第三話 集う力 Ⅱ
一方その頃、救国の英雄リックが旅立った後の、ヴァスティナ帝国では・・・・・。
「リック様!!リック様はどこに居られるのですか!?」
「どこだよリック!!俺のリックはどこにいるんだ!?」
部屋の扉を、破らんばかりの力で開き、部屋の中へと突撃した、二人の男女。
二人が突入した部屋の中には、長い金髪をなびかせた妖艶な美女と、瞼を閉じて微笑む、美しい白い髪の少女がいた。そして何人かのメイドが、部屋の隅に控えている。
美女と少女はお茶を飲みながら、椅子に腰かけ談笑をしていたのだが、突然この二人は、ノックもなしに部屋へと突入した。
二人は酷く取り乱し、その表情は完全に焦っている。まるで、世界の終わりでも見てしまったような、慌てふためきようだ。
「どうかしたのかい?レイナ、クリス」
「リリカ様、リック様はどこに居られるのですか!?」
「あんたなら知ってんだろ!教えてくれよ!!」
救国の英雄リックの両腕と言える存在、槍士レイナ・ミカズキと剣士クリスティアーノ・レッドフォード。
リックより命令を受けた二人は、帝国の戦力調査のため、それぞれ調べを進めていた。帝国内の軍備や、兵士を調査した後、帝国の外の地形などを調査して、城へと帰ってきたのだが、自分たちが報告をしなければならない、リックの存在がどこにも見当たらない。
慌てた二人は、帝国中を探しまわったが、見つけるどころか、手がかり一つ手に入らない。血眼になって探しまわる二人を、落ち着かせようとする者はおらず、周りの人々は、何事かと驚く始末だった。
冷静さを完全に失っていた二人であったが、彼をよく知るリリカならば、何か知っているのではと思いつき、ここまでやって来たのである。
「リックなら旅に出たよ。今頃は目的地に着いているだろうね」
「「旅っ?!」」
「御二人は知らされていないのですか?私とメシアも聞いていますよ」
「そんな!まさか一人で旅に出たのですか!?」
「相変わらず命知らずだぜ。まだ地図もろくに読めないくせに・・・・・・」
クリスの言う通り、未だリックは、大陸の地図が理解できておらず、ローミリア語も読むことができない。そんなリックが一人旅など、彼に忠誠を誓う二人からすれば、心配でならないのだ。
「心配いらないよ。二人とも落ち着くといい」
自称美人で自由な旅人であり、美しい金色の髪が流れ、妖艶な笑みを浮かべる、謎の美女リリカ。
両腕であるレイナやクリス以上に、リックのことを理解し、常に余裕の様子で振舞う女性だ。胸が大きく美人であるために、ヴァスティナ城内の男たちの人気者である。
リックと共に旅をして、何の目的があるのか、帝国に居ついた彼女は、今では女王陛下の良き話し相手だ。
「私も心配しております。ですが、御二人を旅へ同行させなかったことには、何か理由があるはずです。リック様を信じましょう」
「ですが女王陛下!」
「レイナさん、あの方を心配する気持ちは私にもわかります。リリカさんが気を利かせて、私の話し相手になってくれていますが、気を紛らわせていないと、私も不安で仕方ないのです」
長く美しい白い髪に、透き通るような白く綺麗な素肌。その姿は美しくはあるのだが、どうしても儚さを感じずにはいられない。レイナと同様に、リックを心配する彼女は、ヴァスティナ帝国女王ユリーシア・ヴァスティナ陛下である。
まだ少女であるにもかかわらず、帝国を統べる女王として君臨している。国の支配者として、彼女は善政を敷いており、国民全体に愛されている、素晴らしく理想的な主なのだ。
ちなみに、趣味はお茶会と花の手入れ。しかも、絵に描いた様な美少女である。
「リック様の身にもしものことがあれば・・・・・・。こうしてはいられません!すぐに捜しに行って参ります!!」
「待てよ槍女、お前は留守番してろ!リックを捜すのは俺の役目だぜ」
