第三十九話 戦場の支配者たち Ⅱ
開戦直後より激戦を繰り広げている、グラーフ同盟軍とボーゼアス義勇軍の最前線。
先陣を務める、ハートライト王国将軍ジェラルド・オルドリッジ率いる軍勢は、次から次へと湧いて出てくるボーゼアス義勇軍の兵を、懸命に迎撃し続けていた。
敵は死を恐れず、狂気に満ちた精神を武器にして前進を続けている。両軍の屍を踏み越え、目を血走らせ、雄叫びを上げて突撃してくるのだ。数と異常に高い戦意を最大の武器とした、力任せの人海戦術。それを同盟軍は迎え撃ち、激しい攻防を繰り広げ続けている。
両軍とも、最前線で苦しい戦いを続けている。グラーフ同盟軍の前衛が敵の波に呑まれるのが先か、ボーゼアス義勇軍が先に兵力の限界を迎えるか。両軍とも一歩も退かず、眼前に映る敵に向かって戦闘を継続している。
息を切らしながらも声を張り上げ、怪我をしても退く事はなく、吐きそうなほど苦しくとも前を向き、壊れるまで武器を振るって敵を殺し、壊れれば死んだ者達の武器を拾い上げ、そうしてまた一人の兵士が死んだ。
両軍が正面からぶつかる最前線では、常にこのような状況が続いている。体力的には限界を超えている最前線の兵士達は、技術や知恵ではなく、気力だけを頼りに戦っているような状態だ。そんな中、先陣を切ったジェラルドは、体力の限界を超えながらも戦い続ける兵士達を、誰よりも声を張り上げて鼓舞し続けていた。
「戦え!!ローミリアの平和を守るため立ち上がった英雄達よ!勝利の時は近い!!」
軍を率いる将軍という立場でありながら、兵士達と同じ戦場で戦い、同じ痛みや苦しみを分かち合う。それがジェラルドの将軍としての在り方だ。共に戦う兵士達を勝利へと導くため、死んでいった者達に報いるため、彼は誰よりも声を張り上げて兵を鼓舞する。そんなこの男の鼓舞と姿が、死線を戦う兵士達に、戦う力と勇気を与え続けていた。
「オルドリッジ将軍!!どこまでもお供します!!」
「将軍と共に戦えて死ねるなら本望だ!!オルドリッジ将軍万歳!!」
「異教徒共をぶっ殺せ!!我らが英雄オルドリッジ将軍のお通りだ!!」
最前線で戦う同盟軍兵士達の士気は、ボーゼアス義勇軍に全く劣っていない。彼らの高い士気は、ジェラルド一人のお陰で維持されている。ジェラルドがいなければ、この前線はとっくに崩壊していた事だろう。故に兵士達は、ジェラルドを信頼し、彼と共に勝利を得るために戦っている。
苦しい戦闘が続くが、ジェラルド率いる前衛が支えているからこそ、同盟軍の全兵士達は勝利を信じ続ける事が出来る。苦しくとも戦い続ける彼らは、クレイセル大平原で戦うどんな者達よりも、勇敢な英雄なのだ。
既に最前線では、多くの同盟軍兵士が戦死している。地面を見るために下を向けば、そこには必ず戦死した者達が倒れていて、屍が地面を埋め尽くしている。英雄達は、その命を燃やし尽くすまで戦い、先に死んだ者達の屍を踏み越え、ぎりぎりの戦闘を継続しているが、いつ前線が崩壊してもおかしくない状況であった。
両軍共に死力を尽くして戦っている、激戦続く最前線。
そこへ、戦場の喧騒の中でもはっきりと聞こえる、耳にした事のない騒音を上げながら接近する、一体の何かが同盟軍後方より現れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
現れた一体の何かは、乗り物に乗った一人の男であった。
その乗り物は、誰も目にした事のない乗り物で、前と後ろに二つの車輪があり、それが回転して動いている。男はその乗り物に跨り、取り付けられている鉄の棒を、馬の手綱を握るように両手で掴んでいる。男は鉄の棒を使って乗り物を操縦し、乗り物が発するけたたましい騒音に負けない程の、とにかく五月蠅い雄叫びを上げながら、単騎で戦場に姿を現わした。
