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第三十八話 帝国の狂犬 Ⅲ

 その後、ホーリスローネ王国軍は順調に進軍を行ない、決戦の地であるクレイセル大平原に到着した。

 大平原に到着した王国軍は、一番乗りと言うわけではなかった。グラーフ同盟軍に参加するべく集まった、一部の中小国家の軍隊は既に陣地を構築しており、ボーゼアス義勇軍との決戦に備えていたのである。

 そして、同盟軍の討伐対象であるボーゼアス義勇軍も、集結した軍団が陣地を構築しており、両軍睨み合う形を作り出していた。どちらかが先に仕掛ける事はなく、今は両軍とも大人しく、戦力の結集を待っている状態である。

 既にボーゼアス義勇軍側は、陣地の大きさや兵の数からして、何万もの軍勢が集まっているのが予想された。対して同盟軍側は、盟主であり主力の王国軍が到着したにも関わらず、戦力不足に陥っていた。原因は、同盟軍の主戦力に当たる、ゼロリアス帝国とジエーデル国の戦力が、まだ到着していない事にあった。

 この深刻な事態に対し、王子アリオンは直ちに主だった者達を天幕に集め、正確な状況の確認と、今後の作戦計画について話し合っている。


「くっ⋯⋯⋯!ゼロリアスといいジエーデルといい、一体何をやっているんだ!?」


 王国軍陣地内に設置された天幕の一つ。そこでは今、アリオンを始めとした同盟軍の主だった者達が集まり、決戦に向けた話し合いを行なっている。そんな中アリオンは、天幕内の机の上に置かれた地図を睨み、堪え切れず叫んで両手を振り下ろし、地図ごと机を叩いたのである。

 声を荒げ、彼が怒りを露わにしている理由は、口から出た通りゼロリアスとジエーデルが原因だった。王国を含む各国軍と違い、この二国は敵の攻撃を容易く退け、順調に進軍を行なっているはずだった。ところが、合流予定の日までに到着するはずだった二国は、未だにその姿を現わしていない。

 ゼロリアス側は、長旅での兵の疲れを受け、途中休息を取っているために遅れている。ジエーデル側は、敵の攻撃で予想以上の物資を消費したため、本国からの補給を待っているために遅れている。両軍の伝令が同盟軍陣地にやって来て、そう報告したのだ。

 

「あの二国無しでは戦力が足りない。唯でさえ、まだ全ての国の軍が到着していないというのに!」

「仰る通り、現時点での同盟軍の戦力では、敵を討伐するどころか防ぐので手一杯でしょうな」

「ゼロリアスもジエーデルもそれは分かっているはずだ!彼らには、ローミリアの正義と平和を守る使命感がないのか⋯⋯⋯⋯!」


 憤怒するアリオンの言葉に、この場で口を開けるのはギルバートだけだった。この天幕内には彼の他に、櫂斗達四人の勇者とルーク、ハートランド王国軍将軍ジェラルドに、チャルコ国とへスカル国の騎士団長、さらには各国軍の指揮官や参謀が集まっている。

 チャルコ騎士団の団長の傍には、少年騎士アニッシュの姿もあった。彼はこれまでの戦果を認められ、ジェラルドの強い要望もあり、特別に作戦会議の参加を認められたのである。

 

「使命感が有るか無いかはこの際どうでもいいでしょう。今はまず、現状の戦力で敵とどう戦うかが重要ではないですかな?」

「!」

「ここにいる皆、それを決めるためにここへ集まったのです。戦場では常に、不測の事態への有効な対応が求められているのですよ」


 主戦力の二国が合流していないのが問題なのではなく、二国の軍隊無しでこれからどう戦うかが、この場で最も重要な問題なのである。ギルバートが言った通り、不測の事態への有効な対応が直ぐに求められている。それが同盟軍の現状なのだ。

 戦場で全てが上手くいく事など稀である。上手くいかなかった場合の事も考え、別の策を考えておかなければならない。同盟軍全体の戦力到着が遅れた場合の作戦も、考えられていないわけではなかった。


