第一話 初陣 Ⅰ
第一話 初陣
自分のおかれている状況が、今現在理解できないでいる。周りを見ると、緑溢れる自然に囲まれ、綺麗な森林の中にいることはわかる。鳥のさえずりが聞こえてくるし、空気がうまい。とても過ごしやすいところだとは思う。
それは大いに良いことであり、このぽかぽか陽気の中、昼寝などしてまったり過ごしたいと思う。
自分がさっきまでいた住宅街の風景が、きれいさっぱり無くなっていなければの話だが・・・・。
つい先程まで、ゲームセンター帰りの帰路についていたはずだった。日も落ちて、辺りは暗くなっていたはずなのだ。
それが今、気が付くと全くの別世界にいる。しかも、太陽が昇っている。
確かに夜道を一人、家への道を歩いていたのだ。どこかで考え事に耽って、気づかないままどこかもわからない場所に迷い込んだのだろうか?
(いや、いくら俺でも昼間になるまで歩き続けないぞ。どんな集中力だよ・・・)
記憶を巻き戻して考えてみることにする。
何故、このような状況に陥ったのか。ここがどこかを考えてみる。
(そうだ。確か帰り道で・・・)
そう、帰り道で突然目の前がまばゆい光に包まれ、眩しさのあまりに目を開けることもできず、光から顔を逸らした。最初は車のライトか何かと思ったが、さっきまで車の類は目の前になかった。
その光の正体が分からぬまま、光に自分が呑み込まれたところで、記憶は途切れてしまっている。途切れた記憶がどうしても思い出せない。
一体自分はどうなってしまったのか、全くもって不明だ。
(ここはどこなんだ?)
周りを見まわす。何がいて何があるかを確認してみよう。
天気は晴天、木があり、草があり、花があり、鳥がいて、虫がいて、スライムがいる。
・・・・・何かおかしい。もう一度確認しよう。
天気は晴天、木があり、草があり、花があり、鳥がいて、虫がいて、スライムがいる。
「目の錯覚かな。目の前にスライムが見える」
目をごしごしごしごし擦ってみる。
目の前の緑色の液体のような何かが、どろどろどろどろ・・・・。
「・・・・・・・・」
どろどろどろどろどろどろどろどろ・・・・。
確かにスライムはいる。目の錯覚ではない。
・・・・・・・・全力疾走でその場から逃げた。
「いやいやいやいや、ありえないだろ?!」
全力疾走しながら叫ぶ。自分の目で見たものが信じられない。
見たものは確かにスライムだった。それ以外の何ものでもない。ゲームで見たのと同じものだ。
しかも生きていた。いや、生きていたのかどうかよく分からないが、動いていたのは確かだ。
ファンタジーの定番で有名なスライム先生が確かにいたのだ。
いやしかし、それはあってはならないことだ。何故ならそれの意味するものは、頭の正気を疑うほどの非現実的なことなのだ。
冷静になれ。そう自分に言い聞かせる。
「冷静になれるかああああぁぁぁーーーーーーっ!!」
自分で自分にツッコミをいれる時点で、もはや正気ではない。
盛大に叫んだ後、全力疾走の速度を徐々に落として、ついに止まった。
かなりの長い距離を全力で走った。流石にもう動けないだろうとそう思った。
しかし、実際はそれほど疲れてはいない。何百メートルもの距離を疾走したはずなのに、まだまだ体力が有り余っているのがわかる。息を整えるのも早い。
足の速さには自信があるが、正直体力には自信がない。正確に言うと持久力だが。
自分には全力疾走で何百メートルの距離を走り、地面に倒れ伏さない持久力はない。
何かがおかしい。
いや、現在おかれている状況そのものがもうおかしいのだが、自分自身も何かがおかしい。
(さっきまで気付かなかったけど、目がいつもよりよく見える)
遠くの景色が細かな所まではっきり見える。少なくとも今までは、目が悪いということもなかったが、今まで以上に視力が上がっているのが分かる。
