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第三十九話 戦場の支配者たち Ⅶ

 夕焼けが、戦場となった大平原を赤く照らす。

 グラーフ同盟軍全軍に攻撃中止の命令が伝えられ、総攻撃を行なっていた同盟軍は、悔しさに歯噛みしながらも直ちに後退した。ゼロリアスとジエーデルの軍隊も、敵本隊の到着を知って攻撃を中止し、両軍とも兵を退かせたのである。

 正面の前線だけでなく、左翼側で戦闘を行なっていた帝国国防軍にも、攻撃中止の命令を送られていた。左翼側に展開していた第二戦闘団、及び親衛隊と烈火騎士団も、戦闘を停止して後退したのである。

 第二戦闘団は速やかに、後方の帝国国防軍陣地へと後退した。しかし、親衛隊と烈火騎士団は、自分達の陣地へと戻らず、ホーリスローネ王国軍の陣地に向かっていたのである。

 

「同志、こんなところで何をしている?」

「ヴィヴィアンヌか。そっちこそ、戻るべき陣が違うのではないのか?」


 それぞれの兵を率い、偶然合流したレイナとヴィヴィアンヌ。後退中に烈火騎士団を見つけたヴィヴィアンヌは、何故こんなところにいるのか理由を探るべく、隊を率いるレイナを見つけて声をかけた。


「将軍閣下が王国軍の陣地に向かったと聞いて、閣下を護衛するためにここに来た。それで同志の方は?」

「私も同じだ。護衛が付いているとは聞いたが、念のためにな」

「閣下の護衛は親衛隊の役目だ。私に任せて、同志は陣地に戻ってゆっくり休め」


 共に最前線帰りだが、ヴィヴィアンヌはレイナの身を案じ、陣地に戻って休むよう言ってみる。だがレイナは、黙って首を横に振って彼女に応えた。


「ありがとうヴィヴィアンヌ。私は大丈夫だから、気にしなくていい」

「⋯⋯⋯⋯⋯傍にいないと不安になるのは相変わらずか」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 俯き黙ってしまおうと、レイナの気持ちを察しているヴィヴィアンヌは、不安に怯える彼女の傍に寄り、彼女の左手の指に、自分の右手の指を絡ませる。

 突然何事かと、頬を少し赤くして、ヴィヴィアンヌへと顔を向けたレイナ。驚く彼女の反応を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべたヴィヴィアンヌは、レイナと手を繋いで一緒に歩き出す。

 一方、二人が率いている兵士達一同は、目の前で展開されている百合の花が似合いそうな状況のせいで、全員目のやり場に困ってしまっている。


「手を繋いだだけでこの反応。ほんとに、同志は敏感だな」

「だっ、だって!女同士でこんな⋯⋯⋯⋯⋯!」

「いい顔だ。羞恥で朱に染まる同志、私は好きだ」

「だっ、だから!そういうのは女同士ではなく⋯⋯⋯⋯⋯!」

「閣下と共に陣地に戻ったら一緒に食事しよう。星空の下、二人きりで」

「少しは私の話を聞け!私を揶揄うのも―――――――――」


 顔を真っ赤にして慌てていたレイナだったが、自身の目に知った人物が映り、ヴィヴィアンヌから視線を逸らす。レイナが視線を向けた方へ、ヴィヴィアンヌもまた顔を向けると、二人の目にホーリスローネ王国軍の兵士達の姿が映る。装備も衣服もぼろぼろなのを見るに、最前線から帰還した部隊だと思われた。

 帰還したその部隊に、二人の少年少女が詰め寄っている。いや、詰め寄っているのは少女の方で、少年の方は、暴れ出しそうな彼女をどうにか押さえていた。

 レイナの目に留まったのは、兵士に詰め寄る少女の方だった。

 少女の名は早水悠紀。今日戦場でレイナが窮地を救った、聖槍の勇者である。


「どうしてよ!これだけの人数がいて、なんで先輩達を守れなかったのよ!?」

「落ち着けって!先輩達がいなくなったのは、別にこの人達のせいじゃないだろ!」


 兵の一人の胸倉を掴んで詰め寄り、怒りに任せて叫ぶ悠紀を、少年は必死に落ち着かせようとしている。

 少年の方の名は有馬櫂斗ありまかいと。悠紀の幼馴染で、同じく前線で戦っていた聖剣の勇者である。


「いなくなったんじゃないわ!敵に連れ去れたのよ!これがどういう意味か、櫂斗ちゃんとわかってる!?」

「わかってるに決まってるだろ!だからって、この人達を責めたって意味ないだろが!」


 叫ぶ二人の会話は、彼らから少し離れているレイナとヴィヴィアンヌにも、はっきりと聞こえている。誰かが敵に連れ去られてしまい、その事で悠紀が兵士達を責めているのは分かった。ただ彼女達には、連れ去れたのが一体どんな人物なのかまでは分からない。