「いくぞおおおおおおおおおおっ!!!オレのタイフーン号おおおおおおおおおおおおおっ!!!」
乗り物が発する騒音は発動機の機械音。生き物とは明らかに違う異様な音を発する、鉄の体を持つ二輪の車輛。鉄の馬とも呼べるだろうその乗り物の名は、「自動二輪車」。
男がタイフーン号などと呼んだ二輪車が、男を乗せて馬よりも速く走り、瞬く間に最前線に到着する。しかし男は、戦うべき最前線に到着しても、速度を一切緩めなかった。男はそのまま二輪車と共に、ボーゼアス義勇軍の兵士達へと突っ込んでいったのである。
「タイフーンアタああああああああああああああああああック!!!」
二輪車はボーゼアス義勇軍の兵士を跳ね飛ばし、敵軍の真っ只中目掛けて突き進んでいく。発動機を唸らせながら、力強く走るこの鉄の馬は、雄叫びを上げて猛進する男を乗せたまま、敵陣を突き崩していった。
しかし、敵兵の大軍相手に一台の二輪車が突き進んでいけるのにも、当然ながら限界がある。敵兵の分厚い肉壁に阻まれた二輪車は転倒し、乗っていた男は地面に叩き付けられるかに見えた。
だが男は二輪車が転倒する直前に、空目掛けて勢いよく跳躍していたのである。転倒を回避した男は地面に着地し、無傷で助かりはした。無傷であったものの、敵軍深くまで突撃した彼の周りは、男と二輪車に驚愕しながらも、彼を討とうと武器を構えた、ボーゼアス義勇軍兵士に包囲されていた。
周囲を敵に取り囲まれた、絶体絶命の状態。男は敵軍の真っ只中で孤立無援となり、容易く討ち取られるかに思われた。
「オレと勝負だああああああああああいくぞおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
雄叫びを上げ続けていないと死んでしまうのか、耳を塞ぎたくなるほどの騒音とも言える大声を上げ、男はたった一人で敵兵に格闘戦を挑み始めた。
そう、男は武器一つ持っていない、完全なる素手の状態であった。男は目に付いた敵兵を次々と、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばし、敵軍の真っ只中で大暴れを始めたのである。
男を殺そうと襲い掛かる敵兵達は、一撃も入れられずに返り討ちに遭い、男の周りで倒されていく。男は素手で一騎当千の如し活躍を見せ、最前線のボーゼアス義勇軍を混乱させていった。そして、この混乱に乗じて、グラーフ同盟軍は反撃を開始したのである。
「英雄諸君!!突き崩せえええええええええええええっ!!!」
男が突破した敵前衛の穴を押し広げ、ジェラルド率いる前衛部隊を突撃を開始した。好機を見逃さなかった彼は、勝利を目指して突撃の号令を出している。さらに彼は、周囲を包囲されながらも戦っていた男を見つけ、男を包囲していた敵兵を味方と共に蹴散らして、孤軍奮闘していたこの男を助けたのだった。
「勇猛だな!!名も知らぬ勇気ある戦士よ!!」
「オレが来たからにはもう安心だぜ!!正義の味方として、悪の親玉に正義の鉄拳を喰らわしてやる!!」
「はっーはっはっはっ!!それは頼もしい限りだ!勇気ある正義の戦士よ、名はなんという?」
「オレの名はライガ!ライガ・イカルガだ!!ヴァスティナ帝国の一員として、悪と戦う同盟軍を助けに来たぜ!!」
男の名はライガ・イカルガ。ヴァスティナ帝国国防軍の一員であり、無尽蔵とも言える体力と、強靭な肉体を持つ、正義の味方を目指す戦士だ。
帝国国防軍の特攻隊長であり、敵軍に単機で突っ込んで孤立は日常茶飯事な、頼れるのか頼れないのかよく分からない、正義という文字に手足が生えているような、別名「歩く騒音」である。
