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第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み Ⅲ

 それから日が暮れて、時刻は夜を迎えた。

 薬の副作用に苦しんだリックを、ノイチゴ達はやっとの思いで、落ち着かせる事には成功した。だが、彼の体の問題は、まだ何も解決できていない。


「それでノイチゴ。リック様の体は治せるの?」

「鎮痛剤で眠らせはしたけど、まだ高熱が一向に引かないのよ。色々薬は試したけど、後はリック様の体力次第だわ」


 ヴァスティナ城にある、城の人間が利用する食堂。そこに彼女達の姿はあった。

 帝国女王を守る最後の砦であり、戦闘のエキスパートであるメイド達。ヴァスティナ帝国メイド部隊、フラワー部隊所属のラフレシアとノイチゴ。彼女達はここで食事をしつつ、リックの容態についての話を行なっていた。

 

「一度に大量の薬物を使ったせいで、心も体もぼろぼろなのよ。普通なら死んでるわ」

「リック様、どういう訳か頑丈だもんね」

「もしかしたら、このままずっと目覚めないかもしれない。目覚めたとしても、薬の副作用のせいで後遺症が残るかも・・・・・。手は尽くしてるんだけどね」

「ノイチゴ、あんたはよくやってるわよ。メイド長もそう思いますよね?」


 ラフレシアとノイチゴの他には、帝国メイド部隊を率いる、メイド長ウルスラの姿もある。彼女の傍には、フラワー部隊の仲間である、アマリリスとラベンダーの姿もあった。


「ノイチゴ。貴女は性格や性癖に多少問題はありますが、薬には詳しい。頼りにしていますよ」

「そっ、そうです。自信を持っていいと思います・・・・!」

「ノイチゴ、薬だけは役に立つから・・・・・・、きっと大丈夫・・・・・」


 皆が励まそうとしているが、ノイチゴはリックを救えぬ己の無力さに、すっかり肩を落としてしまっている。彼を助けるために、ノイチゴへと救いを求めて、リックの仲間達は帝国へ帰国した。頼られたからには、自分にできる全ての手を尽くすと決め、今日まで彼の治療に全力を注いできたのである。

 その結果、彼はまだ目覚めない。それどころか、彼を苦しみから解放する事さえできない。彼女が己を無力だと感じてしまうのも、仕方のない話であった。


「ところで、リック様の看病は今誰が?」

「セリーヌ様とリンが傍についてます。イヴ様はシャランドラ様が寝室から連れて行きました。イヴ様が酷いお顔をなさっていたから、部屋で休ませると言って」

「私、これ食べ終わったらリンのところ行ってくる。どうせリンも酷い顔なんでしょ?」

「私も一緒に行くわ。リンに今日はもう休んでいいって言われたけど、二人の事を放ってはおけないもの」

 

 ラフレシアもノイチゴも、非常に仲間思いで優しい女性達である。勿論、ウルスラ達もそれは変わらない。だが、昔の彼女達はこうではなかった。仲間の事を愛し、仲間の気持ちになって同じように心痛め、仲間達の助けになろうと行動するなど、かつての彼女達からは想像もできない。

 彼女達はリックだけでなく、彼の苦しむ姿に胸を痛める者達も、心の底から救いたいと願っている。特にリンドウは、フラワー部隊の家族の一人なのだ。ラフレシアやノイチゴが気に掛けるのも当然だ。


「じゃ、じゃあ私・・・・・、セリーヌ様とリンにお夜食作りますね・・・・・!」

「なら私は、二人に代わって看病する・・・・・」

「二人も手伝ってくれるの?アマリリスはともかく、めんどくさがりのラベンダーまでなんて、明日雪でも降るんじゃないの?」

「降るわけない。ラフレシア、馬鹿にしすぎ・・・・・・」

「ごめんごめん♪♪怒んないでよ」


 ラフレシア達は一丸となって、仲間であり家族でもあるリンドウを助けようとしている。

 そんな彼女達を見たウルスラは、微笑みを浮かべて彼女達を見守っていた。その微笑みは、まるで彼女達の本当の母親であるかのような、慈愛に満ちた笑みであった。

 

(貴女達は本当に変わった。ユリーシア陛下が生きておられたら、きっと御喜びになったでしょう)


