表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
247/499

第三十五話 参戦計画 Ⅲ

 暫くして、グラーフ教会から大陸各国に向けて、ボーゼアス教討伐要請が出された。

 グラーフ教を信奉している国々は、様々な形で異教徒の討伐に協力し、ホーリスローネ王国を討伐軍の筆頭として行動を開始した。

 そして、極北の大国ゼロリアス帝国もまた、グラーフ教会の要請に応えるべく、軍事行動のための準備を進めていた。


「討伐軍の準備はどうなっている?」

「御命令のままに進めております。準備は予定通りの日時までには完了すると、報告を受けたばかりです」

「そうか。我が娘ながら、姫とは思えん行動力だな」


 ゼロリアス城、皇帝の執務室。

 そこには二人の男の姿と、その二人に付き従う、二人の文官の姿があった。

 

「父上、あれは姫などではありません。女の皮を被った怪物です」

「怪物か⋯⋯⋯。あれもまた、ゼロリアスの血を引く女だな」


 ゼロリアス帝国の絶対支配者たる、ゼロリアス皇帝。ここは、皇帝が政務を行なう執務室である。

 極北の寒さに凍えぬよう、部屋には暖炉が置かれている。暖炉の炎のお陰で温かなこの部屋で、ゼロリアス皇帝は自分の息子とチェスをしていた。

 テーブルの上に置かれたチェス盤と駒。向かい合って椅子に座る、皇帝とその息子。息子の名は、ゼロリアス帝国第一皇子ザイリン・レム・セリス・ゼロリアス。二人はチェスをしながら、グラーフ教会からのボーゼアス教討伐要請について話していた。


「計画通り、異教徒の討伐は我が妹に一任しました。討伐軍の戦力として、約五千の兵力を用意しているそうです」

「去年は総兵力四千ほどだったか。たった一年で、着実に戦力を増強させているようだな」

「第四皇女派の戦力は、今では八千まで膨れ上がっています。おまけに、兵の質は高く、忠誠心も厚い」

「大した実力だ。あれが娘ではなく息子であったなら、あれか貴様、どちらに跡を継がせるか迷うところだ」


 ゼロリアス帝国第四皇女。王族の中でも、彼女の存在はこの二人にとって、最も危険な存在である。そんな彼女に、二人は異教徒討伐の命令を与えた。

 帝国もまた王国同様に、戦力を温存しておきたい時期である。対ジエーデル戦が想定される中、彼の国を助けるような異教徒討伐などに、貴重な戦力を割きたくはない。そこで考えられたのが、第四皇女の持つ独自の軍事力だけを使っての、異教徒討伐であった。

 自分達にとって最も危険である存在の、その貴重な戦力を使わさせ、帝国の主戦力は温存する。それが現状取れる、最善の選択肢だった。


「帝国、王国、ジエーデル国。三国が戦力を結集して討伐に当たれば、異教徒共に兵力で勝らなくとも勝利は容易い。父上も、そうお考えの様で」

「十万の大軍に膨れ上がったとしても、烏合の衆である事に変わりはない。もっとも、全て討伐するには時間が掛かるだろう」

「もし戦局が泥沼化したとしても、苦しむのは我が国以外。各国が疲弊していく様を見物しながら、ジエーデルへの侵攻計画など考えるのも面白い」


 異教徒であるボーゼアス教は、その勢力を拡大し続けている。総兵力が十万に膨れ上がるのも、それほど時間はかからない。各国から討伐軍が出撃し、戦力が結集する頃には、大陸中央を舞台とした、大兵力同士の戦闘が行なわれるだろう。

 ローミリア大陸の歴史に残る、大きな決戦が始まろうとしている。その決戦がどのような結果を招こうと、疲弊していくのは王国やジエーデルである。そうなれば、帝国はその強大な国力と軍事力を持って、自国の利益のために行動し易くなるだろう。

 

