第三十六話 衝撃、ウエディング大作戦 Ⅰ
第三十六話 衝撃、ウエディング大作戦
ローミリア大陸中央部で勃発した、新興宗教の大反乱。それによって慌しく動き始めた、大陸北方の国々。 大陸中央部を戦場と変える、大きな戦争の波は、大陸南方の国々にも影響を与え始めていた。グラーフ教会が各国へと発した、異教徒討伐の要請。その要請は大国だけでなく、多くの小国も動かそうとしていた。大陸中央部と北方の小国群は、その多くがグラーフ教を信奉しているため、様々な形で軍事的支援を開始している。そんな中で大陸南方の小国も、グラーフ教を信奉している国があり、同様の支援を始めようとしていた。
南ローミリアと呼ばれている、大陸の南方地域。豊かな自然に恵まれ、食料資源が豊富な地域であり、中央や北方に比べれば、争いの少ない平和な土地である。平和であったお陰か、人々が救いを求める事が少なく、宗教が根付く事はなかった。そのため、ローミリア大陸南方では、グラーフ教が信奉されている国が、非常に少ないのである。グラーフ教を信奉しているのは、南方の国家ではへスカル国とチャルコ国だけであった。
へスカル国は異教徒討伐に参戦する各国へ、微力ながら軍事的支援を行なう事を表明した。チャルコ国は、自国の騎士団を大陸中央へ派遣する事を決定したのである。
その他の南ローミリアの国々は、グラーフ教信奉国ではないため、大陸中央の異教徒反乱を静観するだけであった。グラーフ教を信奉していないため、要請に応える必要がないからだ。
大陸中央と北方が、異教徒の反乱鎮圧のために慌ただしく動く中、南ローミリアには穏やかな時間が流れていった。戦争続きであった、南ローミリア盟主ヴァスティナ帝国もまた、争いを忘れて平和な時間を過ごしていたのである。
しかし、そんな帝国で今日、国中を揺るがす大事件が起きようとは、この時はまだ誰も知らなかった。
ここは、南ローミリア最大の国力を持つ国家、ヴァスティナ帝国。豊かな土地に恵まれた、この平和な国では、善政を敷く帝国女王のお陰で、今日も人々が幸福な毎日を送っている。
帝国女王が治めるこの国を守っているのは、これまで強国の軍隊に勝利してきた、精強なる自国の軍隊。その名は、ヴァスティナ帝国軍である。
平和な時間が流れる中、帝国軍は次なる戦いに備え、英気を養いながら、着実に軍備を整えていった。そして今も、帝国軍の戦士達は己を鍛え、来るべき戦いの日に備え続けている。
今日も、ヴァスティナ帝国軍の訓練場では、戦場で多大な活躍を約束する猛者達が、それぞれの技を磨いていた。訓練場内にある帝国軍射撃訓練場でも、それは同じであった。射撃訓練場から鳴り響く、複数のライフルの射撃音。数人の兵士達が、設置されている木製の的目掛けて、ライフルで射撃訓練を行なっている。
的の中心を撃ち抜こうと、射撃訓練に集中している兵士達がいる。そんな中、発砲した弾丸を全て的に命中させ、中心を撃ち抜く凄腕の狙撃手がいた。
「さっすがイヴっちや。うちの改造をもうものにしたみたいやな」
「うん♪この子、今までよりずっといい感じだよ!」
「そやろ!色んな部品を高品質のやつに変えただけやなく、イヴっちに合わせた特別な調整もしてあって、しかもイヴっち専用に調合した特注の弾薬を使ってるんや!!」
「流石シャランドラちゃん!ナイス改造♪」
