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第三十九話 戦場の支配者たち Ⅴ

 ゼロリアス帝国が派兵した討伐軍、帝国第四皇女旗下のアリステリア戦闘旅団。

 精強と名高いゼロリアス兵は、その実力を遺憾なく発揮し、一万の敵軍を蹴散らして見せた。勝ち目がないと悟ったボーゼアス義勇軍の軍勢は、後方陣地を目指して退却を開始する。それを追撃していたゼロリアス兵は、第四皇女アリステリアの命令を受け、直ちに追撃を停止した。

 アリステリアが追撃を中止させた理由は、自分達の他に、この状況を見越して到着した、独裁国家の軍勢の存在を知っていたからだ。その軍勢は、今現在退却中の敵軍の側面に現れている。彼女はこの軍勢に、敵軍の掃討を行なわせようとしているのだ。


「流石、帝国の戦姫様。噂以上に強い軍隊をお持ちだこと」


 現れた軍勢は、ローミリア大陸中央の大国、独裁国家ジエーデル国の軍隊であった。

 この軍隊を指揮しているのは、今回初めて大規模な軍団指揮を任された、まだ若き将校である。平原の高い位置から戦場を見渡し、現在の戦況を確認して、ゼロリアス帝国軍の強さに言葉を漏らす人物がいる。この人物こそ、ボーゼアス教討伐軍指揮官に任命された将校、その名はロイド・ルヒテンドルク。ジエーデル国軍の英雄にして名将、ドレビン・ルヒテンドルクの息子である。


「しかも、我が軍の到着に気付いている。やっぱり、極北の大国出身は侮れない」


 戦場を見渡す彼の背後には、ジエーデル国より出撃したボーゼアス教討伐軍、約一万の兵が展開している。この討伐軍も、グラーフ同盟軍に参加するべく現れた。同盟軍の盟主ホーリスローネ王国主体の軍勢が、危機に瀕する瞬間を狙い、絶妙なタイミングを計算して現れたのだ。

 

 ロイドは気付いていた。同盟軍を率いている王子アリオンは、自軍を窮地に陥れる存在だと⋯⋯⋯⋯。

 同盟軍集結前、アリオンが分散した敵軍の各個撃破を命令した時点で、彼の予想は確信に変わっていた。ロイドはアリオンの命令に従わず、独自の行動で軍を動かした。そうやって敵を撃破し、適当な理由を用意してわざと集結に遅れた。

 無能な指揮官の作戦で、自分達までもが損害を被る必要はない。ロイドはジエーデル国軍の到着を遅れさせる事で、グラーフ同盟軍に先制攻撃を仕掛けさせた。彼らが敵の罠にかかった頃を見計らい、油断している敵軍に攻撃を仕掛け、同盟軍を助ける計画だったのである。

 同盟軍の窮地を救えれば、参陣が遅れた事への謝罪になり、自軍の損害を最小限にとどめる事が出来る。戦況は全て、ロイドの思い描いた通りとなった。同盟軍の窮地に駆け付けた、二つの帝国の存在も、彼の予想通りだったのである。


 ロイドの策は、二つの帝国の軍隊も実行していた。ヴァスティナ帝国もゼロリアス帝国も、彼と同じ事をしていたのである。これは、三国が連携していたわけではなく、各国の指揮官がこの策を導き出し、偶然同時に実行した結果だった。

 だがロイドは、二国が自分達と同じ策を講じると読んでいた。それは、両帝国の指揮官も同じである。連絡など取り合わず、三国は互いに利用し合い、自軍を守るため独自に行動したのだ。その結果、強力な軍隊を持つ三つの国家が、ほぼ同時に参戦するという状況を創り上げた。


「じゃあそろそろ、アタシ達も仕掛けますか」


 状況はほぼ計画通り。予想外だったのは、ゼロリアス帝国軍の異常なまでの強さで、右翼側の敵軍が早々に撤退を開始した事である。

 そして、ゼロリアス帝国軍が敵の追撃を止めたのは、第四皇女アリステリアからのメッセージだ。「ぼさっとしていないで、早く連中を片付けろ」という、彼女の無言の圧力なのである。