「同志。あれが異世界召喚されたという勇者なのか?」

「男の方はすれ違っただけだが、女の方は我が隊が救援した勇者だ。助けに行ったが、逆に助けられてしまった」

「ほう、私の同志を助けるとは中々やる」


 離れて勇者達の様子を見ていると、急いだ様子で王国軍陣地の方から現れた親衛隊の兵士の一人が、ヴィヴィアンヌの傍に駆け寄り、周りに聞かれぬよう彼女に耳打ちする。現れた親衛隊の兵は、彼女の指示を受け、王国軍陣地内で情報収集を行なっていた兵士であった。

 耳打ちで情報を伝えたその兵は、目的を終えると、彼女の後ろに控えている親衛隊に合流した。兵の報告で状況を理解したヴィヴィアンヌは、勇者達の様子が気になっているレイナに向け、手に入れた情報を口にする。


「どうやら先の戦闘で、残りの勇者二人が敵に拿捕されたようだ。あの二人が聖剣と聖槍なら、拿捕されたのは聖弓と聖書の方か」

「!」


 レイナもヴィヴィアンヌも、異世界から召喚された勇者は四人と聞いている。目の前にいるのはその内の二人で、後の二人は敵に捕らえられてしまったという。

 状況を知った二人は、悠紀が取り乱している理由を悟る。勇者の仲間が二人も攫われたとあっては、取り乱して荒れるのも仕方がない。ましてや勇者達は、これが初めての戦争なのである。仲間が敵に連れ去れるという経験など、あるはずもないのだ。


「申し訳ありません勇者様⋯⋯⋯⋯⋯。我らが気付いた時にはもう既に、動けない御二人を守っていた仲間達は殺され、勇者様の御姿は消えてしまっていました」

「勇者様のいた場所には、我々の仲間達の亡骸しか横たわっていませんでした。連れ去られたのは間違いありません。急ぎアリオン王子に報告し、救出のために動きましょう」

「勇者ハヤミ様。今日我々は、勇者クジョウ様のお陰で生き残る事ができました。クジョウ隊一同、誰も彼女を見捨てやしません」


 兵士達は皆大人であった。故に今の悠紀の気持ちを察し、少しでも彼女を安心させようと言葉をかける。

 攫われた勇者は、九条真夜と華夜の姉妹だ。二人は同盟軍の後退直前に行方不明となった。当時の状況などから、真夜に率いられていた隊の兵士達は、二人は敵に捕まってしまったと考えている。

 彼らは、自分達が守り切る事が出来なかった二人を、必ず救出すると誓っている。今彼らが、悠紀の怒りに逃げず向き合っているのも、自分達への戒めのためだ。

 

「ほら悠紀。みんなこう言ってくれてるんだから、ちょっと頭冷やし――――――――」

「⋯⋯⋯⋯な⋯⋯⋯って⋯⋯⋯い」

「えっ⋯⋯⋯?」

「櫂斗も!この人達も!みんなわかってない!!敵に連れ去られたって簡単に言わないで!!二人は女の子なんだよ!?」


 怒りが頂点に達した悠紀は、今まで以上に声を荒げて怒り叫ぶ。目の前の兵の胸倉を掴み続け、この場の全員に分からせようと、彼女は必死に叫び続ける。


「先輩も華夜ちゃんも女の子なの!!二人が今どんなこと想像して怯えてるか、わかってる人はいる!?」

「⋯⋯⋯⋯!」

「あんなケダモノみたいな奴らのところに女子二人なのよ!!酷い拷問されるかもしれない!!飢えた男達に襲われたっておかしくない!!」


 悠紀の言葉の意味に、誰もが当然気付く。女である彼女の言葉で、櫂斗も兵士達も一気に顔を青ざめさせた。彼女が気付かせようとしていた真意を、ようやく彼らは理解したのだ。

 我慢の限界を迎えた悠紀は、胸倉を掴んでいた両手から力を抜き、その場にへたり込んで泣き出した。涙を溢れさせて泣き叫ぶ彼女に、誰も何もできない。櫂斗も兵士達も、何もできずに立ち尽くしているだけだった。