「はーはっはっはっ!天才のうちをもっと崇め奉ってええんやで!!」
訓練場には、帝国軍最強の狙撃手と、帝国軍の兵器開発を支える天才発明家の姿がある。
ショートにした桃色の髪と、星形の髪飾りが特徴的な、どう見ても女の子にしか見えない男の娘、帝国軍一の狙撃手イヴ・ベルトーチカ。もう一人は、イヴと同い歳くらいで眼鏡をかけた、独特の喋り方が特徴的である、帝国軍一の発明家シャランドラである。
先日イヴは、自分の愛銃である狙撃銃の性能向上を考え、この銃を作った本人であるシャランドラに、銃の改造を頼んでいた。その改造が終わったため、シャランドラはイヴに銃を返し、今こうして試し撃ちを行なっているのだ
「それよりさ、どうしてあいつがここにいるの⋯⋯⋯?」
「あー⋯⋯⋯、やっぱ気になってまうわな⋯⋯⋯」
喜んでいたイヴが、ある方向へと視線を向けた瞬間、一気に不機嫌になる。シャランドラも、彼が向いた方向へと視線を向けた。
二人の視線の先には、一人の男と、一人の少女の姿があった。二人は共に、いくつかの種類の銃を手に取りながら、時々試し撃ちをしては、男が少女に何かの説明を行なっていた。
「⋯⋯⋯とまあ、銃の扱い方はこんな感じだ」
「分解整備工程にはそれなりの知識が必要ですが、扱うだけなら女子供でも簡単のようですね。閣下のお考え通り、銃器こそが今後の戦争の在り方を変えるでしょう」
「それにしても、やっぱお前凄いな。少し説明しただけで何でも上手く使えるようになっちゃうし」
「これが扱えなければ、閣下の御傍に仕える資格がありません。それに、閣下の説明が分かりやすかったので、すぐに扱い方を理解できました」
「そっ、そうか?お前にそんな風に言われると、なんかちょっと照れるな⋯⋯⋯」
「私は事実を言っているだけです」
二人の様子が気に入らないイヴは、その様子を舌打ちして睨み付けていた。イヴの睨み付けた視線の先には、黒髪の少女の姿がある。彼女がここにいて、一緒にいる男と会話しているのが、とても気に入らないのだ。
「どうしよう、ここで撃ち殺しちゃおうかな⋯⋯⋯」
(あかん!このままやと血の雨が降ってまう!)
怒りと殺意剥き出しで、今にも彼女を殺しにかかりそうなイヴ。それを阻止するため、シャランドラは意を決し、二人に話しかける事にした。先ほどから不機嫌オーラマックス状態のイヴの事を、二人に気付かせるためだ。
「ちょ、調子はどうやお二人さん?銃でわからんことがあったら、なんでもうちに聞いてくれてええで」
「おっ、シャランドラ。ちょうどいいとこ⋯⋯⋯⋯」
話しかけられた事で、二人はシャランドラの方を向く。男は彼女に向けて口を開いたが、彼女の後ろにいるイヴの存在に気付き、すぐに口を閉じてシャランドラと眼で会話を始めた。
(おいおいおいおい!!イヴがブチ切れててマジ恐いんだけど!)
(しゃあないやろ!!イヴっちは殺したいくらいそいつ嫌いなんやで!)
(そうは言ったって、こいつはもう俺達の仲間なんだぞ!そろそろ受け入れてくれてもいいだろ!?)
(うちとかはともかく、イヴっちには無理な話や!この状況どないしてくれるんや!?)
(頼むシャランドラ!何とかしてくれ!!)
(無茶言うなや!!うちに死ねって言うんか!?)
(参謀長命令だ!お前に任せる!!)
(なにが参謀長命令や!!そんなもん糞くらえや!!)