「⋯⋯⋯⋯止むを得ない。ゼロリアスとジエーデルが間に合わない以上、現状の戦力で先制攻撃をかける」


 怒りの心を抑え、地図上に記されたある場所をアリオンは指差す。その場所は、現在ボーゼアス義勇軍が陣地を構築している地点だった。


「こちらの戦力が整っていないのと同じように、敵の戦力も集結の途中だ。敵の全軍が集結する前に、現状の我が全軍をもって総攻撃を仕掛けよう」

「攻撃は最大の防御。今仕掛けなければ、今後の戦闘の主導権を失ってしまうでしょうな」

「いつ現れるかも分からない二国は当てにできない。下手にこちらの戦力が整うのを待って、敵に時間を与えるのは愚策だ」


 アリオンの言う通り、時間をかければかけるほど。不利になるのは同盟軍側である。今ここで仕掛けなければ。同盟軍は倍以上の敵を相手にする事になりかねない。そうならないためには、現状の戦力で先制攻撃を仕掛け、戦いの流れを支配するしかないだろう。

 ここにいる全員、考えはアリオンと同じであった。故に誰も反論は口にせず、彼の言葉の続きを待っている。


「攻撃は明日。日の出と共に動き出し、主力は陣地より出陣する。先陣は我がホーリスローネ王国が務めよう」


 同盟軍に参加した各国軍に、王国軍の力を見せ付ける事で、全軍の士気を向上させるのがアリオンの狙いである。だが、彼の狙いはそれだけでなく、自分が計画した作戦の失敗を、ここで取り返そうとしているのだ。

 彼が同盟軍に参加する各国軍に命じた、分散中のボーゼアス義勇軍部隊の撃破は、敵の策に嵌まって失敗に終わった。この作戦の失敗を受け、各国軍は大きな損害を被り、中には撤退を余儀なくされた軍もある。同盟軍全体の戦力は、当初の予定よりも低下しているのだ。

 緒戦は同盟軍側が敗北している。その原因は、敵の策を看破できなかった彼にある。緒戦の敗北があったために、同盟軍に参加した各国軍の多くは、彼を信頼していなかった。今後の作戦指揮を彼が執ろうとしている事も、彼らは納得していないのである。

 同盟軍全体を一つにするためにも、落ちた士気を復活させるためにも、今の彼には名誉挽回が求められている。同盟軍の盟主として、この窮地に先頭に立たなければ、どの国の軍も彼に付いては来ないだろう。同盟軍の盟主たる軍を率いる、王子アリオンの決戦は既に始まっているのだ。


「その先陣、是非とも我らもお供させて頂きたい!」

「感謝しますオルドリッジ将軍。精強のハートライト王国軍が加わってくれるのであれば心強い」

「戦いは私の生き甲斐!戦の先陣を切るのは我が軍の誉!明日は存分に戦果を挙げて御覧に入れましょう!」


 先陣を切る王国軍に、ジェラルド率いるハートライト王国軍も加わる事が決まった。アリオンであればともかく、ハートライト王国の英雄であるジェラルドが先陣を切るならばと、各国の将軍達が自分達も先陣に加わりたいと名乗りを挙げる。

 そんな彼らを片手を上げて制したのは、アリオンの傍に控えるギルバートだった。


「将軍と共に戦いという気持ちは分かりますが、少し落ち着いて頂きたい。全員が先陣となっては、誰が後に続くというのです?」

「はっはっはっ!!そう言う事だよ戦士諸君!我が友の言葉通り、少し冷静になり給え」


 この二人の将軍にそう言われて、落ち着きを取り戻さない者はいなかった。場が再び静かになった事で、明日の先陣を務めるのは、ホーリスローネ王国とハートライト王国に決まったのである。


「明日の攻撃には、勇者の皆さんにも最初から加わって頂きたい。皆さんには我が軍の兵を率いて頂き、各前線で敵部隊撃破に動いて貰いたいと考えています」


 勇者達に向けたアリオンの要請は、櫂斗達四人を驚かせた。前回の様に、戦いの最中に危機に陥った味方を助けるため、単機で戦場に向かわされるのだと彼らは考えていた。しかし彼らに与えられた役目は、兵を率いての戦闘だったのである。

 当然彼らは、これまで一度だって兵を指揮して戦った事はない。それどころか、緒戦が彼らの初陣だったのである。実戦経験も練度も、周りの兵に劣っているのだ。それ理解していてアリオンは、櫂斗達に兵士を率いて戦えと言うのである。

 

「なあアリオン王子。俺は兵を持つのに異議はないけどよ、いくらなんでも櫂斗達には早すぎるだろ?」

「君の言う事は尤もだ、勇者ルーク。しかし我々は、彼らの力を出し惜しみしている余裕はない。それに彼らが前線で存分に力を振るえば、兵士達の士気も上がる事だろう」

「意図は分かるけどな⋯⋯⋯。こいつらは、ついこの前初陣を経験した素人勇者なんだぞ?」


 彼らには荷が重過ぎると反論したのは、この場で最も勇者としての経験が長いルークである。新米の勇者である櫂斗達の傍にいて、彼らの実力や経験、性格や特徴などを知っているからこそ、無理だと反論しているのだ。

