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第四十一話 代価 Ⅸ

「レイナ?」

「⋯⋯⋯⋯!」

「そのままでいい。無理はするな」


 アングハルトのもとを後にして、リックはレイナがいる救護用天幕にやって来た。

 天幕内に入ったリックはレイナを見つけると、怪我の手当てを終えてベッドで横になっている彼女に声をかける。リックの登場に驚いたレイナは、少し麻痺して動かし辛い身体で、慌ててベッドから起き上がろうとするが、無理はさせまいと彼がそれを止めた。


「具合はどうだ?」

「肩は掠り傷でしたが、毒抜きのために止むを得ず少し脚を⋯⋯⋯⋯」

「毒の方は大丈夫か?痺れ薬って聞いたけど」

「まだ痺れは残っていますが問題ありません。毒には耐性があるので、症状も軽く済みました」


 レイナは敵の攻撃を受け、その際に毒が塗られた刃で脚を斬り付けられてしまった。その毒は即効性の高い強力な痺れ薬だったのだが、彼女にその薬は十分な効果を発揮しなかったのである。

 

「毒に耐性って⋯⋯⋯⋯。いつの間にそんなもの」

「閣下に出会う以前からです。子供の頃、毒や薬に耐性をつける修行を受けていました」

「ずっと前から槍の修行をしてたんじゃないかと思ってたけど、まさかそんなことまで⋯⋯⋯⋯。考えてみると、俺ってレイナのこと全然知らない気がする」


 槍の扱いにかけては帝国最強の軍神。兵達から絶大な信頼を集める、帝国の英雄の一人ではあるが、普段の彼女はそれを鼻にかける事ない、真面目で恥ずかしがりやな美少女である。ついでに言うと大食漢で、その食べっぷりは男顔負けであり、大食いに関しては帝国で一二を争っている。

 リックとは長い付き合いであり、帝国を守る軍事力を手にするべく行動を開始した彼が、旅の途中最初に得た仲間でもある。

 レイナと一番付き合いが長いのはリック本人なのだが、今まで彼女の過去に触れた事はなかった。もっと言えば、彼女が何が好きで嫌いなのか、得意な事や苦手な事は何かなど、リックから訪ねてみた事はほとんどない。

 結局、リックはレイナと一番長い付き合いであるにも関わらず、彼女について知らない事は沢山あるのだ。


「レイナって、一体何者なんだ?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「あっ、別に怪しい奴だとか思ってるんじゃなくて、純粋に興味が湧いたって言うかその⋯⋯⋯⋯⋯」

「わかっています。ただ、今はまだ御話できません」


 元々レイナは、自分の事をあまり話したがらない。寧ろ、話さないようにさえしている。

 彼女は恐れているのだ。自分の過去が知られてしまい、そのせいでリックの信頼を失ってしまうかもしれないと⋯⋯⋯⋯。

 恐れを抱く彼女にとって、自分の口からそれは話せない。少なくとも、今はまだ無理だ。話してもいいと、自分に勇気が持てない限り、特にリックには話さないと決めている。


「いつか、御話する覚悟が持てたその時に⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯わかった。じゃあその時まで、レイナの過去については触れないことにする」


 過去を聞かれずに済んで安心したレイナは、横になっているベッドの上で軽く息を吐く。落ち着いた彼女の傍に来たリックは、レイナの身体を避けつつ、彼女が寝ているベッドの上に腰を下ろした。


「助けた勇者達はどうなりましたか?」

「俺が殴った方は王国軍が連れて行って、姉妹の方はアングハルトが付いてる。二人共、レイナのお陰で大きな怪我もなくて、疲れてぐっすり眠ってるよ」

「そうですか。良かった⋯⋯⋯⋯⋯」


 助けた勇者達の様子を聞き、改めて無事である事を確認したレイナは、リックの前で安堵の息を漏らす。自分は負傷してしまったが、無事作戦を成功させる事が出来たと、落ち込んでいた彼女の心が少し軽くなった。

 アングハルトがリックに言った通り、真面目な性格のレイナは、今回の作戦で自分が負傷してしまった事に責任を感じていた。自分の隊で負傷者を出してしまった事も、作戦成功を彼女が素直に喜べない要因となっている。

 今回の作戦は、レイナが口にした我儘から始まった。自軍が手を出す必要のなかった戦いで、率いた隊で負傷者を出し、自分自身も怪我をしてしまった。この損害は、明日以降に待つ敵との戦いに、戦力の低下という影響を及ぼしてしまう。

 私情による我儘で、自軍の戦力を低下させる結果を招いてしまった。隊を率いる指揮官として、これは本来許されない事だ。真面目で抱え込みがちな彼女が、今回の結果で落ち込むのは無理なかった。


「お前はよくやった」

「⋯⋯⋯⋯!」

「戦いに出たんだから、怪我なんて想定の範囲内ってやつだろ。寧ろ戦死者が出なかったんだから、お前は十分過ぎるほどよくやった」

「ですがこの怪我は、己の未熟が招いたもので―――――――」

「それはあの糞餓鬼が調子に乗ったからであって、全然まったくこれっぽっちもお前のせいじゃない。だから、もうこれ以上悩むな落ち込むな」


 レイナは見事作戦を成功させ、勇者の救出までも自分達で果たしてしまい、作戦に参加した兵を全員無事に連れ帰った。リックの言う通り彼女は、文句の付けどころなどなく、十分過ぎるほどよくやったのである。

