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第二十八話 激動 Ⅵ

「最高司令、準備が整いました」

「御苦労様です。では予定通り、各部隊に通達をお願いします」

「はっ!」


 太陽は雲に覆い隠された、曇天の空の下、彼らの姿はあった。広大な草原に集まっている、完全武装の軍団がいる。この場には数千の兵力が集められており、武器や食料などの大量の物資も用意されていた。彼らは皆、これから戦争へと向かう。そのための準備は既に整い、各部隊は出撃の命令を待っている。

 この軍団を率いている最高司令官の名は、エミリオ・メンフィス。ヴァスティナ帝国軍の軍師だが、今は帝国宰相の命令によって、帝国軍の全指揮権を預かっている。

 この草原に集まっている軍団は、ヴァスティナ帝国のほぼ全ての兵力である。最高司令官であるエミリオは、決戦のために帝国軍の戦力を搔き集め、ここに集結させた。この軍団の目的は、中立国アーレンツへの大規模侵攻作戦である。

 アーレンツには今、帝国参謀長リクトビア・フローレンスが捕らわれている。エミリオと帝国軍兵士達は、彼を救出するためにこの地へと集まった。奪われた救国の英雄を取り戻さんとする、この地に集まった兵士達の士気は高い。

 

「エミリオ!!」

「!」


 部下からの報告を聞き終え、一人頭の中で作戦の事を考えていたエミリオの背後から、元気のある大声で呼びかけた男が一人。急に彼の大声が飛んできたせいで、エミリオは一瞬、肩をびくつかせるほど驚いてしまった。

 声の主は、帝国軍所属の戦士ライガ・イカルガである。別名「歩く正義馬鹿」と呼ばれている、正義の味方を目指す戦士だ。


「ライガじゃないか・・・・・、びっくりさせないでくれ」

「?」

「・・・・・そうだね、君に悪気はないんだった。どんな時でも元気がいいのは、非常に良い事だと思うよ」

 

 ライガは良くも悪くも真っ直ぐで、純情な男なのである。大声を出してエミリオを驚かせてしまった事も、悪気があったわけではないのだ。

 エミリオとライガは、ある意味正反対の人間同士と言える。簡単に言うと、思考タイプのエミリオと違い、ライガは直感を頼りに生きるタイプである。軍師であるエミリオの命令を聞かず、己の直感だけを頼りに戦闘を行なってしまうライガには、彼も度々頭を悩ませていた。

 決して悪い男ではないのだ。しかし、直線的過ぎる性格の彼の行動は、エミリオのようなタイプの人間だけでなく、他の多くの人間達も困らせてしまう。そのせいで彼自身、何度も苦悩する羽目になった。ただ、不器用過ぎるだけなのである。

 

「それより、私に何か用があったのではないのかい?」

「ああ!!皆の準備が終わったって聞いたぜ!やっとオレの出番か!?」

「もう少しの辛抱さ。君の出番は、アーレンツに到着してからだよ」

「うおおおおおおおおっ!燃えてきたぜええええええええっ!!」


 ライガの士気は非常に高く、彼の戦士としての血が滾っているのがわかる。彼の気合はいつも以上であった。ライガもまた、リクトビア奪還に戦意を燃やしているのだ。

 どんな手段を使おうと、どんな犠牲を払おうと、必ずリクトビアを救い出すと誓うエミリオもまた、彼と気持ちは同じである。平常を装っているが、エミリオもまた、内心炎のように燃え上がる戦意を抱いている。


「今からそんなに張り切っていたら、アーレンツに到着するまで体力が持たないよ?」

「心配するな!!オレは体力だけは自信がある!体力だけはリックにも褒められてるんだぜ!」


 初めはライガと敵同士であった。戦場で彼と戦い、彼の力を欲したのは、帝国軍ではリックだけだった。

 誰もが彼を仲間に加えるのに反対した。敵であった者を簡単に信用し、仲間にするなど危険だと訴えたのである。それでもリックは、彼の事を気に入って仲間に加えてしまった。

 エミリオも、最初はライガの存在を危険だと考えていた。そして、こんな直線的な男が、戦場で役に立つ事はないと考えていたのである。実際ライガは、度々命令無視の独断専行をしては、皆に迷惑をかけ続けている。

 それでもリックは、ライガを仲間の一人とし、彼を見限る事は決してなかった。


「オレは絶対リックを助ける!オレはまだ、リックに恩を返しちゃいない!」

「君を帝国軍の一員として拾ってくれた事かい?」

「それだけじゃない!リックのお陰でオレは、自分を見つめ直す事ができたんだ!だから、一生かけてでもこの恩を返したい」


 ライガにとってもまた、リックは生きる希望なのである。それは、エミリオも同じであった。

 正反対の二人。だが、エミリオもライガも、共通している点が一つある。それは、二人共リックにその力を欲されて、ここにいるという事だ。

 そして二人は、リックと出会い、仲間となったあの瞬間から、彼の存在が生きる希望となった。故にエミリオは、どんなに己の手を血で赤く染めようとも、彼を救い出そうと誓っている。


