちまち襲いかかってくるのではと考えられる程に、恐ろしく危ない人物なのではないかと思った。

 何故なら彼女からは、十人の男たちから感じたのを軽く上回る、大きな殺気を感じたからだ。


(まるで獣のような目とは、こういうのを言うんじゃないのか)

「私が獣か何かに見えるのだな」

「っ?!」


 心を読まれたのだろうか。それとも、心の声を口に出してしまったのだろうか。いや、そんなはずはないが、彼女が当てずっぽうで言ったようには思えないのだ。

 彼女たちに連れられ城下の街を移動し、帝国を治める王がいる、王宮に辿り着いた。王宮の中を案内されたが、三人とは別れて、見ようによっては、アマゾネスにも見える騎士団長に、付いて来るよう言われ、小部屋に案内された後、入るや否や、椅子に座らせられ、刑事ドラマさながらの取り調べが始まったのだ。

 騎士団長と一対一の、人生初の取り調べという名の戦いである。


「貴様が旅人でないのはわかっている。だが、オーデルの人間でもないのだろう」

「・・・・なんのことだかわかりませんが」

「旅人にしては軽装すぎる。敵兵にしては隙の多い素人だ。少なくとも、私の兵を助けたのだから敵ではないな」

「あなたの兵を助けたのが演技だったとは、疑わないのですか?」

「隙が多過ぎると言っただろ。兵士ではないとわかる」


 彼女には嘘を言っても見抜かれてしまう。それはわかるが、本当のことを言ったところで、信じて貰えるわけはない。あまりにも非現実的なことで、それを話そうものなら信じて貰えず、恐らくは頭のおかしい人間と思われるだけだ。 

 一体どうしろと言うのだ。嘘を言っても駄目で、正直に言っても無駄とは、どんな理不尽二択問題なのか。

 そう思っていると彼女は、こちらの心情を察してか、鋭い視線を解いて微笑を浮かべて見せた。先程まで放たれていた殺気も消えていく。


「安心しろ。貴様を殺そうとしているわけではない。念の為に調べさせてもらっただけだ」

「調べる・・・ですか?」

「ああ、なにか言えない事情があるのはわかった。無理に話す必要はない」


 調べると言っても、自分自身のことを特に話したわけでもないのに、一体どうやって、そこまで理解できてしまったのだろうか。これがプロの取り調べとでも言うのか。


「兵を助けてくれたこと、礼を言う」

「偶然です。礼を言われるほどではありませんよ」

「おかげで兵たちは、貴重な情報を無事持ち帰ってくることができた」

「帝国に迫ってる侵略者のですよね・・・・」

「そうだ。もっとも、貴様には関係ない話だろうがな」


 助けた三人が偵察兵であったのは間違いないようだ。恐らく、オーデルの軍勢を偵察でもしていたのだろう。到着して早々の彼らの会話の内容も、そういうことなら話は分かる。   

 彼らが遭遇していた男たちはオーデルの兵士たちで、襲われている現場に、偶然自分が現れたということだ。そのせいで、今現在のこの状況に至る。礼を言って貰えるのは素直に嬉しいが、この騎士団長様は自分を解放してくれるのだろうか。人助けをしたのに取り調べを受けてしまうのは、こうも心が辛いものなのか。一先ず、殺されはしないようだが。

 これからどうなるのか不安に駆られていると、部屋の扉を叩く、ノックする音が聞こえた。


「入れ」

「失礼します。騎士団長、陛下がお呼びです」


 部屋に先程別れた、三人の内の一人が入ってきた。陛下とやらへの報告は済んだようだ。


「それと、陛下が旅人様にお会いしたいと言っております」

「なんだと?」

「えっ、俺に?」

「はい。直に会ってお礼を言いたいと・・・」

「・・・・わかった。すぐに向かう」


 ・・・・・・これはまさかの展開である。






 某冒険ものゲームでは、王に会ったらいきなり勇者にされて、魔王の討伐を依頼される流れかも知れない。生憎、その手のゲームはやっていないため、浅い知識しかないのだが、王に会うのは、十中八九イベント発生の流れではないか。ファンタジー世界にいる今、その流れに自分は乗ってしまっている気がする。もう後戻りはできないだろう。絶対に、だ。