今のイヴを宥めるには、死ぬ覚悟が必要である。彼とシャランドラは、その事をよく理解しているのだ。故に二人は、イヴを宥める役目を押し付け合っていた。
「貴様、言いたい事があるなら聞いてやる。こっちに来い」
「偉そうにしないでよ、死にたいの?」
「「!!」」
二人が手を打つ前に、イヴと彼女が火花を散らし始めてしまった。こうなるともう、無理やりにでもなんとかしなくては、血みどろの殺し合いに発展しかねない。
殺し合い発展を全力で阻止するべく、二人は大慌てで話題を作ろうとした。
「そっ、そうや!さっき何か言いかけんかった!?」
「あっ、ああそうだった!武器庫で珍しいもの見つけたから、シャランドラに見て貰おうと思ったんだよ!」
「あれ、その木箱⋯⋯⋯。うちが無くしたと思っとったやつや!」
「ほんとか!?じゃあこれ、やっぱりお前が作ったやつなのか?」
「じっちゃんがまだ生きとった頃に一緒に作ったんよ!うわ~、懐かしい⋯⋯⋯」
少女に銃の扱い方を教えるために、彼は武器庫からいくつかの銃を持ってきていた。武器庫で銃を探していた時、偶然珍しい銃が入った木箱を見つけ、シャランドラに尋ねるためにここへ持ってきていた彼は、話題作りのためにも、その木箱を彼女の前に差し出して見せた。
両手で持てる大きさの木箱。シャランドラが蓋を開けると、そこには二丁の拳銃が収められていた。銀色に輝く二つのリボルバー。美しく仕上げられたその二丁は、まるで芸術品のようである。あまりの美しさに、手に取るのを一瞬躊躇ってしまう程だ。
「わあ!とっても綺麗だね♪♪」
「ほう⋯⋯⋯」
一触即発状態だった事も忘れ、イヴも彼女も、その銃に視線が釘付けとなる。二人共喧嘩を忘れ、木箱の拳銃に興味津々であった。
「これもヴィヴィアンヌに使わせてみたくてさ。試し撃ちしてもいいか?」
「ええよ!リック、使い方知っとったっけ?」
「シングルアクションだろ?前に別の使ったことあるから大丈夫だ」
男は木箱から拳銃を一丁手に取って、少女に手渡した。
男の名は、リクトビア・フローレンス。親しい者達からはリックと呼ばれている。こんな感じだが、ヴァスティナ帝国軍の参謀長であり、帝国軍の最高司令官である。
そして少女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。短めに整えられた黒髪と、黒の軍服に軍帽、右眼を黒い眼帯で隠す姿が特徴的な、帝国軍の新たな兵士である。
リックはヴィヴィアンヌに、今後の帝国軍の主力装備となる、銃火器の使用方法を教えるために、この場所へやって来た。武器庫から一通りの銃器を持ち出し、簡単に使い方を教えて、彼女に試射をさせて見せたのだ。
結果、ヴィヴィアンヌは全ての銃器を簡単に扱って見せ、初めて扱うにも関わらず、訓練場の的に容易く命中させた。戦闘に関しては天賦の才を持つ彼女には、当然の結果だったのである。
そんな彼女がまだ試していないのは、シングルアクション機構のリボルバーであった。リックが手渡したのは、所謂西部劇に出てくるガンマンの銃である。発砲するためには、その度に撃鉄を手動で移動させ、引き金を引く必要があるリボルバーであり、彼女が手渡されたものは、装弾数六発の四十五口径であった。
「こいつの使い方は、こうなってて⋯⋯⋯、ここをこうすると弾が入れられる。そんで、こうやって撃鉄を起こして引き金を引くと、弾が出るってわけだ」
「装弾数と連射機構で言えば圧倒的に自動拳銃が勝ります。旧型機構のこの銃が勝るところはなさそうですね」
「確かに、この銃よりも自動拳銃の方が扱い易さは上だ。でもな、こいつにしかできない芸当が色々とあってだな⋯⋯⋯。まあいいや、とりあえず試してみてくれ」