今までよりも視界が明るく感じ、風景が鮮明に見える。これなら将来狙撃兵にでもなれるのではないか。
いや、今はそんなこと考えている場合ではない。目の前にスライムが現れ、驚きのあまり逃走してしまったが、スライムの存在だけでは現状は理解できない。もっと情報が欲しい。
「俺、意外と冷静かもしれないな」
少しは冷静になっている自分に感心しつつ、とりあえず前へと進むことにする。
もしかしたら何かわかるかも知れない。そうでも考えないと不安で仕方ない。
だから、前へと進むしかないのだ。
歩み続けて程なく、ようやく人を見つけることができた。
声をかけようと思ったが、それはできなかった。
何故ならば、そこにいた人というより人たちは、皆が鎧を付けて剣を構えていたのだ。
(映画の撮影・・・・とかではなさそうだな)
十人の男たちが、胸当てなどの鎧を身に着け、手に握った剣を構えて、三人の男たちを取り囲んでいる。
三人の男たちは、相手と同じように剣で武装して、それぞれ構えている。普段着の洋服に身を包んだ自分とは、明らかに服装の違う男たちが お互いに睨み合っているのだ。
一色触発。いつ斬り合いが始まってもおかしくはないように見える。
映画の撮影に見えないのは、見ているこちらにまで伝わってくる、感じたことのない緊張感のせいだ。
困ったことに、こんな場面に出くわしてしまうと、物陰に隠れて様子を窺うという選択しか思いつかない。そう思う前に、体が勝手に危機感を感じて物陰に隠れてしまった。体が勝手に動いてくれなかったら、唐突の出来事に混乱し、呆然と立ち尽くしていたかもしれない。危機回避の動物の本能なのかわからないが、何故か感嘆してしまった。
いやいや、そんなことに感嘆してる場合ではない。この状況は一体どうしたらいいのだろう。
(もっと身を屈まないと見つかるかも)
ゆっくりと脚を曲げ、身を屈めていく。しかし、足元から何かが折れる気持ちの良い音が響いてしまった。その音は男たちにも聞こえてしまい、皆の視線が一気にこちらに集まる。
木の枝を踏みつけて折ってしまったのだ。物音をたてたせいで、見つかってしまった。
万事休すだ。
「何者だっ!」
十人の男たちの内、四人がこちらに剣を構え警戒する。隠れてやり過ごすことはできない。
物陰から出て姿を現す。逃げるという選択肢もあったが、スライムと違い、人間相手なら話せばわかるかもしれないと思ったのだ。何より、相手の言葉がわかる。言葉が通じるのなら何とかなるはずだ。
体格や肌の色など、どう見ても自分と違う人種にしか見えないのに、相手の言っている言葉が分かるのは不思議だが・・・・・。
人種の違いがあっても、話せばわかると信じたい。
「決して怪しいものじゃないですよ。話せばわかります」
「怪しげな服を着ている。さては、この三人の仲間だな!」
前言撤回。話してもわからないこともある。
「いや、怪しくないですよ!この服なんか普段着ですよ!?そこの三人とは無関係です」
「問答無用だ!こいつも殺せ!!」
今ならわかる。「まて、話せばわかる!」といって問答無用に殺された歴史上の偉人の気持ちが。
相手に聞く気がないと意味がない。歴史はいつだって、自分たちに教えてくれていたのだと思い知る。
目の前からピリピリとした空気を感じる。これが殺気というものなのか。男たちが自分を殺そうとしていることが、はっきりと伝わる。
腹を括らなければいけない。自分の命が懸かっている。こんなわけもわからない内に殺されるなど御免だ。奴らは自身にとって敵であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
敵の一人がこちらに斬りかかってくる。戦うか逃げるしかない。
男の振り下ろした剣が一閃。それを右に避けて躱す。その剣が今度は横に一閃。今度は勢いよく伏せてそれを避ける。
(あれ?)
