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第二十七話 愛国者 Ⅶ

 外は日が沈み始め、夕暮れを迎えた。

 赤く輝く太陽に照らされ、激しい剣戟を繰り広げる二人の男女がいる。少女は槍を振るい、青年は剣を振るう。眼にも止まらぬ速さの突きと、空気を切り裂く斬撃が交錯し、火花を散らし続ける。


「はああああああああああああああっ!!!」

「おらあああああああああああああっ!!!」


 互いの得物がぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。

 槍を扱う赤髪の少女と、剣を扱う金髪の青年が、怒号を上げて激しくぶつかり合う。どちらも引く気は全くなく、殺気の宿る眼で互いを睨み付けた。


「焼きつく------」

「させるか!」


 少女が炎を魔法を発動しようとしたため、青年は鍔迫り合いを解き、少女に蹴りを放つ。青年の攻撃を防ぐべく、少女は魔法の発動を止めて、槍を盾にしてその蹴りを防いで見せた。

 二人は一度距離を取り、互いの得物を構えなおして、再び睨み合う。お互い荒い呼吸を繰り返し、肩で息をしている。しかしその眼は疲れを知らず、怒りと殺気を宿しながら、相手の眼を捉えて離さない。

 

「はあ、はあ、はあ・・・・・・・・」

「はあ、はあ・・・・・・。気は済んだかよ、槍女」

「まだだ・・・・・、どちらかが倒れるまで続ける」


 エステラン国内、ヴァスティナ帝国軍駐屯地に構築された、兵士のための訓練場がある。

 もうすぐ夜を迎えるにもかかわらず、この二人の戦いは終わらない。こんな調子で、二人は昼頃からずっとここで戦い続けていた。 

 槍使いの少女の名はレイナ・ミカヅキ。剣の使い手はクリスティアーノ・レッドフォード。二人は、帝国参謀長の右腕と左腕であり、帝国軍を代表する存在だ。だが今は、使えるべき主を失った両腕である。


「ちっ・・・・・、やめだ!ぶっ倒れるまでやったところで、無駄に疲れるだけだぜ」

「!」


 今日の昼頃の事であった。クリスが帝国軍の駐屯地内を歩いていると、彼を探していたレイナが現れ、突然訓練に付き合って欲しいと頼まれたのである。

 レイナがクリスに頼み事をするなど、普段ならばあり得ない事だ。しかし今の彼女は、心の中が非常に不安定である。怒り、憎しみ、殺意、恐れ、様々な感情が混じり合い、どろどろとして腹の底に溜まっていくのだ。

 何も考えないよう、何かに集中していなくては耐えられない。その気持ちを察したクリスは、黙って彼女に付き合い、訓練場へと向かった。クリスもまた、何かに没頭していなければ、爆発しそうな感情を抑える事ができなかったからである。

 感情のまま、怒りと殺意に任せて、互いの得物をぶつけ合った二人は、日が暮れるまで戦い続けたのである。そして、現在に至る。


「・・・・・頼む・・・・、もう少しだけ付き合ってくれ・・・・・」

「・・・・・」


 お互い、体力は既に使い果たしている。感情のまま何も考えず、我武者羅に戦っていたおかげで、体力の消耗は激しかった。疲れ果て、技の切れも悪くなっており、集中力も切れている。これ以上やっては、身体を壊すだけだと考え、クリスは戦いをやめようとしたのだ。

 だが、レイナはこれだけやっても、まだ戦いをやめようとしない。彼女は自分が倒れるまで続けるつもりなのだ。


「我武者羅にやったって、あの女に勝てるようになるわけじゃねぇ。あと、今日のお前、いつもより技の切れがねぇぞ」

「わかっている・・・・・。わかっているんだ、そんな事は・・・・・」


 今の彼女は、己の技に集中できていない。いつもの神速の突きも斬撃も、その速さと鋭さを失っている。

 己の無力に怒り、自分の主を攫った者を憎み、その感情に支配されようとしている。槍と一心同体となる感覚を得るまで、自分の集中力を高めるからこそ、彼女の洗練された技は放たれるのだ。しかし今の彼女の精神では、槍と一つになるための集中は不可能であった。己の槍と技に集中するよりも、怒りと憎しみが頭の中で暴れまわり、それを振り払おうとするので精一杯だからである。