犬猿の仲である二人は、どちらが主であるリックを捜しに行くのかを、女王陛下の前であるのもお構いなしに揉める。お互いに睨み合いを始め、いつものように一触触発の状況となり、いつものように言い争いが起こる。
二人が揃うと必ず争いが起こる為、今では帝国城内の日常茶飯事として、城の人間全員に認知されてしまった。
「なあ姉御、隊長どこに行ったか知りやせんか?影も形もないんすよ」
突入により、部屋の扉は開けられたままであった。そのおかげで、部屋の中にリリカの存在を見つけた、屈強な身体の男が入室する。年齢は三十代後半のようであるが、男は今、自分よりもずっと年下の、自分の従う隊長を捜している。
男の名はヘルベルト。傭兵集団鉄血部隊の元隊長で、数々の戦場を渡り歩いた猛者である。
ヘルベルトも同様に、鉄血部隊現隊長リックを捜している。指示された戦力調査などを終えたため、その報告のために彼を捜しているのは、ここにいる二人と同様だ。
「リックは旅の真っ最中さ。お土産を頼んでおくんだったと後悔しているよ」
「まったく、隊長には困ったもんですぜ。てことは、例の話を信じたんですかい?」
「恐らくね。あれは、自分の目で真実を確かめたがるから」
ヘルベルトの発した、例の話と言う単語に反応し、睨み合いを続けていた二人が、リックが何故、旅に出たのかを思考し始めた。旅に出た理由がわかれば、何処に旅だったのかもわかるはず。
そして思い出す。一か月前、鉄血部隊の面々が集めてきた、大陸の情報の中に、見たこともない武器を使う、隠れた里があるという話を。
誰も話を信じなかったが、リックだけは違っていた。情報提供者から手に入れた、小さな鉄の塊。 それを見たリックは、信用に足らない情報に食らいついた。話を聞き、ものを見た彼はずっと、大きな興味を持ち続けていたのだ。
「やれやれだ。確かあの話、帝国の南に里があるとか言って----------」
「リック様!今、お傍に参ります!!」
「待ってろリック、今行くからな!!」
里の場所は、帝国のさらに南にあるという話で、それを思い出したヘルベルトの言葉は、両腕である二人の忠臣を動かした。ほぼ同時に、回れ右で部屋を飛び出し、全力疾走で己の主人を捜しに駆け出した二人。
血相を変えて飛び出した二人を、止める者はいない。周りに控えたメイドたちは驚いているが、こうなるとわかっていたリリカは、特に驚くことはない。二人の仲を理解しているヘルベルトは、やれやれといった表情を見せていた。
女王ユリーシアはリックだけでなく、捜しに飛び出したレイナとクリスの身も案じ、無事の帰還を祈りだす。特別な存在であるリックだけでなく、その部下に至るまでの無事を祈るのは、彼女の優しき心故。この心こそ、女王が国民に愛されている理由なのだ。
帝国国民は女王を愛し、愛国心も驚くほど強い。もしも、再び帝国存亡の危機が訪れることがあるとして、ユリーシアが女王の名のもとに、国民総動員で戦争に臨むと言えば、国民たちは喜んで、命を差し出すことだろう。
実際リックは、業火戦争と呼ばれている、オーデル王国が相手の戦争時、兵士の士気を上げるために、国民に愛される女王の存在を利用した。
「ふふっ、忠犬が飼い主を捜しに行きましたね。陛下が祈らずとも、あの二人ならば心配ありませんよ」
「目が見えなくとも、御二人の力は知っております。ですが、帝国のさらに南側は未開の地です。何が起こるかわかりません」
「まあ、あの三人が揃えば死ぬことはねぇですぜ。ちょいと命知らずが過ぎますが」
「私はそれが心配なのです・・・・・・・」
救国の英雄リックの命知らずさと、戦場での狂乱さは、リリカやヘルベルトがよく知っている。二人が知る以前も、リックは業火戦争で、五十人の奇襲部隊を率い、指揮官を討つため敵本隊を奇襲した。