「総統閣下のご命令通り、異教徒の殲滅を始めましょうか。はい、攻撃開始」


 ロイドの号令を聞き、万全の準備を整えて待機していたジエーデル兵が、待ってましたと言わんばかりに進軍を開始する。攻撃目標は、戦意を失い撤退中の敵軍に対しての奇襲攻撃。実戦経験豊富な兵で構成されたこの討伐軍に、戦闘意欲を失った軍相手の戦闘で、敗北などあり得ない。

 撤退中に不意を突かれた敵軍は、精強なジエーデル兵の攻撃に対応できず、瞬く間に蹴散らされていく。敵は何もできず、反撃に転じる隙も与えられないまま、次々に兵を討ち取られ、容易く壊滅させられていった。


「あー、やだやだ。これじゃあ虐殺と大差ない」


 ジエーデル国軍は、抵抗も出来ずに逃げ惑うボーゼアス義勇軍の兵を、一人も逃がさない勢いで殺しまわっている。その光景はまさに、ロイドが口にした通り虐殺だった。

 だが、これは必要な戦闘である。ここで一万の敵を逃がせば、残存戦力は後方で再編成され、次の戦いの時にまた現れる。簡単に撃破できる今叩かねば、後に自軍を危険に晒す結果を生むだろう。それに、異教徒は残らず殲滅せよと、ジエーデル国の絶対的支配者に命令されている。この命令に逆らう事は、彼らには不可能なのだ。


「早いとこ終わらせて帰りたいものね、こんな戦争」










 ヴァスティナ帝国、ゼロリアス帝国、ジエーデル国の参戦によって、グラーフ同盟軍は完全に窮地を脱し、戦況を優勢に進めていた。

 同盟軍の両翼に現れた合計二万の奇襲戦力は、駆け付けた三国の活躍によって蹴散らされ、あっという間に壊走した。ヴァスティナ帝国国防軍一万五千、ゼロリアス帝国五千、ジエーデル国軍一万の、合計三万の戦力は、こうしてグラーフ同盟軍に合流したのである。


 三国の到着で勢い付いた同盟軍は、戦力を正面に集中し、ボーゼアス義勇軍主力の撃滅に乗り出した。この総攻撃には、ヴァスティナ帝国国防軍第一戦闘団も加わっている。銃火器に武装された歩兵戦力と、重機関銃武装の装甲化された車輌部隊が、敵軍の人海戦術を活かした突撃を、まるで嘲笑うかのように阻止し、同盟軍の前衛部隊を援護しているのだ。

 帝国国防軍第一戦闘団を率いている指揮官は、セリーヌ・アングハルト。最前線で戦う兵士達と共に、彼女もまた、第一戦闘団を指揮しつつ戦っている。彼女達の活躍によって、同盟軍の勝利は決定的なものになりつつあった。


 勝利のために、こんな戦いを一刻も早く終わらせるために、グラーフ同盟軍は一丸となって戦っている。正面前線では、勇者連合の勇者三人も戦闘を継続しており、敵軍の突破に貢献していた。

 大剣の勇者ルークは、激しい戦闘で掠り傷を負いながらも、大剣を振り回し、地属性魔法を操り、豪快に戦って同盟軍を助けた。彼の勇猛果敢な活躍のお陰で、味方の損害は少なく済み、攻撃も順調に行なわれている。

 一方、ルークとは別の位置で戦っている、姉妹勇者の九条真夜くじょうまや九条華夜くじょうかやは、同盟軍の前衛部隊の支援に成功し、見事な活躍を見せたものの、指揮官である真夜自身が酷く消耗してしまっていた。


「はあ⋯⋯⋯⋯、はあ⋯⋯⋯⋯はあ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 兵を率い、遊撃部隊として活躍していた真夜は、戦場で片膝を付き、息を切らして動けなくなっていた。疲れ切った様子の真夜の傍には、妹の華夜が寄り添っている。彼女達が率いている兵達は、戦場の真っ只中で動けなくなってしまった真夜を守ろうと、周囲に展開して敵を迎撃していた。


