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第二十八話 激動 Ⅲ

 ジエーデル国総統バルザック・ギム・ハインツベントは、己の野心のために行動を開始しようと決意した。この事実を知っているのは、未だ極僅かの人間だけである。

 当然、この国の人間達も、この事実はまだ知らない。中立国アーレンツは、自分達を仕留めようと、確実に迫ってきている刃に、まだ気付いていなかった。


「そろそろ奴らは動く。俺達強硬派には、あまり時間は残されていない」


 だが、ここに一人、その刃に気付いた者がいる。

 中立国アーレンツ、国家保安情報局本部のとある執務室に、その男の姿はあった。ここは男の執務室であり、男の目の前には、配下の部下達が集まっている。


「情報では、帝国軍が大規模な軍事行動を起こすべく動き出したらしい。恐らく、この動きに合わせて他国も動き出すはずだ。俺達はその前に、行動を起こす必要がある」


 男の名は、ルドルフ・グリュンタール。国家保安情報局大佐で、「暴豹」という異名を持つ。

 

「しかし、同志大佐。今、我々強硬派が行動を起こすには、何かきっかけが必要かと思われます」

「その通りです。我々が実権を握るためには、穏健派を屈服させるだけの勢力を集めなくてはなりません。その準備が整うまで、もう少し待つべきではないでしょうか?」


 ルドルフ配下の情報局員達から、今の発言に対しての反対意見があがる。彼らの意見は間違ってはいない。状況を考え、慎重に行動しようとしているのだ。

 国家保安情報局は今、祖国の悲願を叶えようとする強硬派と、中立を止めるべきではないと主張する穏健派に分かれ、対立してしまっている。状況的には、日々確実に強硬派が力を増している状態であり、このままいけば、穏健派の勢力を大きく上回る事が可能となる。その時こそが、強硬派が勝利を収める瞬間なのだ。

 だが今は、それを待つ時間がない。ルドルフの部下達が話した通り、慎重に行動していては遅いのである。


「馬鹿が、それを待っている間に帝国が攻めてくる。帝国の次はジエーデルかもしれんのだぞ。この国が消えてなくなるまで待つつもりなのか?」


 中立を貫いてきたアーレンツに近付く、戦争の足音。アーレンツを滅ぼそうと、軍事行動を開始したヴァスティナ帝国の動きは、この国に迫る大きな脅威と言える。だが、最も脅威となるのは、この帝国の動きを利用するであろう、アーレンツを邪魔に思う他国の存在である。

 中立国ではあるものの、アーレンツの軍事力はヴァスティナ帝国を上回っており、大陸内でも力ある国家の一つとして数えられている。特に、アーレンツ軍とは独立している、国家保安情報局の所有する戦力は、実戦経験豊富な精鋭揃いであり、アーレンツの軍隊よりも優秀だ。

 しかし、その力で帝国を退けたとしても、その戦いの後に、次の敵が現れればどうなるか。もしも、ジエーデル国のような大国に攻め込まれでもしたら、滅亡は免れない。そうなる前に、彼ら強硬派は実権を握ろうとしているのだ。

 

「荒鷲は狂犬を利用して、帝国との戦争を止めるつもりだ。ついでに、アーレンツと帝国が手を組めば、ジエーデルは手を出してこなくなるからな」

「では荒鷲は、初めからそれも計算に入れて?」

「当たり前だ。奴は情報局長官の座を狙っているんだぞ。この程度の無茶を恐れるような奴ではない」


 穏健派の主要人物の一人であり、この状況を生み出した張本人、ディートリヒ・ファルケンバイン准将。「アーレンツの荒鷲」という異名を持つ、情報局の古株。彼の存在こそが、強硬派最大の障害と言えるのである。

 ディートリヒは独断で、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを密かに拉致し、彼と密約を交わした。その事に、ルドルフは既に感付いている。このままディートリヒを野放しにしていては、いずれは彼の思惑通りに事が運び、穏健派が実権を握ってしまう。

 それを阻止するためには、このタイミングで行動を起こし、ディートリヒと戦わなくてはならない。その戦いに勝利するための、切り札を用意してだ。


「それで、奴の居所は掴めたのか?」

「特別収容所かと考え極秘裏に調査しましたが、姿を確認する事は出来ませんでした」

「ふん、番犬め。発見されるのを恐れて何処かに運び出したか」

「現在国内を捜索中ですが、未だ手掛かり一つありません」

「なら、あの番犬を調べろ。感付かれないよう、局員から最近の奴の行動を徹底的に洗え」


 情報局の番犬、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ大尉。ルドルフは彼女こそが、リクトビア拉致の実行犯だと見抜いている。故に彼は、ヴィヴィアンヌがリクトビアを隠していると考え、彼女の情報を欲したのだ。

