表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
277/511

第三十九話 戦場の支配者たち Ⅲ

「エミリオ!おーい、エミリオ!」

「おや、リック?もう前線から戻って来たのかい?」


 車輌に乗せられて連行されたリックは、後方で帝国国防軍本隊と合流し、本隊を指揮していた人物を見つけ、手を振って声をかけた。

 名前を呼ばれた人物は、長髪と眼鏡をかけた姿が特徴的な、整った顔立ちの美形である。彼の名は、エミリオ・メンフィス。帝国国防軍参謀本部の参謀総長である。


「戻って来たって言うか、強制的に戻らされた」

「ふふっ、彼女に見つかって戻されたわけだね」

「あいつほんと恐いんだよ。どこ行っても付いてくるし」

「君が本隊から姿を消した後、彼女は君を血眼になって探していたよ。みんな彼女を恐がって、君が何処に行ったかすぐに吐かされていたよ」


 二人の会話に出てくる彼女とは、勿論ヴィヴィアンヌの事である。リックを護衛する親衛隊隊長である彼女は、常に彼を警護し、特に戦場ではほとんど彼の傍を離れない。少しでもリックが姿を消そうものなら、親衛隊総出で捜索を行なうくらい、彼を守ろうとする意志が強いのだ。

 鉄の意志を持ち、リックに絶対の忠誠を誓い、彼に命を捧げた最強の兵士。それが「番犬」の異名持つ、ヴィヴィアンヌという少女の今の生き方だ。


「俺を守ってくれるのは嬉しいんだけど、もう少し肩の力抜いて欲しいんだよな。なんて言うか、もっと自分の時間を大切にして欲しい」

「それは無理だね。だって彼女、自分の時間は全て君の傍にいる時間なんだから」

「ヴィヴィアンヌは今まで幸せに生きられなかった。だからあいつには、もっと人生を楽しく自由に生きて欲しい。女の子なんだしさ、休日はレイナとかと街に遊びに行ったりすればいいんだ」


 自分の身の安全よりも、護衛役のヴィヴィアンヌの心配をするリック。悩む彼の顔を見て、エミリオは少し吹き出して笑った。


「なっ、なんだよ。俺おかしいこと言ったか?」

「いや、すまない。なんだか君が彼女の父親みたいに見えてしまってね」

「俺はあんな娘をもった覚えはないぞ。まあ、もしも娘を持つならあれくらい美少女だと嬉しいな。絶対嫁には出さないけど」

「自分を殺しかけた相手でも、そうやって大切に思えるところが君の良いところさ。君の優しいところ、私は好きだよ」

「おいこら!反応に困る発言をするな!」


 揶揄われたと思ったリックは怒り、エミリオは赤面する彼を見てまた笑う。二人の様子は、仲の良い友達同士の様であった。立場の差はあれど、二人は仲間という深い絆で結ばれている。互いに心を許せる仲間であり、絆があるからこそ、こうして冗談を言い合えるのだ。


「見つけましたわ!!ここにいましたのね!」


 そんな二人のもとに、声を荒げて現れた女性が一人。二人が振り返ると、そこには彼らがよく知っている人物の姿があった。

 彼女が何か怒っている様子であったため、一体何事かとリックが尋ねようとする。


「どうしたミュセイラ?そんなに怒ると白髪増えるぞ」

「誰のせいで怒ってると思ってるんですの!?後の部隊の指揮を全部私に押し付けて、レイナさん達と勝手に前線に向かいましたわよね!?」

「ああ、その事か」

「反応が軽すぎですわ!!すまないとかごめんとか、そういう謝罪の言葉はないんですの!?」

「なんで謝る必要がある?お仕事大好き人間のお前に仕事をやったんだから、寧ろ感謝して欲しいくらいだ」

「貴方って人はどうしてそう屑で下衆なんですの!?私をなんだと思っているんですのよ!」

「うーん⋯⋯⋯、歩く騒音参謀?」

「張っ倒しますわよ!!」


 容赦ないリックの発言の数々に、独特のお嬢様言葉を使いながら怒鳴る彼女の名は、ミュセイラ・ヴァルトハイム。帝国国防軍参謀本部所属の参謀であり、エミリオが最も信頼する参謀である。

