第三十三話 勇者召喚 前編 Ⅲ
暫くした後、アリオンは王へと報告に行くと言い残し、四人を置いてこの部屋を出ていった。
残された櫂斗達四人は、未だ消えぬ不安や緊張を感じながら、一先ず互いの自己紹介を始めた。幼馴染である櫂斗と悠紀はともかく、あとの二人とはほとんど面識がないからである。意を決して最初に口を開いたのは、異世界転移に興奮中の櫂斗であった。
「俺は有馬櫂斗って言います。二年です」
「私は早水悠紀です。櫂斗と同じ二年で、同じクラスです」
二人はなるべく敬語を使い、目の前にいる二人に話しかける。その理由は、二人の内の一人は、自分達の一つ上である上級生だと知っているからだ。
「九条真夜、三年生よ。この子は私の妹の華夜で、貴方達の後輩に当たるわ」
「初めまして・・・・・・」
意を決した櫂斗の行動によって、取り敢えず互いの名前と学年は判明した。
有馬櫂斗。彼は西條高校という名の学校に通う、高校二年生である。成績も運動神経も平凡な、極々普通の男子高校生で、趣味は読書、特技はない。最近は読んでいる小説の影響で、異世界やゲームの世界に行ってみたいと夢見る、少々残念な十六歳だ。
そんな彼の幼馴染であるのが、早水悠紀である。こちらは櫂斗と違い成績優秀で、習い事で槍術を学んでいるため、運動神経もいい。肩くらいまで伸ばした綺麗な髪と、整った顔立ちに加え、趣味が料理であるせいか、学校内では「お嫁さんにしたい女子ランキング」の上位に君臨している。
「三年の九条先輩は、俺も悠紀もよく知ってますよ。西條高校で先輩の事を知らない奴はいませんから」
「文武両道で美人な先輩だって、私達の学年でも有名なんです。ちなみに、櫂斗の憧れは先輩らしいですよ」
「ばっ、馬鹿!勝手にばらすな!!」
西條高校のクールビューティーであり、校内の男子が憧れる高嶺の花。それが彼女、九条真夜である。西條高校三年で、成績優秀な弓道部のエースであり、悠紀の言う通り文武両道なのである。おまけに美人であり、櫂斗をはじめとした男子のほとんどは、どうにかして彼女と付き合いたいと夢見ているが、告白のために勇気を持って突撃した戦士達は、全員玉砕している。長く美しい髪をポニーテールにしている、西條高校一の高嶺の花なのだ。
「お姉ちゃん。やっぱりこの人達、華夜達と同じ高校の人だったんだね・・・・・・」
「そうみたいね。同じ制服で、私の事を知っているもの」
そして最後の一人は、真夜の妹である西條高校一年の、九条華夜である。極度の人見知りで、人付き合いが苦手な彼女は、姉の真夜と違い有名ではない。櫂斗も悠紀も、真夜に妹がいるとは知らなかったくらいだ。臆病な性格のせいで友達はおらず、話し相手は姉である真夜だけである。そんな真夜は、妹である華夜には過保護であり、今も彼女の傍を離れず、怯える華夜にずっと寄り添っていた。
「有馬君と早水さんも、気が付いたらここへ?」
「って事は、先輩も同じなんですね。俺も悠紀も授業中だったんですけど、気が付いたら異世界転移しちゃってましたよ」
「私も櫂斗と同じです。授業を受けていたところまでは覚えているんですけど、それ以外は思い出せなくて」
「みんなも、華夜と同じ・・・・・・」
四人の共通点は、同じ学校に通っていた事と、気が付けばこの世界に飛ばされていたという事だけだ。
非現実的な信じられない状況や説明が続く中、四人が現状最も安心できる存在は、同じ高校に通っていた者同士である。簡単な自己紹介を済ませ、互いに何者であるか理解したところで、四人の会話は本題へと突入していく。
「俺達、これからどうなっちゃうんだろう・・・・・」
「わかんないわよ、そんな事・・・・・。今頃みんな心配してるかも」