 彼女の行動の中には、必ず手掛かりが隠されている。その手掛かりを掴み、リクトビアを見つけ出した時が、強硬派が穏健派を倒す瞬間となるだろう。


「大佐、実は番犬の行動で気になる事が・・・・・・」

「早速か。それで、どんな情報だ?」


 自分に従う部下達の優秀さに満足しつつ、彼は口元を吊り上げて、邪悪な笑みを浮かべる。

 「暴豹」という異名を持つ、強硬派最大の暴君が、獲物を仕留めるための行動を開始した。






「なあ、同志大尉殿。これは一体・・・・・・」

「黙って食え。それと、私を同志と呼ぶな、駄犬」


 彼は今、自分でも理解できない状況に置かれていた。

 目が覚めると、そこには木製のテーブルがあった。彼の体は椅子に座った状態で、両手には手錠がかけられていたのである。

 目覚めた彼は辺りを見渡し、状況を確認しようとした。そうして理解できたのは、ここが室内である事と、何故か彼女がいた事だけだった。国家保安情報局大尉、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。何故か彼女が、彼の目の前にいたのである。

 彼の名は、ヴァスティナ帝国軍参謀長、リクトビア・フローレンス。親しい者は彼をリックと呼ぶ。現在彼は、中立国アーレンツの特別収容所に捕らわれていたはずだった。しかし、今彼がいる室内は、いつもの特別収容所の一室ではない。間違いなくここは、どこかの家の中であった。

 テーブルや椅子などの家具の数々と、調理器具が並ぶ台所。目が覚めた時、彼女は台所で刃物を使い、食パンを切っていた。今彼の目の前には、彼女が切り分けた食パンが一枚、皿の上に載せられ置かれている状態なのである。


「昼食はまだだろう。不服か?」

「いやまあ、何の説明もなくバターすら塗られてない生の食パン一枚出されたら、文句の一つも言いたくなるよ。ってかお前、これやたら薄く切ってあるんだけど・・・・・・、もしかして嫌がらせ?」

「黙って食えと言った」


 不機嫌オーラ全開のヴィヴィアンヌは、不満も文句も許さない。仕方なく、空腹を少しでも満たすため、彼は手錠のかけられた手でパンを掴み、それを口にする。食べなくてもわかる、薄く切られたただの食パンの味であった。

 

「・・・・・あのさ、ここはどこなんだ?さっきまで収容所にいたはずなんだけど」

「一時的だが、貴様を運び出した。暫くはここで監禁する」

「ここって誰かの家なんじゃないのか?もしかして、お前の家とか?」

「そうだ」


 簡単すぎる説明だが、ここがヴィヴィアンヌの自宅だと知って、リックは驚愕する。まさか、自分が眠っている間に、彼女の家に運び込まれていたのだと聞かされれば、誰だって驚く。いや、正確には眠っていたのではなく、眠らされていたのである。

 眠ってしまう前の記憶を、リックはどうにか思い出せた。収容所に監禁されていたリックのもとに、突然ヴィヴィアンヌがやって来て、何も言わずに、彼を殴って気絶させたのである。


「俺を無理やり気絶させて、何でまたお前の家に?」

「・・・・・・」

「まさか、強硬派の魔の手が迫ってたとか?」


 彼女は何も答えなかったが、理由はこれだとリックは確信する。それ以外に収容所を移動しなければならない理由が、他に存在しなかったからである。

 強硬派にリックの存在が見つかれば、彼の身だけでなく、穏健派も危険に晒されてしまう。それを阻止するべく、自分を移動させたのだと気付いたリックは、「理由を話してくれれば協力したのに・・・・・、何で殴るんだろうこの子・・・・・」と思わずにはいられなかった。

 

「・・・・まあいいや。それより、どうしてお前の家なんだ?」

「あの男の眼を誤魔化すならば、ここが最適だと考えたまでだ」

「あの男?強硬派の誰かの事か?」

「・・・・話す必要はないと思ったが、警告のために教えてやろう。強硬派のルドルフ・グリュンタールが貴様を狙っている」

「そのルドルフって奴は、そんなに危険なのか?」

「暴豹という異名を持つ、情報局大佐。奴に捕まれば最後、待つのは地獄のような拷問と死だけだ。死にたくなければ、ここで大人しくしている事だな」


 暴豹ルドルフ。その男が彼女にとって、何かしらの因縁があるのではと、この時リックは察した。何故なら彼女は、ルドルフについて語り始めた瞬間、急に眼付きを変えたからである。


