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第四十話 破壊の神 Ⅱ

「もうほんとびっくりしたんだよ。王子に会いに行って勇者に襲われるって、俺にもエミリオにも予想外だったからさ」


 ヴァスティナ帝国国防軍陣地、仮設作戦司令所。それは、帝国国防軍陣地内に設置された、作戦会議を行なうための天幕である。

 広く大きな天幕の中に、会議用の長机。机の上には、戦場となっている大平原の地図が広げられ、いくつかの駒が置かれている。長机の周りには椅子が置かれており、会議に集まった帝国国防軍の幹部達が、椅子に腰かけ、最高司令官である男の話に耳を傾けていた。

 最高司令官の席に座り、今日あった出来事の話をしているのは、ヴァスティナ帝国国防軍総帥リクトビア・フローレンス。親しい者達からはリックと呼ばれている、帝国の狂犬の異名を持つ将軍だ。

 

「ヴィヴィアンヌが来なかったら危うく殺されてた。ありがとう、助かったよ」

「閣下の身の安全を守るのが親衛隊の務めです。閣下にお怪我がなく、安心致しました」

「エミリオもありがとう。間に合ってなかったけど、俺の盾になってくれようとしただろ」

「感謝なんてとんでもない。寧ろ、何もできなかった私を許して欲しい」


 リックの感謝の言葉に答えたのは、帝国国防軍親衛隊隊長ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼと、参謀長エミリオ・メンフィスである。二人共、彼の話題の現場にいたのだ。


「参謀長が謝る事ありませんわ。どうせこの人、殺しても死なないですもの」

「ミュセイラお前、後で絶対泣かす」


 お互い仲が悪いため、いつもの様にリック相手に火花を散らすのが、参謀のミュセイラ・ヴァルトハイムである。話を聞いていた彼女は、終始微塵も心配した素振りは見せず、寧ろ残念そうに話を聞いていた。

 彼女の他にも、帝国国防軍の幹部は揃い踏みである。

 各戦闘技術に長けた精鋭部隊を率いる、レイナとクリス、ヘルベルトやゴリオンやイヴに加え、第一戦闘団の指揮官アングハルトに、技術開発本部主任のシャランドラと、おまけでライガの姿もある。集まった者達の中で、現場にいた者以外はリックの語った話に驚き、興味津々な様子を見せていた。


 事件は夕方に起こった。

 グラーフ同盟軍の最高司令官アリオンへの挨拶に行ったリックは、そこで一人の勇者に命を狙われた。その勇者の名はルーク。大剣の勇者と呼ばれている、勇者連合所属の勇者である。

 だが彼には、もう一つの顔があった。それは、滅亡した大国オーデル王国の王子、ルーク・クラウダ・オーデルという顔である。彼は勇者であり、滅亡した国で生き残った、最後の王族だったのだ。


「隊長がぶっ殺したオーデルの王族の生き残りとはな。恨まれてもしょうがねぇか」

「勇者ってところが面倒やな。復讐に来るなら返り討ちにするとこやけど、連合と喧嘩になりそうやんか」

「関係ねぇよ。次やってきたら俺が叩き切ってやる」


 リックに復讐しようとしているルークは、彼によって家族を殺された。それがきっかけとなって、国も滅んだのである。家族と国の仇として、ルークはリックを殺そうとした。それだけの事があれば、恨まれるのも無理はない。


「将軍閣下。今の話で勇者の復讐の動機は理解できましたが、その後勇者はどうなったのでしょうか?」

「いい質問だなアングハルト。みんなも気になってるみたいだし、続きを話すか」


 夕方突然起こった勇者の復讐劇。あの後何が起きたのか、話の続きをリックは語り出す。

 時間は数時間前まで遡る⋯⋯⋯。










「リクトビア!!今ここで、兄さんと父さんの仇を討つ!」

 