「そうか、噂に聞くヴァスティナ帝国の戦士であったか!通りで強いわけだな!」
「オレが来たからにはもう安心だぜ!!正義は必ず勝つからな!!」
「頼もしい限りだが、いくら正義の味方とは言え、たった一人で戦局を変えられるほど戦争は簡単ではないぞ?」
「心配するな!!オレの後に続いて、仲間達がすぐにやって来るぜ!!」
確かにライガの言う通り、彼の後に続いてそれはやって来た。
ジェラルドが後ろへと振り返ると、先程のライガと同じように、一台の二輪車に跨り戦場を駆け抜ける人物と、その人物に続いて四輪の車輛に乗って続く、武装した兵士達の姿が見えた。
ライガのよりも大型の二輪車に乗っている人物は、帝国軍の軍服を身に纏い、全身に武器を装備した重武装状態である。さらに驚くべきは、現れたその人物が若い女性であった事だ。
ショートで整えられた赤茶色の髪に、実戦や訓練のお陰で日に焼けた肌。軍服の上からでもわかる、鍛えられている肉体。男勝りと言えるだろうそんな女性が、車輪の大きな大型二輪車を操り、ライガ達のもとにやって来た。
現れた女性は軍団から先行し、大型二輪車を走らせて二人の傍までやって来て、二人の目の前で二輪車の車輪を滑らせながら停車する。すると次の瞬間、彼女は二輪車に取り付けられていたホルスターから、一丁の銃を取り出して、銃口をライガ目掛け、右手で真っ直ぐ構えた。
「伏せろ」
「!?」
彼女の言葉で咄嗟にライガが伏せた瞬間、彼女は躊躇いなく銃の引き金を引いた。
向けられた銃口の先には、背後からライガに襲い掛かろうとしていた敵兵の姿。引き金が引かれた銃からは、大口径の弾頭が放たれる。撃ち出された弾頭は敵兵の胸に命中し、肉を抉り、衝撃で兵士の体をぶっ飛ばした。
その圧倒的な威力に、弾丸が直撃した兵士は一撃で絶命した。彼女のド派手な登場に驚くライガとジェラルド。驚いたまま表情の二人には構わず、彼女は使用した銃のレバーアクション機構を活かし、片手で銃を一回転させて排莢と装填を行ない、銃を二輪車のホルスターへと収めた。
「勝手な突撃は禁止だと言ったはずだ」
「だってよ、同盟軍を早く助けたくて⋯⋯⋯⋯⋯」
「命令無視を将軍閣下に報告するぞ?」
「そっ、そいつは勘弁してくれ!!リックはな、怒るとオレには容赦ないんだぜ!?」
現れたこの女性兵士は、命令を聞かないライガの監督役を任されている。もし彼が命令を無視すれば、遠慮なく報告していいと言われているのだ。
少しは反省したライガから視線を移し、彼女はジェラルドの方へと顔を向けた。二輪車から降りた彼女は、ジェラルドの傍に近付いて止まり、背筋を伸ばして敬礼を行なった。
「ハートライト王国将軍ジェラルド・オルドリッジ殿とお見受けします」
「如何にも!それで、貴官は?」
「自分は、ヴァスティナ帝国国防軍第一戦闘団指揮官セリーヌ・アングハルトです。帝国国防軍総帥、リクトビア・フローレンス将軍閣下の命令を受け、グラーフ同盟軍前衛部隊の救援に参りました」
現れた女性兵士の名は、セリーヌ・アングハルト。帝国国防軍主力の機甲部隊を率いる、帝国最強の戦闘団の指揮官である。
ジェラルドへと話した通り、彼女の戦闘団はグラーフ同盟軍救援の命令を受けて、先発隊としてこの最前線に駆け付けた。足の遅い戦車などの重車輌から先行し、軽装甲の車輌や兵員輸送車を引き連れ、急いでこの前線に向かったのである。
「現在到着したのはおよそ千五百の兵力ですが、残りの主力部隊も急ぎこちらに向かっています。オルドリッジ将軍、敵の撃滅は今をおいて他にないでしょう」
「貴官の意見は尤もだ。しかし、敵は貴官の軍団の何倍もの規模。一体どうやって勝つというのだね?」
「もちろん、真正面から撃破するまでです」