「ヴィヴィアンヌ、そいつとお前は一体どんな関係にあるんだ?」

「貴様に話す事などない。質問ばかり繰り返すな」


 ルドルフについての危険性は教えたが、それ以外の事には答えない。彼女はリックに自分のペースを崩されないよう、必要ない事以外は話さないよう注意しているのだ。

 二人の関係性に興味を持ったリックだが、彼女は沈黙を続けているため、これ以上情報を引き出す事は出来なかった。そこで彼は戦法を変えて、彼女の口を開かせようと動く。


「サザランドの街でお前が戦ったイヴの持っていた狙撃銃は、シャランドラが作った試作品の一つだ」

「!」

「有効射程は六百メートル、装弾数は七発。七・六二ミリ口径のライフル弾をボルトアクション機構で撃ち出す。イヴがこれを使って敵を狙ったら、確実に相手は脳天を撃ち抜かれて死ぬ」


 帝国軍一の狙撃手イヴ・ベルトーチカが持つ、帝国軍発明家シャランドラ試作の狙撃銃について、突然リックは語り出したのである。

 何度も尋問を繰り返し、それでも手に入れられなかったこの情報の断片を、突然彼は口にした。ヴィヴィアンヌは唖然とし、一瞬思考が停止してしまった。


「きっ、貴様!?一体どういうつもりだ!」

「質問ばっかりじゃ悪いと思って、交換条件なら話してくれるかもと思っただけだ。ほら、こっちは銃について話したんだから、次はお前の番だぞ?」


 リックが求めているのは、ヴィヴィアンヌとルドルフの関係である。それを聞き出すために彼は、話しても問題ない程度の情報を口にした。

 一方的に交換条件を突き付けられ、どう対処していいか彼女は迷ったが、すぐに思考を止めた。この男の突拍子もない発言や行動に、真剣に考え込むだけ無駄だとわかっているからだ。彼女にある選択肢は、知りたい事に答えるか、黙るかの二択だけである。


「・・・・・血染めの夜については知っているな?」

「それって確か、お前が初めて実戦に出て活躍したっていう、クーデター阻止の話だろ?」

「その時作戦指揮権を持っていたのがルドルフ・グリュンタールだ。奴は特別処理実行部隊を使い、クーデターを未然に防ぎ、首謀者を捕縛した」


 ヴィヴィアンヌは答える事を選択した。自分とルドルフの関係性について話すだけで、銃の情報が得られるのであれば安いものだと、そう判断したからである。

 

「その首謀者って、本当はお前の両親だったんだろ?」

「そうだ。奴は捕縛した影武者から情報を引き出し、あの二人が真の首謀者だと突き止めた」

「・・・・・恨んでいるのか?」

「いや、寧ろ反乱分子を見破ってくれた事には感謝している。私が気に入らないのは、そこではない」


 ヴィヴィアンヌがルドルフの事をよく思っていないのは、彼女の発言と態度から明白であった。その理由がこれから語られるかと思いきや、彼女はそれ以上言葉を続けなかった。

 続きを聞きたいリックは、彼女の顔を見て、黙ってしまった理由を察した。彼が口にした情報では、ここまでしか話せないという事である。


「・・・・・わかったよ。俺の持ってた銃はリボルバーと言ってな、連続して射撃ができる護身用の銃器だ」

「他には?」

「装弾数は六発で、撃ちまくればすぐに弾切れになる。でもこいつはシャランドラお手製のマグナムで、世界一強力な拳銃なんだ。お前さんのドタマなんて一発で吹っ飛ぶぜ。楽にあの世まで行けるんだ。運が良ければな」


 真面目に話しつつ、彼女にはわかるわけもない冗談も口にしていたが、一応拳銃についての情報は話した。ふざけるなと言わんばかりに、眉を顰めたヴィヴィアンヌだが、一応は情報を得たため、仕方なく話を続ける。


「奴は祖国のためではなく、己の野心のために行動している。このまま奴が更なる権力を得れば、この国を滅びに向かわせる事は明白だ」

「なるほど。一人の愛国者として、それは許せないってわけか」

「奴は穏健派の敵ではなく、愛すべき我が祖国の敵だ。いいか、リクトビア・フローレンス。もし貴様が奴に味方するような事があれば、私は貴様を殺す」


 これは警告だ。穏健派から強硬派に寝返れば、絶対に容赦しないという警告である。

 ヴィヴィアンヌにとってルドルフは、親の仇というわけではなく、祖国の敵。彼女にとってそれは不変であり、彼のせいで自分が親を殺してしまった事など、取るに足らない事だった。