 リックとミュセイラの喧嘩は帝国軍の名物であり、どんな戦場でも似たような事が起こる。いつも通りな二人の様子に呆れながらも、エミリオは二人の喧嘩に割って入り、ミュセイラの方へと顔を向けて口を開く。


「いつもの喧嘩はそこまで。ところでミュセイラ、砲撃部隊の準備はどこまで進んでいるんだい?」

「部隊の配置はほぼ完了しましたので、もう間もなく準備が終わりますわ」

「わかった。部隊の砲撃目標は――――――――」

「目標は、第一戦闘団と戦闘中の敵主力。既に命令済みですわ」

「流石だ。君の的確な指揮のお陰で、私は大分楽が出来ているよ」


 歩く騒音参謀などとリックに馬鹿にされているが、エミリオの作戦の意図を読んで、既に命令を飛ばしているミュセイラは、間違いなく優秀な参謀である。ヴァスティナ帝国はエミリオとミュセイラのお陰で、これまでどんな困難な戦争も勝利してきた。今回も今までと同じように、軍師としての二人の力が存分に発揮されようとしている。


「私の作戦通り、流れは順調に同盟軍に傾いている。我々が左翼を助ければ、右翼側を助けようとあの二国も必ず動く」

「偵察隊からの報告によると、先に到着したのは例の戦闘旅団だそうです」

「やはりそうか。噂の皇女の力を拝見するいい機会だね」


 今現在までの状況は、全てエミリオの予測通り動いている。グラーフ同盟軍の戦略も、ボーゼアス義勇軍の奇襲作戦も、集結していない二国の軍隊がどのような動きを見せるのかも、何もかも彼の予測通りであった。

 強いて予想外の事があったとするならば、それは勝手に飛び出したリックの帰りが早かった事くらいだ。


「リック。今回も私は、君に勝利を約束しよう」

「頼もしいなエミリオ。お前のそういう頼れるところ、俺は好きだ」

「よしてくれ、私にそっちの気はないよ」

「そうですわよ参謀長⋯⋯⋯⋯、じゃなかった将軍。気持ち悪いですわ、変態」

「軽くあしらわられた、だと!?」

「さあリック、茶番は一旦終わりにしよう。ミュセイラも、あまり彼を罵倒しないでやってくれ」


 先ほどの仕返しが効果なく、一人ショックを受けるリック。

 簡単に流したが、実はエミリオは内心、頼れるところが好きだと言われた事は、純粋に嬉しかった。その心は口には出さず、彼は笑みを浮かべ、勝利を約束した自分の主へと宣言する。


「リック、帝国国防軍は必ず私が勝利させる。私が用意した最高の舞台、存分に楽しんでくれ」


 これまで、圧倒的不利な戦争を勝利に導き続けた、奇跡の軍師。

 帝国の新たな参謀長となったエミリオの、史上空前の舞台はまだ始まったばかりだ。










 グラーフ同盟軍の救援に現れた、ヴァスティナ帝国国防軍。同盟軍の各前線に駆け付けた帝国国防軍部隊は、その圧倒的な戦闘力をボーゼアス義勇軍に披露していた。

 数に任せた人海戦術を仕掛けたボーゼアス義勇軍は、帝国国防軍戦車部隊の砲撃と銃撃によって、突撃を開始した瞬間薙ぎ倒された。彼らは帝国国防軍の兵器の前に、得意の戦術を無力化され、ただ蹂躙され続けていたのである。

 戦車砲は突撃してくる敵兵に榴弾を発砲し、まとめて兵士達を地面ごと吹き飛ばした。機関銃や突撃銃が一斉に火を噴いて、敵の兵士達を容赦なく蜂の巣にしていく。そうやって死体で地面を埋め尽くし、帝国国防軍の戦闘部隊は、敵軍を壊滅させる勢いで進撃を続けていた。


