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第三十六話 衝撃、ウエディング大作戦 Ⅵ

 作戦は熾烈を極めた。各戦場が火を噴き、深夜になっても怒号や作業の音は絶えない。街は寝静まっているにもかかわらず、城は昼間のような騒がしさであった。明日のために、作戦に参加している全員が不眠不休で働き、準備は何とか順調に進行している。

 しかし、突貫作業で進めているために、どうしても問題が発生してしまう。作業者同士の揉め事や、作業に必要な物資の不足など、何かしらの事件は常に起こっている。その現場に急行し、即座に事態を収拾して回っているのは、作戦指揮官であるヴィヴィアンヌ自身であった。

 各部隊に随時命令を送り、指揮を行ないながら、自身も最前線で作業を進めている。彼女旗下の部下達も、全力で式の準備に当たっていた。少しも休む事なく、常に働き続ける彼女達の姿を見て、負けるものかと気持ちを奮い立たせ、他の者達も手を抜く事なく作業を進める。皆の先頭に立って働くヴィヴィアンヌは、皆を奮い立たせる御旗となっていった。

 

「少し休んだ方がいい。作業が始まってから無理をし過ぎだ」

「心配はいらない。この程度のことで根を挙げる程、柔な体ではない」


 肩に力が入っているのは、誰が見ても明らかである。疲労しているのも間違いない。式場となる謁見の間で、皆に作業指示を続けているヴィヴィアンヌに向け、心配するレイナの言葉がかけられる。だがやはり、彼女の答えは予想通りであった。

 

「私より、同志の方こそ休め。私のために、各所に働きかけているのは知っている」

「⋯⋯⋯勝手をしてすまない」

「謝る事はない。同志のお陰でやり易くなった」


 始まった直後、作戦に参加する全員のもとへレイナは足を運び、ヴィヴィアンヌの命令を聞くように頼んでまわっていた。帝国の軍神である彼女の頼みとあれば、断れる者などいるはずもない。ヴィヴィアンヌの指示が、兵士達の抵抗なく実行されているのは、レイナの影から支えた働きのお陰であった。

 

「同志も知っての通り、私はこの国の者達に快く思われていない」

「⋯⋯⋯」

「私は帝国の敵だった。参謀長閣下を捕らえ、殺しかけたのも私だ。皆が口に出さなくとも、憎まれているのはわかる」


 帝国の人々からすれば、ヴィヴィアンヌはこの国の敵だった存在であり、先の戦争を引き起こした張本人である。帝国の英雄リクトビアを捕らえ、尋問し、殺しかけた存在でもある。それは、帝国の誰もが知っている事実だ。

 リックが彼女を自分の配下に置くと決めた時、当然多くの者達が反対した。その反対を押し切って、彼はヴィヴィアンヌを新たな仲間に加え、今に至る。故にイヴのように、まだ彼女を仲間だと思っていない人間は、帝国に大勢いるのである。

 それを理解しているからこそ、レイナは皆に頼んだのだ。そうしなければ、彼女に反発する者が大勢出るとわかっていたからである。ヴィヴィアンヌの指揮で、ここまで順調に作戦が進行しているのは、彼女自身の指揮能力の高さがあるものの、レイナのお陰であるのは間違いなかった。

 心の底から感謝を述べ、自分の立場を憂うヴィヴィアンヌ。そんな彼女を放ってはおけず、レイナは彼女の傍に寄り添った。


「大丈夫。いつかは必ず、みんなあなたを認めてくれる」

「同志⋯⋯⋯」

「帝国には、かつて敵だった者も大勢いる。その者達と同じように、必ずあなたも受け入れられる」

「しかし私は、この国の人間にとって許されざる大罪を犯した」

「関係ない。だって私は、あなたの事を殺したいほど憎んでいたのに、今は互いを理解し合う同志だ。皆ともきっと分かり合える」

「!」


 力強いレイナの励ましが、憂いていたヴィヴィアンヌの心を揺り動かす。レイナの言葉に力を貰い、気持ちを切り替えた彼女が口元に、少しだけ微笑みが浮かんだ。

 