 怒りと殺意に支配された剣幕で、リックを睨み付けたルーク。得物である自身の大剣を構え、切っ先をリックに向け、彼の命を奪う事だけに集中する。

 相手はリックが生んでしまった、過去の亡霊だった。口で説得できる相手ではない。彼の復讐を止めるためには、武力を行使する以外になかった。故に、復讐の刃からリックを守るため、槍を構えたレイナが彼の盾となり、ヴィヴィアンヌがルークの前に立ちはだかる。

 

「どけよ!!俺と戦うと怪我するぜ!?」

「特殊魔法が使える程度で吼えるな、腐った王族の亡霊が。貴様の国が滅んだのは、王族の業の深さだと知るがいい」


 ここでリックの命を奪おうとする、勇者ルークの刃を阻む存在は、現ヴァスティナ帝国最強と言える存在の、親衛隊隊長ヴィヴィアンヌだった。その彼女が、リックの命を脅かしたルークに対し、猛烈な怒りと殺意を放っている。勇者だけあり、ルークの実力は確かなものだが、纏う風格の大きさが、ヴィヴィアンヌの方が格上であると告げていた。

 ルークが動けば、ヴィヴィアンヌは彼よりも速く動き、得物である二本のナイフで、彼の首を一瞬で刎ねてしまうだろう。戦う前から、既に勝敗は決しているのだ。

 普段のルークであれば、相手との実力の差を直感で知る事が出来る。だが今の彼は、完全に冷静さを欠いている状態だった。実力差を感じていても、リックに対しての憎悪に駆られ、勝ち目のない勝負を挑もうとしてしまう。


「ヴィヴィアンヌと話してるところ悪いが、お前に殺されるわけにはいかない」

「!!」


 襲われた瞬間から、一言も発していなかったリックが、ルークに向けて口を開いた。

 自分の命を捨てるつもりはない。声を発したリックの顔は、ルークに対する同情も、己の行動に対する後悔も見せてはいない。ただ落ち着いてルークを見据え、言葉を続けた。


「あの王子も、あの王様も、俺がこの手で殺した。言っとくが、後悔は微塵もない」

「ああそうだろうな!お前は人殺しを愉しんでる糞野郎だ!!」

「奴らは許されない罪を犯した糞野郎共だったから、仲良くぶっ殺してやったんだよ」


 リックの脳裏に蘇る、絶望的な戦力差の戦いを強いられた、二つの戦争の記憶。どちらもそれは、大国オーデル王国との戦争だった。その戦争でリックは、今も忘れぬ多くの犠牲を払いながら、ヴァスティナという国のために戦った。

 

「自分達で国を腐敗させておきながら、王族に反発する民を納得させるため、無関係だった南ローミリアへの侵攻を企てた。あの二人を殺していなければ、ヴァスティナの街は焼かれ、民は死に絶えていた。国で善政を敷いていた女王陛下も、連中は処刑する気でいた」

「⋯⋯⋯⋯⋯!」

「俺達はな、お前の国の馬鹿共が力で侵略にやってきたから、守るべきもののために戦った。お前が俺を恨むのは仕方ない。だがお前は、オーデルとの戦いで死んでいった帝国の戦士達の仇として、俺に討たれる覚悟はあるんだろうな?」


 瞬間、リックの纏う空気が変わった。彼をよく知る者達は何度も感じた事のある、溢れ出して止まらなくなる彼の怒りと殺意だ。

 あの戦争で死んでいった者達を、リックは今も忘れてはいない。絶望的な戦局を覆す、奇跡の作戦。その作戦を成功させるために、彼は多くの兵士に「勝利のために死ね」と命令した。

 自分がもっと強ければ、もっと賢ければ、皆を死なせずに済んだかもしれない。今も尚、あの時の己の無力さを後悔し、二度と繰り返さぬと誓い続けている。そんな彼でも、「あいつらが侵略にやって来なければ」と思ってしまう。

