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第四十一話 代価 Ⅶ

 救出された真夜と華夜は、帝国国防軍兵士に保護されたまま、陣地内の救護用天幕に運び込まれた。

 天幕内で真夜はアングハルトから、ボーゼアス義勇軍陣地で男達に暴行された際の手当てを受け、今は救護用のベットの上に座っている。隣のベットには、気絶したまま運び込まれた華夜が寝かされていた。


「落ち着きましたか?」


 手当てを受け終わり、腰を下ろしたベッドの上で俯く真夜に、手当てを行なったアングハルトが話しかけた。

 声をかけられた事で顔を上げて真夜は、自分を見つめるアングハルトと目が合った。彼女は無表情だったが、見つめるその瞳は自分の身を心配してくれていると感じ、真夜は小さく頷いて答えた。

 その反応を見て安心した彼女は、勇者に対して見せる軍人としての表情を和らげ、真夜に向けて少し微笑む。だが彼女は、真夜の頬に当てられている、塗り薬で貼り付けられた布を見て表情を曇らせた。


「頬の痕、残らないといいですが⋯⋯⋯⋯」


 布が貼られている真夜の頬は、男達に暴行された怪我の一つである。殴られて腫れてしまった頬に、そのまま痕が残ってしまわないかと、アングハルトは心配しているのだ。

 

「⋯⋯⋯⋯顔の怪我なんて、どうでもいい」

「どうでもよくはありません。せっかくの綺麗な顔なのに」

「こんな顔だったから⋯⋯⋯⋯。男を喜ばせるこんな身体をしていたから、あんな目に遭った⋯⋯⋯⋯!」


 真夜の脳裏に蘇る、敵陣地で男達に身動きを封じられ、為す術もなく陵辱されかけた記憶。しかもその光景は、妹である華夜にも見られてしまっていた。

 誰にも見られたくなかった姿。今すぐにでも忘れ去りたい記憶。それなのに、真夜の心と体には、消える事のない傷として残り続けている。あの時の味わった恐怖を思い出すと、アングハルトの励ましの言葉ですら怒りを覚えてしまう。


「みんなにも、あなたにだってわからない。あの恐さは、誰にも⋯⋯⋯⋯!」


 腰を下ろしたベッドの上で膝を抱え、体が覚えてしまった恐怖に震える真夜。そこにはいつもの毅然とした姿はなく、膝を抱えて震える今の彼女の姿は、恐い存在に怯える幼い少女のようであった。

 

「私にはわかります、あなたの気持ちが」


 静かにそう答えたアングハルトの言葉に、「そんなはずない」と声を上げようとした真夜が顔を上げる。口を開きかけた真夜の瞳に映ったのは、目の前にいるアングハルトが自身の軍服に手をかけ、何も言わず突然服を脱ぎ出し始めた光景だった。

 驚いた真夜が固まってしまった間も、彼女は黙々と軍服を脱ぎ捨てていき、軍服の下に着ていたシャツも脱いでしまう。最後に残った下着すらも躊躇なく脱ぎ、一糸纏わぬ上半身を真夜の前に晒して見せる。


 アングハルトの裸を目にした真夜は、一瞬で言葉を失った。

 兵士となるべく鍛えられた男顔負けの肉体。女性にも関わらず、腹筋は綺麗に割れており、鍛えた身体のお陰で肩幅は広く、両腕には力強い筋肉が宿っている。それでも、女としての部分はしっかり残っており、胸は整った形をしていて真夜よりも大きかった。

 だが驚くべきは、鍛え抜かれた彼女の肉体美ではなく、身体中に刻まれた無数の傷痕だった。

 傷痕はどれも新しいものではなく、傷口は塞がったものの、痕として残ってしまったものばかりである。切り傷や刺し傷、それに火傷の痕まで、彼女の身体には様々な傷痕が刻まれてしまっていた。

 戦場で戦ったために負った負傷の数々に見えるが、それにしては傷だらけ過ぎる。見るも痛々しい彼女の身体に驚愕していた真夜だったが、次の瞬間アングハルトが振り返り、自分に向けて背中を見せた事で、思わず声にならない悲鳴を上げてしまう。


「っ!?」

「これが、あなたの気持ちがわかる理由です」


 前も傷だらけであったが、背中にはもっと多くの無残な傷痕が残っていた。

 戦いの最中で負った切り傷や刺し傷などではない。誰かに鞭か何かで徹底的に打ち付けられた、酷い傷痕の数々。見ているこっちが痛みを覚えてしまう程の、目を背けたくなる姿だった。

 

「あなたと同じように、私も敵に捕まった過去があります」

「⋯⋯⋯⋯!」

「一度目は野盗に、二度目はジエーデル国軍に。どちらも、男達が私の体を玩具にするのに変わりはなかった」


 かつてアングハルトは、自身が口にした通り戦場で敵に捕らえられ、酷い拷問を受けた経験がある。身体中に刻まれた彼女の傷は、戦場で負ったものばかりではなく、その時の拷問で受けた傷も沢山あった。特に彼女の背中は、二回の拷問で受けた暴行によるものである。