 ルークの言った事は全て事実であり、何も間違ってはいない。無茶を口にしているのはアリオンの方である。それでもアリオンは、この要請を変えようとはしなかった。


「お願いです皆さん。グラーフ同盟軍が異教徒に勝利するために、どうかそのお力を貸して頂きたい」


 勝利のためには選ばれし勇者の力が必要となる。アリオンはその考えを曲げる事はなく、身分や恥を捨て、驚いた状態の彼らに向けて深く頭を下げた。

 選ばれし勇者とは言え、大陸最大の王政国家の王子が、人目に付く場所で頭を下げるなどあってはならない。彼自身、それを承知で自らの頭を下げるのだ。

 王族と思えぬ行動に周りが驚愕する中、頭を下げられた彼らの中で、一番初めに口を開いたのは櫂斗だった。


「任せといてくれよ王子様」

「アリマさん⋯⋯⋯!」

「いつまでもルークに素人って言われたくないし、勇者の務めってやつを全うしてやるさ」


 自信満々にそう豪語した櫂斗の言葉に、真剣だったアリオンの表情が笑顔に変わる。自分の決断がどれだけ難しい事か分かっていながら、櫂斗は平気そうに笑っていた。


「悠紀もそれでいいよな?先輩達もオーケーでいいですよね?」

「はあ⋯⋯⋯、しょうがないわね」

「有馬君、君という男はどうしてそう⋯⋯⋯⋯⋯」


 悠紀はいつもの事だと諦め、櫂斗に慣れてきた真夜も、彼女同様に諦めた。どうせ何を言っても、この要請と言う名の命令は変えられないと、そう悟ったからだ。

 それに、兵を指揮するという事は、自分の周りに味方の兵が存在するという事でもある。常に味方がいてくれるというのは、力による体力の消耗が激しく、戦闘が素人の彼女達にとって心強い事でもあるのだ。


「皆さんにはそれぞれ三百の兵をお預け致します。兵達と共に、皆さんの力を存分に発揮して頂きたい」

「王子様、私は華夜と一緒に戦うわ。構わないわよね?」

「もちろんです。あの魔導書がまだ目覚めていない以上、そうせざる負えません」


 未だ秘宝の真の力を解放できずにいる華夜は、櫂斗達の様に一人で戦う事も出来ない。前回同様、真夜は華夜と共に戦うとこの場でアリオンに宣言し、彼はそれを仕方なく了承した。本当ならば五人の勇者による五つの部隊で、広い範囲の前線を暴れて貰いたいのだが、華夜が戦えない内は四つの部隊で戦うしかない。


「では皆さん、明日の戦いに向けた打ち合わせをしましょう。先陣の我が軍は騎兵隊と共に―――――――」


 その後、彼らの集まる天幕内では、明日の戦いの細かな作戦会議が行なわれた。

 続く作戦会議を黙って聞いていた櫂斗達は、大きな戦いが始まる瞬間が確実に迫っている事を、その肌でひりひりと感じ取っていたのである。

 









 作戦会議を終えた櫂斗達は、明日のためにもう休もうと、自分達の天幕へと戻っていった。明日は日の出と共に動き出すため、朝は早い。万全の体調で戦いに臨むためにも、早く休む必要があった。


「いよいよ明日か⋯⋯⋯」

「あれ櫂斗、もしかしてビビっちゃってる?」

「ばっ、馬鹿言うんじゃない!俺には勇者の聖剣があるんだし、それに―――――――」

「あれだけ自信満々に任せろって言っておいてそれなの?みんなの前でカッコ付けちゃって」

「うるさいな⋯⋯⋯。いいだろ別に、俺だってカッコ付けたかったんだから」


 天幕に戻る道中、先程の作戦会議での事を話していた櫂斗と悠紀。真夜と華夜、それにルークは二人の会話を聞きながら、二人と一緒に歩みを進めていた。

 

