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第二十九話 アーレンツ攻防戦 Ⅶ

 長門宗一郎。

 屑で下衆で、無力で馬鹿な男の名・・・・・・。それが昔の俺の名前だ。

 

「・・・・・・俺にはまだ、守らなきゃならない人がいる」

「だから、お前には無理だって-------」

「関係ない。俺には彼女との約束がある」


 真っ暗な闇の中、俺の記憶を映し出す謎のテレビと、もう一人の俺がいる空間。俺はもう一人の俺、長門宗一郎の言葉に逆らった。

 こいつは俺に、甘い言葉を囁き続けている。全てを諦めてしまえば、お前はこの苦しみから解放されると言いたいのだ。

 そう、これは俺が見ている夢だ。夢から覚めれば、きっとまた俺は、悲鳴を上げたくなる苦痛を味わう事になるだろう。宗一郎は、俺をその苦痛から解放できる術を知っている。その術とは、俺の守るべきもの全てを見捨て、俺の敵達に何もかもを話してしまう事だ。洗いざらい全部教えてしまえば、俺は痛みや苦しみからも解放されるだろう。

 でも、そんな事をするくらいだったら、自分の頭を銃で撃ち抜いた方が、よっぽど気分がいい。


「約束か・・・・・。ユリーシアとのあの約束がそんなに大事か?」

「当たり前だ。俺はあの約束を果たすために大陸全土を支配すると、そう決めたんだ」

「大陸全土の武力統一か・・・・・・。ユリーシアはそう望んだが、アンジェリカはどうなんだ?彼女もそれを望むと思うのか?」


 望まないだろうさ。分かり切っている事を、こいつは俺に問いかける。

 今更惑わそうとするな。俺はユリーシアと約束したんだ。アンジェリカが望まなかったとしても、関係ない。俺は彼女との約束を果たし、アンジェリカを守る。そう誓ったんだ。

 

「アンジェリカに憎まれてもいい。許して貰おうなんて思ってないからな」

「救われないな、お前は・・・・・・・・・・」

「悪いが俺は、お前と違ってもう救われてるんだよ」


 宗一郎と俺は違う。宗一郎は、世の中に、人間に、そして自分自身にも絶望してしまった、弱く幼く最低の人間だ。でも俺は、ユリーシアやメシア、そして多くのかけがえのない仲間達のお陰で、光を見つけた。その光に、俺は救われた。

 彼女達は俺に、生きる意味と、愛する者達と、幸福な時間と、希望の光を与えてくれた。お前に必要だった全てのものをくれた彼女達のお陰で、俺は救われたんだよ、宗一郎・・・・・。


「・・・・・・・どうしても行くのか?」

「ああ。そろそろ目を覚まさないと、皆に迷惑かかっちゃうしな」

「起きたところで、お前は今も捕まったままなんだぜ?どうやって助かる気だよ?」

「・・・・・・考えてなかった」

「はあ・・・・・、起きるつもりならせめてそれ考えとけよ」


 自分自身にそう注意されると、やはり腹が立つ。言われなくても考えるつもりはあるんだよ。ただちょっとばかし忘れてただけであって・・・・・。


「心配するな。どうせお前の仲間達が助けに来てくれるさ」

「えっ・・・・・?」

「お前、仲間達に救出のためのヒント残したじゃねぇか。勘の良いリリカやエミリオなら、それに気付いてもう行動してるはずだろ?」


 癪に障るが、宗一郎の言う通りだ。エミリオの事だから、派手に陽動でも起こした隙に、密かに救出部隊でも送り込んでいるかもしれない。もしかしたら、助けはすぐそこまで来ているのかもしれない。

 じゃあやっぱり、そろそろ起きる時間だな。救出が来て助かったら、また帝国のために戦うとするか。

 大切な仲間達と一緒に戦場を駆け回って、この大陸全土を支配してやる。アーレンツだろうがジエーデルだろうが関係ない。俺の前に立ち塞がる奴らは、全員仲良く皆殺しだ。果てしない屍の山を築こうが、自分の手を真っ赤な血で染め上げようが、狂犬と呼ばれて恐れられようが、全部知った事か。

 アンジェリカ・・・・・。俺は、ユリーシアとの約束を果たすために、必ずお前を守って見せる。今度こそ、絶対に・・・・・・。


「何で今更、お前が俺の前に現れたのか・・・・・・、やっとわかった」

「・・・・・・」

「まさか、俺が一番憎んでるお前なんかに激励されるなんてな。どういう風の吹き回しだよ?」


 未だに迷いを持つ俺に、お前は説教しに来たんだろ?そのためにわざと挑発して、俺を苛立たせて、忘れちゃいけない事を思い出させた。迷ってばっかでウジウジしてばっかの俺には、丁度いい薬になったよ。

