第二話 狂犬の戦士たち Ⅷ
ヴァスティナ帝国領。
この帝国領内では今現在、ヴァスティナ帝国軍とオーデル王国軍との間で、戦闘が行なわれている。帝国軍が少数であるのに対して、王国軍は兵力五万の大軍だ。前回同様に、圧倒的な戦力差のこの戦争は、帝国軍精鋭部隊の奇襲から始まった。
業火戦争と呼ばれている前回の戦いで、帝国軍は大軍の王国軍を退け、国家の防衛に成功した。しかし王国軍は諦めることはなく、再び帝国侵略のために兵を挙げたのである。前回の倍の兵力を揃えた王国軍は、敗戦の反省を踏まえつつ侵攻を開始した。
王国は前回の大敗北で、国民の支持を大きく失い、王族への不満が高まり、王政打倒の動きがある程である。
王政存続のためにも、再び帝国の豊かな土地を求めて、侵攻するしかなかったのだ。
今回は、先の戦争で自身の息子を失い、復讐へと燃えるオーデル王が、全軍の指揮を執っている。 この大軍も、打倒帝国を目指すオーデル王が、国民に愛されていた王子の復讐戦を訴え、憎むべき帝国を蹂躙するために集めたのだ。
前回の敗因は、兵の質の問題だと考えた王国軍は、今回は王都防衛の精鋭も含めた編成で、侵攻を開始したのだが、帝国領内に足を踏み入れた瞬間、ヴァスティナ帝国騎士団の奇襲を受けた。
少数精鋭で短時間の間に、王国軍の前衛を攻撃し、被害を与える。それが何度も繰り返され、不慣れな土地ということもあり、王国軍は士気が低下し始めている。
何度も奇襲されれば、対策を講じることもできるはずなのだが、土地を知り尽くした巧みな戦略と、精鋭の騎士団たち。そして騎士団の先頭で、圧倒的な武を振るう、銀髪褐色肌の騎士の存在が、王国軍に対策を許さないのだ。
しかし、如何に帝国軍が奇襲により戦果を上げようとも、五万人の大軍の侵攻を止めるまでには至らない。そのため王国軍としては、一気に攻めのぼりたいところであるが、帝国軍側は前回と違い、周辺諸国の支援を受けている。
小国である帝国が、大国の王国を退けたことで、王国の侵略を拒否する国や、反オーデルの国々が、様々な形で帝国を支援しているため、兵力規模も何もかもが、前回と違う。
故に一筋縄ではいかず、前回は存在しなかった、帝国軍の防衛戦略と戦術があり、それが機能しているため、侵攻が予想よりも進まないのだ。
侵攻が進まないために、苛立ちが募るオーデル王。一刻も早く、王子を殺された復讐を果たしたいために、王国軍陣地の天幕で指揮を執る王からは、徐々に冷静さが失われる。
「帝国の小兵力など我らの敵ではないはず!なにを手間取っているのだ!」
「どうか落ち着いてください陛下。我々は確実に進軍しております。じきに王子の無念を晴らすことができるのです」
苛立ちを臣下にぶつけるオーデル王。王を落ち着かせようとしている、将軍たち臣下の言葉を聞かず、頭に血を昇らせて、冷静さを失なっていく。
今回のオーデル軍五万人の戦力は、それぞれ三つの部隊に分けられている。先鋒である第一軍と後方の第二軍、そして王の控える、主力部隊第三軍だ。第一軍第二軍ともに兵力二万人であり、第三軍は残りの一万人が王を守る編成だ。
前回は本隊が奇襲されたために、総指揮官であった王子を討ち取られることとなった。そのため今回は、前回以上の兵力で王を護衛している。帝国軍の奇襲を警戒し、哨戒と警備体制は厳重であった。王国軍の誰しもが、前回の轍を踏むことがないようにと考えている。
王は、この編成で敗北することなど、ありえないと信じている。そのため、侵攻が上手くいかないことに腹が立つ。それが、復讐に燃えるオーデル王の心境である。
そんな心境の最中、第一軍より伝令が陣地の天幕に現れ、急ぎの報告を始めた。
「報告いたします!またも帝国軍の奇襲です。前線部隊に被害が及んでおります!」
「なんだと!もう我慢ならん。第一軍全軍を直ちに突撃させ、憎き帝国の奇襲部隊を殲滅するのだ!」
「お待ちください陛下!?」
「我が命は絶対である!今日中にヴァスティナ城を落とし、我が息子アレクセイの仇を取るのだ。よいな!!」
王の絶対的な命令では、誰も逆らうことができない。
無闇に突撃することを、不安に思う将軍たちであったが、逆らえない以上は、命令を成功させられるよう、取り組むしかないのだ。
同じ頃、第三軍後方では、本国からの補給物資搬入が行なわれていた。
五万もの大軍を掻き集めて、進軍したのはいいものの、あまりにも兵数が多すぎる為に、用意していた食糧備蓄が少なくなっていたのだ。
