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第三十一話 幕を引く銃声 Ⅵ

 帝国軍全軍は、アーレンツ国内へと侵攻を開始した。

 勝敗決したこの瞬間、全軍の指揮を執っていた最高司令官、帝国軍師エミリオ・メンフィスは自ら前線へ赴き、侵攻軍の指揮を執った。後方陣地の指揮は、彼の部下である軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムに任せ、彼もまた他の仲間達と同じように、リクトビア救出に駆け出したのである。

 現在アーレンツは、国防軍も国家保安情報局も作戦指揮能力を失い、臨時の最高司令部も破壊されてしまった。こうなってしまうと、防衛線力の指揮権を有しているのは、国の政治を担っていた政治総本部だけであった。

 政治総本部の人間は軍人ではなく、国を動かす政治家である。指揮権は持っているが、この劣勢を覆すための命令など、彼らに出せるはずもない。大混乱に陥り、本来の機能を失っている軍隊を纏め上げるなど、この状況下と彼らでは不可能であった。しかも国内は、祖国に反旗を翻した国民が武装蜂起し、自国の軍に抵抗している。とても帝国軍の迎撃どころではない。

 これにより、政治総本部では決断が下された。彼らは、帝国軍への降伏を宣言したのである。

 アーレンツの降伏は政治総本部の意志により決定され、全軍に武装解除の命令が下される事となった。しかし、指揮命令系統が喪失している現在の状況では、降伏と武装解除が全軍に伝えられるまでに、かなりの時間を必要としてしまう。実際、政治総本部の近くにいた部隊は降伏を知ったが、未だ戦闘を継続している防衛線の部隊などは、降伏を知らずに戦闘を継続している。

 そのため、帝国軍とアーレンツ軍の戦闘は今尚続いており、両軍の兵士の血が流されている。この戦争が完全に終結するには、まだまだ時間が必要だった。

 帝国軍は戦闘を継続しながら、アーレンツ国内の制圧を進め、リクトビアの捜索を行なっている。作戦通りであれば、彼は既に救出され、後方の陣地に到着しているはずなのだが、未だ彼の行方は分からないままだった。生死すら分からないこの状況下では、彼の救出に命を懸ける者達の焦りや不安は計り知れない。

 そんな中、アーレンツに侵攻を行なっていた、ジエーデル国軍警察の戦力は、情報局の保管庫を制圧していた。だが彼らは、せっかく手に入れた保管庫に早々に火を放ち、保管庫の焼却処分を行なったのである。

 この行動を知り、頭の中で思い描いていた計画が、全て破綻してしまった男がいる。その男の名は、ルドルフ・グリュンタールである。

 臨時最高司令部でリンドウに命を狙われ、右腕を犠牲にする事で、どうにか逃げ延びたルドルフだったが、彼を待っていたのは絶望だけだった。逃げる途中で偶然馬を手に入れ、保管庫へと急いだ彼が目にしたのは、地上の出入り口を軍警察に制圧された、保管庫の状況であった。敵に見つからないよう、距離を取って状況を悟ったルドルフは、他国への亡命の望みすら絶たれた事を知ったのである。

 保管庫の情報を手土産にしなければ、自分のような人間は亡命が難しい。かと言って、このまま帝国軍に降伏したとしても、待っているのは自分の死だけである。せめて命だけでも助かろうとしても、右腕を失い、部下もいないたった一人の状態では、この国からの脱出は難しい。彼の状況は、既に絶望的だった。

 ルドルフの怒りは頂点に達していた。何もかも思い通りにいかなかった事への怒り。その怒りの矛先は、リクトビアとヴィヴィアンヌへと向けられた。彼はこう思った、「あの二人さえいなければ、自分の野望は実現できた」と・・・・・。そして彼は、どうせ死ぬ運命にあるのであれば、あの二人を道連れにしようと考えたのだ。

 憤怒し、二人を憎み、逆恨みに等しい復讐心を抱いて、ルドルフは馬を駆って走った。途中手に入れたボウガンを持って、復讐するべく二人を探したのである。そうして見つけた時には、リクトビアとヴィヴィアンヌの戦いの勝敗が決し、彼女が止めを刺そうとしている瞬間だったのだ。

