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第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み Ⅳ

 深夜のヴァスティナ城内を歩き、昼間と同じく、リックの寝室にやって来た二人。リリカが寝室の扉を開くと、そこには五人のメイドの姿があった。

 リンドウ達フラワー部隊のメイドは、寝る間も惜しんでリックの看病を続けていた。大分容態は落ち着いたものの、彼はまだ全身の痛みと高熱に魘され、呼吸も荒く辛そうであった。彼女達が看病を続けているのも、彼を放ってはおけなかったためだ。

 そこにリリカはやって来たのである。しかも、無断で牢獄からヴィヴィアンヌを連れ出してだ。リンドウ達全員、雷に打たれたように驚愕し、言葉を失った。そしてリリカは、自分達が看病を代わると言ったのである。当然だが、フラワー部隊全員が猛反対した。


「リリカ様をその女と二人きりになどできません!」

「リンの言う通りですよリリカ様!!だってそいつ、リック様を殺しかけた奴じゃないですか!?」

「いくらリリカ様でもそれは聞けないわ!!アマリリス!ラベンダー!その女を拘束して!!」

「はわわわわ・・・・・!」

「拘束なんかしない。その女は今処刑する・・・・・・!」


 殺気を放ち、武器まで持ち出して、彼女達はヴィヴィアンヌを殺そうとした。リンドウも、ラフレシアも、ノイチゴも、アマリリスも、ラベンダーも、一触即発の緊張状態の中、この場を混乱させた張本人であるリリカは、不自然なまでに落ち着いていた。

 

「気持ちはわかるが、少し落ち着きなさい。この子はリックに会いたいだけだ」

「・・・・・確かに、その女からは戦意も殺意も感じません」

「そうだろう?リックを攫った事だって、情報局の命令でやった事だ。リンドウ、それは君が一番よくわかっている事のはずだよ?」

「それでも私は・・・・・・、アーレンツだけでなくその子も憎いんです!その子が悪いわけじゃないって頭でわかっていても、私の心は抑えられません!!」


 皆そうだ。頭ではわかっていても、溢れ出すこの感情には抗えない。リックがこうなったのも、元を辿ればヴィヴィアンヌが原因ではなく、アーレンツの国家保安情報局のせいであり、彼自身が招いた事でもある。

 だがリンドウは、あの戦争に参加し、一度はリックを救い出した。しかし彼は、ヴィヴィアンヌとの戦いを強く望み、リンドウの反対を押し切って、彼女の元へと駆け出していったのである。例え殴り飛ばしてでも、あの時自分が彼を止めてさえいれば、こんな事にはならなかった。その後悔の思いが、リンドウを苦しめ狂わせる。


「リンドウ。ここでこの子と殺し合えば、きっとリックは悲しむよ」

「!」

「私の事も、この子の事も、そして君の事だってかけがえのない存在だと思ってる。リックとはそういう男だ。ここで二人が殺し合うのを、リックは望まない」


 リリカの鋭い眼差しがリンドウの視線を捉え、彼女の眼を見つめ続ける。信じなさいと、その眼は彼女の心に訴えていた。

 リリカのその眼で、リンドウは少し冷静さを取り戻す。殺意を抑え、自分を落ち着けていきながら、彼女はベッドの上で眠るリックの姿を見た。

 

「・・・・・・こんなになってまで、貴方は彼女を救おうと・・・・・・」


 戦争が終わり、ヴィヴィアンヌがリックを助けた後、彼女は何があったのかを一切語らなかった。

 リックをよく知る者だけにはわかる。特にリンドウには、彼が何をしようとしたのか、もうわかっていた。


「・・・・・わかりました。その子の好きにさせます」

「リン、本当にいいの・・・・・?」

「いいのよ。きっとリック様も、彼女に会うのを望んでいるから・・・・・」


 落ち着きを取り戻した彼女は、その眼に涙を浮かべながら、ヴィヴィアンヌに一切手を出す事なく、寝室を出るため歩いていった。彼女を案じるラフレシアもその背中に続き、二人は寝室を出ていく。