そう答えるとアングハルトは、自分が指揮する軍団の到着を待たず、背負っていた大型の銃器を右手で構えだした。全身重武装の彼女が構えた武器は、弾帯を装着した機関銃であった。彼女はそれを片手で構え、自分達に向けて接近している敵の兵士達に銃口を合わせ、引き金を引いた。
引き金を引き続ける限り連射される、機関銃から放たれた弾丸。凄まじい発砲音と反動と共に、豪快なフルオート射撃を始めたアングハルトは、敵兵をまるで将棋倒しのように射殺していった。彼女に襲い掛かろうとしていた兵士は、止む事なく発砲されるライフル弾に成す術がなく、気が付いた時にはその体を弾丸で貫かれ、次の瞬間には死んでいた。
そうやって彼女は数十発も発砲を続け、向かってきていた敵の兵士を一分も経たずに全滅させた。彼女が向けた銃口の先には、敵兵の死体が地面に転がっているだけだった。
「聞け、異教徒に与する者達よ!!我々はヴァスティナ帝国国防軍だ!我々が参戦する以上、お前達に勝利はない!それでも尚、我々に戦いを挑むというならば、国防軍総帥リクトビア・フローレンス将軍閣下の命令に従い、お前達を一人残らず殲滅する!!」
堂々と声を張り上げて、そう宣言した彼女の後ろから、国防軍第一戦闘団の先発隊が到着した。
重機関銃を搭載した装甲車が前進し、兵員輸送車から歩兵が続々と降り、装甲車と共に前線に展開する。勿論、歩兵部隊もまた銃火器で武装されており、敵兵の接近を許す前に銃を発砲し、瞬く間に戦場を支配していった。
「アングハルト隊長!戦闘部隊の展開が終わりました!」
「了解した。我が戦闘団は同盟軍前衛部隊と共同戦線を張り、敵主力部隊の撃滅を行なう。装甲車輌と連携して前進し、同盟軍部隊のために道を切り開け。敵魔法兵部隊に対しては迫撃砲で徹底的に砲撃を加えろ」
「了解!!」
豪快な戦闘スタイルを見せたアングハルトだが、指揮官らしく冷静で的確な指示を与えている。彼女の命令に従った戦闘団兵士達は、装甲車と共に蹂躙を始めた。
重機関銃が一斉に火を噴き、歩兵部隊の突撃銃が発砲を行ない、携帯式火砲である迫撃砲が砲撃を始める。気が付けば、第一戦闘団先発隊がこの戦場の支配者となり、数分も経たない内に多くの敵兵を死体へと変えていった。
「ライガ、お前はオルドリッジ将軍と共に戦え。将軍を死なせるな」
「わかったぜ!!任せておけ!!」
「ほう!私に護衛を付けようというのかね?」
「将軍は同盟軍の勝利に必要な御方です。ここで将軍を戦死させてはならないと、国防軍参謀長より命令されています」
「ふむ、そう言う事か!ならば正義の戦士イカルガよ、私と共にこの激闘を戦い抜こうではないか!」
「いいぜ!!よっしゃああああああああ燃えてきたぜええええええええええええええっ!!!」
ライガをジェラルドの護衛に付け、彼女は一人「失敗したかもしれない⋯⋯⋯⋯」と思っていた。いや、戦闘団の兵士全員が同じ事を考えている。「歩く騒音と大声将軍を会わせてしまい、いつもの倍うるさい」と⋯⋯⋯⋯。
(まあいい。参謀長の作戦通り、作戦を続行しよう)
ここまでは全て作戦通りに進行している。
異教徒ボーゼアス教を討伐し、グラーフ同盟軍を勝利に導くため。いや、ヴァスティナ帝国の勝利のために、今や軍の主力を率いるまでになったアングハルトは、国のため仲間達のため、そして愛する者のために戦闘を開始した。
「ヴァスティナ帝国万歳!!全軍、我々の力を敵に思い知らせろ!」
指揮官として仲間達を鼓舞する彼女の腰には、ホルスターに収められた大口径のリボルバー。
これは、愛する者から譲り受けた大切な拳銃。拳銃から伝わる彼の存在を感じながら、愛する彼のために勝利を誓い、アングハルトは再び機関銃を構え、その引き金を引くのだった。




