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第四十話 破壊の神 Ⅲ

 華夜とお姉ちゃんは、物心付いた時からいつも一緒だった。

 遊ぶ時も、ご飯を食べる時も、夜眠る時も、優しかったお母さんと別れる事になった時さえも、傍にはいつもお姉ちゃんがいてくれた。

 華夜の家は由緒正しい名家。家は大きな御屋敷で、部屋には高そうな壺や掛け軸が飾られていて、使用人が数人いる。お金持ちなのだと、誰が見てもそう思うだろう。実際華夜もお姉ちゃんも、何不自由なく暮らしていた。

 ただ、この家に私達の居場所はなかった。華夜達のお母さんは、この家で一番末の子だったお父さんが、家の反対を押し切って結婚した人。兄弟の中で一番力がなかったお父さんは、家の人達に疎まれ続けたお母さんを守れなかった。だからお母さんは、華夜達を残して去ってしまった。

 華夜もお姉ちゃんも、疎まれていたお母さんの娘。そんな華夜達もまた、お母さんと同じように疎まれ続けている。お母さんがいなくなって絶望したお父さんは、華夜達を守ってはくれない。華夜もお姉ちゃんも、どこにも居場所なんてない。


 悲しくて、寂しくて、辛くて、苦しくて⋯⋯⋯。部屋の隅で膝を抱え、自分を塵のように見下す人間達に怯えていた華夜を、お姉ちゃんだけが救ってくれた。

 「ずっと守ってあげる」って言って、華夜の傍にいてくれた。お姉ちゃんが傍にいる時だけが、悲しさも寂しさも忘れられる。

 だからある日、華夜は思った。この世界には、華夜とお姉ちゃんだけがいればいいって⋯⋯⋯⋯。










「これが聖弓と聖書の勇者か。まだ若いな⋯⋯⋯⋯」


 ボーゼアス義勇軍に捕らわれた華夜と真夜。二人が捕らわれている天幕に、その男は現れた。

 男が現れた瞬間、二人を見張っていた兵士達は直立し、顔に表れるほど緊張していた。何故なら現れた男が、ボーゼアス教の教祖オズワルド・ベレスフォードだったからだ。

 教祖オズワルドこそ、ボーゼアス教の最高指導者であり、この戦争を始めた張本人である。敵の総大将というべき男が、二人の前に姿を現わしたのだ。


「⋯⋯⋯⋯私達をどうするつもり?」

「君達には多くの使い道がある。だがまずは、勇者の力について聞きたいと思う」


 気を失っていた華夜が目を覚ました後、暫くして真夜も目を覚ました。目覚めた彼女は状況を直ぐに察し、拘束されていながらも華夜を守ろうと、兵士相手に必死に抵抗しようとしたのである。そんな時に、オズワルドはここへ足を運んだ。

 捕らえた勇者がどんな人間なのか、一目見たいと思ったのも理由の一つだが、オズワルドは勇者の力について探っている。戦場に於いて、勇者が操る秘宝の力がどれだけ脅威なのか、それを理解しているからこそ知りたいのだ。グラーフ同盟軍に勝利するため、勇者の力の能力と弱点を⋯⋯⋯⋯。


「君は聖弓の勇者だそうだな。伝説の秘宝はどうすれば力を解き放つか、私に教えて貰いたい」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「やはり口を閉ざすか。その勇気は買うが、大人しく教えた方が身のためだ」


 無表情のオズワルドの言葉には、甘さのない鋭さと冷たさが込められていた。口にしなければ、どんな非情な事でも平気で行なうと、彼の言葉が二人に告げる。

 それでも、真夜は口を割ろうとはしなかった。自分達を捕らえ、大切な妹まで危険に晒そうとする彼らに屈しまいと、一人抵抗しているのだ。

 真夜からは簡単に聞き出せない。そう悟ったオズワルドは、次の狙いを華夜に定める。


「では君はどうかな?聖書の勇者のようだが、我々に協力する気はあるかね?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 怯えて俯いた華夜は、真夜とは違った心境で、一言も発する事はなかった。恐怖で口を閉ざす彼女の性格相手では、情報を聞き出すのは難しい。そもそも彼女は、姉の真夜以外とはほとんど会話もしないのだ。

 尋問程度では何も答えそうにない。それは誰の目から見ても明らかだった。しかしオズワルドは、怯える華夜の様子を見て、何をしてでもここから逃げ出したいと願う、彼女の恐怖心を感じ取る。


