第三十七話 グラーフ同盟軍 Ⅴ
勝てる戦のはずが、戦闘開始から数時間も経たずに、王国軍は窮地に立たされた。
左右から現れた敵の軍勢は、ボーゼアス義勇軍第六軍の残りの戦力である。村の防衛に当たっていると思われた、残りの約二千の戦力が、軍を半分に分けて王国軍左右に展開し、挟撃を開始したのである。
初めから、王国軍は敵の策に嵌まっていた。防御陣地は挟撃のための囮であり、本隊の戦力を釣り出すための餌だったのである。半数の戦力が正面の敵に誘引され、敵の奇襲攻撃に大混乱に陥っている今、本隊の戦力は半減している。第六軍にとって、これは間違いなく好機であった。
第六軍の作戦は、予定通り事が運んでいる。策に嵌まった王国軍は、現れた敵の迎撃に手一杯となってしまった。さらに、昨晩の夜襲と現在の戦況の効果によって、王国軍全体は大きく士気を低下させている。昨晩の夜襲の記憶が、彼らに与えた恐怖を呼び覚ましているのだ。この好機という時に、王国軍兵士の戦意を大きくを削いでしまうため、第六軍は夜襲攻撃を行なったのである。
作戦は見事成功し、左右の敵軍団の迎撃に展開した王国軍部隊は、戦意を失って敵に恐怖していた。兵力差で勝っていても、混乱して士気も欠く部隊などに、死ぬ気で向かってくる軍団が止められるとは思えない。迎撃部隊が易々と突破されるのは、誰にでも予想できた。
そこでアリオンは、敵軍団の迎撃と味方の士気の回復のために、グラーフ同盟軍の切り札を投入すると決めた。同盟軍の切り札とは、伝説の秘宝に選ばれし、異世界から召喚された四人の勇者である。
「それじゃあ、俺は独断専行した連中を助けに行ってくる。こっちは任せたぜ」
大剣の勇者ルークは、櫂斗達四人を残して、先に最前線へと向かって行った。彼はアリオンからの要請を受け、前衛部隊の救助に向かう事になったのである。
そして、残された四人の役目は、王国軍本隊の左右に出現し、挟撃を開始した敵軍の迎撃である。既に戦闘は始まっており、敵の猛攻に対して、迎撃部隊は劣勢を強いられていた。この戦況を変えるのが、与えられた要請である。
「ルークの奴、一人で行っちまったな⋯⋯⋯」
「私達と違って戦い慣れてるんだから、きっと大丈夫よ」
「早水さんの言う通りよ。私達も、自分達の仕事をしましょうか」
「⋯⋯⋯」
残された四人は、迎撃のために二手に分かれる事となった。左の敵には櫂斗と悠紀が向かい、右の敵には真夜と華夜が対応する。初陣に緊張しながらも、四人は二組に分かれて行動を開始した。
真夜達と分かれた櫂斗と悠紀は、急いで左の前線へ移動し、まもなくして戦場に到着した。二人が到着した時には、迎撃部隊は大きな被害を被っており、多数の負傷者が後方へと運ばれていた。敵の猛攻が続くせいで、王国軍兵士達は反撃に転ずる事が出来ず、陣形も崩されつつある。
「これが、戦争⋯⋯⋯⋯」
「ぼさっとしてる場合じゃないわ!このままじゃ味方がやられる!」
「わっ、わかってるよ!俺の魔法を一発ガツンと喰らわしてやって、味方が態勢を立て直す時間を作るぞ」
「了解!じゃあ私は魔法で敵を撹乱して、その隙に味方を後退させるから」
新米勇者二人の、初めての戦争が幕を開けた。
幼馴染だけあって、二人は互いの考えを瞬時に理解し、作戦を決めた。それぞれの役目を成功させるため、櫂斗と悠紀はペンダントにはめ込まれている、伝説の秘宝の力を解放する。
「「起動!」」
二人同時に口にしたその言葉は、秘宝の力を解き放つ鍵である。ペンダントにはめ込まれた、ガラス玉のような宝石。櫂斗は金色の、悠紀は青色の秘宝を所有している。二人が発した言葉に反応し、金と青の秘宝が同時に輝きを放つ。