「痛みと恐怖で泣き叫ぼうと関係ない。寧ろ、泣いて苦しむ私の様に益々喜んで、陵辱と拷問を続けた。背中の傷痕は、二度の拷問で受けた鞭の痕です」


 詳しく語られなくても察しは付く。その時の男達が彼女に何をしたのか、彼女がどんな地獄を味わったのか、何もかも想像できてしまう。

 今日自分が味わった痛みや恐怖など、彼女が経験した地獄に比べれば⋯⋯⋯⋯。そう思うと、自分は運が良かったと考える半分、あの時華夜が助けてくれていなければ、彼女と同じ目に遭っていたかもしれないと、真夜は戦慄した。

 

「あの時の恐怖が忘れられなくて、極度に男を怖がるようになってしまった私は、男に少し触れられただけでも怯えてしまう。今のあなたと同じように⋯⋯⋯⋯」


 この天幕に連れて来られた時も、真夜は男の兵士に怯え、彼らに誘導される事も治療を受ける事も拒んでしまった。そこで、彼女の気持ちを理解していたアングハルトは、黙って真夜の手を引いてここまで連れて来て、彼女の手当ても行なったのである。真夜の気持ちを考え、彼女達以外は人払いもされていた。

 アングハルトは知っている。けだものと変わらない飢えた男達の手によって、為す術もなく己の身体を蹂躙される感覚。無理やり犯された時に見てしまった、下衆な笑みを浮かべて迫る男達の顔は、忘れられない恐怖として残り続ける。

 違うと頭では分かっていても、他の男達も下衆共と同じに見えてしまう。だから男という存在に怯えてしまう。そんな真夜を理解する事が出来るのは、同じ経験をしたアングハルトだけだった。


「私を傷物にして、けがして、犯すだけでは飽き足らず、心に消えない傷を残していった。この傷は永遠に消えません」

「⋯⋯⋯⋯そんな人が、どうしてまだ戦場に?」


 無意識に思ってしまった事を呟いた真夜の言葉で、背中を向けていたアングハルトが振り返る。

 真夜からしてみれば、そこまでの地獄を二度も味わっても尚、彼女が未だに軍人を続けられるのか理解できなかった。再び戦場に立てば、また敵に捕らえられて拷問や陵辱を受けるかもしれない。それなのに彼女は、地獄を恐れず軍服を身に纏っている。

 不思議に思っている真夜の顔を見た彼女は、優しく微笑みながら答えて見せた。


「私を二度も地獄から救い出してくれた、大切な人の役に立ちたいからです」


 そう答えた彼女の脳裏に、自分を地獄から救い出してくれた最愛の人との、初めての出会いが蘇る。あの時彼から感じた優しさが、温もりが、絶望していた彼女に光を与えた。その光があったから、彼女はこうして微笑む事が出来る。


「私には戦う事しかできない。だから、あの方の役に立てる場はここだけなんです」

「強い人ですね、あなたは⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「男が恐くて仕方ないのに、そんな想いだけで前を向けるなんて⋯⋯⋯⋯。私には真似できない」


 アングハルトは真夜以上の地獄を味わった。なのに彼女は自分とは違って、膝を抱えて震え続ける事はなく、心に刻まれた深い傷と共に前を向いてる。

 彼女の様には絶対になれない。今の真夜には、アングハルトの存在が眩し過ぎた。


「戦うんです、あなたも」

「戦う⋯⋯⋯⋯?」

「心に負った傷も、忘れられぬ恐怖も、全てあなたを苦しめる敵です。自分自身の心と戦い続け、この苦しみをお互いに打ち払いましょう」


 アングハルトは真夜の傍に腰かけ、震える彼女の手を取った。

 お互いの目と目が合い、強い意志を秘めたアングハルトの瞳が、閉じられた真夜の心を動かしていく。


「⋯⋯⋯⋯私も、あなたと同じように戦えますか?」

「もちろんです。あなたは自分で考えるより、ずっと強い女性だと私は思います」

 

 アングハルトは気付いている。真夜は詳しく語っていないが、捕まった二人の内、男達に襲われたのは真夜だけだったと⋯⋯⋯⋯。

 気付いた理由は簡単だった。破かれた衣服と、暴行を受けた痕がある真夜と違い、華夜は無傷と言っていい状態であったからだ。華夜が襲われなかったのにはいくつもの理由があるが、真夜が彼女を守ろうと必死だった結果でもある。

 男達に襲われながらも華夜を守ろうとした彼女が、弱い女性なはずがない。だからこそアングハルトは、彼女を強い女性と称して励ました。


「絶望なんて似合わない。あなたならきっと戦える」


 優しく、そして温かいアングハルトの言葉が、堪えていた真夜の感情を溢れさせる。悲しみや苦しみ、そして彼女に励まされて得た喜びが、溢れ出して止まらなくなる。

 堪えていた感情を制御できなくなった真夜が、悲しみと苦しみと喜びで溢れ出た涙を流す。これまでの人生で、一日にこれだけ泣いた事はない。我慢できず、涙を溢れさせながら大声で泣いてしまってもいる。人前でこんな姿を見せるのも、彼女は初めてだった。


 堪え切れずに泣き始めた真夜は、傍に寄り添っていたアングハルトに抱き付くと、彼女の胸の中で泣き続けた。幼子の様に泣いてしまっている真夜に、アングハルトは何も言わずに自分の体を貸した。

 互いの苦しみを理解し合える二人だけの時間が、真夜の涙と共に優しく流れていった⋯⋯⋯⋯。

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