 取り調べの次は王との謁見である。運が良いのか悪いのか、さっきからイベントには事欠いていない。

 銀髪褐色肌の女性騎士団長に連れて来られ、とうとうこの国の王がいる、謁見の間の扉まで辿り着いてしまった。

 王様に会うとなると流石に緊張してしまうが、どちらかと言えば、騎士団長様との取り調べの方が緊張したため、割と平気である。あの殺気はもう向けられたくないものだ。

 彼女は扉を開き中へと入って行く。その後ろに続き、謁見の間に足を踏み入れた。

 辺りを見回すと、流石謁見の間と言うだけあって、中は広く天井も高い。周りには王の警護のためであろう衛兵たちが、武器を持って立っている。衛兵以外には高齢の老人がおり、武器も防具も無いところを見ると、兵士ではなさそうだ。恐らくは文官なのだろう。

 彼女と共に部屋の奥へと進み、王の座る玉座の前で止まった。目の前には階段が何段かあり、その上に玉座がそびえ立っている。

 中に入って辺りを見てばかりだったので、まだ肝心の王を見てはいなかった。

 彼女の隣に肩を並べると、騎士団長である彼女は 王への忠誠を示すため、玉座に向かい膝をついた。そこで初めて、この国の王の姿を目にする。


「なっ・・・・・・・」


 そこにいたのは、想像していた王の姿ではなかった。純白のドレスに身を包み、そこから覗く腕はか細い。白く透き通るような肌は、何ものにも染まらないようで、顔は育ちの良さがわかる整った顔立ちだが、目を伏せたままでいるのが気になる。一番目を引くのは、真っ白な長い髪である。髪自体は美しく見えるのに、どこかこの世のものとは思えないような、恐ろしい印象を与える。

 美しいが儚さを感じさせる、そんな少女がそこにいた。


「騎士団長さん・・・・まさかこの少女が・・・・」

「ヴァスティナ帝国の王にして我が主、ユリーシア・ヴァスティナ女王陛下だ」


 この少女が女王陛下だと、騎士団長の彼女は言う。冗談としか思えない話であるが、出会った時から、冗談など口にするような女性に見えない彼女が、こんなところでドッキリを仕掛けてくるはずがない。


「貴方が、兵を助けてくださった旅人様ですね」

「はっ、はい!?」


 まだ状況が整理できていないところに、少女の問いかけである。思わず声が裏返ってしまった。

 少女は腰を上げて立ち上がり、こちらに歩みを進めた。しかしその歩みは、一歩一歩が丁寧だが、とてもゆっくりとしていて、彼女が階段を下りようとすると、騎士団長が立ち上がり、少女に近づき、その右手を引いて下りるのを手助けする。少女は瞼を閉じたまま手を引かれて、時間をかけて、ようやく自分の前に辿り着いた。

 手を引かれ、ゆっくりと歩く少女を見て気がついた。恐らく彼女には、身体的な障害があるのではないかと。

 何故なら彼女は、一度も瞼を開けることはなく、階段を補助なしでは、下りることすらままならないように見えたからだ。瞼を開けていないのだから、それは当然のことだが、何か目を開けることができない、特別な理由でもあるのかも知れない。殆ど直感のような推理だが。


「本当に感謝しています、親切な旅人様」

「いやそんな、なんて言ったらいいのか・・・・・・・・光栄です」


 「光栄です」など、普段使わない言葉だが、この場合これでいいのか。使い方を間違えただろうか。一国の女王の前で、大恥かいてしまったのではないか。彼女の顔を窺う。

 彼女は微笑んで、自分に優しい表情を向けてくれる。こんな優しい表情を浮かべる人間を、今まで生きてきて、一度も見たことがないように思えた。


「可憐だ・・・・・・・」

「私がですか、旅人様?」

「はっ!?今のはそのつい心の声が出てしまったと言いますか、なんというか女王陛下があまりにも美しかったので自動的に言葉が出てしまったのでありまして、しかしだからと言ってやましい気持ちとかあったわけではない訳でして、・・・・・って俺は何を言っているんだああああぁぁーーーーーーーーー?!」