秘宝は光り輝きながら形を変え、光の粒子となって二人の手に集まっていく。粒子は武器となるべく形を形成し、櫂斗の右手に剣を、悠紀の左手に槍を作り出した。これが二人の秘宝の武具、選ばれし者のみが使える聖剣と聖槍である。
「「解放!」」
さらに二人は、聖剣と聖槍の力を解き放つべく、鍵となる言葉を叫んだ。すると、櫂斗の聖剣の刃が黄金の光を放って輝き、魔力の充填を開始する。悠紀の聖槍も青く光輝いて、内に秘めている魔力を解放させた。
「充填が終わるまで時間がかかる。味方は任せたぜ、悠紀」
「なるべく早く済ませてよね。先に行くわ」
青く光り輝く槍を左手に握り、悠紀は一人駆け出した。彼女が向かうのは、味方が劣勢な状況の最前線。彼女はたった一人で、敵の撹乱を行なおうとしている。
「水流戦道!」
技の名を唱えた次の瞬間、彼女の足下に大量の水が出現した。彼女の足は水の上に浮いており、現れた水は彼女を乗せ、水流による道を作りながら運んでいく。水属性魔法の力で出現した、水流の上に乗って、まるで波乗りをするかの如く、高速かつ縦横無尽に悠紀は最前線へと向かって行く。
これぞ彼女の戦道。悠紀を乗せた水流は、敵軍の真上まで彼女を連れて行った。
「いくわ!水力攻撃!」
水流に乗ったまま彼女は、水属性魔法の攻撃を放つため技の名を叫ぶ。真下に見える敵に右手を差し向け、掌を開いた瞬間、彼女の右手の前に魔法陣が出現する。次の瞬間には、魔法陣から一本の太い水柱が放たれた。
強力な水圧の水柱が、真下の兵士達を薙ぎ倒していく。上空から突然攻撃を受けた敵は、訳も分からず混乱に陥った。容赦なく水柱が敵兵士達を薙ぎ倒し続け、味方に対する敵の攻撃の手が緩んだ隙を、最前線を一望できる悠紀は見逃さない。
「今よ!みんな一旦退いて!!」
上空から味方に向けて叫んだ悠紀は、彼らが後退する時間を稼ぐため、水属性魔法による攻撃を継続する。だが、彼女の攻撃による奇襲効果は既に失われていた。最初は奇襲に混乱したものの、上空にいる彼女に攻撃されていると気付いた敵兵が、対空攻撃として弓による攻撃を始めたのである。
弓兵による苛烈な矢の攻撃により、彼女は水魔法の攻撃の手を止め、水流に乗ったまま高速移動による回避行動に入った。空中を縦横無尽に飛び回り、敵による矢の攻撃を全て躱しているものの、回避に専念しているため、反撃に移る事が出来ない状態である。
これも、彼女の作戦の内であった。敵の注意を自分に惹き付け、その隙に味方を一時後退させ、態勢を立て直させるのが目的なのである。彼女は必死に魔法を操り、敵の対空攻撃を躱し続けた。注意を惹き付けた甲斐あって、作戦通り味方は順調に後退している。しかし、注意を惹き続けるのにも限界はあった。
「うっ⋯⋯⋯!もう限界⋯⋯⋯⋯⋯!」
水流戦道は強力な移動魔法だが、その分消耗が激しい。この武器の性能のせいなのか、それとも彼女自身が未熟だからなのか、魔法の持続時間が短いのである。魔法を発動し続ける限界に達したため、悠紀は急いで敵軍上空から離れ、味方の陣地の方へと後退していく。
厄介な敵を追い払えたと、敵は突撃を再開しようとする。そして、水圧に薙ぎ倒された敵兵士達は、一人も死んではいなかった。強力な水圧で骨を折るなどの怪我をした者もいたが、大半は地面から立ち上がり、戦闘を継続しようとしている。
彼らの士気は旺盛だった。奇襲に戦意を削がれる事なく、驚異的な士気を維持し、雄叫びを上げて軍団を盛り上げる。益々士気を上げ、更なる苛烈な攻撃を始めようとする、そんな彼らの前に、もう一人の勇者が姿を現わした。