 腐敗したオーデルの王族が、自分達を守るために始めた戦争。彼らさえいなければ、あの戦争で多くのヴァスティナの戦士達が、戦場で命を落とす事などなかった。


「俺を殺したければかかって来い。返り討ちにしてやる」

「閣下、この男の始末は私にお任せを。勇者と言えど、先に仕掛けた以上は死んで貰う」


 今もリックを苦しめる、自分とオーデルへの怒りと、失われた命への悲しみ。苦悩し続ける彼の心を、ヴィヴィアンヌは痛いほど知っている。だからこそ、彼女は目の前のルークを憎んだ。

 ここで殺しておかなければ、今後のリックの脅威となるだけでなく、彼を苦悩させる原因になり続ける。眼前で刃を向ける存在が、守るべきリックの癌であると考えたヴィヴィアンヌは、この場でルークを排除する気なのだ。今の彼女には、相手が勇者である事や、勇者連合との関係悪化など、全く眼中にはない。


「さあ、私に殺される覚悟が出来たなら向かって来い。まさか、あれだけ啖呵を切っておいて怖気付いたのか?」

「黙れよ!!それじゃあ望み通り、俺から行かせて貰うぜ!!」


 彼女を倒さなければ、リックを討つ事は出来ない。一歩も退く気を見せない彼女に、他の人間を巻き込みたくなかった彼は、覚悟を決めた。

 大剣の切っ先をヴィヴィアンヌへと向け、勇者ルークは力強く地面を蹴って駆け出そうとする。


「!?」


 ルークが駆け出そうとした瞬間、五人の兵士が飛び出して、彼を後ろと左右から取り押さえにかかった。兵士達は全体重をかけてルークに圧しかかり、彼の手足を掴んで自由を奪う。大剣を握っていた右手は、押さえつける力が特に強かった。

 五人の兵士は、ルークが身動きできないよう、身体を張って拘束したのである。その兵士達は、彼の周囲を取り囲んでいた同盟軍の兵士ではなく、リックを護衛していた、ヴァスティナ帝国国防軍の兵士であった。


「王子!どうかこの場は剣をお収め下さい!」

「なんだお前らは!?俺の邪魔をするんじゃねぇ!!」

「アイゼンリーゼ隊長は無敵です!王子の力では到底太刀打ちできません!」

「知るかよ放せ!!帝国の兵士なんかに心配されたくねぇよ!!」


 ヴィヴィアンヌの実力を知っている彼らからすれば、ルークを取り押さえる必要などない。何故なら、彼らがこんな事をしなくても、リックの安全は約束されているからだ。

 しかし彼らは、それを承知でありながら、ルークを王子と呼んで取り押さえたのである。その理由は、元々彼らがヴァスティナ帝国の兵士ではなかったからだ。


「我らは王子の顔を覚えておりましたが、王子はもうお忘れの様ですね」

「なに⋯⋯⋯!?」

「我らは、オーデル王国軍の生き残りです。ライオネス隊長が我々の指揮官でした」

「!!」


 身体の自由を取り戻すため、懸命に暴れていたルークの動きが止まる。取り押さえにかかった兵士の言葉で、ルークはようやく悟った。

 オーデル王国はヴァスティナ帝国との二度に渡る戦争で、国を支配する国王と王子を失った。それがきっかけとなり、独裁国家ジエーデル国の侵攻を許す事となり、国は滅亡したのである。ルークを取り押さえた兵士達は、国を守るために戦うも力及ばず、再起を図って脱出した、元オーデル王国軍王都守備隊の残党だった。

 生き残りを率いていた彼らの隊長は、ライオネスという男だった。彼は王国の残党軍を率い、ヴァスティナ帝国軍と共に、南ローミリア侵攻を企てたジエーデル国と戦ったのである。ライオネスと、彼が率いた残党軍の活躍もあって、帝国はジエーデルに勝利を収めたのだ。帝国にとっても、そして生き残った王国の兵士達にとっても、彼は英雄となった。