リリカと出会ってからは、自分より実力が上である、レイナとクリスに戦いを挑み、戦争慣れした鉄血部隊の面々相手に、正面から戦ったこともある。
最も新しいものでは、兵力五万人のオーデル王国軍を倒すため、たった六十人程の人数で敵本隊を奇襲し、最高指揮官のオーデル王を討ち取った。
あまりにも無謀な戦いへと、何度も臨むリック。ユリーシアはリックが、またも無謀なことをするのではと、それが心配で仕方ないのだ。
その気持ちはリリカにもわかる。不安に駆られている彼女のため、政務の合間の休息に、お茶へと誘ったのはリリカだった。談笑することで少しでも、彼女の気を紛らわそうとしたのだ。
リックと共に旅をし、出会ってからここまで、同行し続けた彼女だが、気が付けば帝国に居つくようになってしまった。レイナやクリスのように、軍務に就くことはなく、ユリーシアのように、政務をすることもない。
そんな彼女の唯一の仕事は、趣味がお茶である女王陛下の、茶飲み相手だ。
盲目の少女にして、女王のユリーシアは、自分で世界を見ることができない。外の話を聞くのが好きな彼女のために、外での出来事や様子を聞かせることが、今のリリカの役目となっている。
「失礼します。陛下、騎士団の軍備についてお話があります」
またもこの部屋に、来訪者が現れた。今度の来訪者は、リリカとは対照的な長い銀髪の、褐色の肌が際立つ女性だ。
彼女の名はメシア。ヴァスティナ帝国騎士団団長で、一度戦場に立てば、圧倒的な武勇を見せる。その様を知る者たちからは、敬意をこめて軍神と呼ばれている。
リックが最も尊敬する女性で、この世界で一番世話になった人物でもある。
彼女もまた、リックが再度旅立ったことを知る一人だ。
「わかりました。どのようなお話でしょうか?」
「お待ちください陛下。今が休息の最中と知らず報告をしようとしたこと、申し訳ありません。時を改めます」
「私は問題ありませんよ。報告を聞かせてください」
常に優しく、政務へ真剣に取り組むユリーシアは、休息の時間であっても働こうとする。この休息時間も、政務をし続ける彼女を心配した、宰相のマストールが、彼女を休ませるために作った時間だ。
働き続けてしまうユリーシアの、真面目さを知るメシアは、そのことを察して報告を躊躇う。少なくとも今は、彼女に自由な時間を過ごして欲しいと、女王へ絶対の忠誠を誓う彼女は願うのだ。
「女王陛下。騎士団長は貴女に休んで欲しいのですよ。そうでしょう、騎士団長?」
「はい。リリカ殿の言う通りです」
「ですが・・・・・」
「ふふっ、無理をして倒れられても困るのですよ。貴女はそんなに体が丈夫ではないのですから」
宰相であるマストールや、騎士団長のメシア、ここにいるメイドたちは、ユリーシアの体の弱さを知っている。何度か話す内に、リリカもその事実を知ったのだが、盲目であるだけでなく、彼女の体は本当にか弱いのだ。
過去に政務の最中、突然倒れてしまったことが数回あり、その度に城中が大騒ぎになっていた。幼い時から体が弱く、病気にもかかりやすい体質であったのだ。
故に、その事実を知る者たちは、彼女が心配でならない。
「・・・・・わかりました。皆に迷惑をかけるわけにはいきませんね。お言葉に甘えて、もう少し休息を取ることにいたします」
彼女が休息を取ることに、安心したメイドたちは、お茶のおかわりを用意したりと動き出す。メイドたちの働きに感謝しつつ、新しく淹れられたお茶を一口飲む。
お茶を新しく淹れて貰いはしたが、疲れが溜まっていたのだろう。しばらくすると彼女は、小さな寝息をたて始め、椅子に腰かけたまま眠りについてしまった。
疲れている彼女を起こして仕舞わぬ様、メイドたちを残して、部屋を後にした三人。
少女でありながら、女王という職務に取り組まなければならない、そんな彼女のために、少しでも力になろうと考える三人。そんなことを微塵も考えなさそうなヘルベルトですら、彼女の力になれればと思っている。
