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第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み Ⅴ

「起きろ」

「んっ・・・・・」


 声をかけられて目が覚め、瞼を開くと、眩しい陽の光が視界を塞ぐ。あまりの眩しさに瞼を閉じようとすると、目の前に光を遮る陰が現れた。その陰は人の形をしていて、その陰は、起きた彼の顔を覗き込んでいる。


「起きたか、リック」

「あれ・・・・メシア団長・・・・・?」


 名前を呼ばれて起こされたリックが見たものは、ヴァスティナ帝国騎士団団長にして、帝国最強の軍神と呼ばれている、騎士団長メシアであった。

 

「こんなところで昼寝か。軍務はどうした?」

「えっ、えーと・・・・・・、ちょっと休憩をと思いまして・・・・・」

「エミリオに任せて抜け出したな」

「・・・・・・はい、仰る通りです」 


 どんな嘘を吐いても、彼女には一発で見抜かれてしまう。特にリックの心は、彼女曰くとても読みやすいらしい。  

 息抜きと称して執務室をこっそり抜け出し、散歩のために外に出たリック。天気のいい過ごしやすい日で、気分良く散歩を楽しんでいた彼は、色んな場所を見て回った後、帝国騎士団の訓練場へと辿り着いた。そこで、暇潰しに騎士団の訓練を見物していたが、段々眠くなり、気が付けば昼寝をしていたのである。

 

「後で謝っておくんだぞ」

「ううっ・・・・、わかってはいるんですけど。あいつ意外と、怒ると怖いんです」

「ならばリリカに報告する」

「それはマジでやめて下さい!あいつに弱みを握られたら最後、明日から何されるかわかったもんじゃないです!」


 メシアはリックにとって、先生や師匠と呼べる存在であり、彼女の言った事には基本逆らえない。そして彼女は、リックの事をよく理解している。彼の弱点すらお見通しだ。

 

「リリカが嫌ならばエミリオに必ず謝れ。いいな?」

「はい・・・・・、ちゃんと謝ります」

「エミリオもきっと怒ってはいない。このところのお前は頑張り過ぎだ。あの男も、この程度の休憩くらい許してくれる」

「だといいんですけど・・・・・。まあ、メシア団長がそう言うならきっと大丈夫ですね」


 純粋さに満ちた笑顔を浮かべ、メシアの顔を見つめるリック。

 素直にその言葉を信じた彼の頭を、彼女は優しく撫でた。


「いい子だ・・・・・」

「えっ!メシア団長!?」


 愛おしいものを愛でる様に、美しい微笑みを浮かべるメシア。

 リックにとって彼女は、存在そのものが美しい絶世の美女である。女王陛下に忠誠を誓う騎士として生き、女である事を捨てた彼女は言っているが、彼女の美しさに敵う女性などそうはいない。

 印象的な褐色の肌に、長く綺麗な銀髪。軽量さを重視した、彼女専用の肌の露出の多い防具の上からでもわかる、豊満な胸を持ち、非常に整った容姿である。体のどこをチェックしても、理想的な美女と呼べるものを持つ、女神の如し存在。彼女のような女性を絶世の美女と呼ぶ。しかもメシアは、母性に溢れたとても優しい女性でもある。

 もしかすると、他者は彼女を見てもそうは思わないかもしれない。だがリックは、彼女こそ絶世の美女と疑わない。そして彼は、そんな彼女の全てが好きだ。愛してやまない憧れの女性に、彼は今、なんと頭を撫でられているのである。


「どうした?顔が赤いぞ?」

「いっ、いえ・・・・・・、何でもないです・・・・・」


 頬を真っ赤にし、大人しくなっていくリック。憧れの女性にいい子いい子されれば、赤面して沈黙してしまうのも無理はない。特に相手が、メシアともなれば尚更だ。


「風邪かもしれない。今日はもう休め」

「だっ、大丈夫です!ほんとに、ほんとに風邪とかじゃないんで心配しないで下さい」

「だが・・・・・」


 心配を顔に表し、彼の顔を見つめる。メシアがリックを心配するのは、彼女にとって特別な存在であるがためだ。メシアがリックを想って抱く感情。それが愛だと気付くのは、もう少し時が経ってからとなる。


「そっ、それより・・・・・」

「なんだ?」

「もう少しだけ・・・・・撫でて貰ってもいいですか?」


 普段なら、リックが誰かの頭を撫でる事の方が多い。そのせいもあり、しかもメシアに撫でられた事もあって、嬉しい気持ちがありつつも、とても恥ずかしいのである。

 頬を朱に染めながら、恥ずかしがりながら、彼はいい子いい子を要求した。とても恥ずかしくはあるが、彼女にこうされるのは何物にも代え難い。恥ずかしさを堪え、この至福の時をあと少しだけ求めた。


「頑張ってるご褒美って事で、俺は頭なでなでを要求します!」

「ご褒美は構わないが、そんなものでいいのか?」

「メシア団長のだからいいんです!お願いします!!」

「・・・・・・そこまで言うならば、望み通りやってやろう」


 帝国の狂犬と恐れられるリックを、いとも簡単に大人しくさせてしまう、彼に対して絶大な威力を発揮する必殺技。顔を赤くし、御褒美を待っている今のリックの姿は、メシアだからこそ見せる姿であった。帝国参謀長の痴態と馬鹿にされても仕方がないが、男とは、欲望には勝てないのである。