リックは木箱に残ったもう一丁の銃を手に取り、ヴィヴィアンヌに向けて実際に使って見せながら、簡単に扱い方を説明して見せた。簡単な説明であったが、彼女はそれだけですぐに扱い方を覚え、木箱に入っていた弾薬を銃に装填し、片手で構えて見せる。
黒軍服を身に纏うヴィヴィアンヌの右手に握られた、銀色に輝く拳銃。初めて握る拳銃にも関わらず、彼女からは不安や緊張は感じられない。まるで、使い慣れた得物扱っているかのように、彼女は落ち着いていた。
説明を受けた通り、右手で銃のグリップを握りながら、親指で撃鉄を起こす。発射態勢が整った彼女は、その眼で完全に的の中心を捉えていた。的との距離は約四十メートル。初めて扱う拳銃で狙うには、あまりに遠すぎる距離である。だが彼女は、初弾から命中させる気でいた。
リック達が見守る中、ヴィヴィアンヌはゆっくりと引き金を引く。
「おお!!」
「やりおった!!」
引き金を引いた瞬間、発砲音と共に弾丸が放たれた。弾丸は真っ直ぐ的に向かって行き、彼女の狙い通り、正確に的の中心を撃ち抜く。
たった一発。試し撃ちの最初の一発で、彼女は的に命中させるだけでなく、狙い通りの位置を撃ち抜く事を成功させた。まぐれ当たりなどではない。これは、彼女の才能と実力の結果であった。
この成功がどれだけ難しいかは、リック達もよく理解している。これと同じ芸当ができるのは、帝国軍内でもイヴだけだ。ヴィヴィアンヌが披露してみせた芸当は、天賦の才としか言いようがない、恐るべき才能であった。
「凄すぎるぞヴィヴィアンヌ!俺、めっちゃ感動した!!」
「信じられんわ!これ使ったの初めてやろ!?」
「当たったのは私の力だけではない。おい眼鏡、これは貴様が作ったと言っていたな?」
「誰が眼鏡じゃ!?喧嘩売っとんのか⋯⋯⋯、と言いたいところやけど、確かにその銃はうちが作ったんや。正確には、うちとじっちゃんの最高傑作やけど」
「そうか。貴様達は良い仕事をした」
「!?」
構えを解いたヴィヴィアンヌが、大切そうに銃を扱い、右手でグリップを握ったまま、銃身に左手を添える。彼女の左眼は、銀色の輝きを放つその拳銃に釘付けであった。美しい宝石でも見ているかのように、その拳銃に魅了されていたのである。
「一目見た時から、これが至高の逸品であるのはすぐにわかった。手に取ってよく見てみると、部品一つ一つが入念に吟味されているのがわかる。設計から最後まで、非常に計算された作りだ」
「せやろ!なんせそいつは、この世界に二丁しかない最高傑作なんや!!」
「組み立てや仕上がりもいい。ここまで丁寧な仕事ができる者は、大陸中探しても極僅かだろう。これほどの逸品ならば、狙い通りの位置に寸分違わず弾丸が飛んでいくのも当然だ」
「そっ、そんな褒めんでよ⋯⋯⋯。的に当たったのはあんたの実力や」
「いや、この銃でなければ初弾で命中させる事は不可能だった。天才発明家と言うだけはある、見事な仕事だ」
これは彼女が帝国に来て、初めての事だろう。あのヴィヴィアンヌが、他人を褒めちぎっているのである。寡黙で表情鉄仮面の、絵に描いたような軍人である彼女が、帝国にやって来て初めて他人を褒めた瞬間だった。
まさか彼女に褒められると思わず、頬を朱に染めて照れているシャランドラ。自分が最高傑作と考えているこの拳銃と、製作者である自分をここまで褒められては、照れてしまうのも無理はない。
ちなみにヴィヴィアンヌは、彼女の機嫌を取ろうとして褒めたわけではなかった。煽てるつもりはなく、ただ事実を口にし、シャランドラを称賛しただけである。
「ヴィヴィアンヌ、その銃が気に入ったのか?」