 そしてルークにとって、ライオネスは彼に剣を教えた者の一人だった。彼がまだ勇者ではなく、王国の王子だった頃、剣の扱い方や戦い方はライオネスに習ったのだ。自分の師とも言える男の事を、ルークは今でも覚えている。

 ライオネスを知っていた事で、ルークは彼らが本物の王国軍の生き残りだと知った。まさか、王国の滅亡の後も生き残っていた兵がいたと知らず、驚きを隠せないルーク。復讐の心は一旦忘れ、彼は生き残りの彼らに問いかけた。


「生き残った兵がいたなんて知らなかった⋯⋯⋯⋯⋯。じゃあ、ライオネスもここにいるのか!?」

「⋯⋯⋯⋯⋯何もご存知ないようですね。ライオネス隊長は既にこの世を去りました」

「しっ、死んだのか⋯⋯⋯!あのライオネスが!?」

「フローレンス将軍と共にジエーデルと戦い、負傷した兵を助けようとして戦死されました。隊長は最後まで、仲間思いの勇敢な御方でした⋯⋯⋯⋯!」


 師であるライオネスは、もう既にこの世にいなかった。何も知らなかったルークは、たった今聞いたライオネスの死の事実に耳を疑い、一人衝撃を受けている。

 話しはそれだけで終わらない。ライオネスが戦死したあの瞬間の、彼の最後の言葉を思い出しながら、兵士は言葉を続けた。


「ライオネス隊長の遺言に従い、ジエーデルとの戦いで生き残った我らは、そこに居られるフローレンス将軍閣下に従うと決めたのです」

「なんだって!?そいつは王国の敵だぞ!」

「我々にとっては違います。将軍閣下は残党であった我らに勝利をもたらし、ライオネス隊長の遺言に従って、我らを自軍に加えて下さったのです」

「ふざけるな!!そいつのせいで兄さんと父さんが死んだんだ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯ライオネス隊長も仰っていましたが、それは自業自得の結果です」

「⋯⋯⋯⋯⋯!」


 王国が滅んだ後、生き残った彼らがどう生きてきたか、何も知らないルークからすれば耳を疑う話だ。怒りを覚える事でもある。元は王国に忠誠を誓った彼らが、憎むべき仇敵と言える存在に従い、今はこうして自分を拘束している。

 今の彼らは、ルークにとって敵と言えた。ライオネスの遺言の話も、彼にとっては信じられない話である。だがこれは、全て事実だった。


「国を出て勇者となった王子には理解できないでしょう。いや、王子は昔から、世の中の事が何も分かってはいなかった」

「どういう意味だよ⋯⋯⋯⋯!?」

「王子は城で守られて育ちました。だから王子は、王国の腐敗も、苦しむ民の姿も知らずにいた」

「そっ、それは⋯⋯⋯⋯」

「ヴァスティナ帝国は我々の敵ではなかった。国を腐敗させた者達の愚かな考えが、御二人を死なせ、国を滅亡させたのです。それなのに侵略者であった我々を、フローレンス将軍も女王陛下も快く迎え入れました」


 彼らの言う通り、当時リックも帝国女王も、生き残った彼らを咎める事はなく、新たな帝国の民として平等に扱った。だからこそ、今も彼らは帝国の兵士として、リックの護衛の任に就いたのである。

 そしてルークは、自分の存在、自分の言葉に、彼らが湧き上がる怒りを必死に抑えていると、ようやく気付く。滅亡する以前の王国を知る者達の前では、ルークは王国の事を何も分かっていなかった、無知で愚かな元王族だったのである。


「最初は千人いた仲間達も、ジエーデルとの戦いで七百となり、今日までの戦いで四百になりました。それでも、今日まで我々が生き抜いてこられたのは、あの日ライオネス隊長の遺言に従って下さったフローレンス将軍のお陰なのです」

