第四十二話 プレイン・バーン作戦 前編 Ⅲ
「⋯⋯⋯⋯⋯このようにして、我が軍は敵主力を挟撃し、撃破する。主力を撃破した後は、全軍で敵陣地に総攻撃を仕掛ける作戦だ。作戦成功のため、諸君らの力をどうか貸して頂きたい」
全体軍議を行なっていた天幕では、たった今アリオンが作戦の説明を終えたところであった。
彼が考えた作戦はこうである。まずは、人海戦術に任せて突撃してくるボーゼアス義勇軍主力を、ホーリスローネ王国軍を主軸とした、グラーフ同盟軍の主戦力で迎え撃つ。敵の主戦力にこちらの主力をぶつけ、同盟軍も総力戦の構えだと敵に思わせるためだ。
王国軍は勇猛果敢に戦い、頃合いを見計らって、敵の猛攻に成す術なく敗北し、撤退するように見せかける。数の上では敵側が圧倒的に有利であるため、王国軍の勝利は非常に厳しいものである。敵は撤退する王国軍の行動に、不信感を抱く事なく追撃戦に移行するだろう。
王国軍の撤退を支援し、王国軍に代わって敵軍を迎撃するのは、ゼロリアス帝国軍、ジエーデル国軍、そしてヴァスティナ帝国国防軍となる。三軍に分かれた各軍は、全力を持って敵主力を迎え撃ち、時間を稼ぐ事が役目となる。
強力な戦闘力を有する三国の軍隊が、敵主力を迎撃している間に、敗走したと敵に思わせた王国軍は、直ちに戦力を再編成する。三軍の影に隠れながら戦力を二つに分け、敵に気取られぬよう二つの軍団が行動を開始し、敵主力の両側に移動して挟み込むのだ。
この瞬間、敵は三方向を囲まれた形となる。後方以外の逃げ場を失った敵が混乱に陥ってる間に、三方向から総攻撃を仕掛ける事で、敵主力を壊滅させてしまおうというのが、アリオンの出した作戦だった。
要は、今までボーゼアス義勇軍に仕掛けられた挟撃作戦を、今度はこっちから仕掛けてやろうという作戦である。大平原を戦場とする今回の戦いに於いて、数で勝る敵軍に勝利するための包囲殲滅は、有効な手と言えるだろう。
やられた事をやり返す、分かり易いアリオンの作戦は、中小国家軍の代表者達には好評だった。皆、これまでの戦闘で受けた攻撃の仕返しがしたいのである。
作戦に乗り気な彼らの反応を見て、アリオンは一人満足感を得ていた。だがここに、彼の作戦に対して反対の意を示す者が三人現れる。
「却下」
「お断りよ」
「拒否する」
一瞬で場を凍り付かせたのは、リック、ロイド、アリステリアの一言だった。この作戦に必要不可欠な三人が参加を拒否したため、驚愕したアリオンが思わず席を立つ。
「なっ、何を仰っているのですか!?この作戦ならば必ず――――――」
「あー、もう!断りたい理由をわざわざご丁寧に教えなきゃいけないのかしら?」
うんざりした様子のロイドが、助けを求めるような眼差しでアリステリアを見る。すると彼女は目を閉じて沈黙し、何も反応を示さない。助ける気のない彼女は諦め、今度はリックへと視線を向けるが、彼は嫌そうに目を逸らした。
仕方ないと大きく溜め息を吐いたロイドは、苦虫を噛み潰した顔をして口を開いた。
「ねぇ、王子様。アナタの作戦、結局各軍の連携が命の作戦よね?さっきのアタシの話をちゃんと聞いてたの?」
「もっ、勿論だ。連携が重要な作戦ではあるが、何も各国の戦力を統合して望むわけではない。各国軍の戦力はそのままに、それぞれの役割に沿って行動してくれれば、難しい連携は必要なくなると考えている」
「成程ね。ここに集まった全戦力をごちゃ混ぜにして再編成するんじゃなくて、ジエーデルはジエーデル、王国は王国ってな感じに、一国一国を部隊化して運用する形にして、後は個々の部隊に決められた行動を取らせるだけで作戦が成立するってわけね」
