第二十七話 愛国者 Ⅰ
第二十七話 愛国者
「私の質問に答えろ。貴様の名前は?」
「何度も言ってるだろ・・・・・。俺の名前はリクトビア・フローレンス。皆からはリックって呼ばれてる」
「違う、それは貴様の本当の名ではないはずだ。もう一度聞く、貴様の名前は?」
扉が一つある薄暗く狭い部屋に、木製のテーブルが一つと椅子が二つ。この部屋の明かりは、天井に吊るされているランプの明かりのみである。
不気味さしか感じないこの部屋で、椅子に腰かけている二人の男女がいる。この二人以外にも、部屋には四人の男が立っており、男達の視線は椅子に腰かける男へと集中している。四人の男達は、この男を注意深く見張っているのだ。
「・・・・・そんなに知りたいなら教えてやる」
「ようやく話す気になったか」
「帝国参謀長リクトビア・フローレンスというのは世を忍ぶ仮の姿!我が名は怪人アリミーロ!!大陸を又にかける最強にして最凶の女性愛好家である!!」
「・・・・・・・」
椅子に座っている男の名は、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。親しい者達からはリックと呼ばれている。彼は今、目の前にいる少女から尋問を受けている真っ最中である。
黒い軍服を身に纏い、黒の軍帽を深く被る目の前の少女は、右目を眼帯で隠し、左目で彼を睨んでいた。尋問を行なっている彼女の名は、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。リックを拉致し、ここまで連行した張本人である。
彼女の尋問に対し、誰がどう考えてもふざけている様にしか思えない答えを口にしたリックに対し、彼女は沈黙している。彼女の部下であり、リックを見張っている男達ですら、恐れを知らぬ彼の発言に驚く中、ヴィヴィアンヌは黙ったまま席から立ち上がり、彼の席の傍まで近付いた。
「ふざけるなっ!」
右手でリックの頭を乱暴に掴んだヴィヴィアンヌは、力任せに彼の顔をテーブルに叩き付ける。痛みに呻くリックだったが、男達からすればこれはまだ優しい尋問だ。彼女が本気で尋問を行なえば、この程度の痛みでは済まない。
「ぐ・・・・・っ!」
「要人だからこそ優しく扱っているが、私を揶揄うのもいい加減にしろ」
「かっ、揶揄ってない。だって、他の名前聞かれたらこれしかないし・・・・・・」
「それは、チャルコ国で貴様が馬鹿げた作戦のために使った名前だ。誤魔化そうとしても無駄だ」
「何でそれ知ってるんだよ!?お前いつから俺の事嗅ぎまわってるんだ!?」
リックが参謀長に就任してすぐ、帝国の友好国チャルコ国を舞台に起きた、「怪人アリミーロ事件」。事件の首謀者であり実行犯でもあったリックは、この時怪人アリミーロと名乗り、チャルコ国の歴史に残る大事件を巻き起こしたのである。その事件すらも、あの馬鹿らしく大胆な事件ですら、ヴィヴィアンヌは知っているのだ。
「あれが俺の仕業だって知ってるって事は、お前俺のファンか?いや~、モテる男はつら----」
「黙れっ!」
「がっ!!」
苛立ちを隠さないヴィヴィアンヌは、笑みを浮かべるリックの顔を、もう一度テーブルに叩き付けた。今度は更に力を込めていたため、叩き付けられた衝撃でテーブルが真っ二つに砕けてしまう。
少女とは思えない腕力で、木製のテーブルをリックの頭で叩き壊した彼女は、彼の頭を無理やり引っ張り上げて、怒りの視線で彼を睨む。叩き付けられた衝撃で、頭に傷をつくり、血を流しているリックに、彼女は不機嫌な声で言葉を続ける。
「貴様の事は調べ尽くしている。チャルコでの事も、ヴァスティナをオーデル王国の侵攻から救った事もだ」
「いってぇ・・・・、俺じゃなかったら死んでる・・・・・」
「貴様の性格も、好みも、弱点も、何もかも調べ尽くした。だが、貴様には不明な点が多すぎる」
「不明な点・・・・・?」
「白を切っても無駄だ。貴様がヴァスティナ帝国に現れる以前、どこで生まれ何をしてきたのか、それがわからなかった」