 特に、グラーフ同盟軍左翼側の前線の戦闘は、ボーゼアス義勇軍にとって地獄の光景と化していた。

 この地で戦闘を行なっているのは、帝国国防軍第二戦闘団、精鋭剣士部隊光龍騎士団、そして帝国国防軍親衛隊である。第二戦闘団の機甲部隊が火力支援を行ない、崩れた敵軍に対して、光龍騎士団と親衛隊が近接戦闘を仕掛けている。

 敵軍に接近戦を行なっているのは、帝国国防軍の精鋭中の精鋭である。彼らの力は敵兵の戦闘力を大きく上回っており、兵の多くが民兵であるボーゼアス義勇軍は、為す術もなく討ち取られていった。その証拠に、帝国国防軍はこの戦場で、まだ一人の戦死者も出していないのである。


「おらよ!」

「ぐはっ⋯⋯⋯!!」


 光龍騎士団隊長のクリスは、目にも留まらぬ速さの鋭い剣突きを放ち、ボーゼアス義勇軍兵の左胸を刺し貫いた。正確に急所を貫き、一撃で敵を絶命させる。鋭く、速く、そして華麗な剣技が、ボーゼアス義勇軍の兵士達を仕留め続けていた。この調子で彼は、数十人にも上る敵兵を討ち、自身が通った道に屍を並べている。

 まさに一騎当千。息一つ乱さず、体に傷一つ負わず、纏う軍服に汚れすら付かせていない。誰も彼に触れる事さえ出来ず、一撃で討たれていく。二人がかり、三人がかり、四人がかりでも結果は同じである。挑んだ全員気が付いた時には、彼の剣に貫かれるか斬られているのだ。

 さらに十五人の兵士が、今度こそクリスを討ち取ろうと襲い掛かる。相手の弱さに溜め息を吐いたクリスは、面倒だと言わんばかりの表情で剣を掲げ、まとめて敵を討たんと口を開く。


「奔れ、雷光っ!」


 瞬間、彼の剣に電気が奔り、突如眩い光を放って見せた。さらに次の瞬間には、光は雷と変わって音を立てて光り輝き、向かってきた兵士達目掛けて襲い掛かる。

 雷は兵士全員を襲い、直撃を受けた兵士達は、雷を躱す暇も防ぐ余裕もなかった。雷光が視界を奪い、一瞬で電撃が全身を奔り、悲鳴を上げる事なく感電死させる。クリスの雷属性魔法の一撃が、十五人の兵士の命を瞬く間に奪い去った。


「ったく、歯応えなさ過ぎだぜ。武器もまともに扱えねぇ素人ばっかりだ」


 今では雷剣の二つ名を持つクリスにとって、ボーゼアス義勇軍の民兵など相手にもならない。余りの敵の弱さに、後は第二戦闘団と親衛隊に任せ、本隊のもとに帰ろうかと考えている程だ。

 向かってくる敵の兵士の多くは、正規軍の兵士ではない民兵である。元は軍人ですらない者達が、武器を手にして戦いを挑んでくる。国や民のため、戦う覚悟を、そして死ぬ覚悟を持った軍人と彼らは違う。反乱を起こした民兵など、クリス自身は好き好んで殺したいわけではない。

 それでも、忠誠を誓った男の命令であるから、彼は兵を率いて戦っている。だが、これ以上の殺生は必要ないだろうと、自身の隊は一旦下がろうかと考えていた。周りを見ると、彼の率いる隊の者達は、誰一人戦死者を出さず、ほぼ無傷の状態で、向かってきた敵兵を全滅させていた。光龍騎士団の力は、この戦場のボーゼアス義勇軍の力を完全に圧倒したのである。

 

 光龍騎士団の活躍のお陰もあり、この前線のボーゼアス義勇軍部隊は壊滅した。どんな相手でも、どんな被害を受けても退却しないと噂のボーゼアス義勇軍だが、今回ばかりは相手が悪過ぎた。彼らはこの戦場で常識を超えた力を目にし、恐怖して逃げ出したのである。

 目の前で味方が死んでも、その屍を踏み越えて突き進むボーゼアス義勇軍。今まではその戦法で、どんな相手とも戦えた。しかし今回は、味方は敵軍に到達する前に殺され、その屍を踏み越えようとした瞬間、銃撃によって蜂の巣にされたのである。

