第三十八話 帝国の狂犬 Ⅳ
作戦通り、グラーフ同盟軍は日の出と共に行動を開始した。
防具を身に着け、武器を手にし、陣地内を慌しく動く兵士達。ある者は、戦いの前の腹ごしらえのためにパンに齧り付き、またある者は、自分が乗る愛馬の手綱を引いて移動させている。兵士達の中には、同盟軍の勝利を願い、そして自分達の命が失われぬよう、グラーフ教の女神に祈りを捧げる者もいた。
それぞれが戦いの前に準備を済ませ、決められた集合地点に集まっていく。兵達の集結が終わり、全ての準備が整うと、兵達の前でホーリスローネ王国王子アリオンが、戦いの前に緊張している彼らに向けて檄を飛ばす。
アリオンは兵達に向けて叫んだ。「この戦いは聖戦である!」と、そう兵達の前で宣言した。グラーフ教が認める大いなる聖戦である以上、恐れるものは何もない。彼はそう叫び、兵達を奮い立たせようとした。彼が言葉を終えた後、兵達は雄叫びを上げて士気を盛り上げた。
彼らが雄叫びを上げたのは、アリオンの言葉で奮い立ったからではない。兵達自身が、戦いを前にした自分自身の緊張と恐怖を振り払うために、自らに気合を入れるべく声を張り上げたのだ。
これは、未だアリオンが兵達の信頼を失っている証だった。だが、最高指揮官が信頼を失っていようと、戦いを止める事は出来ない。全員がそれを理解し、戦場に向かべく陣地から出陣した。
同盟軍の出陣を知ったボーゼアス義勇軍も、慌てて兵を集めて陣地を出陣した。互いの軍は陣地を離れ、陣形を組んで戦場に展開したのである。クレイセル大平原の大地を踏んだ両軍の兵達は、これから戦う自分達の敵を目にしていた。
出陣したグラーフ同盟軍の兵力は、約二万七千人。ボーゼアス義勇軍の戦力は、約四万人。兵力の数では、やはりボーゼアス義勇軍が上回った。しかもこれは敵の全軍ではない。予想されている敵全軍の戦力は、約十万である。その内の四割と同盟軍は対峙しているのだ。
一方同盟軍側は、ホーリスローネ王国軍主力に、現在集まっている各国軍を合わせて、何とか二万五千以上の兵を揃えている。緒戦に受けた被害により、当初の想定よりも兵の数が減少しているのだ。
しかし、兵の数では負けていようとも、全体的な兵の質では同盟軍側が勝っている。緒戦の敗北もあって、ボーゼアス義勇軍側が有利に見えるが、兵の数の差に気圧されなければ、同盟軍側の方が有利と言える状況だった。
この戦いを制した方が、後の決戦に勝利できる。これから始まる戦いは、グラーフ同盟軍かボーゼアス義勇軍のどちらかが、今後の戦いの主導権を握る事を意味しているのだ。
両軍の命運は、この一戦に懸かっている。どこまで続いていくような、果てしない緑の平原が広がるクレイセル大平原。この地を舞台にした戦争の火蓋が、両軍の号令によって今切って落とされた。
「進めえええええええええええええっ!!」
号令と共に先陣を切ったのは、グラーフ同盟軍の盟主ホーリスローネ王国軍と、ハートランド王国軍であった。両軍の勇猛果敢な兵士達が、数では勝るボーゼアス義勇軍に向け、正面から攻撃を仕掛ける。彼らの進軍と同時に、両軍の騎兵隊も動き出した。さらに、彼らの後には支援攻撃部隊である、両軍の魔法兵部隊が続いていく。
これに対してボーゼアス義勇軍側も、同盟軍を迎え撃つべく号令をかけた。戦いの神ボーゼアスを信仰する、異常なまでの士気を持つ民兵達が、眼前の敵を皆殺しにしようと駆け出す。その光景はまるで、大きな波を思わせた。大平原を染める緑の絨毯を、人の波が多い尽くしていくような光景が、同盟軍の眼前に広がっていく。
しかし、先陣を切る同盟軍の兵士達は、波の如く押し寄せる敵の大軍を恐れてはいない。何故ならば、先陣に立っている前線指揮官は、ハートランド王国の英雄ジェラルド・オルドリッジ将軍であるからだ。
「突貫せよおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
