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第二十七話 愛国者 Ⅳ

 交渉から更に一時間以上話し込み、その日のディートリヒとの会話を終えたリック。話を終えたディートリヒが、執務室の外で待機していたヴィヴィアンヌを呼び、彼女は部下を連れて入室した。

 結局、外で二時間は待機していたヴィヴィアンヌ。入室した彼女が、非常に不機嫌な表情をしていたのは、言うまでもない話である。

 話を終えたリックは彼女に連れていかれ、また布袋を被せられて移動させられた。特別収容所に戻って来たリックは、地下二階のとある一室に案内された。そこは、重要度の高い人物を監禁するための個室であり、部屋は狭いが、ベッドと椅子は用意されていた。

 部屋に入れられたリックは、「ここが貴様の寝室だ」と彼女に言われ、この部屋で夜を明かす事となったのである。次の日の朝を迎えるまで、まだ長い時間がある中、ベッドに横になったリックは、これからの事を考えつつ、帝国の仲間達の事を考えていた。

 

(皆、すっごい困ってるだろうな・・・・・・)


 その気になれば、部屋の扉をぶち破り、収容所からの脱走もできるかもしれない。リックの非常識な怪力であれば、それも可能だ。しかし、収容所からの脱走が成功したとしても、この国からの脱出は不可能である。ここから脱走しようものなら、目を血走らせたヴィヴィアンヌがぶっ飛んできて、速攻でリックを無力化する事だろう。彼女ならば大いにあり得る事だ。

 だが、帝国の仲間達の事を考えると、ここから一日も早く離れたい気持ちは大きい。先ほどの執務室でも、彼は何度も脱走の計画を考えていた。


(レイナとクリスは上手く軍を纏めてくれたかな・・・・・)


 リックの頭に浮かぶ、仲間達の姿。いつも喧嘩ばかりで犬猿の仲の二人が、自分がいない中、ちゃんと軍団の指揮ができているか、それが不安なのである。


(イヴは大丈夫かな・・・・・。きっと今も泣いてるだろうから、シャランドラやアングハルトが慰めてくれてればいいけど・・・・・)


 拉致される直前、傷つき泣いていた彼の姿が、今もリックの眼に焼き付いている。きっと今も、その傷は癒えぬまま、彼を苦しめ続けているだろう。そんな彼を大切に思ってくれている、彼女達が慰めてくれていればありがたいと、そう願っている。


(エミリオとミュセイラ、超怒ってるだろうな・・・・・・。自分から誘拐されたわけだし、勝手な事しちゃったからな・・・・・)


 帝国とリックを支える二人の軍師は、今頃彼のいない帝国軍を、猫の手も借りたいくらいの忙しさの中、必死に指揮している事だろう。そう考えると、本当に悪い事をしてしまったと、リックは思わずにはいられなかった。


(ゴリオンもライガも、ヘルベルトにも迷惑かけてるだろうし、帰ったら謝らないと・・・・・)


 リック配下の勇猛な戦士達もまた、突然彼が居なくなった事に驚き、この先どうすればいいか迷っているだろう。そう思うと、自分のやってしまった無茶を反省する。

 

(悪いなリリカ・・・・・。お前だって大変なのに、俺が馬鹿なばっかりに迷惑かける)


 彼の頭に浮かぶ、美しい金色の髪をなびかせる、紅いドレスを着た美女の姿。自分が帝国にいない今、皆に頼りにされるであろう彼女に、一番負担がかかる事になる。彼女がいれば、自分がいなくとも一先ずは大丈夫だと、そう考えてはいるものの、この後彼女が背負う事になるであろう責任の重さを思うと、罪悪感を感じずにはいられない。

 

(もしも俺に何かあっても、リリカがいればきっと・・・・・)


 そう思いかけ、リックはその考えを捨て去った。これではまるで、生還を諦めているようであったからだ。

 帰るとイヴに約束した以上、生還を諦めてはならない。もし自分が死ねば、イヴも、そして仲間達も、その死に悲しむ事になる。自分の死を悲しんでくれる仲間達の存在を、心から嬉しく思いながら、必ず生きて戻ると改めて誓う。

 リックは簡単に死ぬ事を許されない。それは彼が、帝国軍の参謀長であり、帝国女王に絶対の忠誠を誓う存在であるからだ。そして、彼が死ねば、彼を生きる意味と思い忠誠を誓う仲間達が、生きる意味を見失ってしまう。


(こんなことなら、ヘルベルトに頼んで尋問とか拷問とかに耐える訓練でもしとくんだった・・・・・)


 帝国軍で最も拷問に長ける彼に、尋問や拷問の時どうやって耐え抜けばいいのか、そのコツを聞いておくべきだったと、リックは非常に後悔していた。

 何故なら、ディートリヒとの交渉は終わったものの、情報局の番犬にしてリックを狙い続ける、国家保安情報局大尉ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼの尋問がまだ終わっていなかったからである。


(明日俺・・・・・、あの子に殺されるかもしれない・・・・・・)






「・・・・・・シャランドラさん?もう夜も遅いですし、作業は明日にした方がいいと思いますわよ」


 夜も更けた頃、ランプの明かりだけを頼りに、ただ黙々と作業を行なう少女がいた。

 ここはヴァスティナ帝国軍が駐屯地を置く、エステラン国内にある軍の訓練場である。その駐屯地内には、帝国一の発明家である彼女率いる技術者達が活躍する、新兵器の整備場がある。そこで少女は、たった一人で兵器の整備を行なっていた。