「なるほど、君はこの世界の全てに怯えているのか」

「⋯⋯⋯⋯!」

「何もかもが恐くて堪らないのだろう。だが、君はまだ本物の恐怖というものを知らなさそうだ」


 華夜から視線を外し、再び真夜を見るオズワルドの眼。

 憎き仇でも見る様に、彼の眼を睨む真夜。しかし彼女は拘束されているため、オズワルドには手出しできずにいる。

 異世界からやって来た勇者と言えど、秘宝無しでは普通の人間。己の目でそれを確認したオズワルドは、情報を話さなかった二人から離れ、見張りの兵士の一人に耳打ちを始めた。彼の話を聞き終えた兵士は、怪しい笑みを浮かべて真夜を見る。その笑みが、必死に絶望と戦う真夜を恐怖で震えさせる。

 

「後は君達に任せる。期待しているよ」

「はっ!お任せください!」


 話を終えたオズワルドは、二人のいる天幕を後にする。オズワルドがいなくなった後、耳打ちをされていた一人の兵士が、怪しく下品な笑みを浮かべ、真夜の目の前に立った。


「喜べ聖弓の勇者。我らが教祖様の寛大なお心により、貴様の大事な妹に手は出さない事になった」

「!?」

「貴様の扱いに関しても、自白させるための拷問は禁じられた。痛い思いをせずに済んだな」


 兵士の話が本当ならば、華夜の身に危険が及ぶ事はなくなり、真夜の身の安全も保障された。二人共驚愕し、内心一瞬喜びかけたが、すぐに喜びが恐ろしさに変わる。オズワルドというあの男が、女相手に甘くなる人間ではない事を、既に彼女達は感じ取っている。何よりこの兵士の笑みが、安心しそうになった彼女達を冷静にさせたのだ。


「ところで俺達はな、前はエステランで兵士をやっててよ。メロースっていう王子の命令で罪人の拷問を担当してたんだ」

「⋯⋯⋯⋯国の兵士だったくせに、今は異教徒に与しているのね」

「なんせ俺達は、あのやりたい放題な王子のもとで散々旨い汁を啜ってきた。お陰で国じゃ罪人扱い。捕まる前に早いとこ逃げ出して、今はここが新しい働き口なのさ」


 彼らは元拷問官だった。その過去があるからこそ、捕虜である二人の見張りを担当している。オズワルドが来なければ、今頃二人がどんな酷い扱いを受けていたのか想像もできない。

 得意の拷問を禁じられた彼らは、別の方法で二人から情報を聞き出す必要がある。得意手段が封じられたはずなのに、真夜の前に立つ兵士は寧ろ機嫌がいい。その理由は直ぐに分かった。


「ここじゃあ前ほど面白おかしくやれねえが、教祖様は話の分かる御方だ。無闇に殺したりせず、ちゃんと情報さえ聞き出せば、後は俺達の好きにしていいとさ」

「あなた達まさか⋯⋯⋯⋯!」

「男なら憂さ晴らしに痛ぶって殺すだけだが、女となりゃあ話は別だ。溜まってたもんたっぷり出させて貰うぜ」


 自分達が何をされるか悟った真夜が、華夜を守ろうと慌てて体を動かした。だが、兵士に自分の長い髪を乱暴に掴まれ、華夜から無理やり離され引き摺られていく。


「お姉ちゃん⋯⋯⋯!」

「華夜!!逃げて、早く⋯⋯⋯⋯!」


 華夜の悲鳴、そして真夜の必死な叫び。

 それを嘲笑う、下劣な男達の浮かべる笑み。ある者は舌なめずりし、またある者は堪らず唾を飲み込む。男達は二人を、自分達の欲望を満たす玩具としか見ていない。


「華夜に指一本でも触れたら殺す!!」

「安心しな姉ちゃん。俺達を満足させんのは、妹じゃなくてお前の方だ」


 我慢の限界だった男達は、一斉に真夜へと群がり、必死に暴れて抵抗する彼女を押さえ付けた。

 オズワルドから許しを得た彼らは、目の前の獲物に目を血走らせ、口の中に唾液を溢れさせている。その姿はまさに、獲物を襲う肉食動物であった。


「やめろ!!私に触るなケダモノ共!!」

「気の強い女ほどやりがいがあるってもんだ。強がってられんのも今の内だぞ」

「くっ⋯⋯⋯⋯!!お前達、絶対許さない!!」

「嫌がる女をやるのは堪んねえぜ。恨むんなら我らの教祖様を恨みな」


 襲われる姉の姿を、華夜は何もできず見ているだけだった。

 天幕内には、絶えず真夜の叫び声が響き続けた。

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