「先輩⋯⋯⋯⋯!華夜ちゃん⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」


 一人泣きながら、何度も二人の事を思い浮かべては、溢れ出る感情に任せて涙を流す。そんな悠紀の姿を、レイナとヴィヴィアンヌも見ているだけだった。


「拷問や陵辱で済めばいいがな。見せしめのために処刑される可能性もある」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 二人はただ、離れて見ているだけ。いくつもの戦争を経験し、自身も女であるからこそ、捕らわれた者の末路を知っている。悠紀が責めている者達よりも、ずっとよく理解している。

 それでも二人は、彼らを見ているだけだった。何故なら彼女達にとって、勇者が二人連れ去れた事など、自国と関係ないからだ。寧ろ将来、自分達の敵となる可能性がある厄介な存在が、二人もいなくなってくれて手間が省けたと言える。

 

「行くぞ同志。我々には関係のない事だ」

「⋯⋯⋯⋯⋯待ってくれ」


 戦場で味方が捕まるなど、戦場では日常茶飯事な事態である。彼らの状況を理解したヴィヴィアンヌは、レイナを連れてこの場を後にしようとする。だがレイナは、それを拒んで動かなかった。


「ヴィヴィアンヌ。連れ去られた勇者達は、あの二人と同じくらいの歳なのか⋯⋯⋯⋯⋯?」

「そう聞いている。私や同志とも変わらない」

「そうか⋯⋯⋯⋯。今まで彼女達は戦を知らず、あの歳まで生きてきたのだろうな」

「⋯⋯⋯⋯何を考えている、同志」


 彼女の瞳に映っているのは、自分達と変わらない若さの少年少女。自分達とは違う世界で、自分達とは違う日常を生きてきた、人同士の戦争も、目の前で絶え間なく繰り返される人の死も、その目で見た事がない人間。この世界で生まれ育った彼女と、同じ時間を生きながら、違う常識を生きてきた二人。

 

「彼女の心中を本当にわかってやれる者など、ここにはいない⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「同情は捨てろ。どのみち今だけの協力関係だ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯すまない、忘れてくれ」


 ようやく彼らから視線を外し、ヴィヴィアンヌと共に歩き出すレイナ。呆然とする櫂斗と兵士達、そして泣き崩れた悠紀に何もせず、彼女達はこの場から離れていく。

 離れていく間レイナは、背中越しに聞こえる悠紀の泣き声を、悲痛な顔で聞き続けていた。










 

「さてと、着いたはいいけど王子様はどこだ?」

「前線からは本隊を率いて帰還しているはず。リック、あれじゃないかい?」


 護衛の兵を連れ、エミリオと共に王国軍陣地に到着したリックは、陣地内で王子アリオンらしき人物を見つけた。

 周りの王国軍兵士が、ヴァスティナ帝国の人間である彼らに、驚きや恐れや興味の視線を送る。兵士達からすれば彼らは、見た事もない兵器で瞬く間に戦況を変えてしまった、異形な軍隊の人間なのである。そういう視線を送ってしまうのは当然だった。


「アリオン王子。アリオン王子でお間違いありませんか?」

「!」


 リックが声をかけた人物は、陣地内で数人の兵を連れ、傍に将軍か参謀と思われる人物を従えている。エミリオが言う通り、その人物こそ探しているアリオンで間違いなかった。

 突然名前を呼ばれて少し驚き、声がした方へと顔を向けるアリオン。互いの目が合って、リックの方が彼に近付いていく。


「やっぱり王子でしたか。初めてお目にかかりますね」

「如何にも、僕がホーリスローネ王国第一王子アリオン・オブ・グリフィズだ。それで、貴殿の名は?」

「申し遅れました。ヴァスティナ帝国国防軍のリクトビア・フローレンスです。こっちは参謀長のエミリオ・メンフィスっていいます。これより我が軍も、異教徒討伐連合であるグラーフ同盟軍の指揮下に入ります」


 同盟軍の最高司令官であるアリオンに挨拶し、正式に指揮下に入ると宣言したリック。

 この人物が、帝国の狂犬と呼ばれているあの男なのかと、アリオンは一瞬疑いの目を向けてしまった。ヴァスティナ帝国の軍事力を全て支配する、冷酷非情な最高司令官と噂されていた、そんな男がどんな人物かと思えば、機嫌良さそうに笑みを浮かべ、話し易そうな印象を与える明るい男であったのだ。物騒な異名や噂とは、あまりにも印象が異なっていたため、本物なのかと疑ったのである。

