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第三十六話 衝撃、ウエディング大作戦 Ⅷ

 そして、時間は流れた。

 結婚を祝う宴は大いに盛り上がり、全員がゴリオンとユンを心から祝福した。酒ばかりを楽しんでいた飲んだくれ集団もいたが、彼らもその気持ちは同じである。孤児院の子供達も、もちろん二人を祝福し、二人の結婚を喜んだ。

 宴の席では一発芸大会が行なわれ、その後はリックとアンジェリカが代表となり、二人に祝福の言葉を贈った。ゴリオンもユンも、嬉しさのあまり涙を溢れさせ、泣きながら彼らの言葉を聞いた。贈られた祝福の言葉を胸に刻み、二人はより一層永遠の愛を誓い合ったのである。

 

 宴も終わりが近付いて、一同は宴の間から移動し、城の中庭に赴いた。

 そこは、前女王ユリーシアが大切に育てていた、美しい花々が咲く庭である。彼女亡き今は、メイド部隊のラベンダーが筆頭となって、中庭の花々を愛情込めて育て続けていた。ここに一同が訪れたのは、一目この場所を見たいと、ユンが願ったからである。亡きユリーシアの残した、彼女の形見と言える花々達に、自分の結婚の報を伝えたかったからだ。

 そこでユンは、庭の花壇で花を摘んだラベンダーから、お祝いの花束を受け取った。その花束は、帝国メイド部隊からの祝福の証である。それを受け取ったユンのもとに、花束を見ようと皆が集まっていく。彼女のもとに人が集まる光景を、少し離れたところでリックとゴリオンが見守っていた。


「リック。今日は、ほんとにありがとうなんだな」

「気にするな。お前は俺の大切な仲間なんだから、このくらい当然だろ」


 リックとゴリオン。初めて二人が出会ったのは、まだ帝国軍が小さな軍隊であった頃だ。

 あの頃リックは、大きな力を欲していた。このローミリア大陸全土を武力によって統一するための、強大なる軍隊。彼の野望を実現するためには、それが必要不可欠だったのである。そんな時、偶然にも帝国へ現れたのが、ゴリオンだった。

 常人を超えた巨体と、圧倒的な怪力。何よりも、彼の心に魅せられたリックは、その場でゴリオンを気に入って、周りに有無を言わさず帝国軍に加えた。お陰でリックは、剛腕鉄壁の盾を手に入れ、かけがえのない仲間を持った。そしてゴリオンは、温もりと優しさと、家族のような大切な仲間を得たのである。

 お互いの事を、大切なかけがえのない仲間だと思っている。血など繋がっていなくとも、二人は家族のようなものだ。それだけの絆で結ばれている。この先も、それは変わる事はない。

 だがリックは、変わってしまうのを覚悟していた。既にリックは、絆を引き裂く裏切りを行なっていたのである。


「ユンのお願いも、オラのお願いも⋯⋯⋯、叶えてくれて本当にうれしかっただよ」

「叶えたのは俺じゃない。お礼なら、俺の無茶を聞いてくれたヴィヴィアンヌに言ってやってくれ」


 リックが視線を向けた先には、ユン達やリック達から離れ、中庭の長椅子に腰を下ろすヴィヴィアンヌの姿があった。皆の元へ集まる事なく、ただ一人、離れたところでユン達を見つめている。

 

「まだまだ、ああいう輪には入り辛いか⋯⋯⋯」

「大丈夫なんだな。帝国のみんなは優しいから、きっと仲良くなれるだよ」


 一人でいるヴィヴィアンヌを見つめていると、彼女の傍に一人の少女がやって来て、長椅子に腰を下ろした。傍に現れたのは、レイナであった。ヴィヴィアンヌの傍に寄り添い、何やら話しかけている。会話の内容は、二人の位置からでは聞き取れなかった。


「お前の言う通り、大丈夫そうだな」

「レイナはヴィヴィアンヌの友達になったんだな。だからみんなとも、友達になれるだよ」

「ゴリオンのお墨付きなら安心だな。これでヴィヴィアンヌも立派な仲間だ」


 そう言って微笑むリックには、憂いの陰が隠れていた。他の者達にその陰を悟らせまいと笑っていても、彼と長い付き合いであるゴリオンにはわかる。その憂いの陰の正体も、わかっているのだ。