「正直言いますと、非常に気に入りました。自動拳銃の方が機構で優れているとわかっていても、これを使いたい衝動に駆られます」
「まあ、連射性は技術で補えるし、口径が俺のと一緒だから威力も問題ない。命中精度も抜群だし、無理に他のを使う必要もないさ」
「閣下⋯⋯⋯?」
「そんなに気に入ったなら、その銃はお前にやるよ。いいよなシャランドラ?あげちゃっても」
「前のイヴっちの時も同じ事あったやんか!?毎度毎度、勝手に決められたらほんと困るんやで!!」
「じゃあ、前と同じく参謀長命令って事で。これなら文句ないだろ」
「ほんとひっどい男やな!!ああもう、こうなりゃ自棄や!二丁とも持ってけ泥棒!」
二本のナイフを得物とするヴィヴィアンヌが手に入れた、新たなる武器。それは、銀色の輝きを放つ、二丁のシングルアクション機構リボルバーであった。
毎度のリックの職権乱用で、やはり折れてしまったシャランドラ。こうして彼女の最高傑作は、二丁ともヴィヴィアンヌに手渡されたのである。
「ねぇ、二人共。そいつに甘すぎない?」
「「!!」」
やはりと言うべきか、これに一番怒ったのはイヴであった。
リックはヴィヴィアンヌを非常に気に入っており、最近は傍に必ず彼女を置いている。彼女がリックの傍を離れないからという理由もあるが、お気に入りなのは事実であった。帝国に来てまだ日が浅い彼女のために、よく世話を焼いているのもリックである。
イヴはリックを心の底から愛している。しかし彼は、ヴィヴィアンヌの事を今も憎んでいる。あの戦いからずっと、彼女の事を憎み続けているイヴにとって、今の状況はとても不愉快なのだ。何故なら彼女は、イヴにとって最も愛しい存在に、地獄の苦しみを味合わせた張本人なのだから⋯⋯⋯。
「どうして?ねぇ、どうして?リック君、最近そいつ甘やかしすぎだよね?」
「そっ、そんな事ないぞ!これはほら、いつも頑張ってるヴィヴィアンヌにプレゼントを、と思って⋯⋯⋯」
「そんな奴に、シャランドラちゃんの思い出の銃を渡しちゃ駄目だよ。今僕がすっごく怒ってるの、ちゃんとわかってるよね?」
「はっ、はいいいいいいいいいっ!!」
真に怒らせると超怖い、帝国軍一の人物。それは、イヴ・ベルトーチカである。
身が竦むほどの殺気を放ちながら、静かに怒り、鋭い言葉を放つ。イヴがこの状態となってしまった時は、どんな人物も大人しくなってしまう。そして、許して貰えるように全力で謝罪するのだ。
「おい、五十三号。貴様、参謀長閣下に殺気を向けるとはどういうつもりだ」
「なに?これは僕とリック君の問題なんだから、横から口出ししないでよ」
またまた勃発してしまった、ヴィヴィアンヌとイヴの喧嘩。これ以上火が点けば、間違いなく殺し合いに発展する。イヴが彼女に憎しみを持ち続ける限り、この戦いに終わりはないだろう。
「五十三号、どうやら貴様には躾が必要のようだ」
「その呼び方やめてくれる?って言っても、お前に名前で呼ばれたくはないけどね」
「生意気な口を利く雌犬め。また首を絞められたいのか?」
「やってみなよ。できるもんならさ」
「丁度いい。人間相手にこの銃を試すいい機会だ。そこまで死にたければ、その願いを叶えてやろう」
「ちょっとばかし射撃を褒められたくらいで、いい気にならないでよ。お前が僕に射撃で敵うわけないじゃん」
状況は最悪であった。二人の戦争は、とてもではないが回避できそうにない。
リックとシャランドラは、もう諦めていた。ただただ空を見上げ、現実から逃避しながら、心の中で祈っていた。「神様、何でもいいのでこの地獄から救って下さい⋯⋯⋯」と。
すると、神への祈りが届いたのか、奇跡はやって来た。
「シャランドラ。この荷物、どこに持ってけばいいんだな?」