 しかも、リクトビアと名乗った目の前の男は、一国の軍隊を支配する人間にしては、どう見ても若すぎる。二十代前半と思われる見た目で、あれだけの強さを誇る軍隊を、まるで自分の手足の様に操っているのだ。疑ってしまうのも無理はない。

 リックも若いが、それはアリオンも同じである。アリオンもその若さで、グラーフ同盟軍という大規模な戦力の最高司令官となっている。だがそれができるのは、彼がホーリスローネ王国の王族であるからだ。

 リックは違う。彼はヴァスティナ帝国の軍事力を支配しているが、王族でもなければ貴族でもない。ましてや、将軍や参謀の息子だったわけでもない。決して高い身分でなかったにも関わらず、彼はヴァスティナ帝国全ての軍事力を、その手中に収めたのである。

 

「王子、どうかしましたか?」

「⋯⋯⋯⋯!」


 最初は本当に最高司令官なのかと疑った。しかしアリオンは、リックの発する支配者の覇気を見た。

 それは、人の上に立つ者が持つ風格。とても多くの人間を従え、従える以上の多くの人間の死を背負い、前を向いて歩き続ける者だけが、彼と同じ風格を得る事になる。自分が持たないその覇気に、アリオンは彼を見つめたまま、一人気圧されてしまっていたのだ。

 

「⋯⋯⋯⋯すまない、少し疲れてしまったようなんだ」

「それはいけませんね。我々には構わず、どうぞお休みになって下さい。今後についての話し合いは、王子が回復されてからにでも」

「いや、そういうわけには⋯⋯⋯⋯⋯」


 アリオンの体調を心配する素振りを見せ、彼を気遣って休むよう提案するリック。集結した三国との会議は至急必要だと考え、提案を拒もうとするアリオンだったが、リックの提案には別の人物が賛成した。


「お心遣いに感謝いたします、フローレンス殿。王子、ここはお言葉に甘えさせて頂きましょう」

「ギルバート⋯⋯⋯⋯!?」

 

 提案に賛成したのは、アリオンの傍に控えていた男だった。アリオンが彼の名を呼んだ事で、リックはこの男が誰なのか直ぐに察し、アリオンと顔を合わせた時以上の、満面の笑みを浮かべて尋ねる。


「もしかして、ホーリスローネ王国軍のギルバート・チェンバレン将軍ですか?お会いできて光栄です」

「私の名前をご存知とは、こちらこそ光栄ですな。それより、先の戦闘での戦術はお見事でした」

「見事なんてそんな。作戦指揮は俺じゃなく、うちの優秀な参謀がやってくれていますので、全部このエミリオのお陰です」


 ギルバートの前でリックが褒めると、エミリオは少し笑みを浮かべ、静かに礼をした。

 今までリックに注目していたギルバートが、自分に対して礼をするエミリオに興味を示す。すると一瞬、エミリオを見るギルバートの瞳が変わった。


「君が帝国の新しい参謀長なのかね?」

「その通りです、チェンバレン将軍閣下。我らが主は帝国国防軍総帥となりましたので、後を引き継がせて頂きました」

「フローレンス殿もそうだが、君も若いな。その若さでこの作戦を立案し、躊躇なく実行できるとは驚きだ」

「⋯⋯⋯⋯⋯私の仕事はどんな手段も厭わず、国のために軍を最小限の犠牲で勝利に導く事ですから」


 ヴァスティナも、ゼロリアスやジエーデルの軍隊も、自分達にとって最高のタイミングで攻撃を仕掛けられるよう、わざと同盟軍への集結を遅らせた。この三国の作戦を、当然ギルバートは見抜いている。

 ヴァスティナ帝国国防軍の作戦計画は、主にエミリオが立案し、綿密に計画準備して実行した。この作戦は、自国の軍隊ではないと言え、同盟軍に参加している多くの兵士が犠牲となる。ギルバートのように作戦を見抜いた者達から、同盟軍を故意に助けなかった「卑怯者」と罵られ、後ろ指を指されてもおかしくない。そのリスクを承知で、エミリオは作戦を実行した。

 この決断がどれほど重く苦しいものか、ギルバートには分かる。二十代前半と思われる彼のその若さで、簡単に堪えられるようなものではない。それなのに彼は、迷いや不安を一切見せる事がなかった。