「恩返しのために戦うんだね。君が私達の仲間になった経緯を考えると、その気持ちもわかるよ」

「恩返しのためだけじゃないぜ。おかしなこと言うなよ」

「えっ?」


 ライガはゆっくりと己の拳を前に突き出し、エミリオへと向ける。向けられた右手の拳と、エミリオを見るライガの闘志の燃えた眼が、彼の存在感を一層大きなものへと変えていく。

 これは彼の覚悟だ。必ずリックを救い出し、皆で生きて帝国に帰ろうという、正義の戦士の覚悟だ。


「リックはオレ達の仲間だ!!仲間が助けを求めてるんなら、助けに行くのは当たり前だぜ!」

「!!」


 ライガの言葉で、エミリオは大切な事を思い出した。自分達は、国のため英雄であるリックを救うのではない。恩返しのためでもなければ、自分達の生きる意味のためでもない。

 リックは自分達を仲間にしてくれた。家族同然のように、自分達を大切に想ってくれている。そしてリックは、自分達にとっても家族同然の仲間なのだ。ライガの言う通り、仲間が助けを求めているならば、助けに行くのは当たり前なのである。

 とても単純で、真っ直ぐな気持ち。エミリオはそれを忘れていた。リックという生きる希望を失うまいと、己の不安と戦うあまり、単純で大切な想いを忘れてしまっていた。

 

「・・・・・君の言う通りだ」

「?」

「必ず助けよう。リックは私達の大切な仲間なのだから」


 正直、エミリオはライガの事が少し苦手だった。お互いの性格が真逆で、彼にはいつも頭を悩まされていたのだから、これは仕方がない。

 だが今は、その苦手意識は消え失せ、彼もまた自分達の仲間なのだと、改めて思う。


「ライガ、期待しているよ。戦場での君の突撃力だけは、帝国軍随一だからね」

「おう、任せとけ!!」

「できれば、戦場ではもっと頭を使ってくれるとありがたいかな」

「悪い!たぶん無理だ!」

「えっ!?」

「リックに言われてる!お前は色々考えるだけ無駄だから、エミリオ達の言う事ちゃんと聞いて動けってな!!」


 驚くエミリオと、リックの教えを自慢げに語るライガ。リックはライガに、エミリオ達の命令通りに動く犬になれと、そう教えていたのだ。確かに、ライガのようなタイプにはそれが一番かもしれないが、それは流石に酷いのではエミリオは思う。

 しかし、彼は頭の中でライガを犬と思い、戦場で自分が彼に命令を出す姿を想像して、噴き出して笑ってしまった。


「ふふっ、ふふふふ・・・・・」

「なっ、なんだよ?オレ、何か面白い事でも言ったか?」

「いっ、いや何でもないんだ。ただちょっと、想像したらおかしくって・・・・・」


 ライガのお陰で大切な事を思い出し、張り詰めていた自分の緊張も少し楽になったエミリオは、彼と共に兵達の待つ集合場へと移動する。

 移動した先に待っていたのは、整列する帝国軍兵士達と、帝国軍を支える幹部達であった。彼らもまたライガと同じように、その眼に戦意を燃やしている。戦意だけでなく、猛烈な怒りと殺意を放つ者もいる。

 彼らはエミリオの言葉を待っていた。彼がその言葉を発すれば、ようやく彼らは、ここへ来た目的のために、戦場へと赴く事ができるのである。

 大義ある戦争の時間。彼の国の全てを滅ぼすまで、戦闘を止める事は許されないと命令されている。とは言え彼らは、そんな命令を受けなくとも、最初からそのつもりだ。


「皆、準備も覚悟もできているね?」


 最終確認とも言える、最高司令官の問い。集合場に集まる者達は、その問いに無言だった。だがそれは、愚問であるという意思の表れなのだ。

 だからエミリオは、これ以上何も聞く事はなかった。彼らが待ち侘びている、最高司令官である己の命令を、声を張り上げ口に出す。


「これより我が軍は、中立国アーレンツへ侵攻作戦を開始する!全軍、出撃せよっ!!」


 エミリオの号令が下り、兵士達の大地と空気を震わす咆哮が上がる。出撃のため、周りが一瞬で慌しくなる中、号令を下した本人であるエミリオは、普段この役を行なうリックの、血を滾らせる号令を思い出していた。


(やはりこの役は私に向いていない。一日でも早く代わって貰うためにも、必ず助け出すよ、リック・・・・・)

 

 軍師エミリオ・メンフィスを最高司令官とする、ヴァスティナ帝国軍主力は出撃した。

 彼らの目指す先は、中立国アーレンツ。帝国軍がアーレンツに到着するまで、あと三日。

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