「あの王子様が頭まで下げて頼んだから、自信あるように見せたんでしょ?指揮なんて出来るわけないのに」

「やる前から出来ない認定かよ⋯⋯⋯⋯」

「櫂斗ってさ、自分じゃいつも解決できないくせに、昔から困ってる人を放っておけないよね」

「かっ、解決してるだろ。半分くらい⋯⋯⋯⋯」

「あとの半分はいつも私が解決させられてるの。今回は私でも解決できないんだからね」

「わかってるよ、それくらい⋯⋯⋯⋯。でも、あそこでああ言わなきゃ王子様が可哀想じゃないかよ」


 あの場で櫂斗は、いつもの憧れと無知から、自信満々にやると宣言したわけではない。あの場で彼は、頭を下げたアリオンの面子を守るため、要請を承諾したのである。

 幼馴染の悠紀は知っている。よく櫂斗は馬鹿だと言われるが、彼女自身も馬鹿だと言うが、本当に彼は馬鹿で優しいのだ。困っている人、助けを求めている人を放ってはおけず、彼女が言う通り解決できる力も術も持たずに、誰であっても助けようとしてしまうのである。

 今回もそうだと直ぐに気付いた悠紀は、あの場で彼を止める事も出来た。それをしなかったのは、どんな状況でも、どんな相手でも、困ってる人間を救おうと我武者羅な彼が、昔から好きだったから⋯⋯⋯⋯⋯。


「馬鹿だけどそういうところはかっこいいんだから」

「おお櫂斗、馬鹿のくせにカッコいいところあるじゃんかよ」

「そうね。馬鹿だけど少し見直したわ」

「馬鹿⋯⋯⋯⋯⋯」

「あのー、皆さん。馬鹿は余計なんでやめてもらえませんか⋯⋯⋯⋯」


 櫂斗と悠紀の会話のお陰で、五人の勇者達の間に笑いが起こる。真夜の傍で華夜も小さく笑っていた。

 明日は大きな戦いになる。実戦慣れしているルークですら、これだけの規模の戦いは初めてだ。五人共、明日の戦いに緊張していたのである。彼らの間に起こった笑いによって、戦いへの緊張は少し和らいだ。


「取り敢えず、櫂斗を揶揄うのはこれくらいにして⋯⋯⋯⋯⋯」

「これくらいって⋯⋯⋯⋯」

「真面目な話、明日は今まで以上に大変になると思う。王子様は無茶を言ってきたけど、ぶっちゃけあんな奴の命令に忠実に従いたくない」


 櫂斗やルークと違い、悠紀や真夜はアリオンの事を嫌っている。憎んでいるとさえ言っていい。自分達が今こんな目に遭っているのも、全て彼のせいであるからだ。


「早水さんの言う通りね。いざとなったら、自分達の命を優先して逃げてしまっていいと思うわ」

「そうですよ。あんな無責任で自分勝手な王子なんか―――――――」

「それは違います!!」


 アリオンを嫌う悠紀の言葉を遮ったのは、いつの間にか彼女達の後ろにいたアニッシュであった。珍しく彼は声を荒げ、悠紀の発言を全力で否定したのである。


「アニッシュ君!?びっくりした⋯⋯⋯⋯」

「すみません、皆さんがとても緊張なさっているようだったので、心配になって後を追ってきたんです」

「それは分かったけど⋯⋯⋯⋯、どうしてあんな奴を庇うの?」


 アニッシュとアリオンは友人などの関係ではない。互いに違う国で生まれ育った他人である。しかも、アニッシュは騎士で、アリオンは王族だ。生まれた国も違えば、生まれ育った環境も違う。互いに会話をした事すらないのである。

 だがアニッシュは、アリオンに対しての悠紀の言葉を無視できなかった。故に、自分でも驚いてしまうほど、声を荒げて否定してしまったのである。

 

「アリオン王子は以前、チャルコとへスカルを救って下さったんです」

「えっ⋯⋯⋯⋯?」

「あれはまだ、オーデル王国が存在していた頃の話です。チャルコとへスカルの騎士団が合同で盗賊団の討伐に出陣したのですが、騎士団は盗賊と間違えて、オーデルの商人を弓で射殺してしまったんです」


 独裁国家ジエーデル国に滅ぼされた、滅亡した国家オーデル王国。アニッシュが語るこの話は、オーデル王国がまだ存在していた頃の、四年以上前の話になる。


「この事故をオーデル王国は許さず、チャルコとへスカルはオーデルと緊張状態になってしまいました。あのままの状態が続いていたら、戦争にまで発展していたかもしれません」

「それが王子様とどう関係があるの?」

「アリオン王子は正義感が強く、ローミリアの平和を心から願っています。平和のために祈りを捧げるグラーフ教を信奉する国同士、決して争ってはならないと、王子はオーデル王を説得しました」