 戦車と銃火器の前に、人海戦術は全くの無力だった。彼らがそう悟った時には、軍団は壊滅的打撃を被っていたのである。敗北を悟り、帝国国防軍に恐怖した兵の多くは、武器を捨てて一目散に逃げ出した。あの異常なまでの狂気的戦意を、たった一戦交えただけで彼らは奪われたのだ。

 

 ここでの戦闘は、ヴァスティナ帝国国防軍は勝利した。国防軍第二戦闘団は残敵の掃討を始め、光龍騎士団は戦闘を終了して剣を鞘に収めた。その最中、逃げ惑う敵兵を執拗なまでに追撃し、情け容赦なく皆殺しにしていく部隊がある。その部隊は、帝国国防軍親衛隊である。

 クリスが見た光景は、まさに虐殺とも言えるものだった。戦う意志を失った兵士を、親衛隊の機関銃が後ろから射殺していく。銃撃を受けて倒れ、その場で即死しなかった者達は、親衛隊の兵士が倒れた者の傍まで近付いて、至近距離から数発ほど発砲して止めを刺した。逃げ遅れた兵士達は、親衛隊の兵士が装備している、携帯式の火炎放射器によってまとめて焼き殺されている。

 国防軍親衛隊は、敵を一人残らず殺す勢いで追撃を行なっていた。この戦場から生きては帰さないという、固く冷たい意志が彼らにはあったのである。


「眼帯女の野郎⋯⋯⋯⋯。胸糞悪い事しやがるぜ」

「貴様は甘過ぎる。そんな軟弱な精神で閣下の左腕を気取るつもりか?」


 親衛隊の虐殺を不快に思い、彼らを睨み付けていたクリスの後ろから、親衛隊隊長ヴィヴィアンヌは現れた。今行われている冷酷な虐殺は、全て彼女の命令によるものである。それを知っているクリスは、怒りの表情を隠さず振り返り、彼女に鋭い眼光を向けた。

 

「お前、気は確かなんだろうな。連中を皆殺しにすれば、帝国の評判に傷がつくんだぞ?」

「逃亡する兵士を虐殺する軍隊を持つ国家、とでも噂されるだろう。当然理解している」

「わかってんのか?それで周りから責められんのはリックなんだぞ?」

「そうはさせん。血に汚れるのは私だけだ」


 クリスが見た彼女の瞳には、鋼鉄の意志が宿っていた。自分が穢れるのを怖れず、その手を血で染め上げても尚、自らの命を捧げた存在のために、どんな非情で残虐な行為も厭わない。失われた右眼は眼帯で隠されているが、彼女の左眼はそうクリスに語っていた。

 

「連中をできる限り処理し、我ら親衛隊の恐ろしさを大陸中に示さなければならない。連中は見せしめだ」

「やり方は他にもあんだろ」

「将軍閣下に逆らう者がどんな最後を迎えるか、敵味方双方に教えてやらなければならない。先に待つ、閣下の未来を守るためにな」

「未来だと⋯⋯⋯⋯?」

「それを貴様が考える必要はない。貴様は閣下の剣として、戦場で剣を振るっているだけでいいのだ」


 今のクリスには、ヴィヴィアンヌの言葉の意味を理解できなかった。彼女は理解されたいなどとは考えておらず、話を終わらせて歩き去ろうとした。クリスを置いて彼女が向かおうとした先は、親衛隊が殺戮を続けている戦場である。隊長である彼女もまた、あの虐殺に加わろうとしているのだ。

 

「くっ、来るな!!来るなああああああああああああっ!!!」

「⋯⋯⋯!」


 追撃戦に向かおうとした彼女の前で、驚くべき事態が起こった。なんと、戦場を埋め尽くすボーゼアス義勇軍兵の死体の中に、生き残りが混じっていたのだ。気絶していたのか、それとも死んだふりでもしていたのか、死体の下に隠れていた生き残りが、ヴィヴィアンヌの接近に恐怖し、倒れた死体の下から飛び出してきたのである。