 どうしたら良いのかわからないし、気が変になりそうだ。いや、気はとっくに変になってる。

 女王陛下とはいえ、自分よりも年下に見える少女の目の前で、「可憐だ」などと、女性を口説くような言葉を呟き、あろうことか自暴自棄な姿まで晒してしまった。彼女が可憐だと思ったのは嘘ではない。だからこそ、自分の気づかない内に、本音がそのまま出てしまったのだ。つい言葉に出してしまった経験は過去何度かあるが、いつもそうと言うわけではない。とにかく、今この状況どうしたらいいものか。

 周りの衛兵や文官の老人などは唖然としており、一国の王の前で何をやっているのだという、心の声が顔に書いてある。

 騎士団長はと言うと、特に驚いた様子はなく、無表情の鉄仮面のままである。普通驚くとこではないのですかと、自分からツッコミをいれたいところだが、根が真面目なのか、それとも興味がないのか、はたまた両方なのか、表情は変わらないし、何を考えているのかもわからない。とにかく、この騎士団長には何かよくわからない凄みを感じた。

 明らかに無礼を働いてしまったと自覚し、女王陛下の顔色を恐る恐る窺うと、女王は顔を背け、右手で口元を隠して、小刻みに体が震えていた。

 彼女は笑うのを必死に堪えていた。だが、微かに笑う声が漏れ出ている。

 女の子の目の前で、無様な自分が情けない。本当に情けない。


「ふふっ、面白いお方ですね」

「きょ、恐縮です・・・・・・」

「旅人様、もし宜しければ旅のお話を聞かせていただけませんか。三人を助けていただいたお礼もしたいですので」

「旅の話ですか?」

「はい。お話を聞くのが私はとても好きなのです。旅人様さえ宜しければ」


 旅の話など、そんなものあるはずがない。旅人ではないのだから当然だ。しかし騎士団長には見抜かれているが、今更本当のこと言うわけにもいかない。


「なにを仰っているのです陛下。このような素性の分からぬ者、信用してはなりません」

「マストール。彼女が私に会わせても問題ないと判断して、彼はここにいるのですよ」

「マストール宰相。この男は怪しくはありますが、オーデルの手の者などではありません」

「ふん、騎士団長殿のお得意の直感かね」

「はい」


 何やら女王陛下のお戯れで、少々面倒なことになってしまったようだ。騎士団長はさっきの取り調べで自分を異常なしと考え、女王陛下の前に連れてきたのだ。問題ないと判断していないなら、危険かも知れない人間を連れてくる筈がない。だがそれは、彼女の独断であったようだ。

 女王が連れて来いと命令は出したが、このマストールと呼ばれた老人の宰相を通した話ではなかったのかも知れない。宰相と言えば、国の頭脳のような役職だった筈である。この老人は七十位の歳がありそうな程、小柄で皺が多く、髪は白髪であるが、宰相である以上只者ではなさそうだ。

 問題は、女王の誘いを受けるか否かだ。ここで下手に受けようものなら、宰相が最悪衛兵を使って、それを阻止しようとしてくる可能性がある。信用されていないのだから、それは当然だ。

 しかし女王であるこの少女は、もう少ない時間しか残されてはいない。滅亡が迫る国家の主は、最後の我儘を訴えているのではないか。

 同情してしまう。彼女のようなか弱い存在が、まだまだこれからであるはずの人生を、侵略者の手によって、終わらせられてしまうのではないかと思うと、同情せずにはいられない。

 恐らく一国の主である彼女は、侵略者の手で殺されるかもしれない運命にあるのだ。


「喉が渇いているので、お茶でも飲みながらならその誘い、喜んでお受けします」

「本当ですか!早速お茶の用意を致しますね」

「陛下っ!?」

「ほんの少しでいいのです。私に時間をくださいマストール」

「・・・・・・陛下がそこまで仰るのならば。騎士団長、陛下の警護お願いしたい」

「はっ」


 同情という気持ちもある。だがそれだけでなく、少女の理不尽な運命が、とても気に入らない気持ちがあった。彼女にしてやれることは何もないはずだが、彼女の最後の望みだけでも聞いてあげたいと、そう思ったのだ。


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