「複雑な作戦も連携もできない我が軍には、この作戦が最も妥当なはずだ。ルヒテンドルク殿も御二人も、この作戦の一体何が気に入らないと仰る⋯⋯⋯⋯!」
アリオンからすればこの作戦は、現状選べる最善の作戦だった。それをこうも反対されては、驚いて席を立ってしまうのも無理はない。
一体何が駄目だと言うのか、理由が全く分からないアリオンは、声に怒りを乗せてロイドを睨む。不本意ながらアリオンの怒りを買ってしまったロイドは、アリステリアとリックを恨めしそうに見てから、心底面倒くさそうに口を開いた。
「何がも何も、この作戦で一番苦労する羽目になるのが誰だか分かってる?それはアタシの軍と二つの帝国軍なわけよ。十万以上で突っ込んでくる大軍をたった三万で迎え撃って、無事で済むわけがないでしょうが。一体どれだけの損害が出るのか計算してる?」
「仰る通り、確かにルヒテンドルク殿達が最も過酷な役目を担う事になります。それは諸君が⋯⋯⋯⋯、いや、皆さんが強力な戦力を有するからこその配置です。大軍を退けるだけの力を持つ皆さんを信じているからこそ、僕はこの作戦を――――――」
「あー、はいはい。そういうのいいからちょっと黙って。かっこ良いこと言ったつもりかもしれないけど、そうやって勝手に激戦地に送り込まれちゃ困るのよ。アタシ達だってね、アナタと同じく大勢の兵の命を預かってるのよ、お分かり?」
決戦に勝利するために、ボーゼアス義勇軍は死力を尽くして総攻撃に打って出るだろう。十万を超える大軍を全て使い潰すつもりで、犠牲を恐れず突撃させる事は明確だ。
大軍による命を捨てた捨て身の攻撃を抑えるには、相応の兵数が必要になる。しかし、アリオンの作戦通りに三国が敵の迎撃を行なう場合、三国の合計戦力は最大で約三万人だ。敵との戦力差は三倍以上であり、十万以上の敵を防ぐには数が不足している。
仮に、数の差を兵の練度や武器で補い、挟撃が成功するまでの間の時間稼ぎが成功したとしても、三国の被害は甚大なものとなるだろう。ロイドが指摘する通り、三国にとってこの作戦は、自分達が最も損な役回りを強制される、無事では済まない作戦なのだ。
「それにこの作戦、色々と都合が良過ぎるのよ」
「どっ、どういう事ですか⋯⋯⋯?」
「自分の作戦通りに必ず敵が動いてくれるって考えが見え見え。あのね、作戦ってのは相手が動いてくれるのを待つんじゃなくて、こっちの思惑通りに相手を動かして初めて作戦になるの。あんたのは机上の空論って言うのよ」
幾ら大陸中央の大国代表と言え、ロイドがほぼ説教のする形で反論しているのは、北の大国ホーリスローネ王国の第一王子である。余りにも無礼が過ぎる態度に、各国の代表者達が唖然としている中、ロイドは場の空気や反応などお構いなしであった。
作戦の中身ではなく、自分の考えそのものを全否定されたに等しいアリオンは、押し黙って下を向いてしまった。この作戦ならば勝てるという思いがまだある中、彼が何も言い返せなくなってしまったのは、ロイドの言葉は正しいと頭では分かっているからだ。
「ったく、しょうがない王子様ね。顔はちょっと好みだけど」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「取り敢えずアタシから言っとくべき事は言ったから、そろそろ誰か代わってくれない?お姫様はとっても嫌そうにしてるから、狂犬さんが代わってくれると嬉しいんだけど?」
ロイドがお姫様と呼んだのはアリステリアの事であり、狂犬と呼んだのはリックの事だ。