「この国はどうかしてますぜ。なんだってあんな子を女王にするんだか」
先日、オーデル王国を退けたヘルベルトたちは、女王ユリーシアに感謝の言葉を貰い、救国の英雄リックが率いる兵士たちということで、今まで体験したことのない礼を受けた。
豪華な食事に、貰ったことのない程の報酬、寝泊りするための部屋まで用意された。
傭兵である彼らは、今まで国家間の戦争に参加して、決められた報酬を貰った以外に、このような好意を受けたことがない。いつもならば、傭兵であることを煙たがられ、用が済めば、早々に追い払われるのが当たり前である。
しかし、ヴァスティナ帝国女王は何もかもが違っていた。心から感謝を示し、惜しむことなく礼を尽くしたのだ。
それだけではない。戦いの勝利を祝して、用意された食事と酒で大いに盛り上がっていた鉄血部隊の前に、盲目でありながらも、ユリーシアは一人で現れた。
目が見えないため、足取りが危ない少女の登場に、ヘルベルトたちは驚き、食事と酒の手がぴたりと止まった。
女王が何をしようとしているのか、この時誰も想像できず、ただ目の前の少女を、驚きの目で見ているだけだった。
そして、口を開いた女王の最初の言葉は、今回の戦いで、帝国の存亡を救ってくれたことへの感謝であった。
わざわざ改めて、感謝を述べるために、彼女は供も連れず、彼らの前に一人で現れたのだ。
ただの傭兵部隊相手に、ここまでの感謝を表す。それだけでも驚愕に値することなのだが、次に彼女の口から発せられた言葉は、彼らの心を大きく揺さぶった。
「あなた方にお願いがあります。どうか、リック様を守って欲しいのです。あの方は私の希望であり、とても大切な存在なのです。身勝手なお願いだとわかっておりますが、リック様のことを、どうか・・・・・・」
そう頼んだ彼女は、彼らの目の前で、深々と頭を下げたのだ。一人の男を守って欲しいがために、一国の主が頭を下げるなど、聞いたことがない。
リックが女王にとって、特別な存在であることは理解できた。そうだとしても、戦争中毒者の危険な男たち相手に、感謝を尽くし、頭を下げて頼み込む。ヘルベルトも、鉄血部隊の男たちも、予想もしなかった事態に度肝を抜かれた。
その後、女王を捜しまわっていたメイドたちによって、彼らの前から、ユリーシアは連れて行かれたのだった。
「まだ十四って聞きましたぜ。そんな子を女王にするなんざ・・・・」
「意外と優しいね、ヘルベルト。まだ少女の身に、一国の女王という責任は重すぎる。彼女が心配なのだろう?」
「俺らみたいな屑の集まりにも、あの子は感謝してくれたんですぜ。そんで、俺らの隊長リックを守ってくれって言うんですよ。度肝抜かれただけで、心配してるわけじゃねぇ」
「ふふっ、そういうことにしておこうか。ところで騎士団長、聞きたいことがあるのだけれど」
「なんでしょうか、リリカ殿」
「リックのこと、君はどう思っている?」
一瞬。そう、一瞬で場の空気が変わった。
空気が変わったのを、瞬時に感じ取ることができたヘルベルト。今明らかに、女性二人の間で火花が散ったのだ。
「リックは私が信頼する男です。女王陛下と帝国の希望でもあります」
「そうかな?私にはそれ以上のものがあると感じたよ」
「・・・・何が言いたいのですか?」
「あれは私のものだよ。勝手に手を出されては困るのさ」
帝国の存亡を救ったリックが、再び女王に会うため、ここへと戻ってきたあの日。
城門が開き、彼を出迎えたのはメシアであった。ただ出迎えただけならよかったが、皆が見ている目の前で、なんとメシアは、リックを抱きしめたのだ。
その光景はリリカも見ていたのだが、それが気に入らなかったのだろう。以来、彼女はメシアに対して敵対的なのだ。