「例え、皆に受け入れられなかったとしても、同志は私を信じてくれる。それだけでも十分だ」

「ヴィヴィアンヌ⋯⋯⋯」

「同志ミカヅキ、私は誓おう。私もまた同志である貴官を信じ、支え続けると」


 その瞬間、ヴィヴィアンヌはレイナの手を取って、彼女の右手を自分の胸元に優しく当てた。またも互いの距離を一気に縮め、レイナへと顔を近付けるヴィヴィアンヌ。曇りなき瞳を持った彼女の左眼が、レイナをその瞳に映し出して離さない。

 過去の負傷で右眼を失い、眼帯で隠してはいるものの、ヴィヴィアンヌはレイナが息を呑むほどの美少女である。整った顔立ちと綺麗な黒髪に加え、身体つきも申し分ない。可愛いというより美しい、芸術品のような少女である。

 かっこいい美人タイプとでも言い表すべきだろう。彼女の美貌は、男を惚れさせるだけでなく、女も惚れさせる。そんなタイプが間近に迫ってくれば、レイナではなく別の女性であったとして、心臓の鼓動は早くなってしまうだろう。

 またも突然の急接近に、恥ずかしさと緊張で頬を朱に染め、体を硬直させてしまっているレイナ。鼓動が早くなり、怯えも見せる彼女の反応が良かったのか、ヴィヴィアンヌは意地悪な笑みを浮かべて口を開く。


「やはり同志は、とても愛らしいな⋯⋯⋯」

「!?」


 まるで美しい花でも愛でる様に、愛おしそうな言葉をかけ、沸騰しそうなほど恥ずかしがるレイナの、その反応を楽しむヴィヴィアンヌ。すると彼女は、懐から一枚のカードを取り出した。そのカードはトランプのようで、表面には文字が書かれている。

 それは、より一層彼女の反応を楽しむための、必殺の小道具であった。


「実はあの眼鏡を問い質し、私もあの裏組織の会員になった。今日から私も同志のファンというわけだ」

「!?!?!?」

「ふふ、いい顔だ。そうやって敏感に反応されると、会員になって良かったと思えるな」

「恥ずかしくて死にたい⋯⋯⋯⋯」


 その後、ヴィヴィアンヌに脅され会員カードを渡した張本人であるシャランドラが、レイナの怒りの炎で灰にされそうになった事など、最早語らなくともわかる話であった。










 深夜になっても、彼女達の作業は続いた。途中疲労と眠気に勝てず、一人、また一人と脱落していきながらも、彼女達は戦い続けた。全てはそう、大切な仲間の結婚式のために⋯⋯⋯。

 そして、結婚式当日の夜明けはやってきた。


(どうにか間に合ったか⋯⋯⋯)


 ヴァスティナ城は静寂に包まれていた。夜中の喧騒が嘘のように静まり返った城内。その通路を、ただ一人、ヴィヴィアンヌが歩いていく。

 通路の周りには、疲れ果ててしまった兵士やメイド達が、壁にもたれかかったり、床に倒れたりして眠っている。作業場となっていたいくつかの室内も、通路と同じような状態だった。

 城内で起きているのは、ヴィヴィアンヌだけである。彼女は一睡もせず作戦を指揮し、今は各作業場を見回り、作業が終わっているかを確認して回っていた。今のところ、彼女が確認した場所は、無事全ての作業が終了している。


(慣れぬ事をやったせいか、私の部下達まで眠ってしまった)


 これまで彼女の部下達は、諜報や暗殺、拉致や拷問などの任務しか与えられなかった。二人の男女の結婚を祝うための式の準備など、経験した事もない。初めて彼らは、人を傷付けるためではなく、人を祝福するための任務を遂行したのである。それは、ヴィヴィアンヌもまた同じであった。

 慣れない任務のせいか、普段なら徹夜など平気な彼女の部下達も、疲れ果てて眠ってしまっている。しかし、彼らの寝顔はどこか晴れやかで、指揮官の彼女が初めて見るくらい、気持ちの良さそうな顔をしていた。


(よく眠っている⋯⋯⋯)


 兵士やメイド達、それに自分の部下達も起こさぬよう、彼女は一人、確認作業を続ける。

 調理場に行くと、ウエディングケーキの用意はできており、出す料理の仕込み作業も終わっていた。ケーキ担当のアマリリスも、料理担当のイヴとシャランドラも、体力を使い果たして眠っている。三人は壁に背中を預け、仲良く寄り添って眠っていた。イヴが真ん中で、右にシャランドラ、左にはアマリリス。三人は小さな寝息を立て、ヴィヴィアンヌに気付く事なく眠り続けていた。