「あのアリオンと名乗った男。この国を救ってくれと言っていたわね」
「お姉ちゃん、それって華夜達は戦わされるってこと・・・・・・?」
アリオンは言った。秘宝の力を解放できるのは、選ばれし勇者であるこの四人だと。
つまり、秘宝の力が争いの道具であると言うならば、四人が戦わされる事を意味する。知らない世界で、突然勇者にされて、この国の危機と戦わされると考えると、急に恐ろしくなってしまう。
だが櫂斗だけは、夢にまで見た異世界転移への興奮が冷めず、恐ろしさを覚える中で、この先の展開に胸を高鳴らせていた。
「でも俺、かなりわくわくしてきた」
「櫂斗はそうでも、私達は心躍らないから」
「何言ってんだよ!?ここは異世界で、俺達は選ばれた存在なんだ!きっとこの先、心躍る冒険の数々が待っているに決まってる!」
「例えそうでも、私は早く家に帰りたい」
「なんでだよ悠紀!?」
「理由は簡単。こういうのに興味がないから」
異世界転生を喜ぶ櫂斗と対照的に、他の三人は元の世界に帰りたいと思っていた。浪漫を求める櫂斗と違い、女性陣は現実を見ていたのである。
自分達は、アリオンに利用されようとしている。つまりそれは、自分達に利用価値がなくなるまで、元の世界に帰る事は叶わないのでは、と・・・・・・。
その後の四人を待っていたのは、ホーリスローネ王国の王との謁見であった。
四人を呼びに来たアリオンに連れられ、櫂斗達はホーリスローネ城の謁見の間に案内された。高校の体育館のように広い空間に、王が腰を下ろす玉座がある。その玉座に座っているのが、王子であるアリオンの父であり、この国の国王オーウェン・オブ・グリフィズだ。
謁見の間にはオーウェンの他に、将軍や文官に加え、王を守る衛兵の姿がある。玉座に座るオーウェンの傍には、十代にも満たないであろう見た目をした、ドレス姿の可愛らしい少女の姿があった。少女の名はフィーネと言い、オーウェンの娘であり、アリオンの妹でもある、この国の幼き姫だ。
この謁見の間には、今現在王国の主要な人物が集まっている。アリオンがやってのけた大事件を聞き付け、皆が急いで集まった結果だった。そして、櫂斗達をここへ呼んだのは、国王オーウェンである。
「父上、彼らが秘宝によって選ばれた、異世界からの来訪者です」
アリオンはオーウェンを父と呼び、四人をこの場の全員へ紹介して見せた。
将軍や文官達、それに衛兵達も、にわかには信じがたい話に驚き、声を潜めて話を始めた。オーウェンは黙っていたが、フィーネは四人に興味を示し、瞳を輝かせながら四人を観察している。
「秘宝に選ばれし彼らならば、必ずや王国を救う事ができるでしょう。父上の前で宣言した通り、僕はこの国を救って見せます」
協議の間での宣言を実行するため、アリオンは誰の許しも得ず、大胆な事をやってのけてしまった。自分が正しい事をしたと、そう信じて疑わないアリオンに対し、オーウェンは憮然とした態度で口を開く。
「馬鹿者っ!!」
「!?」
謁見の間全体の空気が震えた。怒鳴り声を上げたオーウェンの言葉に、誰もが口を閉ざし、一瞬で緊張した。怒鳴られた本人であるアリオンなど、驚きのあまり尻餅をついてしまった程だ。
「宝物庫から秘宝を持ち出しただけでなく、魔法石まで持ち出すとは何事だ!!」
「そっ、それは・・・・・、彼らをこの世界へ召喚するためには、どうしても必要だったからです!」
「勝手な事ばかりしおって!お前は自分のしでかした事の意味を、まるでわかっておらん!!」
激怒するオーウェンに対して、尻餅から立ち上がり、彼に負けじと言葉を張り上げるアリオン。まさにこれは、王と王子の喧嘩であった。自分の行為が正しかったと証明するため、アリオンは一歩も退かない構えを見せる。ならばとオーウェンも、彼の間違いに気付かせるべく言葉を続けた。