「・・・・・・一つ約束しろ」

「なっ、何ですか?」

「お前は戦いで無茶をし過ぎる。軍務でも無理をし過ぎだ。何が言いたいかわかるな?」

「・・・・・・」

「大切なものを守るために、自分を犠牲にし続けるのを控えろ。約束できるか?」


 そう約束させようとして、彼が何と答えるか。彼女にはそれが、最初からわかっている。

 それでも、リックを大切に想う彼女の気持ちが、彼に約束させようとするのだ。


「・・・・・・すみません。俺、約束できないです」


 わかっていた。約束させるには無理な話だったのである。

 大切な存在が危機に陥った時、彼は頭よりも先に体が動く。大切な存在が救われるまで、自分がどれだけ傷付こうと構わない。そうやって自分を犠牲にし、傷付いていく彼の姿を、メシアはもう見たくないのだ。

 見たくないから、傷付いて欲しくないからこそ、約束させようとした。約束できないと言われるのは承知で、言わずにはいられなかったのである。


「俺、馬鹿で不器用なんですよ。こういうやり方でしか、皆を守れないんです」

「・・・・・・」

「メシア団長が心配してくれるのは本当に嬉しいです。でも俺は、こんなやり方しかできないから、その約束は守れません」


 強くそう言い切り、己の強い意志をメシアへとぶつける。答えはわかっていた事なのだが、彼女は溜息を吐き、リックに対して背を向けた。


「約束できないならご褒美は無しだ」

「えっ!?」

「頭を撫でて欲しければ、私と約束しろ」

「ぐぬぬ・・・・・・、それはずるいですよ・・・・・」


 メシアのご褒美はどうしても頂きたいが、こればかりは譲れない。苦悩したリックは、自分の強い意志を選び、苦渋の決断をしてご褒美を諦めた。

 彼女の背後でがくりと肩を落とし、溜息を吐くリックの姿はまさに、捨てられた子犬のようである。一気に元気を失い、この世の終わりを知ったような顔をしていた。

 大切な仲間達の前では、帝国軍を率いる参謀長として、常に気丈に振舞うのを心掛けている。冗談を言う時以外は弱音を吐かず、動揺を見せる事もない。それがリックの、軍人としての顔であり、その身に背負う大きな責務なのである。

 しかし、彼とて人だ。弱さを隠し切れない時もある。故に、自分の良き理解者であり、信頼し、愛してもいる彼女の前では、年相応の男に還るのだ。


「守れない約束なんてできません。ご褒美は・・・・・・我慢します!!」

「・・・・・・仕方がないな」

「!?」


 リックへと向き直ったメシアは、彼の手を取り、自分の胸元に彼の体を抱き寄せた。不意の事で驚き、突然の肌の温もりに緊張しつつ、リックは彼女の顔を見る。真剣な眼差しで彼を見つめ、自分の胸に体を抱き寄せたまま、決して放さない。彼を抱きしめたまま、メシアは顔を近付け口を開く。


「ならせめて、これだけは私と約束しろ」

「・・・・・・!?」

「自分を犠牲に、大切な者達のために戦うのはいい。ただ、どれだけその身を傷付けようと、必ず生きて帰って来い」


 これから先、彼が自分を犠牲にするのも、傷付き続けるのも、止める事は出来ないだろう。ならばせめて、その戦いで命散らす事なく、無事に帰ってきて欲しい。この約束は、彼女の願いだった。


「お前が死ねば、皆が悲しみ絶望する。大切な者達に涙を流させたくなければ、絶対に死ぬな」

「メシア団長・・・・・・」


 彼女の言う通りだった。仲間達を大切に想うのであれば、決して死んではならない。生き続けなければ、皆がリックの死に涙し、生きる希望を失ってしまう。生きる事もまた、彼にとっての責務なのだ。

 そして、メシアは皆が悲しむと口にしたが、心で思っている言葉は少し違う。「皆が」ではなく、「私が」なのだ。この約束を口にした彼女自身が一番、彼に死んで欲しくないのである。


「私と・・・・・・、約束してくれるか?」

「約束します・・・・・。どんな傷を負ったって、俺は必ず生きて帰ります。皆のもとに・・・・・・、そして貴女のもとに・・・・・・」


 その言葉が聞けて安心し、微笑んだメシア。彼女の優しさと、肌から伝わる温もりに抱かれ、リックもまた微笑む。

 二人の間に流れる、穏やかで、幸福な時間。この時間が永遠であってくれと、そう願いたくなる。

 リックはメシアを愛している。愛おしくて、大切で、かけがえのない、生涯尽くしていたいと思える女性。憧れであり、どんな時でも自分を救ってくれる、優しい女神。

 だからいつか、自分がもっと強くなって、己の弱さを克服し、愛しい彼女を守れる存在となりたい。それがリックの夢だった。


「約束だぞ、リック」

「はい、メシア団長」


 記憶に残る愛しい彼女の言葉。体に残る愛しい彼女の温もり。絶対に失いたくなかった、かけがえのない大切な女性。永遠に続いて欲しかった、穏やかで、幸福な時間。失われてしまった、愛しい彼女との時の流れ。

 添い遂げたいと願った愛する女性、メシア。

 彼女への愛。そして、彼女から貰った愛。それらは全て、リックの中で生き続ける・・・・・・。

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