「まだ⋯⋯⋯⋯⋯、やれる⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」

「お姉ちゃん⋯⋯⋯⋯⋯!もうやめて⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」


 真夜にとってこれは、初の部隊を指揮しての戦闘であった。与えられた三百の兵を指揮しながら、彼女は部隊の戦闘に立ち、伝説の秘宝が姿を変えた聖弓を握り、聖弓の力で炎属性魔法を操る事で、味方の攻撃を支援していたのである。

 この戦場で彼女達は、激しい戦闘の中で大きな戦果を挙げていた。彼女達の活躍があったからこそ、ここで戦っていた同盟軍の戦力は、敵軍に対して反撃する事が出来たのである。

 しかし、初の部隊指揮による精神的疲労は、真夜の体力を大きく削っていた。更に真夜は、自分の隊だけでなく、指揮などできるはずもない華夜の代わりに、彼女の隊も指揮していたのである。合計六百人の指揮をしながら前線で戦うなど、経験の浅い彼女の身体と精神が持つはずがない。しかも真夜は、無理をして炎属性魔法を連発していたため、魔力と体力が底をついたのである。

 

「華夜⋯⋯⋯、心配しないで⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」

「でも⋯⋯⋯⋯、でもお姉ちゃん⋯⋯⋯⋯!」

「私が、守るから⋯⋯⋯⋯⋯。だから安心して⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 簡単に言えば、無理をし過ぎたのである。無理した反動に身体が付いて行けず、彼女の意志に反して動けなくなってしまったのだ。真夜の身体は限界を超えてしまっており、これ以上の戦闘継続は不可能であった。それは、自分自身が一番分かっているはずなのに、彼女はまだ戦おうとしている。

 息を切らし、今にも吐きそうな辛い表情で、真夜は立ち上がろうと脚に力を入れた。しかし上手く脚に力が入らず、立ち上がれずにまた地面に膝を付く。両方の膝を地面につき、下を向いて苦しそうに呼吸する彼女に、今にも泣き出しそうな顔をして、華夜が寄り添い続ける。


 自分が辛く苦しくとも、まだ彼女が戦おうとしている理由。それは無論、華夜を守るためである。

 戦闘を継続するにしろ、この場から後退するにしろ、戦わなければ彼女は守れない。守るための戦いをするために、真夜は立ち上がろうとしているのだ。

 消耗される体力の事を忘れ、炎属性魔法を連発してしまったのも、華夜を守らなければという想いによって、冷静さを欠いてしまった結果だった。彼女を守りたいと想う強い意志が、真夜自身を苦しめ続けているのである。


「せめて華夜だけでも⋯⋯⋯⋯⋯、ここから逃がさないと⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯!」


 味方の突撃を支援するため、真夜率いる遊撃隊は攻撃を仕掛け、敵軍を突き進んでいった。適当に兵を暴れさせ、自身は魔法攻撃を何発か放って、敵部隊を混乱させた後に後退し、後は味方の部隊に任せるつもりであった。

 しかし彼女の作戦は、最後の後退が失敗してしまった。その原因こそ、魔法攻撃を放った事で魔力を使い果たし、急に身体から力が抜けて、動けなくなった真夜自身である。

 動けない彼女は、討伐軍の出発前、自分達に戦闘の稽古をつけてくれていた、教官ユーリの忠告を思い出していた。


『いい?魔法の乱発は禁物よ。あなた達みたいに魔法が開花したばっかりの子にはありがちなんだけど、まだ体が魔法発動の反動に慣れてないせいで、急激な消耗に身体が付いていけないの。調節とかが上手くできないと、魔法の発動は体力をごっそり持っていくから、急に身体から力が抜けたりするのよ。だから気を付けてね』


 ユーリの忠告を思い出した真夜は、これがそうなのかと心の中で納得し、自分を大いに恥じた。忠告されたにも関わらず、彼女は大事な忠告を忘れ、今こうして皆を危険に晒してしまっている。自分の愚かさに怒り、どうにか華夜だけでも逃がそうと、また立ち上がろうとするが、もう両脚にはほとんど力が入らない。