 彼は自身の幸運に感謝し、隙があった彼女目掛けてボウガンの引き金を引いた。

 野望潰えた暴豹は、狂犬と番犬への復讐に燃え、二人の前に現れたのである。






「リクトビア!次は貴様の番だ!!」


 ヴィヴィアンヌとの死闘に敗れ、身動きできないリックの前に現れた、最悪の存在ルドルフ・グリュンタール。左手に持ったボウガンを使い、今度はリックの息の根を止めようとしている。


(ヴィヴィアンヌは・・・・・・まだ生きてる・・・・・)


 リックの体に倒れたまま、動かなくなってしまったヴィヴィアンヌ。背中には矢が刺さり、出血もしているが、まだ死んではいない。肉体的にも精神的にも限界を迎えていたところに、ボウガンの矢が突き刺さった事で、その痛みで気を失ってしまっただけだ。

 彼女の微かな呼吸を感じ取り、まだ生きていると知ったリックではあったが、彼も彼女もこの場からは動けない。眼前に現れたルドルフに殺されるのを、黙って待つ事しかできないのだ。


「狂った犬同士で潰し合ってくれて助かったぞ。殺すのに手間がかからんからな」


 復讐できる事に喜び、狂った笑みを浮かべたルドルフは、嬉しさのあまり声を上げて笑い出す。二人に復讐するため、彼はボウガンに新たな矢を装填しようとする。だが彼は右腕を失っているため、新しい矢の装填に手間取っていた。


(このままだと・・・・・、俺もヴィヴィアンヌも殺されるのか・・・・・・)


 目の前に迫る、殺意を持った相手の得物。このままでは殺されるとわかっていながら、リックは冷静だった。ルドルフと戦いたくても、自分の体は動かない。慌てたところで、何もできないとわかっているのだ。

 

(俺は動けない・・・・・。でも、俺の代わりに、こいつがヴィヴィアンヌを殺してくれれば・・・・・)


 リックはヴィヴィアンヌに負けた。彼女を救うために、彼女を殺す事は叶わない。ならば、彼女を殺す役目は、ルドルフに任せるしかないだろう。

 だが、ルドルフなどに彼女を殺させるなど、彼の心が許さない。この男の存在もまた、彼女を人ではなく化け物と変え、彼女を苦しめた要因であったからだ。もうこれ以上、下衆な男達の手で、彼女を汚させるわけにはいかない。

 せめて彼女は、自分の手で殺さなければ・・・・・。そう決心したリックの手元には、彼女に奪われていた自動拳銃があった。矢に射抜かれて倒れた彼女は、握っていた拳銃を彼の手元に落としてしまっていた。それをリックは握っている。

 残された弾は、あと一発。その一発は、ヴィヴィアンヌを殺すためのものだ。これが彼女を殺す、本当に最後のチャンスだろう。銃のグリップを右手で握り、引き金に指をかけ、力を入れようとすると震えてしまうその腕で、彼女に銃口を向けようとする。

  

「ヴィヴィアンヌ・・・・・・」


 殺す事でしか、彼女は救えない。そんな己の無力さを呪いながら、これまで幾度となく味わった、絶望の瞬間を思い出す。自分が無力であったばかりに、守ると誓った最愛の少女は死んだ。無力であったばかりに、添い遂げると誓った最愛の女性も死んだ。無力であったばかりに、悲劇の少女を帝国の支配者へと変えた。

 これまで幾度となく、自分の無力さを呪ってきた。その度に自分を激しく憎悪し、もう二度と無力にはならないと誓い続けた。それなのに今、彼の目の前には、こんなやり方でしか救えない少女がいる。

 だが、どんなやり方であったとしても、ここで彼女を救わないのであれば、永遠に後悔する事になるだろう。そして、またも無力な彼は、大切な存在を救えなかった後悔を繰り返す。