「わかったよ。俺もお前の敵にはなりたくないし、ルドルフって奴には気を付ける」

「暫くの間はこの家で大人しくしていろ。ここに居れば見つかる事はない」

「はいはい、暴れず大人しくしてればいいんだろ。そういうんだったら、俺の飯ケチらないでくれるか?」


 手に持っていた食パンに視線を落し、ひもじさに溜息を吐いたリックの腹の虫が鳴る。するとヴィヴィアンヌは、無言で新たに食パンを切り分け、また一枚皿の上に置いた。しかしその食パンは、やはり薄く切られていた。


「・・・・・俺の事が嫌いなのはわかってるんだけど、せめて焼くとかジャム塗るとかできない?」

「自分の立場を考えろ。食事が出るだけありがたいと思え」

「せっかくヴィヴィアンヌの家に招かれたわけだし、お前の手料理をご馳走になりたいんだけどなあ~」

「・・・・・・」

「もしかして、料理できないとか?」


 ヴィヴィアンヌは無言のままだった。その反応を見て、リックは顔をにやりとさせる。彼女について、また新たに知れた事が嬉しいのと同時に、彼の悪戯心が刺激されたからだ。


「そっかぁ~、情報局自慢の鬼才も料理は苦手ってわけか。別に馬鹿にしてるわけじゃないぞ?ヴィヴィアンヌは料理より任務が好きだもんな」

「・・・・・・」

「最強の番犬様にも弱点はあるもんだな。いや~、また一つお前の人間らしい一面が見れて良かったよ」

「駄犬め・・・・・」


 眉を顰め、リックを駄犬と呼ぶヴィヴィアンヌは、体から不機嫌オーラを発して、パンを切り分けるのに使ったナイフを彼に向ける。その切っ先は、リックの口元に向けられていた。

 彼女の眼はこう語っている。「次に私を馬鹿にしたら、その舌を切り落としてやる」と。

 「今日はこれ以上揶揄ったら殺される」。そう思ったリックは、内心かなりの恐怖を感じ、咳払いして気持ちを切り替えた。


「そっ、そう言えば、ちょっと聞いておきたい事があるんだけど」

「何だ?」

「ここに来て結構経つんだけど、帝国はどうなってるのかなと思ってさ」


 リックが彼女に拉致されてから、既に二週間以上の月日が流れている。その間リックは、現在の大陸状況を全く知らない。自分の帰るべき国の事も、敵国の事も、何も情報を得ていないのである。帝国参謀長である彼にとっては、常に知っておきたい情報であった。

 

「諜報員の報告によれば、帝国軍が動き出したようだ。進軍目標は不明だが、この国を目指しているのは間違いない」

「そうか・・・・・」

「貴様一人助け出すために、大規模な部隊を動かすとはな。理解に苦しむ」


 たった一人の人間を救い出すために、帝国は大部隊を動かした。確かにリックの存在は、帝国にとって重要な存在であり、救国の英雄でもある。彼の存在なくして、この先帝国が臨もうとしている戦争に、勝利はない。

 しかし、アーレンツは帝国軍の軍事力を上回る、大陸中央の強国の一つである。帝国が戦争を仕掛けて、確実に勝利できる保証はない。正面からぶつかれば、アーレンツの方が軍事力で上回る以上、敗北する可能性の方が高いだろう。

 敗北の可能性が高い危険な戦いになる。それをわかっていながら、帝国軍はアーレンツに戦争を仕掛けようとしている。全ては、たった一人の参謀長を救い出すためだ。

 リックを救うには、多くの犠牲を払う事は間違いない。果たしてそれが、どんな犠牲を払ってでも救うだけの、その価値があるのかと、彼女は言いたいのだ。アーレンツの人間から見れば、帝国は愚かに見えてしまう。だが帝国からすれば、これは当然の行動なのである。


「まあそうだよな。俺一人を救出するために、皆ここへやってくる。お前からしたらあり得ない事だよな」

「・・・・・何故だ。何故、帝国軍は総力を挙げて貴様を救出しようとしている?」

「それは・・・・・、皆が優しいからじゃないか?」

「そんな理由で、自分達の命を危険に晒すのというのか?」


 彼女には、いや多くの人間には理解の出来ない話だ。帝国軍を率いる立場の主だった者達は、リックの存在こそが、生きる希望そのものなのである。彼を失えば、皆が全てを失ってしまう。故に帝国軍は、総力を挙げてアーレンツに向かっている。

