第三十一話 幕を引く銃声 Ⅳ
勝敗は決した。
アーレンツ国防軍の防衛線は崩壊し、帝国軍の総攻撃が開始された。兵力数的に不利であった帝国軍だったが、自走砲部隊の砲撃と、ジエーデルの参戦に加えアーレンツ国内の反乱が、彼らを勝利に導いている。
特に、ジエーデルが参戦したという事実は、アーレンツの国民を震撼させ、兵士達を恐怖させた。この状況下でジエーデルにまで侵攻されてしまえば、勝ち目を失ってしまうからだ。士気を大きく低下させた軍隊など、いくら数が多くとも烏合の衆である。しかも、現在アーレンツの全戦力は、臨時最高司令部からの命令が沈黙したため、行動を起こせずにいたのである。
臨時最高司令部までもが沈黙した事で、多くの部隊は悟った。司令部は再び破壊されたのだと、そう理解したのである。それでも尚抵抗する者もいれば、逃げ出そうとする者もいた。アーレンツの滅亡は、避けられない現実なってしまったのである。
その最中、ジエーデル軍警察の戦力を率い、アーレンツの防衛線を突破した者達がいる。帝国宰相リリカが率いるヘルベルト旗下の鉄血部隊と、アーレンツ軍警察の兵士達は現在、国家保安情報局が秘匿していた地下施設に辿り着いていた。
元は情報局の人間、帝国メイド部隊のリンドウのもたらした情報には、アーレンツが大陸中から搔き集めた情報が眠る、情報局の保管庫の所在までもが存在した。リリカはジエーデルとの交渉の際、参戦の暁には情報局の保管庫を譲るという約束をしたため、軍警察は防衛線を突破後、すぐに保管庫を目指して侵攻を行なったのである。
鉄血部隊の活躍のお陰で、情報局の新兵器である人造魔人部隊を殲滅し、保管庫へと辿り着いたリリカ達。彼女達より先に侵入を果たしていた軍警察の後から、遅れてやって来た彼女達が見たものは・・・・・・・。
「なっ、何だこりゃ!?全部燃やしてやがる!!」
「ふふふっ・・・・・、派手に燃やしてるじゃないか」
辿り着いた情報局の保管庫。そこは地下に造られた大図書館であった。
地下とは思えない広大な空間に、非常に高い本棚が整然と並んでいる。天井には仕組みの不明な照明器具があり、薄暗い室内を照らしていた。そして、本棚の下には資料と思われる本が並べられ、その数は数え切れないほどである。
これを手に入れさえすれば、大陸全土の支配も夢ではない、「情報局の保管庫」。国の支配者であれば誰もが欲しがるこの保管庫を、軍警察の兵士達は燃やしているのだ。地下室中に油を撒き、躊躇いなく火を付けて回っていた。
「マジかよ!みんな燃えてやがるぞ!!」
「畜生っ!!保管庫で美味い酒の情報くすねるつもりだったのに!」
「くそっ!今度こそ失敗しねぇように、当たりの娼館の情報持って帰るつもりだったんだぞ!!」
「財宝の情報パクって宝探しでもしようと思ってたんだぜ!ここに来た意味がねぇだろうが!!」
「この前酒場であった姉ちゃんのスリーサイズ知りたかったのによ!!俺達が一体何のためにここに来たと思ってやがるんだ!?」
何のためかと言えば、勿論帝国のためである。大陸全土を支配できる情報局の保管庫など、彼ら鉄血部隊の面々からすれば、その程度の価値しかないものなのであった。
「どういう事だ姉御!こいつら保管庫が欲しかったんじゃねぇのかよ!?」
「ジエーデルの総統閣下は、初めからこうするつもりだったようだね。ふふっ、大胆な事をするものだ」
驚く帝国の面々のもとへ、一人のジエーデル軍警察の男が近付いてきた。三十代後半と思われる長身の姿。彼の名は、ハインリヒ・バウアー。ジエーデル軍警察長官である。
「これはこれは帝国の皆様。ここは危険ですので、どうぞ地上へお戻り下さい」
「面白い事をしているね、バウアー長官。軍警察のトップが同行するなんて変だと思っていたけれど、これが目的だったのかい?」
「ええ。総統閣下の命令で、情報局の保管庫は全て焼却せよと命令されておりましてね。閣下曰く、アーレンツが集めた紙の山など吾輩には不要である、と」
ハインリヒの言葉が事実だったとすれば、ジエーデル国を支配する絶対的独裁者バルザック・ギム・ハインツベントは、情報局の保管庫の存在を無価値と考えていた事になる。
だが、いくら無価値とは言っても、全てを燃やしてしまう必要はない。使えそうな情報だけを持ち出し、後は焼却してしまうでもいいはずだ。しかしバウアー達は、保管庫の資料を一切確保せず、迅速な動きで焼却作業を進めていた。
「約束通り保管庫は差し上げるつもりだったが、燃やしたいのであればそれもいい。ヘルベルト、地上に戻るよ」
「いいのかよ姉御!?」
「構わないさ。ここにもう用はないからね」
驚くヘルベルトとは対照的に、リリカは身に纏う紅いドレスを翻し、その場を後にしていった。地上へと戻っていく彼女の後ろに、仕方ないと言わんばかりの顔で続いていく鉄血部隊。彼らはまだ、この状況の真の意味を理解していなかった。
(総統にとってこの保管庫は、この世から消し去りたい厄災の箱という事か・・・・・・)
軍警察の行動とハインリヒの言葉を受け、リリカはバルザックの思惑を理解した。
他国へ保管庫を渡さないための処置でもあるだろう。しかしこの行為は、絶対に隠しておきたい秘密を、永遠に闇へと葬るためであると、既に彼女は見抜いていた。
軍警察の者達は命令を遂行しているだけに過ぎない。この場所を消し去りたいと考えているのは、バルザック本人だけなのだろう。ならばここには、バルザックに対しての切り札となり得る存在が、何処かに眠っているに違いない。
(探してもいいが、ここで軍警察と一戦交えるのは得策ではないか・・・・・・)
リリカ達がアーレンツに来た目的は、情報局の保管庫などではない。帝国参謀長リクトビア・フローレンスを救出するため、ジエーデル軍警察と共に進軍したに過ぎない。
優先すべきは救出であり、バルザックの弱点の捜索ではないのだ。それに、今は時間が惜しい。
(保管庫など必要ないさ。私にはリックさえいれば、他に何も必要ない・・・・・・)
ハインリヒに背中を向け、保管庫を後にしていくリリカの口元には、何故か不敵な笑みが浮かんでいる。
その笑みの理由を知る者は、この場には誰一人として存在しなかった。