 迷う事は許されない。迷えば自分が後悔するだけでなく、彼女を絶望に捕らわれたままにしてしまう。彼の脳裏に、救えなかった最愛の者達の姿が蘇る。


「死ね、リクトビア!!」


 矢を装填し終えたルドルフが彼の名を叫び、左手に持つボウガンを向けようとする。それと同時に、右手に拳銃を持ったリックは、震える腕でヴィヴィアンヌへと銃口を向けた。

 そして・・・・・・。


「・・・・・・!!」


 戦場に鳴り響く、一発の銃声。リックは拳銃の引き金を引き、装填されていた最後の弾丸を撃った。

 その弾丸はヴィヴィアンヌを撃ち貫く・・・・・・はずだった。しかしその弾丸が貫いたのは、ボウガンを構えようとしていた、ルドルフの心臓だったのである。


「ごふっ・・・・・!!」


 ルドルフへと命中した弾丸。威力を重視された四十五口径弾は、彼の急所に命中し、一撃で決着を付けた。心臓を撃たれ、口から吐血し、立つ力を失って地面に倒れたルドルフ。うつ伏せで倒れ、流れ出た鮮血で血だまりを作り、彼は息を引き取った。銃弾に倒れた彼の顔は、驚愕のまま固まってしまっている。復讐しに来た自分が、まさか返り討ちに遭うなど考えもしなかった、愚か者の驚愕であった。

 

「ごめんな・・・・ヴィヴィアンヌ・・・・・・」

 

 最後の一発を放った自動拳銃は、彼が握る手の力を失った事で地面に落とされる。リックは銃を落としたその右手を動かし、倒れたままのヴィヴィアンヌの頭を優しく撫でた。彼の体に倒れ込んだまま、彼女は死んだように気を失っているが、リックの右手は確かな温かさが感じている。彼女はまだ、生きているのだ。

 

「やっぱり俺・・・・・・お前を殺せない・・・・・・」


 後悔しないよう決意したはずだった。だがそもそも、リックが彼女を殺すなど不可能な話だったのだ。

 何故なら彼は、自分の命よりも大切な者達の命を優先する、優しくも愚かな救世主なのである。ヴィヴィアンヌという一人の少女を、彼が大切な存在であると想う限り、殺せるはずがないのだ。それに彼は、ヴィヴィアンヌを好きになったと言った。彼は、自分が愛した存在を殺せるような、そんな男ではない。

 

「メシア・・・・ユリーシア・・・・・・。俺はまた・・・・・救えなかった・・・・・・・」


 保っていた気力が限界を超え、意識が遠くなり、リックは気を失った。

 静まり返った戦場。倒れている三人の人物。その内の一人は、既に息絶えた。放たれた最後の銃声が、この戦争の源を撃ち抜き、戦いの幕を引いたのである。

 静寂を迎えた戦場だったが、倒れ伏していた少女の手が微かに動いた。やがて少女は目を覚まし、体が動かせない代わりに眼と首を動かして、辺りの状況を確認する。気絶しているリック。絶命しているルドルフ。弾切れとなって硝煙の臭いを放つ自動拳銃。自分が気を失っていた間、彼女は何が起きたのかを悟った。


「貴様が・・・・・私を守ったのか・・・・・?」


 目覚めたヴィヴィアンヌは、自分がリックに守られたのだと知った。そして、自分がまだ生きている事実を知った。自らの破滅を願っていた彼女は、自分を殺すと宣言した男に生かされたのである。

 驚く彼女は、気を失ったままのリックを見つめ続けた。疲れ果て、死んだように眠っている彼の顔が、彼女の目と鼻の先にある。体中傷だらけとなり、薬を使ってまで自分と戦った、命の炎を燃やし尽くした男の成れの果て。彼がこうなってしまったのも、全ては彼女のためであった。


「だから・・・言っただろ・・・・・・。貴様のその優しさが・・・・・一番嫌いだと・・・・・」


 リックの優しさに、彼女は生かされた。本当は自分の破滅を願っていたのに、生き残ってしまった。

 これからどうすればいいのか、何も思い付かない。だからと言って、自ら命を絶つわけにはいかない。その行為は、自分を愛してくれた両親を裏切ってしまうからだ、そして何よりも、ルドルフの復讐心から自分を守ってくれた、優しきこの男を裏切ってしまうからである。