指名されてしまったリックは目を丸くし、傍に控えるエミリオに視線を向ける。するとエミリオは、少し意地悪気に笑って頷いて見せた。それは、ロイドの指名に応えて発言しろという意味だった。
助けを求めた相手に裏切られたリックは、少しむくれながらも諦めて口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯俺達が第一に言いたい文句は、そこのおネェ様が喋ってくれたからいいとして。俺が気になってるのは、作戦の第三段階と呼べる挟撃のところかな」
「ふ~ん、いいところに気が付くじゃない。そっちの眼鏡参謀長さんがアタシ的にはドンピシャなんだけど、アナタも割と好みかも♡」
「やめろ気色悪い!そういうのはうちの破廉恥剣士で間に合っとるわ!」
リックに向かって、ねっとりとした熱い視線を送るロイドのアプローチを全力で拒否し、咳払いしたリックが話を戻す。
「肝心の挟撃が上手くいくとは思えない。敵だって馬鹿じゃないってことは、これまでの戦いで何度も証明されてる。こっちがどんな作戦を仕掛けるかまでは読まれなくても、挟撃の類は想定しているはずだ」
「しかし、例え敵に想定されていたとしても、我が軍の挟撃を簡単に防ぐ事などできないはずです」
「それが可能なんですよアリオン王子。緒戦で同盟軍は突然現れた敵の伏兵に攻撃されて、一気に窮地に陥った。あれと同じ事をされたらお終いだ」
リックの言う通り、三国の軍隊が合流する前の緒戦に於いて、同盟軍は突如出現した敵の伏兵に挟撃された。その状況を救ったのが三国であり、それはこの場の誰もが覚えている。
当時出現したのは、一万の兵力を有する二つの部隊であった。それらが同盟軍を挟撃する形で現れたのだが、この時同盟軍は、これだけの規模の敵部隊を、全く察知出来ていなかったのである。
しかもこの戦場は、隠れるところなどない平原である。森もなければ穴もない、障害物もなく見渡せるこんな地形に、敵がどうやって兵を隠していたのか、その理由は未だ分かっていなかった。
「王国軍が察知できなかったのと同じように、我が軍も敵が出現するまで察知できなかった。それは多分、ジエーデル側やゼロリアス側も同じだ」
「そうなのよね~。連中、何もないところから突然現れた感じだったわ」
「敵は兵を完全に隠す事の出来る何らかの手段を持っている。これの正体が分からない以上は、緒戦の時と同じ事を敵がしてくると仮定するべきだ」
アリオンらと同様に、後から同盟軍に合流したリック達も、事前に敵を発見する事は出来なかった。何もなかった場所から突然現れた敵部隊に対し、三国が即座に対応できたのは、敵の挟撃を予想して行動していたからである。
今度も同じように、挟撃を仕掛けようとする同盟軍の戦力に、謎の奇襲を仕掛けられてしまったら、作戦の成功は難しくなる。敵が仕掛けてくる恐れのある謎の奇襲攻撃に対して、どのような対応策を取っておくかは、非常に重要な備えと言えるだろう。
現状のアリオンの作戦には、こちらの作戦に対する敵の対応策への備えが、全くないと言っても過言ではい。奇襲を仕掛けてくるのか、それとも別の策を講じているのかは不明だが、決戦に臨む敵が何もして来ないはずはないだろう。それなのにアリオンは、自分の作戦が何事も問題なく進むと思っているのだ。
「緊急時の対応策もなく、こんな作戦が成功するとは思えない。そういうわけで、兵を犬死にさせるような作戦は却下だ」
「フローレンス殿の意見は尤もかもしれません。ですが、相手の策を恐れていては勝利は得られません!」
「勇気と無謀を履き違えた発言は止めてくれ。そのやり方でどれだけの兵を死なせたのか分かってないのか?」