 とは言っても、どうせ俺の事だ・・・・・・。また迷ったりするだろうし、後悔だってするだろうさ。せっかく激励しに来てもらったのに悪いな。まあ、俺を奮い立たせるために現れてくれた事には、一応感謝しといてやる。


「別に、激励なんかしに来たわけじゃない。暇だったし、この世界で一番不幸なのは自分だっていう顔した奴がいたから揶揄いに来ただけだ」

「何言ってんだ。それ、お前の事だろ?」


 やっぱり俺は、お前が嫌いだ。見てるだけで苛々するし、絶対に許せない。お前は今の俺にとって、不必要な俺の弱さだ。

 だから俺は、お前を殺す・・・・・。


「・・・・・・お前とも、そろそろお別れするか」


 ここは夢の中。自分の記憶の中にあるものが生み出せる世界。きっとそのせいでテレビなんかがあるんだ。

 想像すれば何でも生み出せる。自分の記憶にあるものならば、何だってできる。だから俺は、自分の愛銃を右手に生み出した。俺は銃のグリップを右手でしっかり握って、その銃口を奴に向ける。


「悪いが、今度こそさよならだ。お前をちゃんと殺して、今度こそ俺はリクトビアになってやる」

「・・・・・・本当に、それでいいんだな?」

「二度も言わすな。それでいい・・・・・・、それがいいに決まってるだろ」


 リクトビア・フローレンス。この名は、ユリーシアが俺に願いを込めて託したものだ。もう長門宗一郎なんかに未練はないし、この名を胸に刻み付けて生きていきたいんだ。


「やれやれ・・・・・。リクトビアになってからお前、うざいくらいに生き生きしやがって」

「羨ましいだろ?」

「当たり前だろうが。だから俺はお前が嫌いなんだよ」


 口ではそう言いながらも、宗一郎は笑っている。釣られて俺も笑ってしまった。同じ顔した同一人物同士で、一体何やってんだろうなって、今更思って笑っちゃたよ。

 お前と話せて良かった・・・・・・・とは思わない。ただ、この手でちゃんとお前を殺す事ができるのは、正直嬉しい。嫌いな自分自身の始末は、こうして面と向かってやりたかったから。


「じゃあな、リック・・・・・・」

「じゃあな・・・・・・・、宗一郎」


 躊躇などしない。俺は奴に向けて、愛銃の引き金を引いた・・・・・・・。






「リック様!起きて下さい、リック様!!」


 ランプの明かりしかない薄暗い地下の一室に、泣き叫ぶような女性の声が響き渡る。部屋の周りには男達の死体が血を流して横たわり、部屋の中でその女性は一人、傷付いた一人の男を抱き起こし、呼びかけ続けていた。


「お願い・・・・、目を開けて・・・・・!」


 彼女は何度も何度も彼の名を叫び、彼が目を覚ますのを待っている。自分がもっと早く助けに来ていればと、酷く後悔しながら・・・・・・。

 彼女の名前はリンドウ。ヴァスティナ帝国のメイドにして、帝国女王最後の砦フラワー部隊の一人である。今彼女が救い出した男、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス救出のために、古巣であるアーレンツに潜入していた彼女は、戦闘の混乱に乗じて、ようやく彼を救う事ができたのである。

 帝国軍の砲撃が始まった瞬間、リンドウは行動を開始していた。リクトビアが捕らわれているであろう、国家保安情報局特別収容所に侵入した彼女は、警備の局員などを殺しながら、彼の居場所を探し続けた。施設内の地下に入った彼女は、目に付いた敵を全て殺しまわりながら突き進み、彼が捕らわれていた部屋を探し当てたのである。

 

「攻撃開始まで待つんじゃなかった・・・・・!きっとこれは、あの男の仕業だ・・・・・!」


 救出には成功したが、彼女が後悔しているのも無理はなかった。

 リンドウがその部屋に突入し、その眼に見たものは、服はぼろぼろに破れ、体中傷だらけとなって、部屋の床で横たわる、変わり果てたリクトビアの姿だったのである。

 部屋の中には、彼を拷問していたと思われる局員が四人いた。瀕死の彼を見た瞬間、一瞬で怒りが頂点に達したリンドウは、怒り狂いながらその四人をナイフで惨殺したのである。その後彼女は、横たわるリクトビアの傍に駆け寄り、両膝を床について彼の体を抱きかかえ、何度も彼の意識に呼びかけ続けた。しかしリクトビアは、彼女が何度呼びかけても目を覚まさない。

 部屋の様子と、部屋の中に点在していた拷問器具。それを見た彼女は、ここでどんな拷問が行なわれたのかを、瞬時に理解した。拷問器具の中には、いくつもの注射器と薬物があり、鞭や釘などの道具も置かれていたのである。

