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第二十八話 激動 Ⅴ

 突如として大規模な行動を開始した強硬派の局員達は、ルドルフ・グリュンタールを筆頭に、穏健派の主要人物を次々と逮捕していった。穏健派の面々は完全に虚をつかれた形となり、有効な対策を取れぬまま、強硬派局員に捕らえられていったのである。

 この日、国家保安情報局内の対立は、完全に強硬派が勝利を収める形となった。主要な幹部を失った穏健派は急速に力を失ったため、抵抗する事もなく、強硬派の支配を止む無く受け入れたのである。穏健派幹部であるディートリヒが、秘密裏にヴァスティナ帝国と繋がっていたという証拠を掴まれた以上、残された穏健派勢力に抵抗できる術はなかったのだ。

 情報局内の対立が終結した今、強硬派の次の目的は、国内を戦争へと扇動するための工作活動である。王政ではないこの国では、国民こそが国を大きく動かす。国家保安情報局が裏で国を支配してはいるが、表向きこの国は民主主義であり、政治家がいて、議会も開かれるのである。

 次の議会までに、国民感情を祖国の悲願成就へと向けていき、議会が戦争へと傾けば、強硬派の目的は達成される。そのために必要なのは、国民を戦争へと扇動する工作であり、戦争に勝利できると国民に示すための、軍事力の増強であるのだ。

 強硬派のルドルフは、戦争に勝つための切り札の準備を進めている。ルドルフ主導で進められていた、国家保安情報局の新兵器とは、かつてヴィヴィアンヌが、ゼロリアス帝国から持ち帰った情報をもとに研究されていた、生物兵器の事である。

 この兵器の試作品は、既に実戦に投入されている。今は亡き、エステラン国の第二王子メロース・リ・エステランが保有していた、黄金十字騎士と呼ばれていた三人の騎士は、アーレンツで作られた兵器だった。実戦データ収集のため、メロースと密約を交わしたルドルフが、上層部の命令を受けて彼に送っていたものである。

 結果、試作品は全て帝国軍に撃破され、その死体は回収されてしまったが、データは十分に得られた。その情報を生かし、正式採用と量産化のために、研究は最終段階を迎えようとしている。

 この兵器が完成し、実戦配備が進められれば、国民感情は確実に戦争へと傾くと、ルドルフは確信していた。何故ならこの兵器の戦闘力は、完成すれば一体で百の敵と戦えると言われている。それを百体作れば、単純計算で一万の軍隊に匹敵する事になるのだ。これさえあれば勝利は確実だと、そう国民に思わせるには十分な材料なのである。

 だがルドルフは、戦争での勝利をより確実なものとするために、ある情報を求めている。その情報とは、ヴィヴィアンヌがディートリヒの命令を受けて拉致した、帝国参謀長の持つ銃火器の情報であった。






「はあ・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・・」


 薄暗い室内に、椅子に座らされ、椅子の後ろに腕を回されて、両手に手錠をかけられた、一人の男の姿がある。彼は下を向いたまま、苦しそうな呼吸を繰り返し、異様な冷や汗をかき続けていた。

 彼はこの室内に拘束されている。彼を拘束しているのは、彼の目の前に立つ四人の男達であった。彼はこの場所に無理やり連れて来られ、椅子に拘束され、男達から何度も同じ質問をされている。はぐらかそうとすれば殴られ、黙っていれば蹴られる。何度も何度も質問の度に暴行され、体中に傷を負いながらも、彼は男達の質問に答えようとしない。


「どうだ、狂犬の様子は?」


 彼の荒い呼吸しか響いていなかったこの部屋に、新たに入室した男が一人、彼の事を狂犬と呼ぶ。男が入って来た瞬間、彼を拘束した男達は敬礼し、男も敬礼で返す。

 

「それが、中々強情でして。使用許可を頂いておりました薬物を全て投与しましたが、体力を消耗させるだけで、御覧の通り効果がありませんでした」

「何だと?この男、薬物耐性の訓練でも受けていたのか?」

「わかりません。注射痕などは見られなかったので、訓練されていたとは思えません。もしかすると、天性的に耐性が高いのではないでしょうか?」


 彼の呼吸が荒い理由は、暴行のせいだけではない。腕に何本も注射された、自白剤のせいである。彼が質問に答えなかったため、男達は無理やりにでも答えさせようと薬を注射したが、結局どんな薬を使っても、彼には効果がなかった。