「「ゴリオン!!」」
帝国一の巨漢にして、帝国軍最強の盾。剛腕鉄壁の異名を持つ、彼の名はゴリオン。これまで、幾度となく帝国軍の盾となり、兵士達を守り、兵士達に希望を与え続けた、帝国軍の守護神と呼べる英雄である。
そんな、帝国の英雄の一人である彼は今、シャランドラの頼みを受けて、荷物運びをさせられていた。彼が運ばされていたのは、歩兵携帯式の無反動砲である。それが大きな木箱に詰められるだけ入っており、彼以外ここまで運んでくる事ができなかったのだ。
軽々と片腕だけで木箱を運び、ゴリオンは丁寧にその木箱を地面に置いた。シャランドラはその木箱に近付き、蓋を開けて中身を確認する。
「ありがとうな。ほんとは武器庫に運んで貰うつもりやったけど、ついでにこいつも試し撃ちしようや」
「おっ、それいいな。俺もヴィヴィアンヌも、まだこいつ使った事ないんだよ」
「なら早速使ってみよか。お二人さん、むしゃくしゃしとるんならこいつで一発発散したらどうや?」
ゴリオンが運んできた武器に活路を見出し、リックとシャランドラの二人は、絶賛喧嘩中のイヴとヴィヴィアンヌに、無反動砲の試射を提案する。
無反動砲とは、所謂バズーカ砲の事だ。訓練場の的を撃ち抜くどころか、木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう。大きな破壊力を持つバズーカ砲の試射ともなれば、気分爽快間違いなしだ。
「噂のバズーカってやつ?それでこいつを吹っ飛ばせたら気分爽快なんだけど」
「まあまあ、落ち着いてやイヴっち。今回は的相手にしといてくれや」
「穴に肉棒を加え込むしか取り柄のない雌犬風情が。死ぬ覚悟はできたか?」
「ヴィヴィアンヌも落ち着けって。いちいち挑発に乗らなくていいから」
シャランドラがイヴを、リックがヴィヴィアンヌを一旦落ち着かせ、四人は木箱から無反動砲とロケット弾を取り出し、射撃準備を始める。シャランドラの説明のもと、無反動砲にロケット弾を装填し、まずはリックが試射を行なう事になった。
鉄製の長い筒を右肩に担ぎ、グリップを右手で握り、照準器で狙いを定める。リックが狙っている的は、六十メートル以上の距離にあった。
「とりあえず、狙うのはあの的だな⋯⋯⋯。危ないから、誰も俺の後ろに立つなよ」
無反動砲は発砲時、後部に空いている穴から燃焼ガスを噴き出す機構となっている。つまり、発射時の爆風を、砲の後方に放出しているのだ。これにより、発砲時の反動を軽減する事ができるため、歩兵一人でも扱う事が可能なのである。
故に発砲時、誰かが砲の後ろにいた場合、その爆風が直撃してしまうのだ。後ろに誰も立っていない事を確認し、六十メートル以上先の的をリックが狙う。砲の引き金に指をかけようとした瞬間、彼の傍に近付いたゴリオンが声をかける。
「リック⋯⋯⋯。オラ、リックに話したいことがあるだよ」
「なんだよゴリオン、改まって」
ゴリオンの言葉を待ちながら、リックはゆっくりと引き金に指をかける。銃器は色々扱ってきたが、バズーカなど初めて扱うため、流石に少し緊張してはいるものの、引き金にかけた指が震える事はない。
「今日、リックに会って話すつもりだったんだな。だから、今ここで話すだよ」
「試し撃ちしながらでもいいなら聞くぞ。なんか悩みでもあるのか?」
ロケット弾は装填済み。後方の確認もした。安全装置は解除してある。発射態勢は万全であり、あとは引き金を引くだけだ。
強力な兵器であるため、シャランドラも、喧嘩を一時忘れてイヴとヴィヴィアンヌも、少し緊張した様子で見守っていた。
「オラ、結婚するんだな」
「おっ、そいつはおめでたい話だな。じゃあ今度お祝いしないと」