攻撃を避けることができた。戦闘など当然素人なのに。
斬撃が迫る瞬間、体がそれに反応できるのだ。斬撃がくるより速く、目と体がそれに反応して、簡単に避けることができる。相手の攻撃も、実際の速さよりは少しゆっくりに見える。まるで漫画でお馴染みの、敵の攻撃が止まって見えるというやつではないか。
やれる。目の前の敵を倒せると思える。倒せれば生き残ることができるのだ。
男はもう一度剣を振り下ろそうと構える。その動作が隙をつくった。
男が剣を振り下ろすよりも速く、懐に体を滑り込ませ、相手の顔面目掛けて思いっきり拳を突き出す。
「くたばれえええぇぇぇーーーーー!!」
腹の底から叫び、気合を拳にのせて、渾身の力で顔面を殴った。
相手の皮膚に触れた感触は一瞬で、拳は男を勢いよく殴り飛ばす。
殴り飛ばされた男は、まるで車か何かに轢かれたが如く、物凄い勢いで後ろに飛んでいった後、地面に叩きつけられた。男は一発でのびてしまい動かない。殴り飛ばされた距離は三十メートル位だろうか。
人間が大の男を三十メートルも殴り飛ばした。
その場にいた全員が唖然として自分を見ている。
「あっはは・・・・、やれすぎかな」
一番驚いているのは勿論自分自身だ。今日何度目かの衝撃である。
今わかったことは、自身の体は力すら強力なものになっているということだ。
当然、元々こんな非常識な力を持ち合わせていたわけではない。こんな状況に陥ってからというもの、周りと自分に驚かされてばかりで、どうしたらいいのか全くわからないが、わからない以上、重要なことは、目の前の事態をどうするかだ。
一人倒され、今は九人の男たちは、三人組の敵であるのはわかる。九人の方はこっちに仕掛けてきた。
なら、話は早い。
「敵の敵は味方なんだよな。ことわざ的には」
九人を倒す。それが現状に出した答えだ。
気が付けば見知らぬ場所にいて、自分の知らない力が、色々と目覚めてしまっているのに気が付き、驚いているのも束の間に、男たちの襲撃にあって、もう驚き疲れた。これ以上何が起きても、驚かない自信ができつつある今、先程助けた三人の男たちの馬に乗せてもらい、乗馬による感じたことのない大きな揺れから、落馬しないよう、しっかり掴まりながら、今まで起こったことを整理していた。
信じられない話だが、ここは自分の知る世界ではないということがわかった。
九人の男たちを倒すのに苦労はなかった。相手は訓練されているようではあったが、強化された身体能力のおかげで、全員倒すことができた。勢いに乗って跳びかかり、一人ずつとにかく殴り倒していったら、気が付けば終わっていたのだ。
三人を助けた後、色々と聞きたいことがあるため、話を聞こうとしたが、彼らは急いでいるらしく、直ぐに移動しなければならないということで、彼らの乗ってきたという、馬の後ろに乗せてもらい、移動しながら話を聞くことになった。揺れのせいで何度か舌を噛みそうにはなったが・・・・。
ここは何処なのか?さっきのは何だったのか?スライムがでろでろしていたんだが、などなど・・・・・・。様々な質問をしたが、彼らは助けた恩を感じてか、好意的に答えてくれた。
違う世界から来たなどと話をしたら、面倒なことになるだろうと思い、遠いところから来たということにして話を合わせた。服装の違いなどについてもそれで通した。
もしも本当のことを言ったとしても、到底信じては貰えないだろうが、言って妙な不信感を与えるよりは、この方が良いだろうという判断だ。
話を聞き、まず分かったのは、ここはローミリアと呼ばれている大陸で、彼らは大陸にある一国家の、ヴァスティナ帝国というところの兵士であるらしい、と言うことである。
(話を聞く限りだと、やっぱり異世界に迷い込んだってことだよな)
何となくだが、予想はしていたこともあり、特別驚きはしなかったが、未だに信じられないという気持ちはある。だが、現実はライトノベルにありがちなとんでも話である。現実を直視しなければ、この先が、生きていくことすら叶わないであろう状況である以上、信じるしかないというのは、頭では理解できている。
しかし、そんなことよりも重要な問題が判明してしまった。
次にわかったことは、今自分たちが向かっているヴァスティナ帝国は、現在滅亡寸前ということ。・・・・・・状況は最悪と言える。