「気を紛らわせてぇ気持ちはわかる。俺もお前と同じだ」

「・・・・・・」

「あの女に勝ちてぇ気持ちも同じだ。だがよ、お前が自棄になってどうすんだよ」


 俯き黙ってしまったレイナの気持ちを理解しつつ、クリスは言葉を続ける。今の彼女には、それが必要であるからだ。


「お前が自棄起こすと迷惑なんだよ。俺も、お前の兵士達もな」

「・・・・・・」

「軍神とか呼ばれてるくせに、自分の心に乱されてどうすんだ。今のお前じゃあ、あの女には絶対勝てねぇよ」

「くっ・・・・・」


 自分の心の内を読まれ、事実を言われ、レイナは何も言い返す事ができなかった。

 これに似た彼女を、クリスは今まで何度も見てきた。だから知っている。彼女は常に強く在ろうとするが、その心は脆く崩れやすいと・・・・・・。

 

「色々考えちまって、じっとしてられねぇのはわかる。だけどよ、あの眼帯女とやる前にお前が壊れちまったら意味ねぇだろ」

「そんな事は、わかっている・・・・・・」

「わかってねぇから言ってんだろ馬鹿!ったく、いつもいつもめんどくせぇ事で悩みやがって・・・・・」


 クリスに怒られた事で、彼女は益々俯いていく。彼に何も言い返せず、槍を握る手からも力が抜けていく。最早レイナに、戦いを続ける気力はなかった。

 彼女のそんな姿に、溜息を吐いて呆れるクリスは、己の剣を鞘に収め、不機嫌な顔でこう言った。


「おい槍女、一杯付き合え」

「えっ・・・・・・?」






 日は沈み、夜を迎えたエステラン国内の街は、夜の賑わいを見せていた。主に酒場や飯屋を中心に、多くの人々の喧騒が聞こえる。時には、笑い声や怒鳴り声も聞こえ、男達の飲み比べや喧嘩も起こる、騒がしい夜の街。

 そんな夜の街のとある酒場に、二人の姿はあった。二人は酒場のカウンターに座り、酒の入ったグラスに手を添えて、一言も話さない。カウンターに座って酒を頼み、五分以上は経過しているのだが、二人の間に会話はない。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・黙ってねぇでなんか喋ろよ」


 カウンターに座り沈黙しているのは、レイナとクリスであった。

 酒のグラスを受け取ったまま、俯き沈黙しているレイナと、沈黙に耐えられなくなり、やっと言葉を発したクリス。店内は酒を飲んで上機嫌な客がほとんどであり、大いに賑わっている。そんなこの酒場の中で、重い空気を発しているのはこの二人だけだ。


「・・・・・何故、私を酒場に誘った?」

「お前がいつまでもそんなだと困るんだよ。体ぶっ壊れるまで戦わねぇと気が紛れねぇくらいなら、酒飲んで悩み忘れて寝ちまえ」

「破廉恥剣士・・・・・、貴様病にでもかかったか・・・・・?」

「かかってねぇよ!俺はそんな柔じゃねぇ!」

「だが、貴様が私を飲みに誘うなど・・・・・・。明日は雪でも降るのか?」

「降るわけねぇだろ!!お前俺を馬鹿にしてんのか!?」


 犬猿の仲であり、永遠の宿敵とも呼べる存在同士。それが、レイナとクリスである。

 帝国では誰もが知っているくらい、最悪の仲のこの二人が、酒場で二人きりなのだ。しかも、彼女を飲みに誘ったのは、いつも先に喧嘩を吹っ掛けるクリスであった。ヴァスティナ帝国的には、一種の非常事態宣言と言っても過言ではない。

 

「ったく・・・・・、気い遣って損したぜ・・・・」

「・・・・・・すまない」

「謝んじゃねぇよ。ああ畜生、調子狂うぜ」


 そう言ってクリスはグラスを持ち上げ、中の酒を一気に飲み干す。空になったグラスを置き、それに視線を向けたクリスは、彼女の方へと向かず口を開く。


「お前を誘ったのは気紛れだ。あのまま遣り合っても、めんどくせぇだけだったしな」

「・・・・・・」

「考えたくねぇ事がある時は酒飲んで忘れちまえ。お前色々不器用過ぎんだよ」


 俯き続ける彼女の顔は、不安と悩みを浮かべていた。訓練場で見せていた、怒りと憎悪は今は静まり、悲しげな表情でグラスを見つめている。


「私は・・・・・、何をやっているんだろう・・・・・」

「ああん?」

「参謀長を守ると誓ったのに・・・・・・、私は負けた。参謀長を奪われ・・・・自棄になって・・・・・貴様を利用して気を紛らわせようとした・・・・・・」


 彼女の脳裏に蘇る、大切な者を守れなかった、戦いの光景。彼女の前に現れた敵は、胸を貫かれるような殺気を放ち、化け物じみた強さを持つ、最強の敵だった。彼女の洗練された槍術も、クリスの研ぎ澄まされた剣術も、全く歯が立たなかったのである。