「仲間達の中には、今の暮らしの中で結婚し、幸せな家庭を築いている者だっている。我々は将軍にお返し出来ない程の大恩があるんです。だから、あなたに将軍を殺させはしません」

「それでも我らは、一度はオーデル王国に忠誠を誓った兵士です。ここで将軍閣下への復讐を止めさせ、アイゼンリーゼ隊長からあなたの命を救う事を、最後の忠義とさせて頂きます」


 彼らはヴァスティナの兵としての責務を果たし、オーデルの兵であった事への忠義を示した。今は存在しない、一度は忠誠を誓った国と王族に対し、王族最後の生き残りであるルークの命を守る。それが彼らの、最後の忠義となった。

 彼らの忠義、彼らの言葉、彼らの怒りを知ったルークは、何も言い返せなかった。ルークは沈黙し、全身の力を抜いて抵抗を止めた。復讐の意志が消えたわけではないが、今は復讐の事よりも、彼らに言われた言葉が心に突き刺さっている。彼は今日、初めて自分の国の人々の、真の声を聞いたのだ。


 ルークを取り押さえていた彼らは、暴れなくなった彼の拘束を解き、後の事を周りの同盟軍兵士に任せて離れた。彼らはヴィヴィアンヌの前に横一列で並び、一人が代表して口を開く。


「アイゼンリーゼ隊長。どんな処罰も覚悟しております」

「閣下の命を狙う者を生かした罪は重い。わかっているな?」

「はい」


 彼らは自分達の忠義を果たし、自分達の罪から目を背けはしなかった。今の彼らはヴァスティナの人間であり、ヴァスティナ帝国と女王のために戦う兵士だ。国を守る軍隊の最高司令官であり、女王に絶対の忠誠を誓うリックを狙う存在は、決して生かしてはならない。

 彼らは覚悟を決め、処罰を受けるためにヴィヴィアンヌの前に並ぶ。処刑すら覚悟している彼らに、鋭い眼光のままヴィヴィアンヌが口を開きかけるが、それを止めたのはリックだった。


「ヴィヴィアンヌ、何もしなくていい。用は済んだから戻る」

「⋯⋯⋯⋯⋯了解致しました。貴様達、閣下の護衛に戻れ」

「しかし隊長、我らは⋯⋯⋯⋯⋯」

「聞こえなかったのか?貴様達の罪は閣下への忠誠で償えと言っている」

「⋯⋯⋯⋯⋯はっ!!」


 リックは彼らを咎めはしなかった。エミリオとレイナを連れ、振り返った彼はこの場を後にしていく。ヴィヴィアンヌの許しを得た彼らは、すぐさまリックのもとに駆けて行き、彼の護衛を再開するのだった。

 こうして、勇者ルークの復讐劇は誰の血も流れる事なく、沈みゆく夕陽と共に、一旦静かに幕を閉じたのである。










「⋯⋯⋯⋯とまあ、こんな事があった。あのままやりあってたら、勇者はヴィヴィアンヌに惨殺されてただろうな」

「あの男は危険です。やはり今の内に暗殺を―――――――」

「やめい!連合と揉めたくないし、暗殺がきっかけでホーリスローネやグラーフ教会と関係悪くなったらどうする!」


 時間は戻り、続きを話しを終えたリックは、先程の事件をまだ問題にしているヴィヴィアンヌを、どうにか思い留まらせようとしていた。

 今の彼女ならば、ホーリスローネ王国軍の陣地内に侵入して、一瞬で勇者を暗殺しかねない。そんな事をすれば、犯人は自分達だと言ってしまうようなものだ。暗殺がもとで、他勢力との関係が悪化するような事態は、なるべく避けなければならない。