 強いて効果があったとすれば、薬の副作用の影響で、彼の体力を大きく消耗させた事だろう。しかし、どんなに彼の体力を奪っても、彼は全く口を割らないため、結局意味はない。


「あの女が吐かせるのに手こずるだけはある。流石はヴァスティナ女王の飼い犬と言ったところか」


 口元に笑みを浮かべ、男は彼の目の前まで歩を進め、拘束されている彼の姿を見下ろした。暴行と薬物によって、酷く弱り切った彼の姿は、無残なものである。そんな彼の様子を見て、男は邪悪な笑みを浮かべていた。この男にとって、他者が苦しむ姿を見るのは、快楽の一つでしかないのだ。


「気分はどうだ?リクトビア・フローレンス」

「はあ・・・・はあ・・・はあ・・・・・・。おかげさまで・・・、吐きそうなくらい気持ち悪い・・・・・」


 拘束されている彼の名は、リクトビア・フローレンス。男の名は、ルドルフ・グリュンタール。

 ルドルフは部下に命じ、情報局大尉ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼの自宅を強制調査させ、リクトビアの身柄を確保した。更にルドルフは、部下達にリクトビアからの情報収集を命令していたため、こうして苛烈な尋問が行なわれたのである。

 彼らがいるのは、国家保安情報局の特別収容所である。つい最近までここに捕らわれていたリックは、ルドルフの手によって、再びこの場所に連れ戻されたと言えるだろう。

 リックに対してヴィヴィアンヌが行なった以上に過酷な尋問が、この場所で行なわれている。ルドルフの部下達は、リックの生命に関わる程の尋問を、命令のままに実行した。彼が嘔吐を訴えるのも無理はない。

 

「俺の部下達は容赦と手加減を知らん。大人しく全部吐いた方が身のためだぞ?」

「ははっ・・・・・、吐くって何をだよ・・・・?ゲロならいくらでも吐けるけど・・・・・、欲しいならいっぱい吐いてやろうか・・・・・?」


 顔を上げ、苦しそうでありながらも、口元にどうにか笑みを浮かべ、軽口を言って見せるリック。弱り切ったその姿で、彼は尋問には決して屈しないという意思を、ルドルフに対して示して見せたのである。


「馬鹿がっ!」

「がはっ!!」


 リックの言葉に対して、ルドルフは暴行で答えて見せた。弱り切っている彼の腹部目掛け、勢いを乗せた拳を放ったのである。無防備な腹部に入れられた拳は、リックを更に苦しみ悶えさせるには十分であり、彼は暫くの間呼吸が止まってしまった。

 また下を向き、咳き込み続け、どうにか呼吸を取り戻したリックの頭を、ルドルフの左手がしっかり掴み、彼の顔を再び上げさせる。顔を上げさせられたリックが見たのは、邪悪な笑みを浮かべるルドルフの顔だった。


「威勢がいいのは結構だが、このままならお前を殺すぞ?」

「・・・・・殺したきゃ・・・・殺せばいいだろ・・・・・・」

「何も吐かずに死んでもらっては困る。お前が持つ銃という兵器の情報には、俺も興味があるんでな」

「どいつもこいつも・・・・・。そういうのは・・・・・俺じゃなくて・・・・・、帝国に行って聞いてくれ・・・・・・」


 声を発するのも辛い中、リックはどうにか言葉を返して見せる。その威勢がいつまで持つかと言わんばかりに、リックの言葉を鼻で笑ったルドルフは、彼の頭を左手で掴んだまま、右手で彼の頬を殴りつけた。痛みで呻き、血反吐を吐いたリックに情けはかけられず、ルドルフの尋問は続く。