 彼の優しさが、彼女は一番嫌いだった。自分の仲間達を大切に想い、優しい温もりと救いを与える、そんな彼の優しさは、彼女を不快にさせた。いや、本当は不快に思ったのではなく、羨ましく思ったのだ。


「偽善者・・・・・・。私を守ったところで、二人共死ぬんだぞ・・・・・・」


 リックとヴィヴィアンヌは生き残ったが、二人は動けない程の重傷である。体中に傷を作り、かなりの血を流している。彼女に至っては、先程の矢傷も含めて出血が止まっていない。このまま身動きできず、治療もされずにここにいては、二人共死んでしまう。

 特にリックは、薬を使って無理やり戦い、ヴィヴィアンヌによって全身に傷を負った、何本か骨を折っており、内臓も損傷している。直ぐに治療しなければ、まず助からないだろう。何より、全身の傷口からの出血を止めなければ、死は避けられない。

 しかし、奇跡は起きていた。

 ヴィヴィアンヌはリックの体を見て気付く。彼の出血は、既に止まっていたのだ。


(深い傷も与えたはずだ・・・・・。どうして出血が止まっている・・・・・・?)


 そして彼女は気が付いた。リックはヴィヴィアンヌと戦うために、大量の薬を使用した。アーレンツ製のドーピングは、身体能力の強化の他に、痛覚を麻痺させる効果も持っている。戦いの負傷による痛みに負けず、常に戦闘を継続させるためだ。

 それだけでなく、この薬には負傷を無視して戦闘を継続させるため、もう一つ効果が付け加えられていた。その効果とは、大量出血を防ぐための止血効果である。

 死闘の最中、リックは重傷と呼べる負傷を繰り返した。だが、大量の薬を投与していた事により、大きな止血効果を得られていたのである。そのお陰で彼は、どうにか命を保つ事ができたのだ。


(リクトビアは・・・・・まだ助かる・・・・・!)


 彼はまだ死なない。治療さえできれば、死の運命から逃れられる。そのためには、この場から彼を運び出す必要がある。

 この状態の彼を救える治療手段を、彼女は知っている。運び出せさえすれば、彼を助けられる。


(私が動けさえすれば・・・・・この男は助かる・・・・・)


 問題は、どうやってこの場から運び出すかである。助けが来るのを待っていては、手遅れになってしまう。薬の効果が切れてしまった今、いつ止血効果まで失われてしまうかわからない。彼を救うには、出血が止まっている今を置いて他にない。

 彼を救えるのは、この場で彼女だけである。だが彼女もまた、重傷でこの場を動けない。立ち上がる事すらできないのである。しかも彼女は、出血が止まっていない。彼女もまた、このままでは死ぬだけだ。奇跡は起き、僅かな希望の光が見えたものの、その光を掴むまでにはいかなかった。

 

(そうだ・・・・・・!)


 必死に痛みを堪え、ヴィヴィアンヌは何とか腕を動かし、リックの装備品を漁った。

 初めは大量の武器を所持していたが、今はほとんど何も持っていない。彼女が探しているのは、彼がまだ持っているかもしれない、最後の望みであった。

 しかし、どれだけ探してみても、最後の望みは見つからなかった。落胆し、彼の体から腕を下ろしたヴィヴィアンヌ。その時、彼女の手が何かに触れた。


「あった・・・・・・!」


 地面に落ちていたそれを掴み、彼女は探し求めていた最後の望みを確認する。彼女が掴んだものは、一本の注射針であった。

 これはリックが、ヴィヴィアンヌとの戦いで使おうとして、彼女に弾き飛ばされてしまった最後の一本だった。弾き飛ばされた先が偶然にも、今リックが気絶している傍だったのだ。

 軍事用に製造された頑丈な作りであったため、針は折れておらず、中の薬も無事である。アーレンツ製の肉体強化の薬物。これさえあれば、彼を救う事ができる。


「リクトビア・・・・・、貴様は死なせない・・・・・・!」

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