「しかし、異教徒の首魁がオズワルド・ベレスフォードというのは本当なのか?」

「間違いないようです。グラーフ教会に始末されたと聞いていましたが、まさか生きていたとは⋯⋯⋯」

「あの男、よもや本気でグラーフ教会を滅ぼすつもりなのか」

「そのつもりだからこそ、ジエーデルだけでなく教会にも宣戦布告したのでしょう。少なくとも私とタチアナは、あの男が本気だと考えています」


 タチアナというのは、ザイリンの傍に付き従う、彼が最も信頼している文官の名であった。

 第一皇子の秘書的立場である、文官の女性。彼女の名は、タチアナ・ツェデルバウム。多忙な第一皇子を傍で支える、眼鏡をかけた優秀な文官である。

 不意に自分の名を呼ばれたタチアナは、主であるザイリンの言葉に答えるべく、動じない様子で口を開いた。


「ボーゼアス教の軍団は、既に各地で、自分達に従わないグラーフ教の信者を虐殺しており、教会への敵意は明らかです。恐らく、真の目的はグラーフ教会の殲滅ではないかと考えます」

「父上。あの異教徒共は打倒ジエーデルを掲げて兵を集め、グラーフ教と戦おうとしているのです。ならば我が帝国は、その野望を阻止しなくてはなりません」


 ボーゼアス教の目的は、ジエーデル国ではなくグラーフ教会である。それを見抜いているザイリンとタチアナの言葉に、チェスをしながら会話を続けていた、駒を進めようとした皇帝の手が止まる。

 この事変、ただの宗教反乱ではない。反乱を鎮圧しても、燃え上がった戦争の炎は、消える事なく大陸中で燃え続け、すぐにまた新たな戦争を呼ぶ。そう思えてならなかった皇帝は、自らが支配するこの国の危機を察知していた。

 

(何かが始まろうとしている。大陸中を大きく揺るがす、何かが⋯⋯⋯)


 国の危機を感じ、不安を覚えながら、ゼロリアス皇帝たるこの男、ガイロス・レ・セル・ゼロリアスは、チェス盤の駒を進めた。

 

(此度の戦い、何者かが仕組んだに違いない⋯⋯⋯)


 これは、偶然起きた宗教反乱などではない。そうなるよう仕掛けを行なった、第三者がいるはずなのである。帝国も、王国も、ジエーデルも、何者かに仕組まれた舞台の上で、踊らされている違いない。

 だが、グラーフ教会からの討伐要請となれば、大人しく従うしかなかった。教会の大司教はともかく、グラーフ教の女神に逆らえば、自分達の身を亡ぼす事になる。ならば、仕組まれた策略があろうと、治めるべき国の支配者として、前に進むしかない。


「グラーフ教の信者はこの国にも大勢いる。野蛮な異教徒共に、民を殺されるわけにはいかん」

「わかっております。我が妹には、異教徒の徹底的な殲滅を命じます」

「我がゼロリアス帝国こそ、ローミリアを統べる存在だ。我らの力、今一度大陸全土に見せつけよ」

「仰せのままに、皇帝陛下」


 ゼロリアス帝国の絶対支配者。「極北の獅子」の異名を持つ、皇帝ガイロス。

 彼もまた、動き始めた大陸の流れの中に、その身を投じていくのだった。






「ところで父上。駒はその位置で本当に宜しいのですね?」

「⋯⋯⋯なんだと?」

「⋯⋯⋯チェックメイト。私の勝ちです」










 ゼロリアス帝国の象徴にして、国内で最も巨大な建造物でもある、ゼロリアス城。

 城内の長く広い通路を、一人の女性が荒い足取りで歩いていた。眉間にこれでもかとしわを寄せ、前を向きながら何かを睨み付け、誰がどう見ても憤慨した様子の彼女は、怒りを露わにしながら道を急ぐ。

 途中彼女は、文官や騎士、侍従などとすれ違っていた。何が起きればそこまで憤怒できるのかと、そう思ってしまう程に激怒した様子に、誰もが彼女を恐れ、恐怖のあまり急いで通路の脇に寄って、彼女のために道を開けた。

 道を阻んだだけで、声をかけただけで、口を開いただけで、彼女に殺される。そう瞬時に感じてしまうくらい、彼女の怒りは尽きる事ない殺気を放っていた。すれ違った者達を恐怖させていきながら、彼女は目的地まで辿り着く。彼女が目指していたのは、自分の主がいるであろう、城内の大図書館の扉前だった。