 リリカとヴィヴィアンヌを信じる、リンドウの思い。それを察したノイチゴ達も、二人を残し、黙って寝室を出ていった。

 これでもう、寝室には彼女達とリックだけ。月と星の光が部屋の窓から差し込み、ベッドで眠るリックの顔を照らし出す。ヴィヴィアンヌは傍まで近付き、彼の枕元に立った。そこで彼女が見たものは、苦痛と高熱に苦しみ、荒い呼吸を繰り返しているリックの姿である。


「しばらく部屋を出ているよ。リックに自分の思いを話すといい」


 メイド達を部屋から出したかと思えば、今度は二人きりにさせてやると言っている。

 どうしてここまで大胆な事ができるのか。正直ヴィヴィアンヌは、リリカは狂った女性だと判断していた。しかし同時に、この大胆さは彼に似ていると感じていた。リックと同じ大胆不敵さ。これが彼女の魅力なのだと、ようやく知ったのである。

 ヴィヴィアンヌとリックを残し、リリカもまた部屋を出ていこうとする。正気とは思えない行動ではあったが、これはヴィヴィアンヌを本当に信じている心の表れであった。


「感謝する・・・・・」

「ふふっ、礼には及ばないさ」


 自分でもいつ以来かわからない、心からの感謝の言葉を彼女は口にした。それを聞いたリリカは満足気な笑みを浮かべ、寝室を出ていき扉を閉める。

 これで部屋には、リックとヴィヴィアンヌの二人だけ。ベッドの傍にあった、看病の時に使われたであろう木の丸椅子に腰を下ろし、彼女はリックの左手側に寄り添った。


「・・・・・・」


 願いは叶い、ヴィヴィアンヌはリックと再会を果たした。しかし、いざ再会を果たしてみると、何も言葉が出てこない。思いを話せとリリカに言われたものの、話したい言葉が浮かばないのである。

 

「はあ・・・・はあ・・・はあ・・・・・・」


 苦しそうに呼吸する彼の姿に、眼を背けてしまいそうになる。熱に魘された彼の左手に触れ、その手を優しく握ってみる。手からでも伝わる、彼の体を苦しめる熱さ。人の体温とは思えない異常な熱を感じ、彼女の顔が憂いへと変わった。

 

「これは、貴方が私のために負った代償・・・・・・・」


 そしてこれは、他の誰にも責任などない、彼の優しき心が招いた結果である。

 そのお陰で彼女は人に還った。彼が命を懸けたお陰で心を取り戻した。彼女を縛る呪いから解放するために、彼はその手で彼女を殺そうとした。解放するために殺そうとしたが、最後の最後で彼はそれを躊躇った。

 何故躊躇ったのか?ヴィヴィアンヌもまた、彼にとってかけがえのない存在と変わったからである。

 それだけが理由ではない。リックはヴィヴィアンヌに、生きて欲しいと願ったのだ。絶望の中、痛みと悲しみと共に歩んできた彼女の半生。生きる意味も幸福も知らず、救われないままの命を奪うなど、彼にはできなかった。

 

「貴方のお陰で、私は解放された・・・・・」


 人に戻り、過去の呪縛から解放されたヴィヴィアンヌは、生まれて初めて自由を得た。この先彼女は、思うがままに生きられる。彼女を縛る呪いや存在は、彼のお陰で消え去った。救世主となったこの男が、自らの命と引き換えに、彼女から何もかもを吐き出させ、それらを全て受け止めたのだ。

 だから・・・・、言葉にしたい感情はいくらでもあるが、これだけは彼に伝えたい。


「ありがとう・・・・・・」


 頬を伝う一滴の涙。感謝の言葉と共に流れ出たその涙は、悲しみではなく喜びの涙である。

 ヴィヴィアンヌはリックの左手を自分の胸元へと持っていき、その手を抱いて静かに泣いた。溢れ出した感情が涙となって流れ、これが自分の心なのだと知る。

 アーレンツの生んだ化け物であり、情報局の番犬と呼ばれた少女は、もうここにはいない。

 今ここにいる少女は、ただのヴィヴィアンヌ。悲しみもすれば涙も流す、一人の少女である。

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