「リックはあなたの所有物ではない。女王陛下のものです」
「本当にそう思っているのかな?自分だけのものにしたいのだろう」
リリカのせいで、この場の状況は修羅場と化してしまった。面倒事にこれ以上関わらないよう、少しずつ二人から距離をとるヘルベルト。
女同士の修羅場は、まだ始まったばかりだった・・・・・・。
リックが目的の里に辿り着き、二人の武術家が帝国を飛び出した、三日後。
「こっ、ここが!?」
「まっ、間違いねぇぜ・・・・。やっと着いたぞ!!」
自分たちの主を捜すため、急いで旅支度を済ませ、南を目指し帝国を飛び出した、この二人。
槍士レイナ・ミカズキと、剣士クリスティアーノ・レッドフォード。
二人が生涯の忠誠を誓った相手は、救国の英雄リックである。故に、自分たちを置いて、一人旅立ってしまった彼の身を案じ、こうして捜しに来たのであった。
帝国よりさらに南にあるという、見たこともない武器を使う隠れ里。そこへ向かったはずの彼を捜しに、南へと三日三晩全力で突き進み、体力的に限界を迎えようとしていたその時、二人の前に奇跡は起きた。
南の大森林を抜けた先に、目的地の隠れ里は確かにあったのだ。眼前に広がるのは、のどかな風景と、汗を流して農作業に勤しむ人々。
一見、一般的な里と何も変わらない様子である。隠れ里と言うからには、普通とは違うものでもあるのかと考えていたが、どう見ても普通の里だ。
いや、今はそんな事どうでもいい。早くリックを捜し出すことこそが、一番重要だ。
里の人々にお構いなしで、許可も得ず里の中を捜しまわり始め、彼の名を叫ぶ武術家二人。
疲れていたのが嘘のようで、血眼全力疾走で走りまわる。里の人々は何事かと思い、二人に注目した。
「リック様!!どこに居られるのですか!?」
「うおおおおおっ!!リック、どこにいやがるんだよおおおおおっ!?」
「呼んだか?」
二人の叫び声を聞き、一人の男が反応を示した。
その声を聞き、全力疾走から急停止して、声がした方向へと同時に顔を向ける。そこには、捜し求めていた人物が確かにいた。だが・・・・・。
「リック様!?」
「リック!お前なにやってんだよ!?」
「何って、農作業に決まってるだろ。見てわからないか?初めて農作業したんだが、思ってた以上に大変だな」
二人の主であり、帝国英雄であるこの男は、今現在農作業に勤しんでいた。
一人旅に出かけたリックは無事だった。素直に嬉しいと思う二人であったが、まさかこんなところで、農作業をしているとは思っても見なかったのだ。彼にはいつも、どんな時でも驚かされてばかりである。いい加減、慣れてしまいたいと思うこともあるのだが・・・・・。
「なんや、リックの知り合いかいな?」
「ああ。俺の部下のレイナとクリスだ。どうやら俺を捜しに来たみたいだな」
「ほうほう、リックの部下の二人なんか・・・・・。って、部下ってなんや?!お前なにもんやねん!」
リックと同じように、農作業をしていた少女がいる。眼鏡をかけたその少女だが、リックと親しく話す彼女のことを、二人はまだ知らない。
「そちらの方は・・・・・」
「おっと、紹介しないとな。彼女はシャランドラ。この里一番の発明家で研究者でもある」
「二人ともよろしゅうな」
「リックが女をつくりやがったぜ。俺というものがありながら・・・・・」
「黙れ馬鹿気持ち悪い。俺にそっちの気はないから」
先日の戦いの後、リックに忠誠を誓ったレイナとクリス。
いつも通り真面目なレイナに関しては、特に困っていることはない。強いて言えば、真面目過ぎるのが問題かも知れない。
旅を終え、帝国に戻ってきた次の日ことだ。彼女との何気ない会話の中で、リック自身が、「前にリリカが食べてた焼き菓子が食べたい」と言ったことがあった。