「皇女殿下!!皇女殿下は何処におられますか!?」


 扉を乱暴に開き、彼女は大図書館に足を踏み入れた。

 肩までで切り揃えた銀髪と、エメラルドのような瞳。銀の鎧に身を包み、腰には大剣を差す、騎士の格好をしたその女性は、迷惑などを一切考えず、目的の人物を探すために大声を上げる。ここが図書館である事などお構いなしで、大きな足音を鳴らしながら、図書館の中を進んでいく。

 珍しく人気のない大図書館。部屋一面大きな本棚と、無数の本が並び、読書用の長机と椅子が並ぶ。そんな部屋の中にいたのは、たった一人の女性だった。


「⋯⋯⋯騒々しい」

「!!」


 その女性は、彼女が探している「皇女殿下」ではなかった。

 彼女と同じように、騎士の鎧を身に纏い、腰に剣を差した、鋭い眼付きの女性。特徴的なのは、美しく流れる青く輝いた長髪で、見たものに神秘的な印象を与える。

 青髪のその女性は、彼女の乱暴な振る舞いに対し、冷たい声で一言口にした。すると、先程までは誰かを殺してしまいそうな、圧倒的な憤怒と殺意を放っていた彼女が、その女性を恐れ、瞬時に態度を改める。その場で足を止めて直立し、姿勢を正して、気持ちを切り替えるべく咳払いまでした。


「申し訳ありません、ジル様⋯⋯⋯。自分はただ、皇女殿下をお探しているだけで⋯⋯⋯」

「ここに殿下はいない。クラリッサ、何故殿下を探している?」


 クラリッサと呼ばれた銀髪の女性は、ジルと呼んだ青髪の女性に萎縮してしまっていた。クラリッサにとって彼女は、絶対に逆らってはならない、絶対に怒らせてはならない、畏敬の念を抱く存在なのである。

 

「⋯⋯⋯ジル様は、今回の討伐命令に反対ではないのですか」

「⋯⋯⋯」

「この命令は間違いなく、殿下の軍を削り取るための策略です!その証拠に!!我が国からの討伐戦力は、第四皇女殿下旗下だけときている!」


 一度は抑え込んだ怒りだが、言葉にした瞬間それはまた爆発してしまう。

 クラリッサの憤怒の原因は、異教徒ボーゼアス教討伐命令である。彼女はこの命令の意図を理解し、怒りを覚えずにはいられなかったのだ。

 堪え切れない怒りと共に、クラリッサは自らの主である帝国第四皇女に、討伐命令の拒否を提案しに来たのである。それは、第四皇女に対する絶対的忠誠心による、守るべき主ための行動だった。


「皇女殿下だけを異教徒討伐にまわし、自分達は安全な後方で高みの見物など許されるわけがない!どいつもこいつも、殿下を苦悩させる癌ばかりです!!」

「⋯⋯⋯クラリッサ」

「この前のジエーデルとの戦いもそうだ!奴らは殿下だけを戦わせたくせに、十分過ぎる程の戦果を挙げても、労いの言葉すら口にしなかった!⋯⋯⋯ガッ〇ム!!」

「⋯⋯クラリッサ」

「皇帝も、あの憎き第一皇子も一体何を考えているんだ!討伐など奴らだけでやればいい!皇帝に媚び諂うだけの薄汚いファッ〇ン皇子が!!討伐など貴様がやれ!!」

「⋯クラリッサ」

「皇帝も皇帝だ!あんな無能なサマ師、この国には必要ない!今に見てろ!殿下が帝国の支配者となった日が、貴様達の――――――――」

「クラリッサ、口を閉じろ」

「!!」


 とてもではないが、皇帝や皇子、いや城の人間全員に聞かれてはならない、最悪の暴言の数々。帝国の支配者すら恐れない、スラング放題のクラリッサだったが、ジルの言葉で我に返る。