「リック、自分のしたいことをすればいいだよ」

「ゴリオン⋯⋯⋯?」

「躊躇うことはないんだな。なにがあってもオラは、リックに付いていくんだな」


 唐突なゴリオンの力強い言葉に驚き、彼が何を言いたいのか、まだリックは理解できていない。ヴィヴィアンヌから視線を外し、ゴリオンを見上げたリックは、驚いた表情のまま、彼の微笑む顔を見た。


「だからオラのこと、気にせず利用すればいいんだな」

「ゴリオン、お前⋯⋯⋯!最初から知ってて⋯⋯⋯!?」


 ゴリオンの言葉の意味を理解し、リックの顔が瞬時に嘆きと恐怖に歪む。

 知られたくはなかった。もし知られてしまえば、彼は自分のもとから去ってしまう。かけがえのない大切な仲間を失うのを恐れ、伝えられなかった本当の目的。

 彼にだけは知られてはならないと、心の中に隠していた秘密。しかしそれは、いつかは知られていただろう。知られる事を恐れていても、リックはこの時を、初めから覚悟していた。怖ろしさに顔を歪め、悲しみと後悔の念に襲われながらも、自分を見つめた瞳から目を逸らさず、決して逃げはしない。


「こんな俺を、許してくれるのか⋯⋯⋯」

「別に怒ってないだよ。オラ、愚図でのろまで頭も悪くて、みんなみたいに役には立てないんだな。だから、どんなかたちでもリックの役に立てるなら、オラは嬉しいんだな」

「ゴリオン⋯⋯⋯」

「そんな顔しなくていいんだな。オラ、リックにはいつも笑っていて欲しいだよ」


 嫌われてもいい。幻滅されてもいい。それだけの事をしたと思っていた彼を、ゴリオンの優しさと微笑みが救おうとする。


「笑っているリックのことが、みんな大好きなんだな。悲しそうなリックの顔を見るのは、もう嫌なんだな」

「⋯⋯⋯」


 リックは笑えなかった。心に刻まれた大罪が彼の邪魔をする。

 どうしても、歪んでしまった顔が笑顔に変わらない。ゴリオンから目を逸らし、その場で俯いたリックは、拳を強く握りしめ、溢れ出しそうになる様々な感情を堪えた。


「⋯⋯⋯無理、しなくてもいいだよ」

「ごめんな、ゴリオン⋯⋯⋯⋯」


 二人はそれ以上、この場で言葉を交わす事はなかった。










「同志のお陰で作戦は成功した。感謝する」

「私は大したことはしていない。結婚式が上手くいったのは、ヴィヴィアンヌの指揮のお陰だ」


 ユン達から離れ、中庭の長椅子に座って話し始めた、ヴィヴィアンヌとレイナ。

 調理場の手助けを終え、事態を収拾したヴィヴィアンヌは、イヴとアマリリスと共に調理場を離れ、皆が集まったこの場所に合流したのである。そしてレイナは、自分から孤独に身を置こうとする彼女を見つけ、こうして傍に駆け寄ったのだ。


「ところで同志ミカヅキ。何故そんなにぼろぼろなのだ?」

「聞かないでくれ⋯⋯⋯。自分の忍耐の未熟さを痛感しているところなんだ⋯⋯⋯」


 ヴィヴィアンヌの隣に座るレイナは、服も髪も大分乱れており、結婚式が始まった頃とは明らかに姿が違う。まるで誰かと、取っ組み合いの喧嘩でもしたかのようであった。

 本人が説明を拒んだため、それ以上彼女は問いたださなかった。どうせ、後から自分の部下に何があったのか聞けば、態々理由を聞く必要がなくなると思ったからだ。


「それにしても⋯⋯⋯、閣下は大胆な命令を私に下したものだ」

「結婚式の準備のことか?」

「閣下が何故、私に式の準備を任せたのか。その理由がようやくわかった」


 ヴィヴィアンヌならば、必ず結婚式の準備を間に合わせられる。そう言ってリックは、丸投げするかの如く彼女に全てを託した。だがそれには、彼女の事を想う故の、理由が存在したのである。

 

 全てはヴィヴィアンヌのためであった。

 彼女は元は帝国の敵であり、この国に来てまだ日が浅い。リック達の仲間になったとは言え、彼女の事を理解していない、もしくは彼女を未だ敵と考える人間は、軍内部に大勢いる。レイナが彼女の味方をしているとは言え、このままではヴィヴィアンヌは、帝国軍内で孤立してしまうだろう。