 飛び出してきた生き残りは、二人だけだった。さらに驚くべき事に、一人は男だったが、もう一人は女だったのである。

 ボーゼアス義勇軍に性別は関係ない。ボーゼアス教を信奉する者として、グラーフ教と戦うのであれば、性別や人種は一切関係ないのである。そのためボーゼアス義勇軍には、民兵となった女性も加わっているのだ。

 

「抵抗は無意味だ。貴様達はここで死ぬ」

「くそっ!死んでたまるか!!」


 生き残りの二人に対して、ヴィヴィアンヌの近くにいた親衛隊兵士が集まり、射殺しようと銃を構えた。このままでは殺される悟った男の方は、戦死した仲間の剣を拾い上げ、驚くべき行動を起こす。男は女の方を掴まえ、女の首筋に剣を突き付けて、人質でも取ったように盾にしたのである。

 相手が女であれば、躊躇して攻撃してこないと考えたのだろう。恐怖のあまり、思考が半分も働いていない男は、同じように恐怖して泣き叫ぶ女を盾にしたまま、じりじりと後退っていく。

 しかし親衛隊は、相手が女であろうと関係ない。人質となっているのが敵の兵士である以上、まとめて射殺するつもりでいる。人質となっている女ごと、男の方も射殺しようと兵士達が、引き金に指をかけた。


「待て。私がやる」


 親衛隊を制したのは、ヴィヴィアンヌの命令だった。彼らは黙って命令に従い、引き金から指を離した。

 自分でやると口にした彼女は、鋭い殺気を放って男を見定める。殺されると感じた男は、ヴィヴィアンヌから逃げたい一心で、女の体を盾にしながらその背中に隠れ、この場から逃げ去ろうとしていた。


「下劣な下等生物め。潔く死ね」


 次の瞬間、彼女は目にも留まらぬ神速の速さで、右のホルスターから拳銃を抜き、銃の撃鉄を起こして引き金を引いた。

 発砲された弾丸は、盾となっている女に向けて撃ち出されたかに思えた。しかし彼女が狙ったのは、盾にされた女の方でも、人質を取っている男の方でもなく、地面に倒れている死体を撃ったのである。正確に言えば、倒れていた死体の金属製の防具目掛け、見事な早撃ちを行なったのだ。

 彼女の撃った弾丸は、死体が身に着けていた金属の鎧に命中し、甲高い音を上げて弾かれた。跳ね飛んだ弾丸が向かった先は、女の背中に隠れていた男の頭。跳弾は男の頭部を側面から撃ち抜き、力を失った男の体が地面に倒れ伏す。

 まぐれ当たりではない。彼女は自身の銃の威力、狙いを付けた目標の強度、命中させる角度など、一瞬で全てを計算し、跳弾させるための正確な射撃を行なったのだ。つまり彼女は、跳弾を操って目標を仕留めるという神業を、たった一発で成功させたのである。

 

「やはりいい銃だ⋯⋯⋯⋯。あの眼鏡はいい仕事をする」


 自分が手にする銀色に輝く拳銃を見つめ、満足気に少し口元に笑みを浮かべるヴィヴィアンヌ。クリスも含め、親衛隊の兵士達すらも、彼女の神業に驚愕している中、男の拘束から解放された女は、悲鳴を上げてその場から逃げ出そうと駆け出した。

 だがヴィヴィアンヌは、女の方も逃亡を許さない。一瞬で撃鉄を起こし、再び彼女は愛銃の引き金を引いた。彼女が狙ったのは、逃げる女の右脚だった。次の瞬間、放たれた弾丸によって右脚を撃ち抜かれた女が、盛大に地面に転倒して激痛に絶叫する。

