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第三十七話 グラーフ同盟軍 Ⅷ

 夜になり、戦いを終えた王国軍と三国の軍は、戦後処理をようやく終えた。兵達は休息を取り、やっと食事に有り付けたのである。

 櫂斗達もまた、他の兵士達同様に食事を始めていた。食事用の底が深い木製の容器を渡され、その中に肉と野菜が入ったスープをよそいで貰い、パンも手渡された。今日の夕食はこのパンと、胡椒が効いた肉と野菜の温かいスープである。

 激しい戦いで腹を空かせたルークは、パンに齧り付き、木製のスプーンでスープと具をすくい、次々と口に運んでいく。彼らの中では、一番旨そうに食事を取っていた。

 一方、櫂斗や悠紀、それに真夜は、初陣で経験した初めての戦場と、そこで死んだ大勢の人間の事を思い出し、あまり食事の手が進んでいなかった。しかし、力を使って戦ったために、どうしても腹は減る。食欲は湧かなくとも空腹感は襲ってくるため、三人は腹を満たすために食事を続けていた。

 そんな中、全く食事の手が進んでいないのは華夜だった。彼女はパンとスープの入った器を手に持ったまま、地面に座って俯いている。


(今日も、本は真っ白なままだった⋯⋯⋯⋯⋯)


 今日の戦いで、華夜は真夜と共に戦場に立った。だが華夜の秘宝の力たる魔導書は、今日も中身は空白のままであり、力を発揮する事はなかったのである。戦闘不能な彼女の分まで戦い、味方を助けたのは真夜一人の力だった。

 大切な妹の華夜を守りたい。その気持ちが強い真夜自身は、元々彼女を戦わせるつもりはなかった。華夜が力を使えようが使えまいが、自分の力だけで何とかして見せるつもりなのだ。故に真夜は、彼女が力を使えない事を責めはせず、怒る事もない。

 真夜はそうでも華夜自身は、自分の姉が自分を必死に守る姿に、罪悪感を覚えずにはいられなかった。出来る事なら力を解放し、魔導書の力を使って姉を守りたいという気持ちもある。しかし、彼女の心を支配する恐怖がそれを許さない。

 恐いのならば戦わなくていい。戦いは姉達に任せてしまえばいい。

 まるで悪魔の囁きのような言葉達が、華夜の心を支配し続けているのだ。そのせいで彼女は、自分が何もできず、ただ守られる立場で在り続ける現状をよしとしていた。いけない事だと思っても、恐怖を振り払う勇気が、今の彼女には全くなかった。


(私が戦えなくても、お姉ちゃん達が戦ってくれる⋯⋯⋯⋯⋯)


 戦えない自分の代わりはいる。たとえこのまま自分が戦えなくとも、真夜達がいれば戦わずに済む。華夜自身のそんな思いが、彼女を安心させると同時に苦しめる。自分は卑怯者であると理解しながら、彼女は現状から逃げ続けていた。


「⋯⋯⋯⋯⋯ごめん。私、先に休むね」


 華夜が一人、罪悪感に苦しんでいた中、顔色を真っ青にした悠紀が、パンとスープの器を地面に置き、口元に手を当ててこの場から立ち去ろうとする。明らかに様子がおかしいため、心配した櫂斗が声をかけようとしたが、彼はそれを躊躇って彼女をそのまま行かせた。

 皆が悠紀を心配する中、彼女に何があったのかを知るため、ルークは櫂斗に向けて口を開く。


「あいつ、何かあったのか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯今日、俺を庇って初めて人を殺したんだ」

「そうか。じゃあ仕方ないな」


 そう言って、ルークは黙々と食事を再開した。彼の反応は淡々としていて、慣れているようでもあった。初めて人を殺した者の反応を、これまで何度も見てきたのだろう。故に彼は、それ以上何も問う事はなく、明日の力を付けるために食事を続ける。冷たいようだが、戦場ではまず自分を優先しなければならないと、その事を彼はよく理解しているためだ。

 

(やっぱり嫌⋯⋯⋯⋯⋯!こんなとこ、もう一秒だって居たくない!)


 自分達の常識が何もかも通用しない異世界。権力者の思惑によって無理やり戦わされ、人殺しを許され、自分よりも幼い子供までもが戦う、常識外れで残酷で狂った世界。華夜の瞳には、この世界がそう映っている。

 一刻も早くこの世界から逃げ出したい。しかしそのためには、戦うしか方法がないのである。戦って勝利し、そして生き残る事が出来れば、元の世界へ帰還できる希望を得られるのだ。この世界から逃げ出すためには、やはり戦い続けるしかない。

 それを頭では理解していても、心は戦いを拒絶する。矛盾する感情が、より一層華夜の心を苦しめる。何もできない、何もしたくない、でも逃げていたい。勝手過ぎる自分が嫌いなのに、変わろうとする勇気は持たない。


(どうしてこんな目に遭うの⋯⋯⋯⋯⋯。生きるのがこんなに辛いなら、いっそ消えてなくなりたい)


 この世界でも、元の世界でも生きていけない、自分の弱さに苦しみ続ける華夜。現実から逃げ、自分の殻に籠り、誰かに助けて貰わねば生きてはいけない。

 自分は、姉の真夜の愛に甘え、彼女に寄生し続ける醜い寄生虫。誰からも忌嫌われる、汚く気持ちの悪い寄生虫。それが自分なんだと知りながら、いつも変わろうとはせず、独り怯えて膝を抱え、姉の背中に隠れる事しかできない。

 寄生虫とは似合いの例えだと、華夜は独り、自分の考えに納得した。

 そして、蛆虫のような醜い寄生虫を独り想像し、それが自分の正体なのだと思った彼女は、抑えていた様々な感情が一気に込み上げて、盛大に嘔吐してしまうのだった。










 今日の戦いは、より大きな戦いの始まりに過ぎない。グラーフ同盟軍とボーゼアス義勇軍の戦争は、まだ序章を迎えただけなのである。

 初戦は同盟軍の勝利に終わり、戦場に立った者達の様々な思いと共に、グラーフ同盟軍の戦争は幕を開けた。

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