「今度は俺が相手だ!お前達の好きなようにはさせない!」
後退する味方を救うため、魔力の充填を終えた櫂斗もまた、最前線へとやって来た。
真打登場と言わんばかりに、堂々とした様子で光を身に纏った剣を構え、必殺の一撃を放つ。
「これで終わりだ!金色聖剣波!!」
一撃で最強の魔物種を消滅させた、櫂斗の必殺技が放たれた。力強く振り下ろされた剣から、身に纏っていた光が放出される。眩し過ぎる黄金の光が、大波の如く敵を呑み込もうとして、剣から放たれて敵軍に向かって行った。
これは、彼の聖剣が持つ光属性魔法の力。光属性魔法は、魔を滅する聖なる力であり、六属性の魔法の中でも、闇属性魔法に並んで希少な属性魔法である。その力を櫂斗は解き放ち、人間相手に全力で放って見せた。
黄金の光は真正面から敵軍に直撃し、目の前にいた大勢の敵兵を、吹き飛ばし、薙ぎ倒していく。火や雷と言った魔法と違い、光魔法は人に痛みを与える程の力はあっても、直接的な殺傷能力はほとんどない。魔物を消滅させる事は出来ても、人間を簡単に殺す事は出来ないのである。
人を殺さないと約束している櫂斗にとっては、人は殺さないが衝撃は与える、この光魔法の性質は寧ろ好都合であった。彼の狙いは、どういう原理か分からないこの必殺の一撃で、向かってくる敵軍を吹き飛ばし、相手の突撃を停止させる事である。その狙い通り、光魔法の一撃によって多くの敵兵が倒された。
「無茶苦茶強いチートな力で勝つ!くう~、これだよこれ!!」
一度に大勢の敵を薙ぎ倒し、一撃で戦況を変える力を持つ、櫂斗必殺の光属性魔法。これこそ彼が憧れ続けていた、チートと呼べる強力な力であった。憧れの力を存分に振るえた事で、彼は一人、戦場で感激してしまっていた。まだ戦いは、終わってなどいないというのに⋯⋯⋯⋯。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!ボーゼアス教に栄光あれええええええええええええっ!!」
「!?」
それは、光魔法に倒されながらも立ち上がり、剣を握って駆ける敵兵の咆哮だった。
一人の咆哮に応える様に、倒されて気を失っていた兵や、攻撃で負傷した兵が立ち上がり、武器を握って雄叫びを上げる。立ち上がった敵の兵達は、皆口々にボーゼアス教を叫び、力尽くで止められた突撃を再開した。
彼らは、櫂斗の攻撃によって陣形を破壊され、大きな痛手を被ったはずだった。櫂斗の一撃に戦意を失っても、何もおかしくはない。それなのに彼らは、益々戦意を盛り上げ、恐怖も痛みも忘れて走り続ける。突撃を再開する彼らの目に映るのは、聖剣を握って勝利に浮かれている櫂斗の姿だった。
「まだ突っ込んでくるのかよ!よっしゃ、もういっちょお見舞いしてやる!」
人を殺す事はない。しかし、雪崩れ込もうとする軍勢を真正面から止められる、絶大な力を持っている。自分の聖剣が持つ力の大きさを、櫂斗は改めて知った。だからこそ、こんな奴らの相手は余裕だと、負けるはずがないと、そう思えてしまう。
充填が必要な大技を放ったため、次の攻撃には少し時間が掛かる。早速彼は剣を構え、魔力の再充填を始めた。今度も、正面から向かってくる敵兵に、強力な一撃を叩き込もうとしているのだ。
「邪教徒共に死を与えるのだ!!死を恐れる必要はないぞ!!」
櫂斗の目には、異教徒ボーゼアス教を信奉する、元は民だった兵達の姿が映し出されていた。彼らは得物を握り締め、空気を震わすほどの雄叫びと共に、全力の速度で走り続ける。