 女の脚を撃ち、この場から逃げられなくした彼女は、引き金に指をかけたまま銃を回し、西部劇のガンマンの様に銃を回して見せながら、もとのホルスターへと愛銃を収めた。


「あの女は捕虜とする。後方へ連行し、敵軍の情報を吐かせろ」

「了解しました」

「手段は任せる。抵抗するようなら拷問しても構わん」

「はっ!」


 命令を下した彼女に従い、親衛隊の兵士達は脚を撃たれて動けない女に駆け寄り、女を拘束しつつ連行していった。

 表情一つ変えず命令したヴィヴィアンヌ。彼女の命令に一切の躊躇いを見せず、命令を遂行する親衛隊。その中で不快感を露わにしたクリスが、我慢できずに口を開く。


「この野郎、なにふざけた事してやがる。お前、やってる事が前と何も変わってねぇぞ」

「ああ、そうだ。私はこのやり方しか知らない」

「なんのためにリックが命を懸けたと思ってやがる!全部お前のためだったろうが!」


 怒鳴りながら彼女に向かって行ったクリスが、ヴィヴィアンヌの胸倉を掴み上げ、彼女の顔を睨み付ける。対してヴィヴィアンヌは、表情を一切変える事なく、冷たい表情のまま口を開いた。


「貴様に閣下の何が分かる。私の何が理解できる」

「⋯⋯⋯⋯!」

「救って頂いたこの心、この命を、私は閣下に全て捧げた。閣下の目的のために必要ならば、前と変わらないやり方も使う。ただ、それだけの事だ」

「また心を殺した人形にでもなるつもりか⋯⋯⋯⋯⋯?」

「人形になりはしない。私は、閣下を救いたいと願う自分の意志に従い行動しているからだ」


 クリスは尚もヴィヴィアンヌを睨み付け、そのまま両者は動かず、五つを数えるほどの時間が流れた。

 その後、不機嫌そうに舌打ちし、掴んでいた胸倉から手を離したクリス。解放されたヴィヴィアンヌは軽く服を整え、クリスから視線を外して振り向いた。


「ちっ⋯⋯⋯⋯⋯、槍女に似てやがるからむかつくんだよ」

「似てるか⋯⋯⋯⋯。同志には私の様にあって欲しくはないな」

「なに言ってやがる。あいつ、その内お前を手本にするぞ」

「同志に私と同じ事はさせん。汚れ仕事は全て私の役目だ」


 そう答えたヴィヴィアンヌは、この場から離れるために歩き出した。本来の目的であった、逃げる敵軍の追撃のためにである。

 今日だけで彼女は、一人で百を超える敵兵を殺している。殺した数だけで言えば、クリスよりも多かった。それでもまだ足りないというのか、腰に装備した二丁の銃と、背中に携えた二本のククリナイフを輝かせ、残虐な追撃戦に向かい歩を進める。


(槍女がなり切れなかった姿。それがあいつってわけか⋯⋯⋯⋯) 


 あの日から、レイナは迷いや弱さを捨てて、リックのために戦おうと決意した。だが彼女は、自分が捨て去ろうとした心を捨て切れず、今も迷い苦しみ続けている。そんな彼女を見てきたクリスには、目の前にいるヴィヴィアンヌの存在が、迷いや弱さを捨て切ったレイナに見えた。


「まったく、どいつもこいつも不器用過ぎんだろ⋯⋯⋯⋯⋯」


 そう文句を言って頭を抱えたクリス。そんなクリスを見て、彼の隊の兵達がにやついた笑みを見せる。彼らの笑みに気付いたクリスは、頬を赤らめて怒鳴った。


「なんだお前ら!にやついてんじゃね!」

「いやだって、隊長があまりにもミカヅキ隊長に過保護なので」

「喧嘩ばっかするのに、なんだかんだちゃんと見てるんだよな」

「この前も一緒に飲みに行ってたし、ほんとはミカヅキ隊長のこと――――――――」

「ばっ、ばっか野郎!!次ふざけたことぬかした奴は叩き斬ってやる!!」


 部下の発言にキレて、全力で否定する彼に斬られては堪らないと、兵達はやれやれと言った様子で口を閉じた。顔を真っ赤にして怒鳴ったクリスは、怒りながら荒い足取りで歩き出す。


「無駄話は終わりだ!さっさとリック達のとこに戻るぞ!」


 「素直じゃない人だ⋯⋯⋯」と、口には出さず心の中でそう思う兵士達。

 いつか彼が素直になる瞬間を見てみたいと、彼らは自分達を率いる頼もしき隊長の背中に続いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