「自分の立場を理解したか?俺を目の前にしてのその度胸は買うが、俺は気が短いんでな」

「お前が・・・・・、ヴィヴィアンヌの言ってた・・・・暴豹か・・・・・・?」

「奴から聞いてはいたのか。お察しの通り、俺がルドルフ・グリュンタールだ」

「お前が・・・・・ここにいるって事は・・・・・・・、穏健派は・・・・・・」

「ああ、穏健派は崩壊したぞ。ファルケンバイン准将を殺害し、主要な幹部は一人残らず逮捕したのでな」


 ルドルフは強硬派の人間であり、ヴィヴィアンヌから警告を受けていた存在。自分にとっては間違いなく敵と言える存在が、自分の目の前にいる。

 自分が監禁されていたヴィヴィアンヌの自宅に、突然男達が突入してきた時点で、リックは察していた。穏健派の敗北と、強硬派の勝利を直感で理解したからこそ、ルドルフの言葉にリックは動揺しなかった。

 だが彼には、穏健派の敗北以上に気になっている事がある。


「ヴィヴィアンヌは・・・・・・、彼女はどうした・・・・・?」

「やはり気になるのか?話には聞いていたが、相当あの女が気に入っているようだな」

「彼女は・・・・・・・、無事なのか・・・・・・?」

「安心しろ、まだ何もしちゃいない。お前が気にするかと思って、特別に連れてきてやったんだぞ」


 ルドルフはリックの頭から左手を乱暴に放し、指を鳴らして部屋の外に合図を送る。合図を聞き、新たにこの部屋に入って来たのは、二人の男と一人の少女であった。


「リクトビア・フローレンス・・・・・・」

「ヴィヴィアンヌ・・・・・・」


 二人の男はルドルフの部下であり、ここまで彼女を連行する命令を受けていた。両手に手錠をかけら、今や国家反逆罪で逮捕状態となっている、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。彼女はリックの姿を見つけると、彼の無残な姿を見つめたまま、彼の名を呼んだ。

 ヴィヴィアンヌに名前を呼ばれ、薬のせいで重い頭を何とか上げて、リックもまた彼女を見つめると、名前を呼んで見せる。ルドルフの言った通り、無傷の状態の彼女を確認したリックは、安心して微笑みを浮かべていた。


「無事でよかった・・・・・・」

「自分の心配をしろ。貴様の身柄を同志大佐が預かった以上、私の時の様にはいかないぞ」

「心配して・・・・くれるのか・・・・・・?」

「黙っていろ」


 変わらないヴィヴィアンヌの様子に、安堵の息を吐くリックだったが、彼の危機的状況は何も変わらない。今リックは、この国で頼るべき存在と言えたディートリヒを失い、彼の部下であったヴィヴィアンヌまでも捕らえられてしまった。このままでは、自分の身が非常に危険な状態なのである。

 ルドルフはリックの持つ、帝国軍製の銃火器の情報を欲している。それを得るためならば、どんな手段も使うだろう。少なくとも、この先リックを待っているのは、今まで以上に過酷な尋問となる。それだけは間違いない。 

 

「感動の再会のところ悪いが、同志大尉。貴様はこの男を監禁し、上層部に報告もなく無許可による尋問を行なった。間違いないな?」

「はい。ファルケンバイン准将の命令で、この男を拉致し、無許可による尋問を行なっておりました」

「貴様の部下達の話によれば、尋問は貴様一人で行なう事が多かったそうだな?この男から得られた情報は、今ここで全て報告しろ」


 この場において、ヴィヴィアンヌの身はルドルフの手中にある。逆らえば、どんな目に遭わされるか、想像に難くない。そのため彼女は、ルドルフの命令に対して、正直に答えるしかないのだ。


「この男は何も吐きませんでした。よって、私が得られた情報は何もありません」

「本当か?」

「大佐の部下達が苦戦されている通り、私も尋問に失敗しております。虚偽の報告など致しません」


 そう彼女が答えると、次の瞬間ルドルフは、彼女の頬を殴りつけた。

 力任せの男の拳。避けようと思えばできたが、彼女はそうしなかった。殴られた彼女は倒れる事はなかったが、その頬は赤く腫れあがっている。突然殴られたヴィヴィアンヌだったが、彼女はその事に抗議する事なく、無言のまま立っていた。