見れば、彼らの装備は正規軍のように統一がされていない、非常に雑なものであった。彼らの多くは、鎧などの防具を身に着けてはいない。服装に至っては軍服ではなく、ぼろぼろとなった普通の衣服である。よく見れば、武装として握っているのは剣や槍だけではなく、斧やスコップ、農具までも武器として扱っている。
統一が為されていないのも当然である。彼らの多くは元々兵士ではないのだ。ジエーデルの侵攻を逃れ、ボーゼアス教を信奉する事で心の拠り所を得た、ボーゼアス教のために戦う義勇軍なのである。最初から軍隊でも兵士でもなかったのだから、戦うための装備が充実しているわけではない。装備を統一するどころか、全軍に行き渡るほどの武器や防具が、常に不足しているのだ。故に彼らは、どんな物ですら武器として活用し、自分の命を捨てて立ち向かう。
今もそうだ。彼らは満足ではない装備で、目の前の強大な力に向かって行く。その様は、まさに狂気そのものであった。
「おっ⋯⋯⋯、俺の力が恐くないのかよ⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
突撃するボーゼアス教の民兵達は、櫂斗の存在も、彼が握る聖剣も、光属性魔法の一撃も、何も恐がってなどいない。彼らの頭の中には、恐怖という感情が完全に消え去っているのだ。
彼らは、強大な憎悪に支配される信者達。心の拠り所が敵と定めた存在を、自分達の命を捧げて滅しようとする、狂気の民。目の前からやって来る、今までの人生で見た事のない圧倒的狂気に、櫂斗は恐怖を覚えてしまった。
突然、目の前から迫る狂気に恐怖を覚えた彼は、足が動かなくなり、剣を握る手が震え、荒い呼吸を繰り返していた。頭の中は真っ白になって、何も考えられなくなる。ただ彼は、迫り来る狂気の兵士達が、恐ろしくて堪らなくなっていた。
「突っ込めええええええええええっ!!邪教に与する勇者など殺してしまえ!!」
彼らは勇者を殺す気でいる。このまま何もせず、この場に止まっていれば、間違いなく櫂斗は殺される。その事実が、彼から戦意も自信も冷静さも奪い去る。駆けて迫る死という結末が、彼の恐怖を加速させていた。
今ようやく、実感する事で櫂斗は気付いた。戦場では敵の命だけでなく、自分の命すらも失われるかもしれない場所なのだと⋯⋯⋯。
「うっ、うわあああああああああああっ!!来るなああああああああああああああっ!!」
充填はまだ終わっていない。しかし彼は、今集まった魔力を解き放ち、先程と同じように光属性魔法の一撃を放った。我武者羅に振り下ろされた、聖剣の必殺技。十分な魔力を集められなったため、放たれた光は初撃より小さく、威力も半減している。
だが、迫り来る敵を蹴散らすには十分な威力であった。放たれた光は敵兵を吹き飛ばし、再び力尽くで突撃を止めてみせた。光が消滅した後には、吹き飛ばされた衝撃で気絶したせいか、倒れて動かない敵の体が地面に転がっている。
「はあ⋯⋯⋯⋯⋯はあ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はあ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
大技を連発した事で、疲労して俯く櫂斗。呼吸を荒くして、握る剣の切っ先を下ろし、力が抜けて地面に膝を付く。恐怖から解放された彼は、少し呼吸を整えて、安堵の息を吐くのだった。
「死ねえええええええええええええええええっ!!!」
「!?」