馬に跨り戦場を駆けるジェラルドは、同盟軍の誰よりも前にいた。勇猛果敢過ぎるジェラルドの姿に、負けてはいられないと両軍の兵達が続いていく。
槍を手に、自らの愛馬と共に戦場を駆ける彼の目の前には、盾と槍を構えたボーゼアス義勇軍の兵達がいる。彼らは自分達の体を張って、ジェラルドの突進を阻もうとしていた。
だがジェラルドという男は、その程度で怖気付くような戦士ではない。彼は愛馬を一層加速させ、次の瞬間彼の愛馬は、目の前にいた敵の兵士達を高く飛び越えていた。盾と槍を飛んで躱し、敵の兵の波の中に彼の愛馬は着地した。勿論、着地点にいた敵の兵士を、容赦なく踏みつけてである。
敵軍の真っ只中で馬を着地させたジェラルドは、目にも止まらぬ速さで自身の槍を振り回し、自分の周囲にいた敵兵を斬り捨てていく。馬に乗る彼の槍捌きには誰も近付けず、次々とボーゼアス兵が命を奪われていく間に、ジェラルドに追いついた同盟軍の先陣が、敵の前衛を突き崩していく。
「勇猛果敢なる我が同胞達よ、臆する事はない!我に続けえええええええええええっ!!」
先陣を切り、敵に一番槍を突き付け、敵前衛を突破したのはジェラルドだった。彼の勇姿に多くの兵が湧きたち、雄叫びを上げて敵を討ち取っていく。ある者は槍を突き、ある者は剣を振る下ろし、ある者は盾で殴り殺す。同盟軍の兵士達は、それぞれの得物を存分に振るい、ジェラルドに続いて暴れまわっていた。
「グラーフ教に従う者達に負けてはならない!ボーゼアス教に栄光あれええええええええっ!!」
ジェラルド達の猛攻を受けたボーゼアス兵達は、為す術もなく討ち取られていくばかりではなかった。相手の猛攻に怯み、勢いを殺されはしたものの、驚異的な士気を持って、同盟軍に反撃を行なったのである。
敵の反撃は組織化されたものではない。ただ武器を持った民兵達が、仲間の屍を乗り越えて、次から次へと襲い掛かるのである。死など恐れない兵士達が、戦略も戦術もない人海戦術で、同盟軍を呑み込もうとしていた。
その光景をまさに狂気だった。怒りと憎しみの炎を燃やす兵士達が、剣で斬られようが槍で突かれようが、命続く限り向かってくるのである。分かっていた敵のやり方であっても、これに恐怖しない同盟軍の兵士はいなかった。
「おお、これが話に聞く異教徒達の戦い方か!実に面白い!!」
敵の波に恐怖する兵達がいる中、ここに一人、この状況を寧ろ楽しんでいる者がいた。それは勿論、敵兵を次々と槍で討ち取っていくジェラルドであった。
無尽蔵に敵が湧いてくるこの光景の中、彼は愉快そうに声を上げ、楽しそうに槍を振り続けている。それを見た同盟軍の兵士達は、誰もが驚愕し、敵に対する恐怖を忘れていた。
「昔にも似たような戦い方をする反乱があった!あの時の十倍以上の兵が相手だが、いや~懐かしい!」
敵を全く恐れないジェラルドの姿は、同盟軍の兵士達をさらに奮い立たせた。恐れなど捨て去った兵士達は、彼と共に戦えるのならば、ここで死んでも本望とさえ感じている。
兵士達は知ったのだ。恐れるべきは目の前の敵などではなく、偉大な英雄と共に戦えるこの瞬間が、生涯にあと何回訪れるのか、であった。
「オルドリッジ将軍に続けええええええええええええっ!!」
「異教徒共を蹴散らすんだ!!進めえええええええええええっ!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!グラーフ同盟軍万歳!!」
英雄が率いる本物の戦士達が、戦場を駆け、目の前に広がる兵士の波を突き崩して進む⋯⋯⋯⋯。
グラーフ同盟軍の先陣は三つに分かれている。三つに分かれた軍団は、正面と両翼に別れて攻撃を開始しており、ジェラルドが率いているのは正面の軍団であった。