 劣勢を強いられたボーゼアス義勇軍は、動けなくなった勇者の姿を見て、せめて勇者だけでも討ち取ろうと、この場の持てる力を結集して襲い掛かった。狂気的な士気と数を武器に、真夜と華夜を呑み込もうと突撃するボーゼアス義勇軍の兵士達。それをどうにか防いでいるのが、真夜の周囲に展開している、遊撃部隊の兵士達だった。

 

 真夜達のいるこの戦場には、未だヴァスティナ帝国国防軍などの支援は現れていない。帝国国防軍の第一戦闘団は、将軍ジェラルドが戦う前線を優先しているためだ。アングハルト率いる第一戦闘団の部隊が向かっているが、到着にはあと少しかかる。

 全体の戦況は同盟軍が優勢だが、真夜のいる最前線では敵味方が入り乱れた、激しい乱戦が展開されている。最終的には味方が勝利を収めるだろうが、真夜と華夜は今危機的状況にあるのだ。この乱戦状況で、しかも勇者として戦える真夜が動けないとあっては、二人の命が危ない。

 動けない彼女達を守ろうと、遊撃部隊の兵士達は必死に戦っている。だが敵もまた、せめて勇者だけでも討ち取ろうと必死だ。二人を守る味方は苦戦を強いられ、そう長くは守っていられない。自分達の命の危機を悟った華夜は、立ち上がれない真夜の肩を持ち、彼女をこの場から運び出そうとした。

 

「立ってお姉ちゃん⋯⋯⋯!ここにいたら二人共死んじゃう⋯⋯⋯⋯!」

「華夜⋯⋯⋯⋯⋯。私は置いて行って⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「やだよ⋯⋯⋯⋯!華夜を一人にしないでよ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」


 真夜と一緒にこの場を離れるため、華夜は必死に彼女を抱き起こそうとする。自分を助けようと必死な華夜の姿に、諦めかけていた真夜の心が動く。華夜をこの世界で一人にするわけにはいかない。元の世界に帰る時も、もしも帰れなかったとしても、彼女には自分が必要だ。大切なたった一人の妹のために、彼女は気力を振り絞って立ち上がろうとする。


「お姉ちゃん、二人で一緒に――――――――――」


 華夜の力を借りて、何とか立ち上がろうとしていた真夜。

 立とうとした次の瞬間、真夜を抱きかかえていた華夜が、突然崩れ落ち始めた。彼女は真夜を抱えたまま、力を失って地面に倒れていく。抱えられていた真夜も、倒れる彼女に引っ張られる形で、そのまま地面に倒れ込んでしまった。

 一体何が起こったのか、真夜には何も分からなかった。共に地面に倒れた華夜は、真夜の目の前で気を失っている。気絶した彼女が起きる気配はなく、真夜は彼女の身に何が起きたのか確認しようと、視線を周囲に向けて動かした。


「ミツ⋯⋯⋯ケ⋯⋯⋯⋯⋯タ⋯⋯⋯⋯」

「!?」


 不気味な低い声が、真夜の耳に入ってきた。片言の男の声で、確かに「見つけた」と言っている。すぐさま真夜は声のした方へ視線を動かすが、そこに人影はなかった。彼女の視界には、必死に戦闘を続けている、敵味方の兵士達しか映っていない。

 だがそれは、突然その姿を現わした。正確には現れたというより、真夜の視界の空間が歪み、周りの風景と同化した人影のようなものが、彼女の視界に映ったのである。

 何かがそこにいる。人の形をした、透明な何かがいるのだ。不気味なその人影は、ゆっくり二人に近付いてきた。そして次の瞬間、人影の頭と思われる部分が、二つの光を放つ。恐らくそれは、この人影の両眼である。


「ユウシャ⋯⋯⋯フタ⋯⋯⋯リ⋯⋯⋯⋯⋯⋯ツレテ⋯⋯⋯⋯⋯イ⋯⋯ク⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 この時、真夜は直感した。現れた謎の透明な人影は、この姿を活かして自分達に近付き、華夜を何らかの方法で気絶させたのだと⋯⋯⋯⋯⋯。

 それに気付いた瞬間、突然後頭部に衝撃を受けた真夜は、暗い闇の底へと意識を沈めてしまった。

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