「!!」
作戦を推すアリオンに、リックの鋭い視線が突き刺さる。
アリオンとリックでは戦争経験の差がまるで違う。アリオン以上の戦争を経験したリックは、軍を指揮するその立場上、多くの戦死者達の姿を見てきている。それでもリックは、今も尚多くの兵達の命を預かって、戦場に立っているのだ。
リックの放った言葉には、アリオンの言葉にはない真の重みがあった。リックの放つ威圧には、守るべきもののために散っていった、多くの兵達の命と想いが宿っている。
自分にはないその威圧に圧倒されてしまったアリオンは、背中に緊張の汗を流して言葉を飲み込んだ。アリオンを黙らせてしまった事で、この場の緊張感は一気に高まった。代表者達の多くの視線がリックに集中してしまう。対してリックは、先程までの発言に一切の謝罪をせず、少し苛立った顔を見せ、堂々と腕を組んで黙った。
「下らない軍議」
緊張感に支配されて沈黙した軍議の場に、一人の女性の冷たい声が響き渡る。驚いた全員が声のした方を向くと、そこにいたのはアリステリアだった。彼女は変わらない表情で、自身が下らないと言った軍議の場で更に口を開く。
「高が王子の分際で、よく知りもしない事に手を出すからこうなる。我が軍は勝手にやらせて貰う」
「まっ、待って下さい⋯⋯⋯!それでは作戦が―――――」
「アタシも殿下に賛成。うちも勝手にやるからヨロシク」
「なら俺も皇女殿下に賛成だ。そっちの方が勝てそうだし」
「ルヒテンドルク殿にフローレンス殿まで!?やめて下さい、皆さんなしでは作戦は成立しないんです!」
作戦を拒否した三人の意志は変わらず、アリステリアに続いて二人も独自に行動すると意志を示した。この三人がいなければ作戦そのものが成り立たないため、堪え切れずに怒りを露わにしたアリオンが、慌てて三人を止めようとする。
「我々はグラーフ教の要請で集まった同盟軍です!そんな勝手が許されると、まさか本気で思っているのですか!?」
「この前そっちのヘマで捕まった勇者達の救出、一体誰が協力したと思ってる?アタシ達に貸しがある癖に、生意気なこと言うんじゃないわよ」
グラーフ教の名前を出すならと、対抗したロイドは勇者救出の話を持ち出し、アリオンを一瞬で黙らせてしまう。
捕らわれた勇者の救出作戦を実行したのは、アリオン達ではなくリック率いる帝国国防軍だった。その作戦時、ロイド率いるジエーデル国軍は陽動作戦を展開する事で、救出作戦の支援を行なったのである。リックとロイドに対して、勇者を救出して貰ったという貸しがあるアリオンは、この話を持ち出されると痛いのだ。
ちなみに、アリステリアは救出作戦に協力していない。だが彼女の場合は、グラーフ教の名前を出されても、それがどうしたと言わんばかりに何の反応も示さなかった。脅しにグラーフ教を使う程度では、彼女の意志は揺らす事もできないのである。
「ふーむ、皆様実にお若いですな」
「「「⋯⋯⋯⋯!」」」
実行する前から作戦が破綻しかけたその時、アリオンを助けるかのように口を開いたのは、彼の傍に控えていたギルバートだった。
自国の王子がここまで馬鹿にされても、一切の口を開かなかったこの男が、ここでようやく口にした言葉。少し驚いた三人が、ほぼ同時にギルバートへと視線を移す。アリオンも他の者達も、三人と同様にギルバートを見て次の言葉を待っていた。
「思考と決断が早く、おまけに行動力もある。これぞ若さの特権です」
「ギルバート、今そんな事はどうでも―――――――」
「何を仰いますか王子。彼らの反応と行動は当然の事です。若ければ尚更でしょう」