「ヴィヴィアンヌ、君はもう少し自重を覚えるべきだ。リックの親衛隊と言えど限度がある」

「ふん⋯⋯⋯、そんな事を言われる筋合いはない。貴様には関係ない事だ、軍師メンフィス」


 エミリオはリックと同じ考えであるため、過激なヴィヴィアンヌの考えを否定している。それに対しヴィヴィアンヌは、敵意剥き出しでエミリオを睨み付けた。両者の間には、明らかに火花が散っている。お互いに、自分の考えを一歩も退く気はなかった。

 エミリオが参謀長となり、ヴィヴィアンヌが親衛隊隊長となって以来、二人の仲はあまり良くないのである。帝国国防軍内では言わずと知れた、犬猿の仲のレイナとクリスに勝るとも劣らない、意見の衝突による口論を繰り返しているのだ。

 

「この際だからはっきり言おう。全てにおいて君はやり過ぎる」

「違うな。貴様達が温過ぎるのだ」

「君のやり方は我が軍に相応しくない。我々は常に王道を歩むべきだ」

「邪道を使わずして勝利はない。閣下が歩むべきは、王道ではなく覇道だ」


 エミリオとヴィヴィアンヌは、どちらもリックを傍で支え、彼の野望を実現するため、常に最善の選択を導き出す立場にいる。

 エミリオは軍を動かす作戦参謀として、ヴィヴィアンヌは情報収集及び工作活動を行なう諜報機関として、それぞれの役割を果たしながら、最終的な判断を下すリックを助けているのだ。問題なのは、二人はそれぞれの立場で、真逆とも言える考えを持っている事である。

 立場が違えば、考え方が異なるのも当然だ。親衛隊を創設したヴィヴィアンヌは、リックの目指す野望に邪魔な存在を、全て排除するために行動している。目的のためには手段を問わず、諜報活動や暗殺、反乱分子の処刑など、極めて非道で過激なやり方を行なおうとするのだ。対してエミリオは、彼女の様に人々から反感を買う手段を取らず、正当な外交交渉等を行ない、リックを冷酷非道な支配者としないやり方で、彼の野望を実現しようとしている。

 

 二人を比べて見ると、ヴィヴィアンヌのやり方が危険だと言えるだろう。だが彼女の取る手段は、非常に合理的で確実なのである。確かに危険かもしれないが、やり方が間違っているわけではない。彼の野望を実現するために必要な汚れ役を、彼女は自ら躊躇わず実行しているのだ。

 そんな彼女からすれば、不確実で時間もかかるエミリオのやり方は、「ぬるい」と思えてしまう。しかしエミリオからすれば、彼女は「やり過ぎる」のだ。彼女のやり方を続ければ、いずれ多くの人間がリックの敵になる。それだけは、何としてでも避けなければならない。


「今回の勇者の一件は、君が導こうとするリックの待つ未来だ。あんなやり方を続ければ、いずれリックは多くを敵にまわす」

「その多くの敵を殲滅し、閣下を守護するのが我々の役目だ。何のために私や、同志ミカヅキがいると思っている」

「はいはい、二人共そこまで!うちの喧嘩はレイナとクリスだけで十分なんだから、お前らまで仲悪くなったら困る」


 どうしても意見が衝突する二人を、いつも止めるのはリックの役目である。彼に言われては止めるしかなく、互いに火花を散らし合っていた二人は、渋々口論の矛を収めて喧嘩を止めた。

 大人しく喧嘩を止めたエミリオとヴィヴィアンヌ。二人の問題を解決するのは当分無理そうだと、そう感じたリックは深く溜め息を吐いて、面倒そうな顔をしながら机に広がる地図を見つめる。

 広げられたクレイセル大平原の地図上には、自軍と敵軍を示す駒が置かれていた。駒の数は、敵軍側の方が倍以上置かれている。この地図は、現在グラーフ同盟軍がボーゼアス義勇軍に対し、兵力の数で不利を強いられている事を示していた。