冗談半分で言ったつもりだったが、真面目な性格の彼女は、焼き菓子を手に入れるために、なんと城中を探しまわり始めたのだ。城に無いことがわかると、今度は城の外へと飛び出し、菓子が売っている店を片っ端から探しまわった。
全く同じの物ではないが、似た物を購入し、それをリックの前に献上しようとしたのだが・・・・・・。
「同じものご用意すること叶いませんでした。代わりの物をご用意いたしましたが、どのような責めでも受ける覚悟はできております!」と言って、購入した代わりの焼き菓子を差し出したのである。
リリカが前に食べていた焼き菓子というのは、トロスクスの街で購入した物であり、この帝国で、同じ物が手に入るはずなどない。彼女がそのことを理解していたのかは、今でも不明ではあるが、リックがレイナに「同じものが手に入るわけないだろ」と、教える事はなかった。
何故なら彼女であれば、入手のためにトロスクスの街まで行くと言っても、おかしくはなかったからだ。彼女の真面目さが、ここまでのものだとは知らなかったため、これ以降、不用意な発言は控えるようにしている。
彼女に関しては、発言を注意さえすれば問題はない。問題はこの青年剣士である。
所謂、美形のイケメンといった顔立ちなのだが、何を血迷ったのか、新たな性癖に目覚めたらしい。
元々は、ただの女好きであったはずだ。トロスクスの街での出会いや、オーデル軍との戦いを経て、リックに忠誠を誓ったクリスは、突然その場で愛の告白をしたのだ。
愛の告白が、リリカに贈られたものならば理解できる。だが、クリスの告白の相手は、忠誠を誓ったリックに贈られた。
その日を境に、リックの傍には、彼を警護をするレイナと、常に愛の言葉を囁いてくるクリスが居るようになった。女好きが一転して、同性愛に目覚めたクリスの相手は、問題だらけである。リックにそっちの気はない。全くないのだ。
「照れんなって。俺はお前の狂ったところとかも含めて惚れちまったんだぜ。リリカ姉さんならともかく、俺がいるんだから他の女を旅先でつくんなよ」
「貴様いい加減にしろ!今日こそはその性根を成敗してくれる、そこになおれ!」
リックの傍に、しつこく付きまとうようになったクリス。リックを守るため、クリスを傍に近付けまいと、彼の警護をするようになったレイナ。
元々仲が悪く、毎日のように喧嘩を繰り返す二人が、互いの目的のために、衝突するのは当然のことであった。最早何度目の衝突なのかも、リックは忘れてしまった。恐らく数十回に上るのだろう。
「ほんまモテるんやなぁ、リック。部下二人にモテモテやんか」
「なっ!?しゃ、シャランドラ殿、私はこの破廉恥剣士よりリック様をお守りしているだけです!」
「毎度毎度邪魔なんだよ、脳筋槍女!間に割って入りやがって鬱陶しい」
「待て待て待て、これ以上喧嘩するな!お前たちが暴れると畑が荒れる」
今にも衝突してしまいそうな二人と、それをいつもの様に止めようとするリック。シャランドラはその様を笑い、何事かと里の人々が、四人の周りへと集まる。
リックのことは、通りすがりの旅人として知られていたが、レイナとクリスに関しては、里の人々は誰も知らない。また現れた来訪者に、皆興味があるのだ。里の皆のために、シャランドラが代表して、二人がリックの仲間である事を告げる。
リックの仲間であると聞かされた人々は、特に二人に不信感などを抱かず、里への来訪をあっさりと歓迎した。
流石に無断で、しかも隠れ里であるここへ来れば、何かしらの問題が起きると考えていた二人だが、まさか歓迎されるとは思っても見なかった。
これは全て、リックのお陰なのである。
彼がこの里へ辿り着き、シャランドラの家で、様々な話を聞きだした日。里のことや銃のことを、もっと知りたいというリックに対して、シャランドラは里の人々に彼を紹介し、自分の家にしばらく滞在させると宣言した。