 頭を上げたエミリオの、眼鏡の奥の瞳に宿る揺れない覚悟を、ギルバートは確かに見た。


「フローレンス殿は良い人材をお持ちで羨ましい。しかしだメンフィス参謀長、一つだけ誤ったな」

「!」

「左翼側の前線で活躍したあの軍団。報告によれば、かなり張り切って掃除を行なったそうだ」


 エミリオの覚悟を感じ取り、若くとも彼を軍の参謀と認めたギルバート。だからこそ彼は、エミリオを試す。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「その反応を見るに、自分の誤りは理解しているか。あれは無理をしてでも止めるべきだった」

「⋯⋯⋯⋯⋯閣下の仰る通りです。肝に銘じます」


 ギルバートが口にした通り、完璧と思われたエミリオの作戦には、一つだけ問題があった。左翼側の戦場を自分の目で見ていないにも関わらず、兵士からの報告を聞いていただけで、ギルバートはエミリオのミスに気付いたのである。

 エミリオとギルバート。共に軍略家として、二人だけの世界で、見えない戦いを繰り広げている。互いに能力を計り合い、腹を探り合っているのだ。そしてこの戦いは、ギルバートの方が一枚も二枚も上手であった。

 ギルバートはこの戦いの最中、エミリオのミスに気付き、彼に助言まで与える余裕がある。これまで数々の厳しい戦闘や交渉事を経験してきた、あのエミリオでも「勝てない」と思わせる程の相手。それが、紳士将軍の二つ名を持つ、ギルバート・チェンバレンという男だ。


「さて、話はこのくらいにして。王子は大分お疲れですので、フローレンス殿、我々はこの辺で失礼させて頂きます」

「わかりました。今後の作戦会議は改めて、我々も一旦陣に戻ります」


 王子であるアリオンの休息を理由に、ギルバートが強引に話を終わらせた。リックもそれに賛成し、エミリオと護衛の兵士達を率いて、この場を後にするため振り返ろうとする。

 だが次の瞬間、その男は突然彼に牙を剥く。


「リクトビアああああああああああああああああっ!!!」

「!?」

 

 怒号を上げてリックへと迫る、一人の青年。リックに狙いを定め、大剣を構えながら青年は真っ直ぐ駆ける。狙うはリックの首のみ。突然現れた青年の瞳は、そう宣言していた。

 狙われているリックは、周囲を警戒していなかったために、回避が間に合わない。エミリオも護衛の兵士達も、反応が一瞬遅かった。彼らはリックの盾になろうと動くが、その前に青年の振るった大剣が、彼の首筋に迫る。


「はあっ!!」

「!?」


 リックを殺そうとした大剣の刃は、二本のククリナイフの刃によって弾かれた。あと少しのところで自慢の一撃を防がれ、驚愕した青年が目にしたものは、リックと彼の間に現れた、黒軍服を身に纏う一人の少女の姿。少女は自身の得物であるナイフを操り、大剣の刃を弾き返して見せたのだ。 

 大剣を弾かれた事に驚き、青年には隙が生まれていた。リックを救った少女はそれを見逃さず、青年の腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。少女のものとは思えぬ一撃に、青年の身体は容易く蹴り飛ばされ、リックと少女から距離をおいて、背中から地面に叩き付けられる。


「ぐうっ⋯⋯⋯!!あと少しで⋯⋯⋯!」

「貴様!!将軍閣下の命を狙った罪、万死に値する!!」


 間一髪リックを救ったのは、ヴィヴィアンヌだった。リックのもとに向かう途中、この青年の動きに一早く気付き、二人の間に割って入り込んだのである。


「御無事ですか閣下!!ここは私達が!」

「同志、閣下の護衛は任せた!私はこの屑を処刑する!」


 リックを襲った青年に、顔を怒りで歪めて激怒するヴィヴィアンヌに代わり、彼の盾になるようにレイナが現れた。まだ他にも、彼の命を狙ってい者がいるかもしれない。そのためレイナがリックを護衛し、襲撃者の相手はヴィヴィアンヌが行なう構えだ。


「貴様の四肢を斬り落としながら、閣下の命を狙った理由を聞かせて貰う」

「やれるもんならやってみろ!お前を倒して、その後でリクトビアを殺してやる!」

「ふん!下劣な雑魚が粋がるな。生まれてきた事を後悔できるよう、残酷な死を与えてやる」


 今、ヴィヴィアンヌの怒りは頂点に達していた。場の誰もが怯んでしまう程の、強烈な殺気を放ち、目の前の青年を殺そうとしている。今の彼女ならば、この青年を一瞬でミンチにする事も可能だろう。