「勇者の件はとりあえず置いといて、今は目先の敵に集中しないとな。連中は主力が到着した事で、失いかけた戦意を取り戻してる。しかも敵は想定を超えた大軍だ」


 現状の同盟軍で戦闘可能な兵力数は、約六万人。それに対して敵軍は、約十四万人の戦力が集結している。昼間の戦闘で、同盟軍は大きな損害を出したものの、ヴァスティナ帝国国防軍やゼロリアス帝国軍、更にはジエーデル国軍の活躍のお陰もあり、約二万の敵を撃破した。それでも尚、敵の戦力は十万を超えてるのだ。 


「敵はこっちの二倍以上。常識的に考えたら、まず勝ち目はない」


 六万対十四万。例えば、要塞化した砦に籠城する攻防戦というのであれば、まだ勝ち目はある。しかしこの戦いの決戦の地は、一切の障害がない大平原だ。隠れるところなどない、開けた地形であるこの地では、大兵力同士が正面からぶつかり合う事になる。そうなってしまうと、単純な話で言えば兵の数が多い方が有利だ。

 リックが言うように、この大平原を戦場として、二倍以上の敵を相手とするならば、勝算は極めて低いままだ。勝利を得るためには、それなりの作戦と強力な戦力が必要になる。


「兵の数だけで言えば、連中の多くは烏合の衆。だが、敵の教祖様は厄介な戦力を持っているらしい」

「なんだよ隊長、その厄介な戦力ってのは?」

「親衛隊が集めた情報だと、腕に覚えのある戦士や特殊魔法使いで構成された、一種の特殊部隊がいるそうだ。まああれだ、ジエーデルのカラミティルナ隊やエステランのサーペント隊みたいなもんだろ」


 ボーゼアス義勇軍が決戦の地に揃えた戦力は、兵士の数だけではなかった。

 敵は特殊な精鋭部隊を保有しており、各地の戦線で猛威を振るった。単機で多くを相手にできる猛将や、強力な特殊魔法の使い手などを保有する、高い戦闘力を持つ特殊部隊。ボーゼアス義勇軍の快進撃を支えた、大国の討伐軍相手の決戦戦力である。

 ボーゼアス義勇軍の総大将にして、ボーゼアス教の教祖オズワルド・ベレスフォードは、この一大決戦に勝利するべく、勝つために必要な力を根こそぎ搔き集めた。この特殊部隊も集結させたという事は、オズワルドは本気なのだ。本気で大陸中の国家に立ち向かい、どんな事をしてでも勝利するつもりなのである。


「同盟軍の王子様がどんな作戦でいくのかは知らないが、俺達の基本方針は変わらない。アングハルト」

「はい、閣下」

「敵の人海戦術は機甲戦力でもて成してやる。アングハルトには第一戦闘団を率い、第二戦闘団と協力して敵を撃破して貰う」

「はっ!」

「ヘルベルト、ゴリオン、イヴの隊はその支援だ。使えるかどうかはわかんないけどライガも付ける。数だけの虫けら共を、うちの主戦力で存分に料理してやろう」


 勝利を得るためにオズワルドは本気だが、この男もまたそれは同じである。例え相手が倍以上の戦力だろうと、本気で勝利するつもりなのである。そのための彼の最強戦力が、今ここに揃っている。


「敵の特殊部隊連中にはレイナとクリス、それからヴィヴィアンヌに対処して貰う。あっちの最強にはこっちの最強をぶつけるまでだ」


 帝国国防軍の方針は単純だが、いつも通りの確実な方針である。

 敵が十万を超えている事実を目の当たりにしても、ここにいる誰も負ける気がしていない。今の自分達ならば、どんな強大な敵とも戦えると信じているのだ。そう信じられるだけの力を、ようやく彼らは手に入れた。