年頃の少女と、一つ屋根の下で生活するという、年頃の男子の浪漫が叶うというのは、非常に嬉しいことだったが、流石に抵抗がないわけではなかった。当然二人きりの生活など、慣れているわけではないので、かなり緊張していたリック。
だが実際は、妄想していた甘い展開などはなく、毎日の食事と睡眠以外は、里の銃や彼女の発明品に対しての談議を、何時間も続けていた。射撃場で銃の試射をさせて貰い、その使用感などの意見を求めれることもあれば、発明家シャランドラの謎発明の実験台にされることもしばしば・・・・・・。
銃のことに関しての知識があるリックの意見は、里の人々が考えつかなかったものが多く、それがきっかけとなって、交流を深めることが出来た。
それ故に、二人が彼の仲間であると聞かされた人々は、来訪を心から歓迎した。リックはたった三日間で、里の人々から信頼を勝ち得ていたのだ。
そのことを悟ることができたレイナ。クリスも悟ったであろうが、彼女は改めて、自分が忠誠を誓う主の力を思い知る。
(リック様。やはりあなたは、素晴らしき我が主です)
リックの力。その力は、何度もこの大陸で披露された。
一度目は、ヴァスティナ帝国とオーデル王国の争い、「業火戦争」。二度目は、再び帝国へと王国が攻め入った先の戦争。その他にも、レイナとクリスを相手の決闘や、傭兵集団鉄血部隊との大乱闘を繰り広げた。
どの戦いでも、どんな状況であっても、彼は勝利を勝ち取って、今ここにいる。
数々の勝利の要因は、リックの力である。彼の力とは、何故か手に入れた驚異的な身体能力が全てではない。
その本当の力とは、彼の持つ驚異的なカリスマ性なのだ。
彼はそのカリスマ性で、多くの力を集めた。多くの人間が彼に魅了され、彼の力になろうとその身を預けた結果が、あの勝利をもたらしたのだ。
リックという男には、他の者には無い、人を惹きつける魅力がある。忠誠を誓うレイナもまた、リックに魅せられた者の一人である。
(私は病気なのかも知れない。彼という存在に、魅せられてしまったのだから・・・・・)
彼女にとっても、クリスにとっても、そして帝国にいる仲間たちにも、リックという存在は、恐ろしい魅力の持ち主である。彼は自分の気に入った者に対して、純粋な敬意を示し、その者の心へと入り込んでいく。
彼の気に入る者たちは皆、リックという存在に、自分の求めているものを見てしまう。そして気が付けば、彼と共にある。
「どうしたレイナ。さっきから俺の顔をじっと見て。・・・・・顔に何か付いてるのか?」
「いっ、いえ!何でもありません。ただ、リック様がご無事であったことに安堵していただけです」
「まあ確かに、無事だったのはよかったぜ。お前が無事なら、リリカ姉さんたちも安心だろうよ」
「あいつが心配なんかしてくれるとは思えないんだが・・・・・・。勝手に旅立ったわけだし」
「お言葉ですがリック様。私を含め、あなたの無事を祈らない者などおりません。あなたのことを、どれほど心配したことか・・・・・」
「ほんとだぜまったく」
「・・・・・すまないレイナ。それにクリスも。俺を捜しに来てくれて嬉しいよ、本当にありがとう」
二人の忠臣との合流を果たしたリック。
こうなることは、予想できたことだ。ならば初めから、一緒に連れて行けば良かったのだが、自分の成長のためには、それができなかった。
だからこそ、旅立つ前にリリカやメシアへ、二人が自分を捜しに行こうとしたら、止めて欲しいと頼んでおいたのだが・・・・・。
(あの二人、頼みを聞いてくれなかったみたいだな)
それがレイナの言うように、心配によるものなのか、それとも何か思惑があるのか。
ともかく今のリックは、二人の忠臣が捜しに来てくれたことが嬉しく、顔から笑みがこぼれ出る。
それは彼の、いつもの邪悪な笑みではなく、嬉しさからくる、心からの笑みであった。