 視線で人が殺せそうな、鋭い眼光。圧倒的な威圧感。クラリッサの目の前にいるジルは、怒気を放って彼女を制止させた。彼女を怒らせたと理解したクラリッサは、血の気が引いていき、背中に大量の冷や汗をかきながら、謝罪のために急いで頭を下げる。


「もっ、申し訳ありません!!つい口が滑りました!!」

「口が滑るでは済まない事がある。殿下の御立場を危険に晒すつもりか」

「いっ、いえ!決してそのような⋯⋯⋯!!」

「なら、態度を改め、口を閉じる事だ」


 正直クラリッサは、ジルによって腕の一本や二本斬り落とされると、そう考えていた。怒りに我を忘れていたとは言え、流石に危険な発言過ぎたからだ。

 しかしジルは、彼女を叱責しただけで終わり、それ以上罰などは与えなかった。威圧感と怒気を放つのを止め、自分の傍にあった長机に視線を移す。

 机の上には、二十冊ほどの本が置かれたままの状態であった。その内の一冊は、ページが開かれたままだ。まるで、先程まで誰かがここで読書をしていたような、そんな光景である。


「殿下は出かけられたようだ」

「そんな!またお一人で街へ!?」


 読書好きで知られる帝国第四皇女。そんな彼女は、よく供も連れずに、御忍びで街へと出かけてしまう。大図書館での読書の息抜きに、街へと出かけて行ってしまった後なのだろう。

 毎度の事ではあるのだが、第四皇女に絶対忠誠を誓っているクラリッサは、いつもの事とわかっていても、発狂するほど慌ててしまう。たった一人で出かけてしまった彼女の身が、冷静さを欠くほど心配で堪らないのだ。


「すぐに殿下を探しに向かいます!殿下の身の安全は、自分にお任せください!」

「その必要はない。殿下は私が探す」

「じっ、ジル様自ら!?」

「クラリッサ。お前は討伐軍の準備を進めておけ」

「しかし⋯⋯⋯!」

「反論は許さない。お前には、帝国風将としての責務があるのを忘れるな」

「⋯⋯⋯!!」


 クラリッサ・グルーエンバーグ。ゼロリアス帝国第四皇女の兵を率いる、二大将軍の一人にして、風将の二つ名を持つ、若き女将軍。

 戦場では無双を誇り、圧倒的な力で敵を蹴散らす。かつて彼女は、三千の兵を率い、その強さを存分に発揮して、一万のジエーデル軍を惨敗させた事もある。英雄と呼べるだけの実力を持った女将軍。それが、風将クラリッサ・グルーエンバーグだ。

 

 故にジルは、帝国第四皇女の将軍であり、兵を率いる義務がある彼女に、責務を果たせと命令する。第四皇女に絶対の忠誠を誓った者として、為すべき事に全力を尽くせと言いたいのだ。

 ジルの言葉を理解したクラリッサは、第四皇女を探しに行きたい思いを、歯噛みして俯き、拳を握りしめて堪えていた。そんな彼女の傍を、ジルは通り過ぎて行こうとする。


「殿下は私に任せろ。殿下を守っているのは、お前だけではない」

「⋯⋯⋯!」

「どんな存在が殿下の命を狙おうと、それを滅するのが私達の為すべき忠誠だ」


 風将としてクラリッサが為すべきは、敵を滅するための軍を用意し、忠誠を誓った主を無事に生還させる事だ。それだけに今は集中しろと、そう彼女が教えてくれている。


「ジル様⋯⋯⋯」


 第四皇女を探しに行くため、大図書館を去っていくジルの背中を見つめ、クラリッサは彼女の名を呟いた。それは、今も尚憧れ続け、敬愛し続けている、第四皇女の氷剣の名⋯⋯⋯。


 彼女を「ジル」と呼んでいいのは、主たる第四皇女とクラリッサだけである。クラリッサが彼女を名前で呼べるのは、ジルが彼女を同じ将軍として信頼している証だった。

 彼女の名は、ジル・ベアリット。第四皇女の二大将軍にして、無敗無敵の女将軍。氷将の二つ名を持つ、帝国第四皇女の切り札。

 帝国の誰もが恐れる彼女こそ、現ローミリア大陸最強の戦士と呼ばれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