 故にリックは笑みを見せた。彼を知る誰もが見た、あの邪悪な笑みを⋯⋯⋯。


「後は作戦通り、あの部隊の準備が整えば勝利は確実だ。エミリオ、部隊の合流と準備の状況は?」

「到着が予定より遅れてしまったけど、決戦には間に合うよ。天候が狂わなければ何も心配ないさ」

「悪天候はあの部隊の弱点だからな。せっかくのお披露目になるんだから、雨で台無しは勘弁だ」


 敵を蹂躙する準備は、着々と進められている。

 ヴァスティナ帝国国防軍による、ローミリア大陸中央への本格的進出は、順調に進行している。この戦いに勝利する事が、大陸中央支配の第一歩となるのだ。


「気になるのはゼロリアスとジエーデルか。あいつらは――――――――」

 

 言いかけたリックは、天幕の出入り口に気配を感じて口を止めた。すると直ぐに、外で見張りに立っていた兵の一人が入って来た。


「失礼致します閣下。実は外で、若いチャルコ国の騎士が閣下に御会いしたいと⋯⋯⋯⋯」

「若いチャルコの騎士?それってまさか⋯⋯⋯⋯⋯」

「どういたしましょう。御多忙でありましたら追い返しますが」

「いや、ここに通していい。多分、俺達がよく知ってる騎士だと思うから」


 兵にそう言って、天幕内にその騎士を通させたリック。天幕に入って来た人物は、リックが予想した通りの少年であった。


「久しぶり、アニッシュ君」

「お久しぶりです、フローレンス将軍」


 現れた少年は、やはり彼がよく知る人物だった。

 少年の名はアニッシュ・ヘリオース。かつてリックに打ち勝った、チャルコ国の見習い騎士だった少年である。

 

「少し見ない間に、背が伸びたみたいだ」

「⋯⋯⋯⋯将軍は少しお疲れに見えます」

「アニッシュ君と最後に会ったのはエステランの時か。あの後色々あったから、ちょっと疲れが溜まってるだけだよ」

 

 久しぶりにリックが見たアニッシュの姿は、立派に成長している逞しい少年だった。最早見習いの面影は残っておらず、チャルコ騎士団の鎧を纏う彼はまさに、一人の立派な若き騎士である。

 ついこの前までは、まだまだ未熟な見習い騎士だった。そう思っていたリックや、以前のアニッシュを知るこの場の者達は、若き騎士となった彼の成長に驚いた。

 彼の成長を喜び、思わず微笑んでしまったリック。優しく微笑む彼の顔を見て、アニッシュは一瞬嬉しさが込み上げたが、感謝の言葉を述べる事ができなかった。

 初めて出会った時から、二度目の出会い。そして今日は三度目となる。会う度に彼の顔からは、希望に満ちていた頃の温かさが失われていく。

 自分には優しく微笑んでくれていても、胸の内に苦悩を隠し続けている。蝕み続ける心の闇が、彼自身から光を奪い去っていく。アニッシュの瞳には、彼の姿がそう映る。


「見習いを卒業したとは聞いてたけど、いきなりこんな戦争に参加するとはな。相変わらず無茶が過ぎる」

「すみません⋯⋯⋯。でも、シルフィには許可を取っています」

「そうか⋯⋯⋯。ところで用件はなんだ?挨拶だったなら明日でもよかったのに」


 久しぶりに会う騎士となった少年は、再会を喜ぶ明るい表情ではなく、何かを決意した真剣な眼差しで現れた。顔を見せた瞬間から、リックを含むこの場の者達は、挨拶のためだけに訪れたのではないと察している。

 見習いでなくなった少年が纏う、戦場に出た若き騎士の風格。相手が同じ人間であっても、自分の武器を向けると決意し、一国の騎士として戦う覚悟を持つ。初めて出会った時からは想像も付かないほど、立派に逞しく成長した彼を騎士と認めたリックは、アニッシュの友人であるリックとしてではなく、ヴァスティナ帝国の将軍として彼の言葉を待つ。


「無理を承知でお話します。フローレンス将軍、僕からお願いが――――――――」

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