リック、ロイド、アリステリアの事を、ギルバートは若いと言った。確かにこの三人は、一国を代表しての軍を率いる立場の人間としては、とても若いと言える年齢だった。アリオンを除けば、この場の代表者達の中でも一番若い。そしてギルバートからしてみれば、三人は二十くらい歳が離れた若者である。
「若さは強い武器だ。ですがその武器は、抜身の刃物と同じようなもの。鞘がなければ自分自身も傷付ける結果となりましょう」
「⋯⋯⋯⋯あらあら、アタシ達にお説教のつもりかしら?」
「はっはっはっー!そんなつもりはありませんとも。ただ皆様に、時には寛容な態度も必要だと忠告したいまでのこと」
紳士的に、しかし堂々としたギルバートの言葉は、三人を警戒させた。相手は紳士将軍の異名持つ、現ローミリア大陸において最も有名な将軍である。
この場にいる誰よりも戦略家である彼が、三人相手に一体何を狙っているのか。ホーリスローネ王国を相手にする上で、最も警戒しなくてはならない彼が相手であるならば、警戒してしまうのも当然だった。
「王子の作戦は、皆さんが仰る通りの不備だらけ。それはこの私も否定しません」
「ギルバート⋯⋯⋯!」
「しかしながら、だからこそ皆さんの力が必要不可欠と言えるのです。作戦の不備を補える相手は、この場に於いて貴方方しかいない。三国の力が結集すれば、この作戦は見事完成するのです」
ギルバートもまたアリオンと同じように、リック達三人を引き留めようとしているのは間違いない。しかし、彼とアリオンとではそのやり方が違っている。
ギルバートが口にした言葉に、作戦を押し付けるアリオンのやり方はない。彼は三人に対して対等に、強制ではなく協力で、そして何よりも、作戦が成功するという根拠を説こうとしていた。
「我が王子は敵の策に対する備えを失念しておりましたが、貴方方は十分な対応策を考えている。違いますかな?」
「そう見えるのかしら?アタシ達、アナタが考えているほど優秀じゃないわよ」
「そんな御謙遜せずとも、貴方は名将ドレビン・ルヒテンドルク将軍の御子息でしょう?」
「名将なのはパパで、アタシじゃないわ」
「パパ!?お前ドレビン将軍をパパって呼んでんの!?」
「なによ狂犬さん、パパって呼んじゃ悪い?そう言えば、アナタはパパと面識あるんだったわね」
「いやまあ、パパって呼ばれるような大人に見えなかったからさあ。幼い娘にそう呼ばれるとかならまだ分かるけど⋯⋯⋯⋯」
「ちょっと、どういう意味よそれ!アタシが可愛い娘じゃないって言いたいの!?」
「何言ってんだ!可愛い娘ってか、お前ただのオカマじゃねぇか!!」
何故か勝手に白熱し始めたリックとロイド。だがしかし、今のリックの発言の数々は皆の思うところでもあった。
話が脱線したため、気を取り直して軽く咳払いしたギルバート。話を戻そうとしている様子に気付いた二人の内、ロイドが更に口を開いた。
「買い被らないで欲しいわね紳士将軍さん。アタシ達はみんな国の厄介者だからここにいるだけよ。残虐非道な狂犬さんに、王族内じゃ嫌われ者の第四皇女。そんでもってアタシは親の七光り。これでもまだ優秀な人間に見えるかしら?」
冗談交じりの彼の発言は、リックとアリステリアの事を侮辱するに等しかった。瞬間、リックの傍に控えているヴィヴィアンヌと、アリステリアの傍に控えたクラリッサが、敵意の目をロイドに向けた。
鋭い殺気を放つ彼女達の視線に挟まれ、気配を察したロイドが驚いて竦み上がる。そんな彼女達は無視して、ギルバートは愉快そうに答えた。
「勿論、見えますとも。私に言わせれば、口ばかり達者な権力者達よりよっぽど役に立つ」