 それでも肩を落としてしまうのは、彼女の悪い癖のようなものだ。そんな彼女の性格は、皆と同様にリックもよく理解している。

 彼女が落ち込んでしまった原因の一つである、あの勇者の存在は、レイナを元気付けようとする今のリックにとって、非常に憎い存在となっていた。一人で勝手に飛び出したあの勇者さえいなければと、今の彼はそう考えずにはいられない。


「閣下が手を出してしまった勇者の少年。何事もなければいいのですが⋯⋯⋯⋯⋯」

「やっぱ、二回殴っただけじゃ足りなかったよな?次に会ったらぼっこぼこにしてやるか」

「あっ、あの⋯⋯⋯⋯。私を心配して下さったのは嬉しいのですが、流石にやり過ぎたのでは⋯⋯⋯⋯⋯」

「王国と連合がなんぼのもんだ。殴ったくらいで抗議してくるんだったら、夕方俺が別の勇者に命狙われた件を引っ張り出して逆に猛抗議してやる。喧嘩上等だ」

「それよりも、エミリオやミュセイラにこの事が知れたら、後で説教は免れないのではないかと」

「!!」


 勇者を殴ってしまった件で、今リックがどうすべきか考えなくてはならないのは、エミリオとミュセイラに対しての謝罪である。怒りに身を任せたリックの今回の行動は、王国と連合との関係悪化に発展しかねないという、確実にエミリオに怒られるお説教コースであり、土下座はまず避けられない。少なくとも、お説教時の言い訳くらいは考えておく必要があるだろう。


「あああああああっ⋯⋯⋯⋯⋯!やちっまたよどうすりゃいいんだ⋯⋯⋯⋯⋯!?」

「ふふっ、ふふふ⋯⋯⋯⋯⋯」

「ちょっ!説教される俺が面白いからって、笑うの酷くないか!?」


 お説教コース確定に頭を抱え、大袈裟に項垂れていたリックの姿を見ていたレイナが、珍しく笑っていた。醜態を笑われたと思ったリックは、笑っている彼女に驚きつつもツッコミを入れる。

 笑うのが落ち着いたレイナは、笑みを浮かべながら誤解を解くために口を開いた。


「すみません、説教の光景が面白くて笑ったんじゃないんです」

「じゃあなんで?」

「勇者の少年を殴った時の閣下が、まるで自分自身に説教をしていたように見えたので、思い出したらつい笑えてしまって」

「!」


 勝手な行動を取った勇者櫂斗のせいで、大切な仲間であるレイナが傷を負った。あの時リックはその事実に激怒し、いきなり彼を殴りつけて説教したのである。

 その時レイナはこう思った、「いつも自分勝手なのはあなたなのに⋯⋯⋯⋯⋯」と。


「いつも一人で勝手に飛び出して、誰よりも前に出て戦って。仲間に危険が迫ったら我が身のことなど考えずに助けに行ってしまう。そんな閣下に振り回されているのは、いつも私達です」

「うっ⋯⋯⋯」

「アングハルトを助けに行った時も、エステランで自分を狙撃させた時も、私達を助けるためにアーレンツに捕らわれた時も、全部勝手過ぎでした。心配させられる私達のことなんて、閣下は考えもしない」

「ううっ⋯⋯⋯⋯」

「あの少年を殴られたのですから、少しは反省して今後は御自重頂きたい」


 正論過ぎて何も言い返せなかったリックが、レイナの言葉に完膚なきまでに叩きのめされ、がくりと肩を落としてまたも項垂れる。彼女の説教がその通り過ぎて、リックは今更しでかした事を少し後悔していた。

 

 あの時リックが怒りに身を任せ、何も理解していなかった櫂斗を殴ったのは、レイナの負傷に激怒したからだけではない。まるで自分自身を見ているようで、抑えられない怒りと殺意が湧いたからだ。

 かつての自分の様にはならないと、無力な自分の存在を殺し、彼はこの世界で新たな名と共に生きる道を選んだ。そんな彼にとって櫂斗の存在は、無力で自分勝手だったかつての自分と、どうしても重なって見えたのである。

 殺したいほど憎いかつての自分が、また自分から大切なものを奪おうとした。そう考えてしまった時には、櫂斗を殴りつけていた後だった。そして、怒りのままに叫ばずにはいられなかったのだ。


「いつもごめん⋯⋯⋯⋯」

「はっ⋯⋯!もっ、申し訳ありません!つい出過ぎたことを⋯⋯⋯⋯」

「いいんだ。全部レイナの言う通りなんだから」


 静かな声で謝ったリックの言葉で、レイナはやってしまったと気付き慌てて謝罪した。彼の右腕的存在であるとはいえ、なんて無礼を働いてしまったのだと反省する彼女に、リックもまた反省した様子で言葉を続けた。