 北の大国の王子が、南の大国と小国の揉め事に口を出す。互いにグラーフ教を信奉している事以外、何の関係もない国同士だ。それにも関わらずアリオンは、偶然自分の耳に入ったこの事件を、一滴の血も流す事なく解決したいと考えた。

 何の見返りも求めず、ローミリア大陸の秩序と平和を願い、己の正義を信じて⋯⋯⋯。


「ホーリスローネ王国王子の言葉。それにグラーフ教の名を出されてしまっては、オーデル王も説得を無視するわけにはいかなかった。オーデル王はアリオン王子の説得に折れ、チャルコとへスカルを許しました」

「話を聞く限り、チャルコとへスカルが王子様に恩を感じる気持ちは分かったわ。でも、アニッシュ君が王子様にそんなにも熱くなる理由ってなんなの?」


 この話は四年も前の国の危機であり、アニッシュ個人に関係している話ではない。アリオンに恩を感じるのは尤もかもしれないが、そこまで熱くなっているのは何故か?その理由を悠紀は彼に問うた。


「⋯⋯⋯⋯賊と間違えて商人を射殺してしまったのは、僕の父なんです」

「⋯⋯⋯⋯!」

「オーデル王は商人を殺した者の処刑を求めていました。あのままだったら、父は命を絶たなくてはならなかった。平和を願う王子の行動のお陰で、僕の父は救われたんです」


 アニッシュにとって、自分の父親は最後の肉親である。母親は彼が幼い時にこの世を去り、祖父も祖母も亡くなっている。彼をここまで立派に育て上げたのは、父であるユルだった。

 ユルは男手一つで彼を育て、アニッシュは幼い時から彼の背中を見続けて育った。アニッシュにとってユルは、世界でたった一人の親であり、自分が尊敬する偉大な父なのだ。そんな父を救ってくれたアリオンに、アニッシュは深い恩義を感じているのである。


「王子は僕の父を救うためではなく、他国の争いを止めるためにオーデル王を説得した。もちろんそれは分かっていますが、結果として僕のたった一人の家族を救ってくれた。だから今度は、僕が王子を御助けする番なんです」

「アニッシュ君⋯⋯⋯⋯」

「王子の力になりたいと思っているのは僕だけじゃありません。チャルコ騎士団もヘスカル騎士団も、王子に深く感謝しています。二つの騎士団が真っ直ぐ大陸中央を目指さず、先に王国軍に合流したのは、一刻も早くアリオン王子の力になりたかったからなんです」

 

 アニッシュの言う通り、チャルコの騎士達もへスカルの騎士達も、オーデルとの戦争を止めてくれたアリオンに、今でも深く感謝している。彼がいなければ、大国であったオーデル王国に国は焼かれ、多くの民が殺されていたかもしれない。騎士達が最も恐れる悲劇を、アリオンは止めたのだ。

 その恩義に報いるために、騎士団はまずホーリスローネ王国軍と合流した。四年も前の事であっても、報いらなくてはならない大恩がある。王国軍を率いているのがアリオンだと知り、彼らは全力で馬を走らせ、南ローミリアから遥々馳せ参じたのだ。

 

「アニッシュ君の気持ちは分かった。けどごめん⋯⋯⋯、それでも私はあいつが嫌い」

「ハヤミさん⋯⋯⋯⋯」

「でもね、あいつのことは嫌いだけど、アニッシュ君達の力になりたいとは思ったよ。だから今夜はもう許して」


 アニッシュ達の気持ちは理解できても、アリオンの事を許す事は出来ない。その心が変わらない悠紀は、この話を止めようとしていた。これ以上アニッシュがアリオンを庇うと、憎くない彼までも嫌いになってしまいそうになるからだ。

 俯きながらそう口にした悠紀の言葉で、アニッシュは彼女の気持ちを察して口を閉じた。誰も口を開かない、沈黙の時間がゆっくりと流れていく。皆がどうしていいか分からず、誰も何も口を開けずにいた。

 

 そんな中、アニッシュが語り出してから、表情に影を落としている人物が一人いる。その人物とはルークであった。彼はアニッシュの言葉で大切な記憶を呼び覚まし、その瞳に深い悲しみを浮べていた。

 ただ一人、悲しみに暮れるルークの様子に、気付いた者は誰もいなかった。その様子に気付ける精神の余裕は、今の彼らには無かったのである。

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