 成す術なく敗れ去り、大切な者を奪われ、今すぐに助け出しに向かいたいのに、今はまだ、それができない。自分の無力さに怒り、奪われた者を必ず取り戻すと誓ったのに、今すぐにそれができないもどかしさが、自分を惨めなものに変えていく。

 その思いが、今の彼女を苦しめる。自分の愚かさと無力さを呪い、その眼に怒りの炎を燃やす。その怒りの矛先は、彼女自身に向けられていた。


「こうしている間に、参謀長がどんな仕打ちを受けているのか考えると・・・・・・、自分が許せなくなる」

「・・・・・そいつは、俺も同じだ。俺達は揃ってリックに助けられた」

「私達は参謀長を守らなくてはならなかった。なのに私達は、参謀長に救われてしまった。参謀長を犠牲にして生き恥を晒すなど・・・・・!」


 グラスを持つレイナの手に力が入り、彼女の体が小さく震える。己の怒りに身を震わさせ、唇を噛む彼女の隣で、クリスはグラスに新しい酒を注ぎ、グラスを持ち上げ酒を飲む。

 

「・・・・・・だったら今度は、俺達がリックを救う番だろ」

「!」


 グラスを置き、彼女へと視線は移さず、正面を見据えてクリスは言葉を発した。その顔、その眼に、迷いはない。あるのは、大切でかけがえのない存在を救い出すという、確固たる信念。


「生き恥晒したまんまでいられるか。あいつは俺達の助けを待ってる。悩んだり後悔する暇があったら槍の手入れでもしてろ」

「それができたら・・・・・、苦労しない・・・・」

「ちっ!ほんとめんどくせぇ女だな。お前のそういうところ、苛々してしょうがねぇぜ」

「・・・・・・すまない」

「だから謝んじゃねぇ!お前に謝られると気持ち悪いんだよ」


 クリスとて、レイナと思うところは同じだ。己の無力さを呪い、敵を憎み、すぐにでも救い出したい気持ちを堪え、苦悩している。

 しかし、苦悩ばかりしていては、前に踏み出す事は出来ない。下を見つめ、一歩を踏み出す事ができない彼女を見ているからこそ、彼は前を向こうと思うのだ。


「・・・・・・お前の言う通りだ」


 クリスの言葉はレイナの心を大きく揺さぶった。いつだって彼の言葉は、彼女に前を向かせるきっかけを与えてくれる。

 無力さを呪う事も、後悔する事も、全て無駄である。自分が苦悩するだけで、奪われたかけがえのない存在を救えるのならば、彼女はどこまでも思い詰めるだろう。

 

「私が迷い続けてなんになる。今はただ、参謀長の無事を祈り、救出の機会を窺い続けるだけだ」


 そう言って彼女は、先ほどのクリスと同じように、グラスを持ち上げ酒を一気に飲み干した。空になったグラスを乱暴に置いて、彼女もまた、その眼で前を見る。


「取り敢えずはマシな面になったじゃねぇか」

「ありがとう・・・・・」

「れっ、礼なんて言うんじゃねぇよ!お前、何か悪いもんでも拾い食いしたんじゃねぇだろうな!?」

「そんな事するわけないだろ!貴様私を馬鹿にしているのか!?」


 礼を言われ、本気で気持ち悪がって引いているクリスを見て、レイナは少し後悔した。

 そして決めた。彼に対してだけは、今後絶対に感謝の言葉は述べないと・・・・・。


「ったく、酒飲んだ途端元気になりやがって。これだから単純な脳筋は・・・・・」

「うるさい。貴様のような破廉恥剣士に言われたくはない」

「いい加減、俺をその名前で呼ぶのやめろ。俺のどこが破廉恥だって言うんだよ」

「初めて会った時は女たらしだったくせに、今は男好きの変態ではないか」

「俺は男が好きなんじゃなくてリックが好きなんだよ。勘違いしてんじゃねぇ」


 「えっ、違うの?」と誰もが思う事だろう。クリスティアーノ・レッドフォードことクリスは、帝国参謀長の左腕であり、彼の事を愛している事で有名だ。それ故に帝国軍発明家シャランドラは、クリスの事を破廉恥脳筋ホモ剣士と呼んだ事もある。

