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第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み Ⅵ

「んっ・・・・・・・」


 目を覚ました彼が見たものは、自分の寝室の天井だった。その天井を見て、自分が寝てる間にここに運び込まれ、このベッドで寝かされたのだと理解し、彼は体を起こそうとする。

 だが動けない。体は金縛りにでもあったように、腕も脚も微動だにしない。感覚すら半分麻痺していた。目覚めたものの、どうにか動かせるのは、眼と口と首くらいのものである。ベッドから起き上がり、心配しているだろう自分の仲間達に自力で会いに行くのは、今は無理そうであった。


「起きたかい、リック・・・・・・」

「リリカ・・・・・・」


 話しかけられ、声のした方へと首を動かすと、そこにはリリカの姿があった。丸椅子に腰を下ろし、目覚めたリックを見つめ、微笑みを浮かべている。それから彼女は、リックの頭を優しく撫でた、愛おしそうに、彼の目覚めを祝福していた。


「どのくらい眠ってた・・・・・・?」

「三週間以上さ。その間、治療や看病で本当に大変だったよ」

「お前が看病を・・・・・・?」

「皆が必死に看病したよ。今日は私と彼女が一晩中看病したけどね」


 そう言って彼女は、リックの左側に視線を向ける。それを見て、彼も左側へと首を動かすと、そこにはリックの腕に頭を置いて寝息を立てている、救いたいと願った少女ヴィヴィアンヌの姿があった。


「ヴィヴィアンヌ・・・・・?どうして・・・・・・?」

「皆と同じように、この子もリックを心配していたのさ」


 疲れ果てたのか、リックが目覚めた事にも気付かず、よく眠っている。番犬などという異名を持つが、眠っている姿は年相応の少女であった。戦いを挑んだ本人ではあるが、こんな少女と死闘を演じたという事実を、どうしても疑ってしまう。


「愛らしい寝顔だろう。起こしては駄目だよ」

「わかってる・・・・・・」


 彼女の顔を見て、彼は自分が何をしたのかを、全て思い出していく。

 いけないとわかっていたのに、無茶を承知で彼女との命懸けの戦いに臨んだ。大量の薬を使い、自分の体をぼろぼろに扱い、最後には彼女を救えなかった。結局自分は、仲間達を心配させただけで、何もできなかったのだと、改めて知る。


「大丈夫。リックのお陰で、彼女はもう救われた」

「・・・・・!」

「何も心配する事はない。彼女の事は心配せず、今はもう少し眠るといい・・・・・・」


 詳しくは何も話さなかったが、彼女の言葉には、不思議な安心感があった。その言葉に従い、リックはヴィヴィアンヌの事をそれ以上考えなかった。ただ、疲れ切っている彼女を、黙って寝かせ続けたのである。


「一つ、聞いていいか・・・・・・?」

「何だい?」

「看病してた間・・・・・・、こうやって頭を撫でてくれていたのか・・・・・・?」

「まあね。苦しんでいる間、せめて夢の中だけでも幸福な夢をと、そう願いを込めてね・・・・・・」


 眠りの中、確かに夢を見た。眠り続けていた間、様々な記憶が夢となってリックの前に現れ、彼を苦しめ続けた。現れた記憶の数々は、彼の絶望の記憶だったからである。

 ただ、最後に見た夢だけは違った。愛する女性がまだ生きて頃の、思い出の一ページ。リリカの願いのお陰か、リックは亡き最愛の女性に、夢の中で再会を果たす事ができた。


「夢の中で・・・・・・、メシアに会った」

「そう・・・・・・・」

「メシアと約束したんだ・・・・・・。どんな傷を負ったって、必ず生きて帰るって・・・・・・」


 愛する彼女の夢を見れたのは、きっとリリカのお陰である。メシアと同じように、リックの良き理解者であり、彼が己の弱さを隠さずにいられる女性。傍に彼女がいてくれたから、リックの夢の中にメシアは現れた。

 

「忘れてたよ・・・・・・。約束、破るところだった・・・・・・」

「・・・・・その子のために、死ぬ覚悟をしたんだね」

「もしかして・・・・・、俺を助けたのはヴィヴィアンヌなのか・・・・・・?」

「そうだと聞いてるよ。リクトビアを救ってくれと、そう頼んだそうだ」


 あの時リックは、自分の死を覚悟した。それがまさか、殺そうとした相手に命を助けられた。そのお陰で、リックはメシアとの約束を守る事ができた。

 瀕死の重傷を負い、苦しむ彼の姿に仲間達は胸を痛め、涙を流し続けた。だが同時に、心の底から彼の生還を嬉しくも思い、彼が生きていた事に喜びの涙も流した。もしあの戦いで死んでしまっていたならば、仲間達の涙は、悲しみの涙でしかなかっただろう。

 メシアとの約束の意味を改めて思い知り、リックはヴィヴィアンヌに心から感謝した。起きていたなら、「ありがとう」と、彼女に直接伝えたかった。


「みんなは・・・・無事か・・・・・・?」

「無事だよ。一番無事じゃなかったのはリックさ」

「みんなに迷惑かけた・・・・・・。お前にも、心配かけたな・・・・・・」

「まったくだよ・・・・・。こんなに傷だらけになって・・・・・・」


 てっきり、いつもの様に揶揄われるかと思っていた。妖艶な笑みを浮かべるなりして、冗談を言ってくるはずだった。

 リックを見るリリカの表情には、悲しみの陰が見えた。今回ばかりは、冗談を口にできない程、自分の身を案じていたのだと知る。


「悪かった・・・・・・」

「二度と帰って来ないかと思ったよ。勝手に捕まって、私を悲しませないでくれ・・・・・・」


 リリカもまた、リックを助けるために戦った。嘆き悲しむ皆をまとめ、自分が御旗となって、あらゆる手を尽くした。アーレンツに捕らわれてしまったリックが、生きているのを信じて・・・・・。

 アーレンツへと侵攻し、戦い抜いた先で、彼は生きていたと知る。それがどれほど嬉しかったか、言葉に表す事もできない。

 ただ彼女は・・・・・、この言葉だけは、彼が目覚めた時に言うと決めていた。


「おかえり・・・・・、リック」


 傷付きぼろぼろになりながらも、リックは生還し、帰るべき国であるヴァスティナ帝国に帰還した。

 この国は彼にとって、始まりの地。最愛の少女と交わした約束を果たすまで、生きて帰って来なければならない、最愛の者達が眠る国。


「ただいま・・・・・、リリカ」


 眠りから覚めたリックを待っているのは、終わりの見えない戦いの日々だろう。このまま眠っていた方が、本当は幸せだったのかもしれない。だが彼の心は、そんな幸せを望みはしない。最愛の少女との約束を果たすまで、戦い続けたいのだ。

 それでも、今の彼には休息が必要である。

 狂い暴れ疲れた狂犬は、牙を休め、再び眠る。自分の傍にいてくれる、大切な者達の優しさに抱かれて・・・・・・。

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