 彼はここで、薬物による自白を強要されるだけでなく、拷問器具を使って痛めつけられたのだ。体中生々しい傷跡があり、鞭を打たれたであろう傷や、手の甲には釘を打ち込まれたであろう傷もある。腕にはいくつもの注射痕が残っており、大量の薬を使われた事までわかった。

 薬物と拷問によって、リクトビアは今にも死んでしまいそうなほど、生気が感じられない。手遅れになる前に救出しようと、急いで彼を助けに現れたリンドウであったが、既に彼は酷く衰弱していた。生かさず殺さず、徹底的に拷問されたのだと知ったリンドウの頬に、一筋の涙が流れ落ちる。


「ユリーシア陛下・・・・・、私は・・・リック様を守れなかった・・・・・・!」


 リンドウは亡き自分の主の事を思い、彼を守れなかった己の無力さに涙を流す。自分はまた、大切な人を守る事ができないのかと、自分自身を呪った。

 傷付いたリクトビアを抱きしめ、涙を流すリンドウ。彼はもう目覚めないのかと絶望していたが、奇跡は起きた。


「・・・・・・あ・・・れ・・・・?リン・・ドウ・・・さん・・・・・・?」

「!!」


 かすかに聞こえたか細い声に、リンドウは驚いてリクトビアの顔を覗き込む。

 彼は目を覚ました。ゆっくりと瞼を開き、リンドウの顔を見つけたリクトビアは、衰弱し切った顔でどうにか微笑みを浮かべる。その微笑みは、助けに来てくれた事への感謝と、彼女を安心させようという優しさであった。

  

「まさか・・・・、リンドウ・・・さんが・・・・・・助けに・・来てくれるなんて・・・・・・・」

「リック様!!」


 大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶリンドウは、嬉しさのあまり彼を強く抱きしめた。リクトビアを抱きしめたまま、嗚咽を漏らして泣き続ける彼女に、彼は何も言わず、右手で彼女の頭を撫でる。


「申し訳ありません・・・・・!私が・・・、もっと早く助けに来ていれば・・・・・・!」

「リンドウさんの・・・・・せいじゃない・・・・・。悪いのは・・・・全部俺だから・・・・・・」

「皆・・・・・貴方を助けるために戦っています・・・・!貴方が生きていてくれて、本当に良かった・・・・・!!」


 心の底から彼の無事を喜ぶリンドウ。リックは彼女に多大な迷惑をかけてしまったと、内心そう思いながら自分の体を彼女に委ねた。右手は何とか動かせたが、薬と拷問のせいで、自分の体を動かす事ができなかったのである。

 泣き止んだ彼女は、自分で立ち上がる事すら叶わない彼の体を抱きかかえ、ここから移動するべく立ち上がった。救出に成功したリクトビアを、彼女は一人で抱えて運んでいかなければならないが、ここは敵地の中であり、ぐずぐずしていると、リクトビア奪還を阻止するべく敵が現れるだろう。その前に急いでこの施設から抜け出し、帝国軍と合流しなければならない。

 ここにいては危険だが、それ以上に、彼には急いで治療が必要なのである。体の怪我は勿論の事だが、短期間の間に大量の薬物を注射されている。幻覚を見るや身体の異常など、既に薬の副作用による症状が出ているだろうが、このままでは後遺症が残るかもしれない。一刻も早い治療が、彼には必要なのだ。


「急いでここを出ましょう!ヴィヴィアンヌがいない今なら、すぐに帝国軍と合流できます!」

「ヴィヴィ・・・・アンヌ・・・・・・?」


 リクトビア奪還において、リンドウが最も恐れていたのは、彼を攫った最強の敵、情報局の番犬ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼとの遭遇であった。彼を救出する上で最大の障害となる相手だと、そう考えていたリンドウだったが、運のいい事に彼女は今ここにはいない。この隙に彼女は、リクトビアをここから連れ出すつもりなのだ。

 

「待って・・・・・・、リンドウさん・・・・・・・」


 だが、リクトビアは彼女を呼び止めた。肩を抱えられながら、どうにか立ち上がっている彼は、リンドウを呼び止めその場に立ち止まる。

 リンドウが呼んだ名前、ヴィヴィアンヌ。その名前は彼の脳裏を駆け抜け、彼女と初めて出会った時から、彼女の顔を見た最後の瞬間までの記憶が、次々と呼び起こされた。


「まだ・・・・やることが・・・・残ってる・・・・・・・」

「えっ・・・・・?」


 満足に体を動かす事もできないリクトビア。しかし彼の眼は、まだ生きている。

 その眼は、一秒でも早く助かりたいと願う人間の眼ではなく、覚悟を決め、戦いへと赴こうとする戦士の眼であった。

 

「リンドウさん・・・・・・、お願いが・・・あります・・・・」


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