「俺に嘘は通用しないぞ。隠し事をするなら、同じ局員であろうと容赦はしない」

「・・・・・私は嘘などついていません」

「ふん、強情な女だ」


 ヴィヴィアンヌは銃火器について、全く情報を得ていないわけではない。リックから少なからず情報を得ているため、それを報告する事ができる。だが彼女は、ルドルフの命令に逆らい嘘をついた。殴られ、脅されても、彼女が嘘を貫こうとしているのは、彼女にとってこの男が、従ってはならない敵である事の表れだ。


「俺の命令を拒否できる立場か?教えないつもりなら、貴様を国家反逆罪で一生投獄するぞ」

「・・・・・・」

「馬鹿が。素直に俺に従えば、臭い飯を食う必要もなくなるというのに」


 ヴィヴィアンヌは使えないと判断したルドルフは、不機嫌な表情を浮かべてリックを睨む。彼女に聞けない分、リックにたっぷりと聞くつもりなのだ。

 勿論リックは、自分の持っている帝国に関する情報は、一切吐くつもりはない。しかし相手は、ヴィヴィアンヌがリックに警告するほどの、危険な相手である。この男相手に自分がどこまで持つのか、今のリックにはそれが最重要の問題であった。


「何も話す気がないなら、もうお前に用はない。お前達、この女を牢にぶち込んでおけ」


 彼女を連行してきた部下達に命じ、ルドルフはヴィヴィアンヌを、この部屋から追い出そうとする。二人の部下によって、ヴィヴィアンヌは牢獄に連れていかれようとしたが・・・・・・。


「待ってくれ、ヴィヴィアンヌ・・・・・」

「・・・・・・」


 連れていかれようとしている彼女の背中を、弱り切ったリックの声が呼び止めた。彼女は振り返る事はなかったが、それでもリックは言葉を続ける。


「自分の心に・・・・・・問い続けろ・・・・。そしたらきっと・・・・お前の道は開ける・・・・・」

「・・・・・!」


 それだけを言い残し、リックは意識を失った。投与された薬のせいで、体力が尽きた事が原因だ。

 そして、ヴィヴィアンヌは何も言う事なく、ルドルフの部下に連行され、この部屋を後にした。後に残されたのは、ルドルフとリックを尋問していた部下達だけとなる。


「やれやれ、愚かな男だ」


 彼女をよく知るルドルフからすれば、リックは愚かで哀れな男にしか見えないのである。何故ならリックは、人でなくなった怪物を、再び人に戻そうとしているからだ。

 彼女を人間に戻すなど、どうやっても不可能だと、ルドルフはそう確信している。愛国者精神を情報局から植え付けられ、彼女の両親を彼女自身の手で殺させた時、ヴィヴィアンヌは人として大切な心を失い、完全に壊れてしまったのだから・・・・・・。

 

「さて、薬のせいで気絶してしまったな。おいお前達、次の手はもう考えてあるんだろうな?」

「はい、同志大佐。先ほどまで試した自白剤は効果が無かったので、薬物担当班が開発中の新型を使用したいと考えております」

「効果は期待できるのか?」

「現在情報局で使用されている、どの自白剤よりも強力であると報告を受けております。どうか、使用の許可を」

「許可する。但し、間違っても殺すんじゃないぞ?俺の許可があるまでは絶対にだ」


 もし万が一、薬物のせいでリックを許可なく殺してしまった場合、彼らはルドルフに即刻殺されるだろう。この男は部下の失敗を許さない、冷酷非情な暴君なのである。

 それを、彼の部下達はよく知っているため、次は必ず成功させなければと、恐怖を士気に変えていく。これがルドルフのやり方なのである。恐怖を力とさせる彼のやり方によって、常に彼の部下達は、命令に全力で当たるのだ。

 

「大人しく話せば苦しまずに死ねたというのにな。どいつもこいつも、俺の手を煩わせる馬鹿ばかりだ」


 気絶しているリックも、投獄されるヴィヴィアンヌも、ルドルフからすれば、救いようのない馬鹿な人間達でしかない。

 馬鹿には何を言っても無駄。ならば、体で理解させるしかない。そんな彼の傲慢な考え方によって、リックは今、命の危険に晒されようとしていた。

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