第三十三話 勇者召喚 前編 Ⅰ
第三十三話 勇者召喚 前編
剣と魔法の世界、ローミリア大陸。
大陸の季節は流れ、夏は終わり、秋を迎えていた。今年もローミリア大陸は、確実に冬の季節が近付いている。大陸中の国家は、日々少しずつ寒くなる空気に冬の到来を感じながら、来るべき季節への備えを始めていた。
大陸中央の国家、エステラン国。この国もまた、国全体で冬への備えを進めていた。ここ数年エステラン国は、財政難や戦争などの影響のせいで、十分な冬への備えを行なえなかった。しかし今年は、南ローミリアのある国と軍事同盟を結んだ事により、食料資源などの支援を受け、順調に備えを進めている。
「コレット、そこの書類を持ってきて」
「はい」
エステラン国内聳え立つ、エステラン城。その城内にある王族専用の執務室では、政務を行なうこの国の支配者と、一人の側近の姿があった。
エステラン国の支配者の名は、ソフィー・ア・エステラン。彼女こそ、エステラン国を治める女王である。そんな彼女に常に付き従っているのは、コレットという名の少女である。コレットは命じられるまま、ソフィーのために書類を手に取って、彼女の前に差し出した。
「こちらで宜しかったでしょうか?」
「いいわ。悪いのだけれど、珈琲を淹れて貰えるかしら?」
「畏まりました」
仕事中のソフィーは、必ず無糖の珈琲を飲む。一国の支配者として多忙の中、疲れて眠気が襲ってきた時に、珈琲の苦味で自分の眼を覚ますのである。自分の主が珈琲を欲するとわかっていたコレットは、用意しておいた珈琲入りの魔法瓶の蓋を開け、ゆっくりとカップに注いでいく。
「コレットは飲まないの?」
「私は遠慮しておきます。珈琲は苦手ですから・・・・・」
「相変わらず、砂糖とミルクが無いと飲めないのかしら?」
「・・・・・・はい」
ソフィーはコレットを揶揄い、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべる。彼女が笑みを見せるのは、コレットと二人きりの時だけである。その理由は、ソフィーにとってコレットは、この世界で唯一信頼できる存在であるからだ。
コレットは昔から彼女に仕えていたわけではない。彼女がソフィーの側近となったきっかけは、まだ二人がエステラン国内の女学校に通っていた頃まで遡る。
貴族や金持ちの娘が通う、エステラン国の女学校。力の無い貴族の生まれではあったが、コレットも当時はその女学校に通っていた。
しかし、女学校での生活は苦痛でしかなかった。権力を持たぬ弱小貴族だった故に、彼女は他の生徒のいじめに遭い、辛い学園生活を送っていたのである。いじめ以外にも、彼女を苦しめる問題はいくらでもあった。弱小貴族故に、他の貴族達から酷い扱いを受け続ける日々。コレットはそんな日々に嫌気が差し、自分を苦しめる人間達もこの国も恨んでいた。
そんな彼女を救ったのは、エステラン国の王族であるソフィーであった。いつもの様にいじめに遭っていたコレットの前に、何の前触れもなくソフィーは現れ、いじめをしていた女生徒達を叱責したのである。友達でも何でもなく、二人は何の関係もなかったというのに、ソフィーはコレットを救ったのだった。
「どうぞ」
「ありがとう。少し休憩しましょうか」
珈琲が注がれたカップを受け取り、ソフィーは政務の手を止めた。カップに口を付け、ゆっくり珈琲を飲み、小さく息を吐く。傀儡政権とは言え、若くして一国の支配者となったソフィーは、女王の責務を果たすべく、多忙な毎日を送っている。そんなソフィーを支えるのが、彼女に救われ、彼女に仕えると誓ったコレットの役目であった。
ソフィーがコレットを救ったのは、偶然いじめの現場に遭遇し、その光景に苛立ちを覚えたからである。
このエステランという国を、王族であるソフィーは心底憎み続けている。腐った王族も、腐った文官や貴族達も、腐り切った国民達も、何もかもが彼女の憎悪の対象であった。その腐った人間達が、人として恥ずべき行為をしているのを目にし、彼女の苛立ちは爆発した。コレット救おうとしたのではなく、ソフィーは自分の怒りを憎悪する者達へ向け、ただぶつけただけなのである。
結果的にそれが、コレットを救う形となっただけだ。この事件をきっかけに、ソフィーはコレットと関係を持つようになった。その後ソフィーは、コレットもまたこの国を憎んでいたと知る。二人は良き理解者同士となり、ソフィーはコレットを友人であり同志であると考え、誰よりも信頼するようになった。そしてコレットは、ソフィーを同志であり自分が付き従うべき主と考え、彼女の傍に仕えるようになった。
コレットは信じていたのだ。いつか彼女が、この腐り切った国を変える存在になると、そう信じ続けていたのである。そんな彼女の信頼に応える様に、ソフィーはこの国の女王となり、この国を変えてしまった。
「このところ、何か変わった事はあった?」
「国内では特に何も・・・・・。ですが国外の話であれば、驚くべき噂が大陸中に広まっております」
「噂?」
国内の政務が忙しく、大陸で何が起こっているのか、あまりソフィーは詳しくない。戦争などの大きな動きは伝えられていても、流行などの話は全く耳にしていないのである。
「噂では、ホーリスローネ王国が異世界から勇者を召喚したそうです」
「勇者、ですって?」
その噂話はソフィーの興味を誘った。休憩時間を過ごすには、丁度いい気分転換だと思ったからである。
「今、大陸中はその噂で持ち切りです。ホーリスローネの王子アリオンが、魔物討伐を理由に勇者召喚を行ない、魔物の脅威から大陸を解放するべく動き出したと」
「聞かせて、コレット。貴女が聞いたその噂の詳細をね」
「畏まりました」
自分が知っている限りの噂を語るべく、コレットは口を開いた。
苦味の強い無糖の珈琲を味わいながら、ソフィーはコレットの知り得る限りの噂話に、興味津々な様子で耳を傾けたのである。