 クリスの愛に嘘偽りはなく、冗談を口にしているわけでもない。これは、クリスがリックに従い続ける大きな理由の一つなのだ。


「・・・・・一つ聞いてもいいか?」

「何だよ?」

「どうして貴様は、参謀長を愛しているんだ・・・・・・?」


 今までレイナは、クリスの事を散々破廉恥剣士と呼んで喧嘩した。だがレイナは、彼がどうしてそこまでリックを愛しているのか、その理由を知らないままだ。

 普段は全く興味もなかった話だが、今は気になってしまう。自分が苦悩している時、何の気紛れか、気を遣ってくれる彼の事を、もっと知ってみたいと思ったのである。


「はあ?何でそんな事聞きてぇんだよ」

「考えてみれば、私はお前の事をあまり知らない。剣の腕前と、口の悪さ以外はな」

「うるせぇ。まあ・・・・・・、今度俺に一杯奢るって言うなら教えてやらなくもねぇ」


 彼の条件に、レイナは小さく頷いて答えた。それを見たクリスは、グラスの酒を飲み干し、グラスに新たな酒を注ぎながら語り始める。


「初めて会って、ぶっ倒れるまで戦って、あいつのものにされた時は、リックの事を頭狂ったやばい奴だと思った」

「・・・・・そう思ってしまう気持ちはわかる」

「だろ?今も大概だけどよ、あの時のあいつはやばかった。酒場に喧嘩しに行くは、五万の軍勢に奇襲攻撃駆けるは・・・・・、やる事全部がぶっ飛んでやがった」

「・・・・・確かに、今思えば無茶が過ぎるやり方だった」


 リックにとって二人は、初めて手に入れた力だった。自分にとって最大の武器であり、大切な仲間であり、今の帝国軍が出来上がる初期段階の頃から、幾多の戦場を共に駆けた戦友だ。

 レイナとクリスは思い出す。初めて出会った時の事や、三つ巴の戦いを繰り広げた事も、今ではリックとの大切な思い出である。あの出会いこそが、二人の人生を大きく変えたのだ。忘れられるわけがない。

 

「あの時俺は、そんなあいつの生き方に惚れた。誰にも思い付かない事を、いや、思い付いたとしてもやらないような事を、あいつは笑ってやっちまう」

「そうだな・・・・。参謀長のやられる事には、いつも驚かされてばかりだ・・・・・」

「あいつは女王のために、いつも命懸けで戦ってる。自分のためじゃなく、誰かのために命を懸けるなんざ、口にするのは簡単でも、中々できるもんじゃねぇ。そういうところにも惚れたんだよ」


 グラスを持ち上げ酒を飲み、彼は話を続ける。リックの事を語る彼の顔には、珍しく微笑が浮かんでいた。その顔を見れば、本当に彼はリックの事を愛しているのだと、レイナでもわかる。


「っても、初めの頃は惚れたってだけで、女装男子や恋文女、あと眼鏡女みたいなもんじゃなかった。本気でリックを俺のものにしてぇと思ったのは、帝国がジエーデルと初めて戦った時ぐらいからだな」

「南ローミリア決戦の事か・・・・・・。参謀長が重傷で戻られた時は、心臓が止まるかと思った」

「俺もだ。その時俺は、誰かがリックを守り続けてやらねぇといけないって、そう思ったんだよ」


 リックは仲間のために戦う事がある。その時リックは、自らが傷付くのを厭わず、仲間を救うために戦う。多くの者達は彼の事を、強く優しい、仲間思いの救世主だと思っている。

 しかし本当は、彼は守る側ではなく、守られる側なのである。誰かが守らなければ、彼は容易く壊れてしまう。物語で例えるなら、リックは姫を救う騎士ではなく、その逆なのだ。

 

「守ってやりてぇ。そう思い続けて、気が付きゃリックに心奪われてやがった」


 そう言ったクリスの頬は、朱に染まっていた。照れているのか、それとも酒のせいなのか、頬を紅く染めながら、微笑を浮かべて酒を飲む彼を、レイナは真剣な眼差しで見つめていた。

 