復讐に急いだオーデル王は、万全の準備を待たなかったため、全軍がヴァスティナへ向かった後に、補給物資を運ぶ輸送部隊が、本国から食糧を届ける手はずとなり、馬車や荷車を利用し、食糧の補給が現在行なわれている。
「よーし、この食料は奥へ運べ。にしても、到着が少し遅かったんじゃないか?」
「すみません。途中で少し道に迷いまして」
「慣れない土地と道だからな。まあ、無事到着してなによりだ」
「どうもです」
王国軍警備兵と、輸送部隊の男の会話の後、補給物資の積み下ろし場所へと向かう、輸送部隊一行。
しかし警備兵が遠のくと、輸送部隊の隊長であるこの男の表情には、何かを企んだような、邪悪な笑みが張り付いていた。
部隊の一人が隊長に近付き、声を潜めて話しかける。
「上手くいきましたぜ、隊長」
「ああ。派手にやるぞ」
一行は奥へと進むが、目指す先は物資の積み下ろし場所ではない。彼らはとある目的のために、馬が牽引する荷車と共に、別の場所を目指す。
彼らは怪しまれないよう動いていたが、ある程度進んだ先で、警備の兵士たち数人と接触した。
「おい、お前たち。この先は陛下の天幕がある。物資輸送はこっちじゃないぞ」
「そうなんですか?知らなかったですよ」
「わかったらさっさと動け。急ぐんだ」
「この先にオーデル王ですか。・・・・・・・教えてくれてありがとう」
「ぐっ?!・・・・な・・・・に・・・・を・・・」
声をかけた警備兵に対して、隠していた短刀の刃を突き刺し、何の躊躇いもなくその命を奪う、隊長と呼ばれた男。部隊の男たちも呼応し、隠していた刃物で警備兵を静かに殺す。
外の動きに呼応し、荷車の中より、今まで身を潜めていた、武器を所持する男たちが現れた。皆それぞれが、獲物を狙う狩人のような表情をしている。
男たちに交じり、槍を持つ少女と剣を持つ青年、そして、長い金色の髪をなびかせた女性も現れ、本当は輸送部隊などではない彼らは、今ここにその正体を現す。
「目に見えるオーデル兵はいくら殺してもいい。だが、俺たちの目的は、この世に存在する価値もないオーデル王の抹殺だ。この目的を果たしたら、後は各自で自由にやっていいぞ」
「言われなくてもそのつもりだぜ」
「リック様、我らの準備は整っております。どうぞ号令を」
彼らの戦争が始まろうとしている。ヴァスティナでもオーデルでもない、第三の勢力。少女と青年を筆頭に、命令を待つ彼らは、六十人程の人数しかいない。今から彼らが戦おうとしているのは、オーデル王国軍第三軍一万人であった。
「忘れるなよ、狙うのはオーデル王の命だ!突撃しろ!!」
帝国の奇襲部隊を討ち破る為、オーデル王の命令により突撃を始めた王国軍第一軍。
後退した帝国軍を追撃する王国軍は、地形を活かして隠れていた、帝国軍伏兵部隊に奇襲され、それを合図に反転した、奇襲部隊にも攻撃を受けることとなった。
第一軍の突撃は停止し、精鋭のヴァスティナ騎士団が前線指揮官を積極的に討ちとったため、前線の兵士たちの指揮命令系は、指揮者が討ち取られたために混乱状態となった。
第一軍の支援のために第二軍が動きだし、本隊である第三軍と第二軍が離れる形となる。第一軍と第二軍が、本隊から離れることになったこの状況は、敗退を期した前回の戦いと同じであった。
そして、二つの軍が本隊と距離をとってしまった直後、第三軍本隊内部では、全く予想していなかった戦いが始まる。
「奔れ、雷光!」
「焼き尽くせ、焔!」
二人の武術家が雷と炎の魔法を放ち、二つの魔法が前方にいた王国軍兵士を襲う。
雷で感電死する兵士と、炎に巻かれて焼け死ぬ兵士たちの屍を乗り越え、血に飢えた男たちが突撃を開始する。
たった六十人程の人数しかいないのに、周りが敵兵だらけであっても、恐れることなく向かって行く。
「ぶっ飛べっ!!」
男たちが敵兵を血祭りにあげる中、彼らの隊長である宗一が、敵指揮官の一人を殴り飛ばす。敵兵はもの凄い勢いで殴り飛ばされ、後方にいた兵士たちを巻き込んで倒れ伏した。
武術家二人や男たちよりも先頭に立ち、隊長でありながら、突撃の先端を開く宗一の暴れる様は、王国軍からすれば鬼神と呼べるものだ。
宗一の目的はオーデル王の命のみだが、それを阻止しようとする者たちは、彼にとって邪魔者以外の何者でもない。故に、容赦の欠片もないのだ。
今回の戦いで輸送部隊に変装し、後方から王国軍の陣営に侵入することを考えたのは、勿論宗一自身である。