 彼女を案じて声をかけたのは、帝国軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムである。見張りの兵士以外皆が寝静まる中、ずっと作業し続ける彼女が心配でならなかったのである。


「・・・・・なんや、ミュラっちやんか。こんな夜遅くにどうしたん?」

「どうしたじゃありませんわ。こんな遅くまでずっと作業して、体がもちませんわよ」


 一人で作業し続けているのは、帝国軍の発明家シャランドラである。彼女は工具を片手に、自分よりも大きな大型機械の整備を行なっていた。その手は真っ黒に汚れ、服も機械油などで汚れ切っている。そんな事はお構いなしで、彼女は手元を動かし続けた。


「こいつの仕上げがまだ終わっとらんのや。第二軍の時には間に合わせられんかったけど、次は使えるようにしとかんと・・・・・」


 彼女が調整し続けているのは、帝国からここまで運び込んだ、彼女自慢の新兵器である。大きさは三メートルはあり、全身を鋼鉄に覆われたその兵器は、彼女が従軍した先の戦いには間に合わなかった。代わりに別の兵器が活躍し、軍の勝利に貢献したのだが、今度の戦いはそうもいかない。

 今のシャランドラの調整と整備には、いつも以上の熱が入っている。その理由は、リックを攫った者達を、彼女は決して許さないからだ。リックを攫い、自分の大切な親友を傷つけた者達を、一人残らず根絶やしにするため、自分が作り上げた兵器を全力で準備している。

 調整に熱中する彼女の姿に、ミュセイラは胸を痛めた。自分に向けられた彼女の背中が、悲しげに泣いている様に見えたからだ。


「お気持ちはわかりますけど、貴女が無理をして倒れてしまったら・・・・・」

「うちは倒れんよ。リックを助け出して、みんなで帝国に帰るまでは、絶対倒れん。うちはこの兵器で、アーレンツの連中を皆殺しにしてやるんや」


 シャランドラの眼には、異常なまでの憎悪が宿っていた。彼女の巨大な怒りは、中立国アーレンツの人間全てを殺し尽くすまで、決して収まる事はないだろう。

 いや、怒りを宿しているのは彼女だけではない。リックを生きる意味だと思い、彼に忠誠を誓う仲間達は、皆怒りを宿している。

 

「心配かけてごめんなミュラっち。でもうちな、今は眠ってるよりこうして武器の相手してる方が落ち着くんよ」

「眠れないんですの・・・・・?」

「・・・・・・悪い夢を見るんや。真っ暗な闇の中、リックがうちを置いてく夢。追っかけても追っかけても追いつけんくって、その内リックは闇の中に消える。ここ最近、毎晩同じ夢を見るんよ」


 現実になって欲しくない悪夢から逃れるために、彼女は寝ずに作業を続けている。そんな悪夢を見てしまうのは、彼女の心に恐れがあるからだ。

 中立国アーレンツ。リックを攫った国家保安情報局の特別収容所では、非情な尋問と拷問が連日行なわれているという。過酷な尋問と拷問は、時に収容者を殺してしまうとまで言われており、大陸の中で、最も地獄が見れる場所とまで言われている。そんな話を、アーレンツに最も詳しい彼女から教わったシャランドラが、恐怖を覚えないはずがない。

 こうしている間にも、リックがどんな目に遭っているか、想像するだけでも気が狂いそうになる。そんな心中の彼女が、リックがいなくなる悪夢を見てしまうのは、仕方のない事だった。


「うち、ミュラっちに前言うたな。うちの命はリックのもんやって。リックがいなくなってもうたら、うちは死んだも同然や」

「そんな事ないですわ!たとえ参謀長が死んでも、貴女の命が失われるわけじゃない。貴女、イヴさんに言ってたじゃありませんの。死んだら参謀長が悲しむって、そう言ってましたわ。私だって、シャランドラさんが死んだらとても悲しんですのよ!!」


 いつも揶揄われてばかりで、その度に怒鳴っている。シャランドラとはそんな関係だが、ミュセイラにとって彼女は、やはり大切な仲間の一人なのである。

 ミュセイラの思いは、シャランドラの胸に深く突き刺さった。だから彼女は、作業の手を止めて、ミュセイラの方へ顔を向ける。その瞳から、止め処ない涙を流し続けながら・・・・・・。


「そう言ってくれるんは嬉しんやけど、でも駄目なんや・・・・・・」

「!!」

「だってうち・・・・この世界で一番リックが好きなんや・・・・・!大好きなリックのいない世界なんて、堪えられへん・・・・・!」


 どんなに世界が残酷だろうと、どんなに自分が苦しめられようとも、リックがいるから生きられる。シャランドラがこれから生きる世界は、彼なしでは存在しえない。

 たとえこの想いが伝わらなくとも、たとえ彼が自分以外の別の誰かを愛したとしても、彼が幸福に生き、彼と共に歩んでいけるなら、それで十分。

 その幸せを脅かす者を、彼女は決して許さない。自分にとって最愛の彼を救えるのなら、この命は惜しくない。悪魔にだって魂を売る。どんな罪だろうと背負う。その狂気の覚悟が、彼女にはある。


「シャランドラさん、貴女・・・・・・」

「うちはこういう人間なんや。ごめんな、ミュラっち・・・・・・」


 そう言ってシャランドラは向き直り、作業を再開する。

 場に流れた沈黙の中、彼女の狂気を改めて知ったミュセイラは、彼女の背中を黙って見守る事しかできなかった。

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