「貴様の愛は、本物なのだな・・・・・」

「まあな。リックは男だが、あいつが女だったとしても変わらねぇ。性別なんて関係なく、俺はあいつが好きなんだ」


 レイナにはわかる。彼の語った愛に、嘘や冗談はないと。

 だからこそ、彼女は一つの疑問にぶつかる。


「ならばどうして、初めて会った時の貴様は女好きだったんだ?」


 クリスがリックの事を愛しているのは有名だ。しかし、リックと出会う前、クリスが女好きであった話は、あまり知られていない。当時は旅人であり、現帝国宰相であるリリカが、いきなりクリスに口説かれた事を、レイナは今も覚えていた。

 そんな男が、今は男を愛しているのだ。幾らリックという人間を愛していると言っても、元々女好きの男が、急に男を好きになるわけがない。

 

「言っとくが、俺は本気で女を好きになった事はねぇ」

「そうなのか?」

「あの頃の俺は、お前達の前で女好きを演じてただけだ。嘘じゃねぇぞ」


 正直、レイナは彼が嘘を吐いていると思った。何せ彼は、レイナとリリカのいた女湯を覗こうとまでした男なのである。そう思うのも無理はない。


「・・・・・・本当か?」

「疑ってんじゃねぇよ。・・・・・・・あの時の俺は、あいつに反発してただけだ」

「あいつ・・・・・?」


 帝国の仲間達の事ではない。彼が言っているのは、自分の知っている人物の事だ。すぐに彼女は、これはクリスの過去に関係がある事なのだと直感する。

 

「一体何があったと言うんだ?」

「そいつは・・・・・・・・。って、何でお前にそんな事まで話さなくちゃならねぇんだよ!?」

「そこまで語っておいて今更何を言う。気になるだろ、教えろ」

「気になるな!お前に話す事はもうねぇ!」


 急に恥ずかしくなったのか、突然クリスは語るのを止めた。ここまで話されては、話の続きが気にならないわけがない。レイナは話の続きに興味津々であったが、本人は頑なに話すのを拒んだ。


「とにかくだ!俺はリック以外を愛したりしねぇ。だから破廉恥って呼ぶんじゃねぇよ」

「わかった・・・・・。ならば今度からは、元女好き男色剣士とでも呼んだ方がいいか?」

「ふざけんなっ!!そんな馬鹿みてえな呼ばれ方するぐらいだったら、今まで通りの方がマシだ!」


 先ほどまでの沈黙は失せ、今は普段と同じように話している。二人は、完璧に迷いを振り払ったわけでも、しっかりと前を向く事ができたわけでもない。それでも、無力感と後悔に囚われ、歩みを止める事はない。

 リック奪還を胸に誓い、他の仲間たち同様に、今は耐えるのだ。自分の心に負けないよう、互いに支え合って・・・・・・。


「いい呼び方だと思ったが・・・・・。そこまで言うなら、今まで通り破廉恥剣士と呼ぼう」

「なんで残念そうなんだよ!畜生、こんな脳筋槍女に余計な話するんじゃなかったぜ・・・・・・」


 犬猿の仲の宿敵同士。本当は仲が良いのか悪いのか・・・・・・。少なくとも、何も知らない他人から見れば、仲の良い関係に見えてもおかしくない。

 どうにか話題を逸らそうと、クリスはこれ以上この話を続けるのを止め、酒を飲みながらのこの場で、今彼女と話したかった事を口にした。


「・・・・・・それより、リックを救うならあの女とまた戦う事になるぜ。わかってんのか?」

「わかっている・・・・・。奴を倒さない限り、参謀長の奪還は果たせない」

「そうだ。あの女に・・・・・、次は勝てると思うか?」


 リック奪還の前に立ち塞がる最大の壁は、自分達の心ではない。レイナもクリスも太刀打ちできなかった、最強の兵士である。

 ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。圧倒的な戦闘力を持つ彼女を倒さぬ限り、リックを救い出す事は出来ないだろう。そして、彼女を倒す事ができるであろう存在は、帝国軍ではレイナとクリスしかいない。二人は、リック奪還の希望なのである。