「いいんですか将軍?俺達は兎も角、王子の前でぶっちゃけるのは不味いでしょ」
「お気に為さらず。それよりも、この作戦で問題となるのは、フローレンス将軍が危険視している伏兵の可能性です。この問題は、ヴァスティナ帝国国防軍とジエーデル国軍の仕掛けで対処できるでしょう。やはり戦いは数がものをいいますな」
「「⋯⋯⋯!」」
それは、本当に何もかもお見通しだったのか、それとも鎌をかけただけだったのかは、この時のリックとロイドには確認のしようがなかった。はっきりしていたのは、ボーゼアス義勇軍を圧倒的な力で蹴散らした彼らですら、ここではギルバートの掌の上だったという事だ。
思わず態度に出してしまう程、彼らからすれば驚くべき事だった。何故なら、自分達が敵に勝つため仕掛けた策が、こんなに早く読まれるとは思わなかったからである。
ブラフの類かとも思ったが、策を仕掛けた二国を正確に言い当て、おまけに現状の作戦の不備を補える事まで知られているとなれば、策が読まれていると考えざる負えない。こうなってしまうと、二人がこの作戦に拒否権を行使する事はできなくなる。
「⋯⋯⋯⋯流石、噂に名高い紳士将軍。我が父と兄が恐れるだけはある」
「御褒めに与り光栄ですな、アリステリア皇女殿下」
リックとロイドを黙らせたギルバートに、鋭い視線を放つアリステリアが称賛の言葉を贈る。彼女はギルバートに対しての警戒を解かず、彼の目を見て更に言葉を続ける。
「貴官が勝てると言うならば、その作戦に興じてもいい」
「これはこれは、実に有難い事ですな」
「ただし、作戦が失敗するような事があれば、分かっているだろうな?」
「勿論ですとも。失敗してしまった時は、我が友ジェラルドが腹を切ってお詫びしましょう」
責任を押し付けられたジェラルド本人は目を丸くし、次の瞬間には大笑いして愉快そうにテーブルを叩いた。ただ一人爆笑するジェラルドに視線が集まる中、当の本人は全く怒らずギルバートを見た。
「我が友ギルバートよ!責任くらい自分で取って見せないか!」
「何を仰る。困った時こそ友の力を借りるべきだと、昔そう教えてくれたのは貴方ではないですか」
「はーはっはっはっ!!そうであったそうであった、これは一本取られてしまったな!」
ギルバートとジェラルドは旧知の仲である。互いを理解し合っているこそ、こんな場で在ろうと冗談を言い合える。
「失敗の責任は兎も角、三国が作戦に加わるならば我らに異論はない!次の戦で、今度こそボーゼアス教とやらを根絶せしめようぞ!」
同盟軍では最早英雄に等しいジェラルドが、この作戦で戦おうと宣言するならば、他の代表者も異論はなかった。ジェラルドの宣言に応え、各国軍の代表者が次々に立ち上がり、勇ましく声を上げ始める。
「皆さま、実に頼もしい限りですな」
「⋯⋯⋯⋯」
戦いを前に盛り上がる中、一人浮かない顔で俯くアリオン。
またも彼はギルバートに助けられた。ギルバートがいなければ、あの瞬間彼が口を開かなければ、アリオンの作戦は破綻し、同盟軍の統率は叶わなかっただろう。
アリオンはまたも自分の力不足を思い知り、それが悔しかったのだ。ギルバートなしでは、グラーフ同盟軍を統率する事さえ出来ず、戦いにも勝てやしない。「お前は、一体何のためにここにいるのか?」と、胸の中で彼の心がそう問いかける。
「少しいいですか、アリオン王子」
「⋯⋯⋯!」
そんなアリオンに声をかけたのは、リックだった。少し驚いたアリオンが顔を上げると、リックはエミリオに顔を向けて口を開く。
「うちの軍師がどうして王子に言いたい事があるみたいなんで、話を聞いて貰えませんか?」