 そんな三人に、彼女はそっと毛布をかけて、その場を静かに立ち去ったのである。


 次に彼女が訪れたのは、ウエディングドレスを作るために急遽用意された、作業用の部屋であった。そこには完成したドレスが置かれていた。部屋の窓から差し込む夜明けの光が、まるで花嫁を祝福するかのように、純白のドレスを輝かせる。そのあまりの美しさに、ヴィヴィアンヌは一人、暫く目を奪われた。

 ドレスを間に合わせた二人もまた、疲れ果てて眠っている。リンドウは作業台で力尽きた様に眠り、リリカは椅子に腰かけたまま、頬杖をついて眠っていた。二人が風邪を引かぬよう、先程の三人と同じように毛布をかけ、二人を起こさないように、彼女は静かに部屋を出ていった。

 

 その他にも見回りながら、ヴィヴィアンヌは眠っている作業者達に毛布を掛けたり、誰かが力尽きてしまったせいで作業途中であったものを、代わりに終わらしてしまったりと、作戦に参加した全員に優しく在った。これは彼女の、感謝の気持ちの表れである。皆をまだ起こさないのも、感謝の気持ちと優しさ故であった。式が始まるぎりぎりまで、皆を休ませたいのである。


(あとは、ここか⋯⋯⋯)


 ゴリオンとユンが結婚を行なう式場。それは、ヴァスティナ城の謁見の間である。

 飾りつけなどは終わっており、二人が愛の誓いを行なう場所も、用意は全て整っている。式の準備が終わっている謁見の間には、兵士やメイド達の他に、ここで準備を手伝っていた、レイナとアングハルトの姿があった。二人に加えて、クリスやライガ、エミリオとミュセイラに、リンドウとラフレシアの姿もある。最終的に人はここに集結し、夜明け前までに作業を終わらせたのだ。そして今は、全員疲れて眠りについている。

 作戦通り、全ての準備は完了した。後は、式の開始に合わせて、各自が与えられている役割通り動くだけである。準備完了を見届け、張り詰めていた緊張の糸を緩めるヴィヴィアンヌの眼に、驚くべき人物の姿が映る。


「閣下⋯⋯⋯!」


 叫んでしまいそうになるのをどうにか堪え、彼女は壁に背中を預けて眠る男へと、ゆっくりと近付いた。そこにいたのはリックであった。彼女が気付かない内に、彼も準備を手伝っていたのだ。

 ヴィヴィアンヌからすれば、軍の最高司令官が皆と同じように徹夜して、たった一人の兵士のために式の準備をしていた事実が、信じられない程の衝撃だったのである。思わず叫んでしまいそうになったのは、それが理由だった。


「⋯⋯⋯」

「よく、眠っていらっしゃる⋯⋯⋯」


 まだ無理が許されないその体で、リックは一晩中皆を手伝った。今は皆と同様に疲れ果て、深い眠りについている。彼女が言葉にした通りよく眠っており、起きる気配はまったくない。起こして寝室に移動させるわけにもいかず、彼にも毛布を掛けようとした時、彼の体が少しだけ動いた。


「ごめん⋯⋯⋯ゴリオン⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯」


 起きる事はなかった。彼は一言だけ寝言を口にして、また眠る。

 彼が口にした言葉の意味を、既に彼女は理解している。疲れた彼が口にしてしまった言葉は、ゴリオンへの罪悪感の念。彼は一人、その罪悪感に苦悩し続けている。


「だから⋯⋯⋯、貴方は優し過ぎる⋯⋯⋯」


 彼女は一人、彼の苦しみを理解できる。

 その苦悩は、彼が人々の上に立ち、人々に道を指し示す者であるが故。一人、重き責務を背負う立場であるが故。割り切ってしまえばいい。仕方のない事だと、思い悩まなければいい。そうすれば楽なのに、彼にはそれができない。だから一人、自分で抱え込んで苦悩する。


「今までも、貴方はそうやって苦しんできたのですね⋯⋯⋯」


 風邪を引かぬよう、優しくリックに毛布をかけ、暫く彼の寝顔を見つめ続けた後、ヴィヴィアンヌはこの場を静かに立ち去った。

 その心に、新たな決意と誓いを立てて⋯⋯⋯。

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