 この問題を解決するため、リックはあの時の状況を利用しようと考えた。完璧超人のヴィヴィアンヌならば、必ずや準備を間に合わせる事ができる。絶対に間に合わないと思われていた式の準備を、ヴィヴィアンヌが指揮を執って間に合わせる事ができたなら、軍内部での彼女の評価は大きく変わる。誰もが彼女の高い能力を認め、リックへの忠誠心も認めるだろう。


「閣下の狙い通り、帝国の者達の私に対する認識は変わった。部下達も、皆に受け入れられ始めている」


 全く休む事なく、与えられた任務を全うしようとする彼女の姿は、帝国の者達の心を変えた。初めは多くの者達が、彼女の命令になど従えないと思っていた。だがレイナの働きと、奮闘するヴィヴィアンヌの姿が、皆の心に響いたのである。

 彼らはヴィヴィアンヌを、少しずつだが信用するようになり、的確な指示を出す彼女に従った。煙たがられていたヴィヴィアンヌの部下達も、慣れぬ作業を文句一つ口にせず頑張る姿が認められ、今では帝国軍の兵士達と打ち解け、共に酒を酌み交わしている。

 

 今回の大騒動は、まさに一夜限りの大作戦であった。後に「ゴリオン結婚前夜」と呼ばれる事になる、この衝撃的な事件は、作戦名「ウエディング大作戦」を指揮した少女によって、無事解決したのである。

 少女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。これは彼女が、ヴァスティナ帝国の仲間と皆に認められる、大切な最初の一歩となった。


「⋯⋯⋯少し、疲れてしまった。慣れない作業をしたせいだ」

「後のことは心配いらない。少し休め」

「そうさせて貰う⋯⋯⋯。こんなに疲れたのは、久しぶりだ⋯⋯⋯⋯⋯」


 静かな時間が訪れる。沈黙したヴィヴィアンヌの体がゆっくりと、レイナの傍へと倒れていく。レイナの肩に頭を預け、彼女に寄りかかるヴィヴィアンヌ。すると彼女は、肩に頭を預けたまま小さな寝息を立て始めた。

 休みなく働き、一睡もしていなかった。もう何も心配いらないとわかり、緊張の糸が切れてしまったのだ。レイナに寄りかかったまま、静かに彼女は眠ってしまった。そのまま彼女を眠らせてあげようと、レイナはその場を動かず、彼女に肩を貸したまま、そっと髪を撫でてやる。


「おやすみなさい、ヴィヴィアンヌ⋯⋯⋯」


 彼女が皆に信頼されるまで、傍で支え続けたい。

 この時レイナは改めてそう思い、ヴィヴィアンヌを守ろうと誓った。










「じゃあそろそろ、みんながお待ちかねのあれをやろう」

「リリカ様、こうやって上に投げればいいのですか?」

「よっしゃきたで!あれはうちが取るんや!!」

「させないよシャランドラちゃん!あれは僕のものなんだからね!!」

「花束は私が貰うわ!!ラフレシア、絶対邪魔しないで!」

「ちょっ、どうしたのよリン!?なんでそんな本気なの!?」

「はわわわわ⋯⋯⋯!私のところにきたらどうしよう⋯⋯⋯⋯!!」

「みんな必死で可愛すぎ。ああん、お姉さんちょっと濡れちゃった♡」

「⋯⋯⋯やっぱり一回死ねばいいのに」

「あれを取れば、次は私が参謀長と⋯⋯⋯⋯」

「皆さん、凄い形相ですわね⋯⋯⋯」


 今日の結婚式の最後を飾るのは、花束を持ったユンのブーケトスである。

 己の恋を叶えるために、一部の女性陣は必至の形相であった。投げられる花束を絶対にキャッチする気満々で、全力で身構えている。 

 果たして、花束をキャッチするのは誰なのか?次に結婚できるのは誰なのか?

 全ては、花束を投げるユンの加減次第。男達が呆れる中、中庭には異様な緊張が奔る。


「では皆さん、いきますよ!それっ!!」


 ユンの手から離れた花束が宙を舞い、女達と男子一名が花束を見上げた。投げられた花束は重力に逆らわず、高く宙を舞った後は、女性陣の集まる方へと落ちていく。

 花束を掴み、次に結婚するのは誰になったのか?

 それはまた、別の機会に語られる事になるだろう。


 こうして、ヴァスティナ帝国を大いに驚かせた「ゴリオン結婚前夜」は、結婚式の大成功と共に幕を下ろしたのである。

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