 彼女達を救い、彼女達に居場所を与えた、亡き帝国女王ユリーシア。この美しく優しい光景を彼女にも見せたかったと、ウルスラはそう思わずにはいられなかった。

 何故ならこの光景こそ、ユリーシアが彼女達に与えたかった、大切な願いなのだから・・・・・・。






 たった一人の男の存在が、多くの人間の心を動かし、胸を痛めさせている。

 リクトビア・フローレンス。親しい者達は彼の事をリックと呼ぶ。救国の英雄であり、ヴァスティナ帝国とアーレンツが戦争を行なうきっかけとなった存在。今やリックの存在は、国一つを動かしてしまう程の、大きな影響力を持つ存在へと変わってしまった。

 彼が攫われたために戦争が起き、彼の苦しむ姿に多くの者達が胸を痛める。たった一人の男の存在と行動が、これを引き起こしてしまった。これが一人の男のせいであると、誰が信じられるだろう。

 

(あれが・・・・・、私を救った代償なのか・・・・・) 


 彼女もまた、リックに心動かされた一人である。鉄格子で閉じ込められた、薄暗い部屋の中に、彼女の姿はあった。彼女がいるのは、捕虜など収容する帝国の牢獄。そこで彼女は、両手に手枷を嵌められ監禁されていた。

 牢獄に囚われた番犬、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。牙を抜かれた番犬は、牢獄に戻ってからも沈黙し続けたままだった。


(あんな状態になってしまえば、憎まれるのも当然か・・・・・・)


 彼女は今日、久しぶりにリックの姿を見た。自分と死闘を繰り広げた存在は、今はその代償と戦っている。苦しむ彼の姿と、その姿に涙する彼の仲間達の顔が、ヴィヴィアンヌの頭に焼き付いて離れない。

 たった一人の男と殺し合ったが為に、彼女は多くの人間の恨みを買った。たった一人の男を命令に従い攫ったせいで、生まれ育った祖国は戦争に敗れた。たった一人の男に救われたせいで、彼女は今、苦悩し続けている。

 あの時、奪い取った拳銃の引き金を引いてさえいれば、こんなにも苦しまずに済んだ。しかしヴィヴィアンヌの心は、彼の命を救う事を選んだのである。

 不思議と後悔はなく、命だけでも助けられた事を、寧ろ嬉しいとさえ思っている。だが、薬の副作用に苦しむ彼の姿を見た時、彼女は刃物で体を貫かれたような痛みを感じた。助けた事が正しかったのか、それとも間違っていたのか、自分が何をしたかったのかさえ、何もかも分からなくなってしまった。

 たった一人の男を巡り、目まぐるしく状況が変わり、多くの人間の思いがぶつかり合った。そんな中でリックと死闘を演じ、失っていた心を取り戻したのである。彼女はまだ、自分の心の整理ができていないのだ。


「ふふふっ・・・・、大人しくしているようだね」

「・・・・・!」


 夜も更けた頃、突然彼女は現れた。

 特徴的な長い金色の髪と、紅く染められたドレス。現れた女性は、昼間あった時と変わらない姿で、ヴィヴィアンヌの前に現れた。


「てっきり眠っているかと思っていたよ。リックの事が気になって眠れないのかい?」

「何をしに来た・・・・・・」


 妖艶に笑う、帝国宰相リリカ。彼女は一人、ヴィヴィアンヌの前に現れた。

 薄暗い牢獄のせいか、それとも身に纏う空気のせいか、怪しさを放つリリカの存在感に、沈黙していた彼女も流石に少し警戒する。

 目的はわからない。ただ彼女は、ヴィヴィアンヌを閉じ込める牢獄の鍵を持っている。鉄格子の外、右手に持った牢獄の鍵を見せびらかし、ヴィヴィアンヌが思いもよらなかった言葉を彼女は口にした。


「リックに会わせてあげよう。君がそれを望むならね」

「!?」


 驚愕するヴィヴィアンヌの表情を見て、不敵な笑みを浮かべて見せるリリカ。

 彼女の目的はわからない。とても怪しく、恐ろしさすら感じさせる。一つだけ察する事ができたのは、彼女が自分を利用しようとしている、得体のしれない企みの臭いだけだった。

 

「・・・・・・私を、リクトビアに会わせてくれ」


 それでも、彼女は再会を望む。

 例えリリカの思惑通りになってしまうとしても、リックに会いたいと願う自分の心には、どうしても逆らえなかったのだ。


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