第四十話 破壊の神 Ⅴ
お姉ちゃんは優しい。でもそれは、華夜のためじゃなくて、結局自分のためだ。
学校だと文武両道で成績優秀、弓道部のエースで皆の人気者。美人で強くてかっこいい、それが私のお姉ちゃん。皆がそうやって勘違いしてる。
本当のお姉ちゃんは、臆病で弱い女の子。華夜達のお母さんがいなくなって、一番悲しんだのお姉ちゃんの方だった。
悲し過ぎて、寂し過ぎて、辛過ぎて、苦し過ぎて⋯⋯⋯⋯。いなくなったお母さんにも、自分達を守ってくれないお父さんにも、自分達を疎み続ける家にも、何もかもに絶望していたお姉ちゃん。本当は華夜以上に、自分の周りの世界全てに怯えていた。
怯え続けたお姉ちゃんは、不安や絶望から逃れる術を求めた。見つけたその術が、華夜を守る事だった。
自分と同じように怯える妹。お互いの心を許し会える、血の繋がった唯一の家族。大切な妹の傍に寄り添い、悲しみも寂しさも忘れさせるほどに愛し、優しく守り続ける。それが、お姉ちゃんが不安と絶望を忘れるための術となった。
姉として、華夜の事を守りたいと想う心もあった。でもそれ以上に、自分自身を守りたかったんだ。
お姉ちゃんにとって華夜は、嫌な事を忘れるための慰み者。だからお姉ちゃんは、必死に華夜を守ろうとしてくれている。だって華夜がいなくなったら、自分自身が今度こそ壊れてしまうから⋯⋯⋯⋯。
華夜は知ってる。お姉ちゃんの本当の気持ちは、最初から全部わかってる。わかってたけど、華夜はそれを受け入れた。だって華夜も、お姉ちゃんがいなきゃ生きていけなかったから⋯⋯⋯⋯。
華夜とお姉ちゃんは、世界で二人だけの大切な存在。それ以外は、もう何も必要ない。華夜とお姉ちゃんは、お互いに慰み会ってこれからも生きていく。周りから間違っていると言われても構わない。華夜にとって世界の全ては、もうお姉ちゃんだけだから⋯⋯⋯⋯。
そんなお姉ちゃんが、今華夜の目の前で男達の襲われてる。
あんな風に泣き叫ぶお姉ちゃんの姿は、今まで見た事ない。お母さんがいなくなった時でさえ、皆の前では涙一つ見せずに気丈に振舞ってた。泣く時だって、人前では決して泣かなかった。
それなのに今は、華夜の目も、男達の目も気にせず、子供のように泣き叫び続けている。泣くだけじゃなくて、他人に助けも求めるなんて、いつものお姉ちゃんなら絶対にあり得ない。今華夜が見ているのは、初めて見るお姉ちゃんの姿だった。
さっきの男は華夜が、本物の恐怖を知らないと言った。きっとそれは、お姉ちゃんも同じだった。
お姉ちゃんは今、男という生き物の本当の恐ろしさをその身で感じている。強姦されているお姉ちゃんは、華夜の目の前で男達の慰み者となってしまった。
大切でかけがえのない存在が、自分の目の前で犯されていく。今まで感じた事のない恐怖が、華夜の心を締め付ける。心臓の鼓動が早くなって、息が苦しい。とても気持ち悪くて、吐きそうで堪らない。これがあの男の言っていた、本物の恐怖なのかもしれない。
でもおかしいの。華夜の目は、強姦されるお姉ちゃんから目が離せない。
気持ち悪くて、苦しい。見ていると吐き気が止まらない。それなのに華夜は、襲われるお姉ちゃんの姿をずっと見ている。見ていると不快感以上に、ある別の感情が込み上げてきたからだ。
その感情の名は、「怒り」。失くしてしまった、忘れてしまったはずの感情が、華夜の心を支配する。
華夜にとって大切でかけがえのない存在は、真夜お姉ちゃんだけだ。お姉ちゃんを慰み者として扱っていいのは、世界でただ一人、華夜だけ。それなのにあの獣みたいな連中は、華夜のお姉ちゃんに手を出した。
あんな塵みたいな奴らは、映画に出てくる怪獣にでも踏み潰されて仕舞えばいい。
許せない⋯⋯⋯⋯。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない絶対に許せない。
「死ね⋯⋯⋯⋯」
口を開き、静かに発せられた華夜の一言は、真夜の悲鳴に掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。