 彼女から溢れ出す殺気と、どれだけの戦闘を経験してきたか想像もできない程の、歴戦の戦士の風格。冷静さを欠いた青年が見せる、何倍もの怒りと殺意を向けながら、言動に反し彼女は冷静でもある。青年以外の襲撃者が現れないか、彼女自身も周囲に気を配っているのだ。

 この場の誰の目から見ても分かる。青年が立ち向かおうとしている相手は、太刀打ちできない圧倒的な存在であると⋯⋯⋯⋯。


「落ち着くんだ勇者ルーク!今ここで剣を抜くのは、いくら君でも許されない!」

「黙っててくれ王子!!これは俺と奴との問題なんだ!」


 このままでは彼が死ぬ。そうさせないために、堪らず青年の名を叫び、彼を止めようとしたのはアリオンだった。

 アリオンが口にした通り、襲撃者の正体は勇者である。リックを殺しかけたのは、勇者連合の代表としてグラーフ同盟軍に従軍している、大剣の勇者ルークだったのだ。

 

「貴様が大剣の勇者だと?勇者の分際で閣下の命を奪おうとはな」

「お前達には分からないさ!!やっと復讐が叶う、俺のこの気持ちは!」


 突然のルークの登場に、アリオンは彼の行動を慌てて止めようと試みるも、復讐に燃える彼の気迫に負けてしまった。ルークを止めようとするも失敗し、黙って見ている事しかできないアリオン。そんな彼の傍でギルバートは、諦めた様に溜め息を吐き、周りの兵士達に片手を振って指示を出し、ルークの周囲に兵を配置させた。口での説得が難しいため、力尽くで彼を止めようとしているのだ。

 アリオンとギルバート、二人の反応を見たリックは直感する。この二人は、こうなる事を以前から予想していたのだと⋯⋯⋯⋯⋯。


「俺がまだ新米で勇者連合の本部にいた頃、お前は俺の家族を殺した!!忘れたなんて言わせないぞ!!」

「それで復讐か。閣下、大方この男はエステランかアーレンツ出身の者でしょう。あのような下劣な勇者の言葉を気に為さる必要はありません」


 家族を殺された復讐が、突然襲い掛かった理由だという。ヴィヴィアンヌは、これまでリックが戦ったエステラン国やアーレンツ国との戦争に、ルークの家族が巻き込まれたのだと予想した。

 だがそれは、大きな間違いだった。復讐に燃える勇者ルークは、もっと以前から、リックを憎み続けてきたのである。


「リクトビア!俺の顔を見て思い出さないか!?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「わからないのか?城の皆からはよく、兄さんと顔が少し似てるって言われてたんだぜ?」


 瞬間、リックの脳裏に一瞬だけ、ルークの顔と誰かの顔が重なった。

 脳裏に奔った顔の主。その男が自分に見せた、殺される間際の最後の顔を思い出す。 


「俺の名前は、ルーク・クラウダ・オーデル!!お前が殺したアレクセイ・クラウド・オーデルの弟だ!」

「!!」


 リックの脳裏に蘇る、初陣の記憶。

 大切なあの少女を守るため、自ら兵を率いて戦った、二度に渡る大国との戦争。この戦争がきっかけとなり、他国の侵攻を受けて滅んだ大国の名は、オーデル王国。

 滅亡した王国の王族は、全員処刑されたと言われていた。しかし、生き残りがいるとも噂されていたのである。この噂の人物こそ、王族最後の生き残りとなってしまった、勇者ルークなのだ。


「兄さんも父さんも、お前の手で殺された!お前のせいでオーデル王国は滅んだ!俺から何もかもを奪ったお前だけは、絶対に許さない!!」


 激昂して復讐を誓うルークが、待ちわびたこの瞬間に打ち震え、自身の大剣を、必ず討つと決めた相手に向けて構えた。

 「刺し違えてもお前を殺す」。

 彼の瞳、彼の大剣は、そうリックに宣言していた。










 南ローミリアの小国だったヴァスティナ帝国を、強大な軍事力を持つ国家へと変えたリックは、ゼロリアス帝国第四皇女、ジエーデル国名将の息子と共に、先の戦いで戦場の支配者たちとなった。

 ようやく戦場を支配する程の力を手に入れた、帝国の英雄の前に立ちはだかったのは、過去の亡霊だった。

 過去の選択によって生み出された、己に向けられる憎しみと殺意。それが英雄となったリックに、決して折れない復讐の刃を向ける。

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