リリカが手に入れた情報を知り、帝国の危機を救おうと動き出した宗一は、まず自分のものとなったヘルベルトたち鉄血部隊と、強力な力を持つレイナとクリスを招集した。その後、王国軍の詳しい情報収集と、武器防具の調達を済ませ、如何にして、五万もの大軍を討ち破るかの作戦が考え出されたのだ。
王国軍が進軍途中、村や街で大量の食糧を調達しようとし、予想以下の量しか集められなかったという情報を、宗一たちは手に入れた。ならば王国軍は、本国から食糧を輸送するのではないかと考え、王国軍が進軍した後の道で、待ち伏せをすると指示した宗一。
どんな軍隊であろうとも、補給線は必ず存在するため、この考えには大きな自信があったのだ。予想は見事的中し、待ち伏せ地点に現れた、王国軍輸送部隊を襲撃した。
その後、輸送部隊の兵士を全員殺し、部隊の装備や服を奪い、敵を誤魔化す役以外の者は、輸送用の馬車や荷車の中に潜り込んだ。
この戦いで王国軍に勝利するには、当然奇襲による襲撃と、総指揮官撃破が必須である。兵力で圧倒的に不利である以上、この方法以外に勝利はないのだ。
「どこだ!帝国を狙う害虫の王はどこにいる!!」
「落ち着いてくださいリック様!先頭に出るのは危険です。お下がりください!」
「落ち着けだって?勝利が目前のこの状況で落ち着いてなんかいられるか!一刻も早く奴を殺すんだ!!」
「相変わらずイカレてやがる。だけど、お前最高だぜ!!」
敵兵を薙ぎ倒しながら進んでいく、宗一の左右に、彼を護衛しようとするレイナと、戦いを楽しんでいるクリスが、それぞれの得物を持って、敵兵を討ち取っていく。
その後ろにヘルベルトらが続き、少ない戦力でありながら敵中を突破して、目標であるオーデル王の天幕を目指す。
次々と現れる王国兵を、苦も無く倒して進む彼らに、次第に恐怖を抱く王国兵たちは、命惜しさに、少しずつ後ろへと下がっていく。兵力が如何に多くとも、兵士の錬度は鉄血部隊に劣る。
そのため、異常な実力を持つ三人と、実戦経験豊富な傭兵に勝つことなど、当然のことながら不可能なのだ。勝利のためには、数で押す以外に選択はないのだが、彼らも命が惜しく、しかも宗一たちに恐怖してしまったが故に、それができない。
速攻を重視して突撃する宗一たちが、目的の天幕を発見したのは、彼らが二百人を超える敵兵を血祭りにあげた、まさにその時であった。
「ぐっ!・・・・・貴様たちは一体何者だ!?」
「通りすがりのオーデル王国がとっても憎い旅人さ。だから死んでもらうぞ、オーデル王」
護衛も臣下も、一人残らず殺し尽くした宗一たち。
目標であるオーデル王を見つけた宗一たち。宗一は王に肉薄し、彼が逃げられぬよう、抜き放った短剣を王の右足に突き刺した。
焼けるような痛みに苦しみ、立っていられず地面に尻をつく王の前に、満面の邪悪な笑みを浮かべた宗一が立ち、今まさにその命を奪おうとしていた。
「無様に命乞いでもするかと思ってたんだけどな。あの時の馬鹿な王子みたいに」
「なんだと?!まさか貴様が!」
「ご名答。そしてさよならだ」
愛していた息子を殺した、憎き仇を見つけ、怒りに表情を歪ませたオーデル王であったが、宗一の右手が王の顔を鷲掴みにし、勢いよく力任せに、その頭を地面へと叩きつける。
何度も何度も、地面に頭を叩きつけ、頭の形が滅茶苦茶になるまで変形させたところで、宗一の狂気と言える行為は止まった。彼の手は、王の血と肉片で真っ赤に染まり、顔はやはり邪悪な笑みを浮かべている。
頭を砕かれた王は絶命し、最早動き出すことはない。オーデル王が殺される様を見た、王国軍兵士たちは、目の前で起きた狂気と王の死に恐怖した。
恐怖したのはレイナとクリス、ヘルベルトら鉄血部隊も同様である。目の前の男は今、大国オーデル王国の国王を、残虐なやり方で殺したのだ。
王の死と、笑い狂う宗一への恐怖で、戦闘を放棄し、逃げ出し始めた王国軍兵士たち。王や臣下などの指揮者を失ってしまった以上、これ以上の戦闘継続は不可能であった。
宗一らの活躍により、意外な程あっけなく、戦いは終局を迎えたのだ。ヴァスティナ帝国の勝利という形で。
「終わったね、リック」
「リリカ・・・・。俺たちは勝ったぞ。女王を救ったんだ・・・・・・」
話しかけたリリカの言葉に、笑いを止めて、手に入れた勝利に酔う宗一。
彼は確信した。今回の戦いで味方は一人も死なず、多くの敵兵を討ち取った。自分の集めたこの力さえあれば、どんな敵が現れようと、必ずや女王を守ることができると。
生きる意味であり、かけがえのない存在。
帝国で待つ、あの少女のためにと集めた者たち。彼らの力は本物であったと、この戦いで証明された。