暴れる真夜と、彼女を犯すのに夢中な男達は、先程までと雰囲気を一変させた華夜に気付いていない。纏う空気を怒りと殺意に変え、男達の姿を見据えた華夜。冷酷な彼女の瞳は、男達を人と見ていなかった。
「応えて⋯⋯⋯、起動」
それは、伝説の秘宝が真の姿を現わす起動の言葉。彼女の言葉に応え、先程の真夜の秘宝と同じように、保管されている場所から飛んできた華夜の秘宝が、彼女の右手に収まりその姿を変える。
黒い輝きを放つ漆黒の秘宝は、彼女の手の中で魔導書に姿を変えた。飛んできた秘宝と輝きによって、ようやく華夜の異変に気が付いた全員が、動きを止めて彼女に視線を集める。
「かっ⋯⋯⋯⋯、華夜⋯⋯⋯⋯⋯?」
姉の真夜が見たものは、今まで見た事のない雰囲気を纏う、大切な妹の姿。臆病で弱い自分がよく知る妹の姿はそこになく、彼女の瞳には、怒りと殺意を纏い武器を手に取る、冷たい瞳の少女の姿が映し出されていた。
「こっ、こいつも秘宝を⋯⋯⋯⋯!?」
「慌てる事はねえ。聞いた話じゃ、聖書の勇者は力を使えないらしい」
またも現れた秘宝に驚く男達だったが、男の一人が口にした通り、華夜が秘宝の真の力を解放できないのは事実だ。
グラーフ同盟軍が結成される以前、試しに彼女が力を解放する言葉を口にしても、魔導書がその力を発揮する事はなかった。故に彼女は、勇者という象徴の一人として従軍していたに過ぎない。言ってしまえば、同盟軍内では戦力外の存在だったのだ。
突然の彼女の変貌に驚いた男達だったが、慌てる事はないと冷静になり、二人が真夜の拘束を続け、残りの男達が彼女から、光が治まった魔導書を取り上げようとする。
華夜も魔導書も恐れず、ゆっくり彼女へ近付いていく男達。魔導書が現れようと彼女には何もできない。何もできぬまま、簡単に男達に取り押さえられるはずだった。
「解放」
華夜の発した言葉は、秘宝が持つ真の力を解放するための言葉。今まで一度も成功しなかった起動の言葉だった。
しかし、魔導書は彼女の言葉に応えるかの様に、再び黒く眩い光を放って輝き始めた。そして魔導書は、彼女の手も借りず勝手に頁を開き始めたのである。
『自動修復率六十パーセント。対象を正式所有者と認定。敵対生物による生命危機を感知。緊急防衛機能を作動します』
突然、華夜の頭の中だけに何者かの声が響き渡った。
秘宝の力を発動する事で、頭の中に声が響き渡る現象は、同じ勇者である櫂斗達から聞いている。これが話に聞いた秘宝の声であるのだと、彼女にはすぐに理解できた。
『最終安全装置解除。敵対生物に対する殲滅手段を選択して下さい』
櫂斗達同様に彼女の頭の中にも、この武器の使い方が一気に流れ込む。魔導書の使い方を理解した彼女は、現状選択できる最大規模の殲滅手段を選択した。
「一番強いやつ」
彼女が選んだのは、この魔導書が持つ最も強力な力だった。
だが魔導書は、ある理由から力の発動を拒もうとする。
『現在の修復率と充電量では百パーセントの運用は困難です。それでも実行しますか?』
「いいからやって」
強制的に起動を促した彼女に、魔導書は自ら頁を開き続ける事で応え、とある頁を開いて止まる。開かれた頁はやはり白紙だったが、次の瞬間には文字と絵が浮かび上がった。
浮かび上がった文字は彼女が読めるもの。浮かび上がった絵は彼女が求めていた存在の姿。白紙をだった頁に文字と絵を生み出した魔導書は、彼女にこの力の名と使い方を教えたのである。
「お姉ちゃんから離れて」
それは彼女が発した、男達への最終警告だった。しかし男達は、力を解放して光り輝く魔導書に驚愕したまま動かない。
いや、例え離れようと離れまいと、結果は同じだっただろう。男達がどんな行動を選択しようと、絶対に容赦はしないと決めていたのだから⋯⋯⋯⋯⋯。
魔導書の頁に記された、最強の力の名と能力、そしてその使い方。発動しようとしている力を理解した彼女は、男達を見据えてその名を呼んだ。
「華夜の敵を消し去って⋯⋯⋯⋯、完全暗黒破壊神」