「その者達が秘宝の力を解放できたとしても、ジエーデル軍は強い。たった四人で戦局を変えられるほど、戦争は甘くはないぞ!」
「わかっています。だから僕は、彼らを王国軍の戦士にするつもりはありません」
「なに・・・・・!?」
「彼らには、大陸全土の平和を守る正義の守護者、勇者になって頂こうと考えています」
王国軍の戦力強化のために彼らを召喚したのであれば、単純で理解しやすく、愚かな考えと言えた。オーウェンが口にしたように、王家に伝わる秘宝がどんな力を秘めているか謎だが、大威力の戦略兵器級のようなものでない限り、戦力差は覆らない。たった四人で何ができるのかと、そう言われてしまうのも当然だった。
だがアリオンは、そこをしっかりと考えていたのである。彼は四人を王国軍の戦力にするのではなく、勇者にしてしまおうと計画していた。
四人が勇者の称号を授かり、正式に勇者と認められた場合、その影響力は計り知れない。
まず第一に、彼らが王家の秘宝の力を解放し、その所有者となった場合、彼らは秘宝と共に語り継がれる伝説の体現者となる。語り継がれた伝説によれば、「秘宝の力を解放せし者現れる時、世界を呑み込む強大なる闇が現れる。その闇を打ち消す者こそ、秘宝の力を解放せし勇者達なり」となっている。この伝説は絵本などでも語り継がれており、大陸内ではとても有名な話だ。
有名な伝説通り、秘宝の力を解放せし勇者達が、それも異世界から現れたとなれば、大陸全土は大騒ぎとなるだろう。ただの言い伝えだったものが、現実となってしまったのである。それだけでも驚くべき事だが、伝説通り勇者が現れたとなれば、世界を脅かす闇もまた、その姿を現すかもしれない。始まった伝説は、大陸中を震撼させるに十分な力を持っているのだ。
そしてもし、現れた異世界からの勇者達が、「世界を呑み込む強大なる闇」を、大陸侵攻を行ない続ける独裁国家ジエーデル国と宣言すれば・・・・・・。
「伝説通りの勇者が王国に現れ、ジエーデル国を大陸の敵と定めたなら、大陸中が彼の国を敵と定め、王国の味方となるでしょう」
「それがお前の狙いか!?勇者の私物化など、グラーフ教会と勇者連合が黙っていないぞ!」
「確かに、勇者による国家間の戦争への関与は、教会と連合に禁止されています。ですが、伝説の勇者がジエーデルを巨悪と宣言し、大陸のために戦うというのであれば、ただの国同士の戦争ではなくなります」
「・・・・・・ローミリア大陸の秩序と平和を守るための、大いなる聖戦と変わる。それがお前の、この国を救うための計画か」
勇者の称号を持つ者は、勇者連合が悪と定めたものと戦う義務がある。だが、勇者の義務に関係ない、国同士の戦争に関わる事は、勇者連合によって禁止されている。つまり勇者は、ホーリスローネ王国を脅かそうとしいてる、独裁国家ジエーデル国の侵略戦争に対し、王国を守るべく参戦する事はできない。
しかし、勇者は自己の判断で、ローミリア大陸を脅かすであろう、自分が悪と定めた存在と戦う権利を有している。その権利を行使する条件は、私利私欲を満たす判断でない事が要求された。召喚された彼らが勇者の称号を得て、勇者の権利を行使すれば、ジエーデル国を悪と断定する事ができる。
そうなれば、勇者はジエーデル国との戦闘が可能になり、王国と共に大義名分を掲げ、大手を振って戦えるのだ。しかも、ジエーデル国が大陸を脅かす悪と断定されれば、王国は各国を味方に付ける事も可能になる。将来的に、彼の国を完全包囲する、反ジエーデル包囲網を敷くのも夢ではない。