「人のことを言えないのはわかってる。けどあいつには、誰かが教えてやらなくちゃいけなかった」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「でないとあいつは、考えなしの行動で多くの人間を殺す。それを知ってて勝手をするのと、知らずに勝手をするのじゃ全然違う」


 今回は誰も死なずに済んだ。それはレイナ達が強かったお陰である。

 ならば次、レイナ達とは違う別の者達がいる中で、櫂斗が同じような行動を取った時、一体どれだけの犠牲が出るのだろうか。今回は運良く誰も犠牲が出ずに済んだのだと、あの時の櫂斗は全く分かってはいなかった。

 分かっていなければ、また同じ事を繰り返す。しかも櫂斗は、勇者である自分自身の存在価値と影響力を、本当の意味で理解できていない。自分の全ての行動が、有無を言わさず多くの人間を巻き込むと知らずに、再び同じ事を繰り返せば、彼は無意識に屍の山を量産し続ける死神となるだろう。

 

「変わらないですね、その優しさは⋯⋯⋯⋯⋯」

「二回も殴って歯も折ってやったんだぞ?優しいわけないだろ」

「いいえ。閣下はお優しいから、あの姉妹をアングハルトに預けられたのでしょう?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」


 レイナに怪我をさせた櫂斗に怒り、リックは彼を殴った。だがそれは、怒り半分と説教半分だった。

 二度と同じ過ちを繰り返すなと、過ちを繰り返せばどうなるのかを、あの時のリックは櫂斗に教えたのだ。もし怒りの感情だけで彼を殴ったのであれば、あんな事を言う必要はない。あの時のリックは、その身を怒りに委ねながらも、過ちを正させようと諭す優しさがあったのだ。

 あの場にいたレイナには、それが分かっていた。変わらないその優しさこそ、レイナが守るべき彼の心なのだから⋯⋯⋯⋯。


「聖弓の勇者は心に深い傷を負っていました。それを理解してあげられるのは、同じ傷を持ったアングハルトだけですから」

「俺がそんな善人に見えるか?アングハルトに任せたのは、姉妹勇者に個人的な恩を売って――――――――」

「自分を偽ろうと、私が初めて出会った頃から、閣下の優しさは変わりません。だから私は⋯⋯⋯⋯⋯」


 自分の気持ちを言いかけたレイナは、そこで言葉を止めてしまった。

 それ以上先は口にできなかった。ただ一振りの槍となると決め、彼の操る槍として生きると決めた彼女には、それ以上先を言葉にする事はできない。

 人ではない武器となり、己の犯した過ちを償うために、彼の槍となって戦う。それが彼女の贖罪。

 罪を背負う自分は、彼の優しさも温もりも求めてはいけない。それは自分以外の仲間達に向けられるべきもので、自分が求めなくてはならないのは、この罪を償う戦場と、討ち取った敵の流す真っ赤な血。それが自分の償いなのだと胸に刻み、彼女は彼の忠実な槍となったはずだった。


「⋯⋯⋯⋯夜も大分更けてきました。閣下もそろそろお休みにならなければ、明日の戦いに障ります」

「レイナ⋯⋯⋯⋯」

「私に構う必要はありません。怪我も毒も大したことはないので、もうお休みください」


 リックもまた、今日の戦いの指揮や、救出作戦の指揮で疲れている。夜も遅くなり、時間的に兵の多くは眠りについている頃だ。明日に疲れを残さないために、レイナの言う通り彼も眠る必要がある。

 これは、リックの身体を気遣っての言葉でもある。だがそれ以上に、この場で彼と二人きりでいるのが堪えられなくなったのだ。

 

「⋯⋯⋯⋯そうだな。レイナもいい加減寝たいだろうし、もう行く」

 

 ベッドから腰を上げたリックは、横になっているレイナの方へと振り向いた。

 互いの目が合って、レイナは自分を見つめるリックの瞳を見る。両の瞳は彼の心を映し出し、悲しさと寂しさを彼女に訴えていた。


「最後に一言だけ」

「⋯⋯⋯⋯⋯なんでしょう」

「無事に帰って来てくれて、ありがとう⋯⋯⋯⋯⋯」


 彼女がどう思っていようと、心の中で苦しんでしまっていようと、無事に帰って来てくれて嬉しい。この想いだけはどうしても伝えたくて、少し微笑み心から感謝の言葉を口にする。


「おやすみ、レイナ」


 挨拶を残して、リックは彼女に背を向け、静かに救護用天幕を出て行った。

 一人残されたレイナは、最後に彼が見せた瞳と言葉を思い出し、腕で顔を隠しながら奥歯を噛んだ。顔を隠した腕の下には、悲しみと苦悩に歪んだ彼女の表情があった。

 

「嫌な女だ⋯⋯⋯⋯、私は⋯⋯⋯⋯」

 

 これまで何度自分をそう呼んで軽蔑したか、もう覚えていない。レイナは一人、変わる事の出来ない己の心と弱さに苦しんだ。

 その後まもなく、緊張の糸が切れただけでなく、戦いの疲れと毒のせいで一気に眠気が押し寄せ、彼女の意識は闇の中に深く沈んでいった。


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