 

「大切な何かのために自分を犠牲にする。お前だって、俺の仲間達と似たようなもんだ」

「なに?」

「お前は自分の国のために戦っている。国を守るためなら、どんな手段も犠牲も厭わないだろ?」

「・・・・・・そうだ」


 ヴィヴィアンヌは国家保安情報局で、祖国に絶対の忠誠を誓う兵士として教育された。リックの言う通り、彼女もまた、大切な何かのために自分を犠牲にする人間だ。

 

「俺や、帝国の皆もそうだ。守りたいものためなら、手段も犠牲も厭わない」

「・・・・・・」

「まあ、似ているようで、俺達はお前とは違うけどな」


 そう言ってリックは、手錠をかけられた両手を動かし、その右手を自分の左胸にそっと当てた。彼は自分の胸元に視線を下ろし、自分の左胸と右手を見つめたまま、言葉を続ける。


「心の底から守りたいって、そう思える存在が俺達にはある。でも、お前の守りたいものって、そうじゃないだろ?」

「・・・・・・どういう意味だ」

「この国を守りたいなんて、本当の気持ちに嘘を吐いているだけだ。お前には、心から守りたいと思えるものなんて、何もない」


 祖国を愛し、祖国のために忠を尽くす、そんなヴィヴィアンヌの生き方を、彼は否定する。

 別にリックは、彼女の全てを知っているわけではない。「貴様に私の何がわかる!」と、そう怒鳴られても仕方がない。だがリックは、それをわかっていながら、彼女の生き方を否定しようとしている。

 

(あの時と一緒だ・・・・・。この子を見てると、ユリーシアを思い出す・・・・・)


 リックにとって、生きる希望そのものだった存在、ユリーシア・ヴァスティナ。彼女は、そのか弱く幼い体に、ヴァスティナ帝国の全てを背負って生きていた。

 リックが彼女と初めて出会った時、帝国は滅びの運命を辿ろうとしていた。彼女は国を守るため、自分の命を犠牲にしようとしていた。しかしそれは、彼女の本心ではない。

 彼女は生きたいと願っていた。まだ死ねないと、そうリックに言った。あの時彼は、その願いを叶えるために、滅びの運命と戦ったのである。

 ユリーシアが自分を犠牲にし、他者のために自分の全てを捧げようとする姿が、リックは許せなかった。彼女に自由はなく、その身に一国を治める重圧を背負い、国と民のために生きていた。投げ出す事も出来たのに、彼女は優し過ぎたのだ。リックはそれが納得できなかったのである。

 自分を中心にせず、他者を優先し、その身を犠牲にし続ける。それしか生き方を知らないと、あの時の少女の背中は、そう語っているようだった。今リックの目の前いる少女の背中も、同じ言葉を語っている。国を優先し、己の自由を捨て、自分を犠牲にし続ける。自分の命が果てるまで、彼女はその身を国のために捧げるだろう。

 もっと自由に生きればいい。自分の思うまま、人生を歩んでもいいはずなのに、彼女はそれを選ばない。彼女はユリーシアよりも、自由を選ぶ事ができるというのに・・・・・・。


(国に命を捧げる・・・・・。この命はそのためにあると、自分に言い聞かせ続けて・・・・・)


 ヴィヴィアンヌはユリーシアと似ているかもしれない。だがヴィヴィアンヌの生き方は、リックからすれば無理をしている様にしか見えない。

 ユリーシアがその身を犠牲にし続けたのは、大切な者達を守るためだった。では、ヴィヴィアンヌは何のためにその身を犠牲にし続けているのか・・・・・・?


「本当は国なんてどうでもいいんだろ?ヴィヴィアンヌ、お前は--------」

「黙れっ!」

「本心から逃げるな。でないとお前は-------」

「それ以上何も言うな!次に口を開けば、今この場で貴様の首を刎ねる!」


 憤怒に歪めた顔で、ヴィヴィアンヌはリックを睨み付けている。刃物を持つ手を握りしめ、その切っ先をリックへと向けている彼女の眼は、ただ怒りだけが終え上がっていた。

 

(そうやって熱くなるって事は、やっぱりお前は・・・・・・)


 憤怒に顔を歪めたヴィヴィアンヌの、怒りに満ちた眼を見つめ返す、リックのその顔は、悲痛に歪んでいる。彼女がその身を国に捧げ続ける、その本当の理由に気付いたリックにとって、今の彼女の姿を見るのは、あまりにも辛かったのだ。

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