引き金を引く指。次の瞬間、無反動砲の後部から爆風が噴出し、同時に前部から弾頭が発射された。
弾丸を使う銃器とは違う、発砲時の爆発音。爆音と共に発射された弾頭が、ほぼ真っ直ぐ狙った的へと向かっていき、直撃した。的に弾頭が当たった瞬間、大爆発と共に爆風が巻き起こる。全てにおいて派手な無反動砲の試射は、見事成功した。
「よっしゃ!!見ろよゴリオン、的が木っ端微塵だ!」
「凄いんだなリック。これがあれば、帝国は無敵なんだな」
バズーカは的を吹き飛ばし、リックの言う通り木っ端微塵にしてしまった。当然だが、修復は不可能である。
何もかもを粉砕する、圧倒的な破壊力。普段抱えている鬱憤を全て吹き飛ばす、圧倒的な爽快感。お陰でリックは、試射の結果に超御満悦である。
「はっ、はあああああああああああああああああああああああああああああああああああん!?!?!?」
「なっ、なんやてええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?!?!?」
「えっ、いやちょっと待って、うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?!?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
そう、今はバズーカの試し撃ちも、その結果も、リックが堪能した爽快感も、全てどうでもいいのである。今、最も重要なのは、リックが発射する直前にゴリオンが口にした、衝撃的な発言であった。
ゴリオンの事をまだよく知らないヴィヴィアンヌ以外は、全員驚きのあまり叫び声を上げてしまう。その言葉が彼の口から出ること自体が、叫んでしまうくらい衝撃的過ぎる発言だったからだ。
「けっ、結婚!?ゴリオンお前マジで今結婚って言った!?」
「ゴリオン君!いつの間に女なんか作っちゃってたの!?」
「うちらの中じゃ一番女に興味なさそうなゴリオンが結婚やて!?こりゃ絶対夢や!イヴっち、ちょっとうちの頬抓って欲しいんやけど!」
「わかった任せて!!せいやっ!!」
「ごふっ!!抓ろって言うたのになんでグーパンチやねん!?」
リックも、イヴも、シャランドラも、全員混乱していた。混乱を極め過ぎて、行動や発言が滅茶苦茶になってしまう。
「まさか、あのゴリオンが!?」という、そんな言葉しか浮かんでこない。シャランドラが言ったように、異性に一番興味を持っていなさそうな、あのゴリオンが結婚すると言えば、驚きの後の祝福の言葉が出て来なくなってしまう。
リック達だけでなく、周りで射撃訓練をしていた兵士達も、全員驚愕してしまい訓練どころではない。ゴリオンからしたら非常に失礼な話なのだが、皆彼の結婚が信じられず、夢か幻聴かと思ってしまっていた。
冗談や嘘でもない。ゴリオンは冗談を言うのが苦手で、嘘もつかない正直な男だ。つまり、彼が結婚すると言えば、必ず結婚するのだ。
「ゴリオンお前、ほんとに結婚するのか⋯⋯⋯?ご祝儀っていくら用意すればいいんだろ⋯⋯⋯?」
「ご祝儀の前に結婚式でしょ!式はどこでやるの!?」
「二人とも待つんや!まずは花嫁さんの確認やろ!!」
とにかく気になる事は沢山あるが、結婚というのはおめでたい話である。混乱さえ収まれば、皆ゴリオンを祝福し、盛大に結婚式を祝う事だろう。
ただし、この結婚には一つだけ大きな問題があった。その問題を解決するために、ゴリオンはリックに助けを求めようとしていたのである。
「オラ、結婚式を挙げたいだよ。どうしても、明日式を挙げたいんだな」
これが、後にヴァスティナ帝国史に残る事になる大騒動、「ゴリオン結婚前夜」の幕開けである。