「恐らく奴は、メシア団長と互角・・・・・もしくはそれ以上の存在だ。はっきり言って、私一人では勝てない」


 帝国の軍神にして、帝国最強の称号を与えられていた、騎士団長メシア。今は亡き彼女は、レイナとクリスをまとめて相手して叩きのめすだけの、圧倒的な力を持っていた。

 そんな彼女と戦った事のあるレイナが、ヴィヴィアンヌの力はあのメシアを超えると語るのだ。勝てないと語るのは当然である。少なくとも、一人では絶対に勝つ事はできない。


「今の俺じゃあ、一人であいつには勝てねぇ。いつかはあの女も一人で倒してやるが、今回はリックの命がかかってる。悔しいが、サシの勝負はしねぇ」


 そう口にしたクリスは歯噛みして、悔しさを表情に出していた。負けず嫌いの彼が、あんな負け方をして悔しくないはずがない。次は必ず勝つと、心に決めている。

 だが、二人を倒した最強の敵ヴィヴィアンヌは、今のクリスでは何度やっても勝てない。実力差が違い過ぎるのだ。彼もまた、ヴィヴィアンヌの実力は、騎士団長メシアを超えると考えている。

 それでも、二人は彼女に戦いを挑まなくてはならない。何故なら、リック奪還の最大の障害が、彼女になると確信しているからだ。そして、帝国軍でヴィヴィアンヌに勝てる可能性がある存在は、レイナとクリスだけなのである。

 

「槍女、こんな事頼みたくはねぇが、今回だけは特別だ。俺に力を貸せ」


 勝つためには、ヴィヴィアンヌに対して、二人で戦いを挑むしかない。一人ではまったく勝ち目はないが、二人ならば勝機は必ずある。リック奪還のために、勝利の可能性を信じて、犬猿の仲である彼女の力を借りようとしているのだ。

 クリスがレイナに頼み事をするなど、普段ならば絶対にあり得ない。戦場で強敵と出会えば、己の剣術と誇りを懸けて、一対一で勝負する男なのである。それが今は、誇りを捨て去り、共に戦って欲しいと頼んでいる。言葉は乱暴で、頼み方は悪いが、これが彼の精一杯だった。


「ふざけるな」


 酒を飲みながら、彼の方を向く事なくレイナは答えた。言葉は乱暴で頼み方も悪いのだから、彼女が拒否するのも当然だ。しかし彼女の力なくして、勝利の可能性は生まれない。それは彼女自身も、よくわかっている事のはずだった。

 だからこそ、犬猿の仲であり、宿敵である彼女に頼むという恥を忍んで、クリスは力を貸して欲しいと頼んだのである。頼み方が乱暴でも、彼女は勝利のために力を貸すと、そう信じていたからだ。

 たった一言、冷たい口調で言い放ったレイナ。彼女の言葉を受けて、クリスの体に一瞬緊張が奔る。


「力を貸せではなく、力を貸して下さいだ。言葉遣いに気を付けろ、破廉恥剣士」


 レイナの口元に、少しだけ笑みが浮かんだ。それを見てクリスは、自分が揶揄われたのだと気付く。

 彼女だって、二人で力を合わせなければ、ヴィヴィアンヌに勝てないとわかっている。クリスがどんな頼み方をしようが、仮に頼まれなかったとしても、共に戦う覚悟を彼女は決めていた。全ては、情報局の番犬ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼの手から、リックを救い出すために・・・・・。


「お前なんかに丁寧な頼み方は必要ねぇんだよ。力貸す気があるなら最初から言え」

「貴様の頼み方が気に入らなかったのだ。少しは己の無礼を恥じろ」

「けっ!誰がお前なんかに礼を尽くすかよ」


 帝国参謀長奪還の作戦が開始されれば、帝国軍の実力者達は、それぞれの戦いに身を置く事になるだろう。

 帝国軍の精鋭全てをぶつければ、ヴィヴィアンヌに勝てる可能性は大きくなる。だが、全ての精鋭をヴィヴィアンヌに使う事は出来ない。精鋭達には、戦場においてそれぞれの役割があるからだ。故にレイナとクリスだけが、彼女を倒すための希望となるのである。この二人以外は、他の役割を果たさなくてはならないからだ。

 レイナとクリスの役割は、自分達の精鋭部隊を率いて、ヴィヴィアンヌの部隊を撃破する事となる。そのためには、この二人が共に肩を並べ、彼女と対峙しなくてはならない。次の敗北は許されない二人の肩にかかる重責は、本当に重いのだ。


「期待はしていない。精々足を引っ張るなよ、破廉恥剣士」

「それはこっちの台詞だ。次は簡単に負けんじゃねぇぞ、脳筋槍女」


 だがこの二人は、己の肩にかかる重責から、決して逃げる事はない。

 帝国軍最強の戦士、烈火の如き槍士と稲妻の如き剣士は、たとえ己の命が奪われようとも、主のために勝利すると誓っているのだ。

 そして気が付けば、二人の眼から失われてしまっていた闘志は、再び宿っていたのだった。

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