「僕は既に、秘宝が求める存在の召喚に成功した暁には、彼らに勇者の試練を受けさせる許可を、グラーフ教会と勇者連合本部より頂いております」
「・・・・・あとは、私の許可さえあればいいわけだな?」
「父上が許可して下されば、彼らは勇者の試練を受けられます。彼らだけが、ホーリスローネ王国を救う事ができるんです!」
昂る感情を言葉に乗せ、アリオンは今の王国を救う手段を語って見せた。
大胆な計画ではあったが、現れた四人が本当に秘宝の力を解放できたなら、試す価値は十分にある計画と言えた。
彼らを伝説の勇者と定め、ジエーデル国を悪と宣言させてしまえば、ジエーデル軍は王国へ侵攻できなくなる。もしも侵攻を行なえば、大陸全土の平和の守護者に対して刃を向けた事になる。その瞬間、ジエーデル国は大陸全土を敵に回してしまうのだ。
それを覚悟の上で、王国に対して侵攻作戦を開始したとしても、大陸全土の国家を味方に付ければ、王国側の戦力は何倍にも膨れ上がる事だろう。如何に軍事力を拡大させていると言っても、たった一国で大陸全土の国家を敵に回し、大国である王国に対して勝利するなど不可能だ。
だが、アリオンの計画には大きな問題がある。それは、彼ら四人を勇者にするための方法であった。
「アリオン。見たところ彼らは、お前と変わらない歳の平民のようだ。彼らに力があると、信じてよいのだろうな?」
「秘宝が彼らを選んだ以上、僕はそう信じるのみです」
若さ故の暴走。今回の事件は、後先を考えていない、アリオンの暴走でしかないとオーウェンは考えていた。だが彼は、オーウェンの予想に反して、王国を救うための大胆な計画を用意し、それを強い覚悟を持って実行した。今も彼は、強い覚悟を持って、信じると宣言したのである。
「・・・・・・ならば、お前の信じる選ばれし者達に、勇者の試練を与えよう」
「!!」
「異世界からの来訪者に秘宝を授けよ!皆の者、勇者の試練の支度を始めるのだ!!」
アリオンの計画を阻む、最大の問題。櫂斗達四人を勇者にするためには、「勇者の試練」に合格しなくてはならない。
勇者の試練とは、勇者の称号を持つに値すると認められた者が、勇者となるために受ける儀式である。その儀式を乗り越えた者だけが、称号を与えられ、正式に勇者と認められる。ただし、その儀式を行なうためには、ホーリスローネ王国国王と、グラーフ教会及び勇者連合本部の許可が必要になる。
儀式を行なうべく行動していたアリオンは、グラーフ教会と勇者連合本部からの許可を得ており、後は国王の許可を貰うだけであった。そして今、国王は儀式の許可を出したのである。彼の狙い通り、四人は勇者の儀式を受ける事が決まった。
「儀式は二日後に執り行う。アリオン、彼らの事は任せるぞ」
「はい、父上!」
儀式は今から二日後。王の宣言を聞き、オーウェンとアリオンを見守っていた忠臣達は、反論一つ口にせず王の命令に従った。一国の支配者たる威厳を放ち、力強く宣言した国王の言葉は、この場の誰にも有無を言わせぬ力があった。
王の命令に従い、自分の計画を押し通したアリオンもまた、オーウェンの命令に従う。四人が儀式を乗り越えられるよう、全力を尽くすと改めて誓ったのである。
「ねっ、ねぇ櫂斗・・・・・。私達、とんでもない事に巻き込まれたんじゃ・・・・・」
「勇者の試練・・・・・!俺が、勇者に・・・・・・!!」
盛り上がるアリオン達とは対照的に、悠紀は自らの置かれた状況をある程度察して、大きな危機感を覚えていた。真夜と華夜も、悠紀同様にそれを察し、顔に不安の色を浮かべている。この状況に危機感も不安も覚えていないのは、「勇者」に興奮している櫂斗だけであった。
(私達、この先どうなっちゃうの・・・・・・)