全員倒したと思っていた。しかし一人だけ、櫂斗の攻撃を受けても尚、再び立ち上がって向かってくる敵がいる。仲間の体が盾になったのか、それとも威力が半減していたお陰か、受けた衝撃が軽く済んだために、その一人は彼への接近を果たしていた。
俯いていた彼が前を見上げると、そこには自分を殺そうとする敵の姿があった。真正面に現れたその敵は、櫂斗を殺すために剣を振り上げている。疲労で動けない櫂斗に、この剣を躱す術はない。
「死ぬ」。その言葉が彼の頭を過った。消えたはずの恐怖が、溢れんばかりに一瞬で蘇る。
「櫂斗!!」
「!!」
敵の剣は、櫂斗に向けて振り下ろされるはずだった。それを止めたのは、彼を救うために現れた、悠紀の聖槍の切っ先であった。
彼女の切っ先は、敵兵の左胸を刺し貫いている。振り被っていた剣を手放し、地面に落としたその兵士は、彼女の槍に心臓を貫かれて、血を吐いて死んでいた。
悠紀は何も言わず、櫂斗が見ている目の前で、槍で貫いた兵士の胸から切っ先を引き抜いた。そうしなければ、死んだ兵士の肉が固まってしまい、槍を引き抜けなくなるからだ。槍を引き抜かれた兵士の体は、力を失って地面に倒れ、二度と動く事はなかった。
何も言わず、彼女は死体相手に冷静に対処する。怯える櫂斗の目の前で、悠紀は初めて人を殺した。教官の女性ユーリに教わった通り、一撃で相手の急所を貫き、躊躇なく殺して見せたのだ。
「悠紀⋯⋯⋯⋯、お前人を⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「馬鹿!!すぐ調子に乗るから殺されそうになるのよ!」
悠紀の言う通りだった。自分の力に酔いしれ、その場から後退せず、二撃目を放とうとしたから死にかけた。櫂斗の身を案じて駆け付けた彼女がいなければ、今頃彼は命を落としていただろう。
初めて人を殺した彼女は、驚くほど冷静だった。教わった通り、倒した兵士が死んでいるのを確認し、視野を広げて周囲を警戒している。戦いに集中している彼女の顔からは、人殺しに対する動揺は微塵も感じられなかった。
だが、幼馴染で付き合いの長い、彼だけには分かっている。堪えられない不安や悩み、緊張や恐怖を感じている時、彼女は自分の服の裾を掴む。今まで何度も見たその癖を、彼はよく知っている。
そして今、彼女の右手は、自身の服の裾を掴んで放さない⋯⋯⋯⋯。
「私達の役目は一旦終わりね。後は味方に任せましょう」
二度の櫂斗の攻撃で、敵軍の陣形は破壊され、突撃は停止した。この好機を逃すまいと、二人の活躍で態勢を立て直した味方の部隊が、反撃のために攻撃を開始したのである。崩れた敵部隊に向かって、味方の兵士達が士気を盛り上げて駆けて行く。やがて両軍は再びぶつかり合い、敵の前衛は蹴散らされていった。
櫂斗と悠紀の役目は、彼女自身が言った通り一旦終了と言えた。二人は魔法を使った事で消耗しており、再度秘宝の力を存分に発揮するには、どうしても休息が必要なのだ。
二人の作戦は成功し、味方の兵は態勢を立て直して反撃に移った。二人が前線から一時後退しても、何も問題はないだろう。そう判断した悠紀は、服の裾から右手を放し、膝を付いたままの櫂斗に右手を差し伸べた。
「ほら立って。ここにいちゃ危ないわ」
「ああ⋯⋯⋯」
命の恩人である悠紀に、櫂斗は礼の言葉すら口にできず、生返事しか返せなかった。人が死ぬ瞬間と、人が殺される瞬間は、彼自身が想像していた以上の衝撃を与えたのだ。
そして彼は気付く。自分が愚かであったばかりに、幼馴染である彼女に、人を殺させてしまったのだと⋯⋯⋯⋯⋯。
そう気付きながら、人を殺めた彼女の手を、彼は黙って取ったのである。