「リック!?」
「隣で苛々してるのバレバレ。いっそ言っちまえば楽になる」
「しかし⋯⋯⋯⋯」
軍議が始まってすぐの事だ。顔や態度には出さなかったが、エミリオはアリオンに静かな怒りを覚えていた。エミリオと付き合いの長いリックは、そんな彼の気持ちを隣で感じ取り、黙っていたのである。
エミリオが何故怒りを覚えているのか、リックには何となく理解できていた。このような場で彼が苛立つのは珍しい。それだけ今のアリオンに文句があるのだと、それを察したリックは、彼のために文句をぶつける場を用意したのだ。
最初は拒んだが、言うまで逃がさないというリックの意志を感じ取り、観念したエミリオがアリオンを見た。
「アリオン王子。貴方は、御自分の役目というのものを分かっていない」
「役目⋯⋯⋯⋯」
再び静まり返る軍議の場。エミリオが口にした役目という言葉が、アリオンの頭の中である記憶を思い出させる。
それは、ホーリスローネ王国軍とボーゼアス義勇軍の緒戦の記憶。戦いの前の作戦会議の場で、ギルバートが同じ言葉を口にした。その時の言葉が、彼の脳裏に響き渡る。
「貴方の役目は何ですか?王族である貴方に、軍の指揮など相応しくない」
「何故ですか⋯⋯⋯!?僕は王族として同盟軍を率いる義務がある。ならばその義務を全うするため、自らが指揮を執り、作戦を練り、兵と共に戦わなくてはならない。僕と違って王族ではないが、そこにいるフローレンス殿だって、今の僕と同じ事をしているじゃないか!僕と彼の一体何が違うと言うんだ!」
確かにリックもまた、アリオンと同じように自らが指揮を執り、作戦を練る事もあれば、兵と共に戦う事もする。
まるで子供の文句のような発言だが、自分と同じ事をしているはずの人間が、自分とは真逆の評価を受けていれば、こうも言いたくなるだろう。
「王子と俺は違いますよ」
「!?」
「確かに俺は帝国国防軍の最高司令官として、戦闘指揮を執ったり作戦計画を考えたりしてきた。でもそれは全部俺の独断じゃなく、ここにいるエミリオに確認を取ってからやってる。仮に、俺の思い付いた作戦をエミリオが駄目だと言ったら、その作戦は使わない」
リックの話を聞いても、彼が自分に何を伝えようとしているのか、未だアリオンは理解できずにいる。リックは真剣な眼差しで彼の瞳を見つめ、一切の躊躇いなく言い放つ。
「俺はエミリオを信じてる。信じているから任せていられる。アリオン王子はどうして将軍を信じないんです?」
王族かどうかなど関係ない。リックとアリオンの決定的な違いはただ一つ、信頼の差だった。
リックはエミリオを信頼し、軍の全てを任せている。代わりにリックは、エミリオの代わりに全責任を負っているのだ。それが最も自軍が強くなる方法であり、これが自分の役割だと理解しているからこそ、リックはエミリオを参謀長に就任させたのである。
では、アリオンはどうか。傍に控えるギルバートを信頼した事など、言われてみれば一度もなかったのである。
「将軍が不憫でなりません」
そして、追い打ちをかけるように、眼鏡の奥から鋭い視線を向けたエミリオの冷たい言葉が、アリオンの胸に突き刺さる。
「貴方の傍にいる方は、ホーリスローネ王国が誇る大陸一の戦略家です。将軍は貴方に過ぎた存在だという事実を、その胸に受け止めて欲しい」
「⋯⋯⋯⋯」
「貴方のやっているのは戦争ではなく、ただのままごと遊びだ」
最後は吐き捨てるようにそう口にしたエミリオが、これ以上口を開く事はなかった。
最後は重苦しい空気が軍議の場を支配してしまったが、エミリオの発言を最後に同盟軍の全体軍議は終了した。