オルドリッジ隊と呼べる正面の軍団は、敵前衛を突破して、敵軍団深くへと進撃を続けている。戦局は同盟軍側が優勢と思われたが、両翼の前線は膠着状態に陥っていた。どちらもボーゼアス兵の肉壁に突破を阻まれ、勢いを殺されてしまったのだ。
弓兵や魔法兵部隊が支援攻撃を行なうも、両翼に展開する敵の抵抗は凄まじく、弓や魔法の支援攻撃程度ではびくともしない。この状況に対してアリオンは、すぐさま両翼の前線に遊撃部隊を送り込んだ。その遊撃部隊とは、勇者連合の勇者達が率いる部隊である。
「よーし、味方のために突破口を開きに行くぞ!俺に続けええええええええっ!!」
大剣の勇者ルークが率いる兵力三百の部隊が、右翼に展開する味方への加勢のために突撃を開始した。部隊の先頭には、大剣を片手に戦場を駆けるルークの姿がある。突撃を行なったルークの部隊のために、味方の軍団は彼らのための道を開く。開かれた道の先には、ボーゼアス義勇軍の前衛が展開していた。
「皆まとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」
そう言った瞬間から、ルークは自分の大剣に魔力を集中させていく。勇者である彼もまた、魔法を操る戦士なのである。そして彼の魔法は、基本の六属性魔法と違う特殊な魔法なのだ。
「受けて見ろ、大地咆哮!!」
魔力を帯びた大剣が光を放ち、ルークは雄叫びと共に、その刃を地面に向けて振り下ろした。大剣の刃が地面を叩き割った瞬間、割られた地面から岩山が突き上がり、大きな地割れを発生させる。その地割れは、地面の中から次々と突き上がっていく岩山と共に、敵前衛部隊へと真っ直ぐ伸びていった。
避ける暇も与えず、激しい地割れは敵前衛に直撃し、突き出た沢山の岩山が敵兵を弾き飛ばす。魔法の力による一撃で、ルークの前に並んでいた敵兵は蹴散らされ、突破口が開かれる。その突破口目掛け、ルーク達は突撃を行なった。
「はあっ!!」
先陣を切るルークは敵前衛のもとに辿り着き、目に付いた兵を目掛け、自身の大剣を横一閃に振るった。彼の大剣の刃はボーゼアス兵の体を叩き斬り、戦場に大量の鮮血が飛び散る。それだけでは終わらず、二人、三人と、自身の得物で敵兵を薙ぎ倒していく。
軽々と、そして豪快に大剣を振るう彼に後れを取るまいと、ルークの部隊の兵士達も敵前衛に雪崩れ込む。ボーゼアス兵が立て直す暇も与えず、彼らは容赦なく、徹底的に敵を討ち取っていった。
「死にたくなければ退け!勇者ルーク様のお通りだ!!」
武器は大剣。操る魔法は特殊魔法の一種、大地を武器とする地属性魔法。それが、大剣の勇者ルークの力である。
特殊魔法とは、火水風雷光闇の六つの属性とは違う、特別な属性の魔法の事を指す。彼が操る地属性魔法は、地面を割ったり砕いたり、岩山を出現させたりなど、大地の力を借りて戦う魔法なのだ。
「まだまだ暴れ足りないぜ!全員まとめってかかって来な!」
ジェラルドと同じように、ルークもまた敵兵を容易く蹴散らして、敵軍深くに進撃を続けていく。彼らの目の前に現れるボーゼアス兵達は、全員倒され屍と変えられていくが、彼らの目の前にもまた、無尽蔵の人の波が押し寄せていた。
「全員って言ったけどよ、こいつはちょっと多過ぎだろ⋯⋯⋯⋯⋯」
斬っても斬っても、兵士の屍を乗り越えて、次の敵が向かってくる。全く切りがない状況下の中、途方に暮れたような言葉を吐いたルークだったが、彼の瞳は恐怖や絶望などに染まってなどいない。その瞳には、勇者として戦う意志と、大きな闘志が宿っていた。
「まあいいか、勇者の力ってやつを思い知らせてやる!」
眼前に広がる大きな人の波。苦しい戦いを予感させるこの状況の中、ルークは戦意を盛り上げ笑っていた。その姿に彼の部隊の兵士達も、彼らの後に続いた同盟軍兵士達も、戦士の雄叫びを上げて答えて見せた。
右翼側最前線の戦いは、両軍の奮闘によって、より一層の激しさを増していくのだった。