ヴィヴィアンヌがリックを尋問しているのも、それが理由だ。彼女はそれを知りたいがために、リックをこの尋問室へと連行した。
リックとヴィヴィアンヌがいるのは、中立国アーレンツ国家保安情報局特別収容所、地下一階の尋問室である。サザランドの街での攻防戦の最中、帝国軍の拠点を奇襲したヴィヴィアンヌの部隊は、帝国参謀長であるリックを拉致し、彼をアーレンツまで連行した。
特別な地下通路からアーレンツに入国したリックは、彼女に引っ張られるままここに連れて来られ、いきなり尋問されたのである。こうして現在に至るのだが、尋問開始早々からヴィヴィアンヌは、自分が知りたい一番の謎を突いてきた。
「言え、リクトビア・フローレンス!貴様は一体何者だ!どこで生まれ何をしてきたか、全て話せ!!」
「・・・・・話せって言われても」
もしも話せる内容であるならば教えてやってもいいと、この時リックは考えた。しかし、帝国に訪れる以前の事を話すのは、彼にとって不可能な事である。いや、どうせ言ったところで、信じて貰えるはずがない。
故にリックは躊躇っている。その反応が気に入らないヴィヴィアンヌは、彼が口にすらできない重要な情報を隠し持っているのではと思い、更に問い詰めにかかる。
「この劣等人種がっ!!」
「ぐはっ!?」
今度は彼の頭を掴んだまま、力任せに引っ張って、彼の体を投げ飛ばした。部屋の壁に叩き付けられたリックが苦痛に呻き、床に倒れている中、ヴィヴィアンヌは彼の体を履いている黒いブーツで踏みつける。これもまた乱暴で、何度も何度も彼の腹部を踏みつけたのである。彼が嘔吐するまで、手加減は一切なかった。
「うえっ!ごほっ・・・ごほっ・・・・・・!」
「汚らしいゲロを吐くのではなく、私の質問に対する答えを吐け」
「はあ・・・・はあ・・・はあ・・・・・・。ヴィヴィアンヌ、悪いんだけど君の質問には答えられない」
「気安く私の名前を呼ぶな!!」
リックに自分の名前を呼ばれた事で、彼女の責めは苛烈さを増していく。またも彼の腹部を踏みつけ、苦しむ彼の首を右手で鷲掴みにしたヴィヴィアンヌは、首を絞めたままリックの体を壁に叩き付ける。
壁に叩き付けられた彼の体に、彼女の膝蹴りが追い打ちをかける。今度は吐血したリックの姿を見て、彼を見張っている男達は、自分達の隊長であるヴィヴィアンヌを止めるべきか悩んだ。このままでは、彼を殺してしまうかもしれないと、そう感じずにはいられなかったからだ。
「ううっ・・・・・、このままだと・・・・・・マジで死ぬ・・・・」
「安心しろ、まだ殺しはしない。私の質問に全て答えた後、私が貴様を殺してやる」
「そうか・・・・・、なら・・・・まだマシだな・・・・」
「・・・・・何だと?」
「どこのどいつかわからない奴に殺されるより・・・・・、君みたいな美少女に殺されるなら・・・・まだマシかなって・・・・」
その言葉を聞いて、彼女は右手に込めた力を緩め、彼の首から手を放す。苦しさに咳き込みながら、壁にもたれかかって座り込むリックを見下ろした彼女は、場を一瞬で凍り付かせるほどの殺気を放ち、自身の得物であるククリナイフを抜いた。
「どうやら貴様に脅しは効かない様だ。ならば、私のナイフで貴様の指を一本一本斬り落としていくとしよう。貴様が何本目で根を上げるか見物だ」
彼女の眼は本気だった。これは脅しの類ではないと、リックも男達も理解する。死ななければ何をやろうが構わない。そう考えている事が分かり、場の緊張感が一気に高まった。
ヴィヴィアンヌのククリナイフが、リックの右手に向けられる。その切っ先は、彼の小指に狙いを定めていた。
流石のリックも、これには恐怖心を隠し切れない。表情には怯えが浮かび、口元は引き攣っている。そんな彼の表情を見れた事が嬉しかったのか、ヴィヴィアンヌは笑みを浮かべていた。少女のものとは思えない、邪悪に満ちた笑みを浮かべて、彼女はナイフの切っ先をゆっくりと近付けていく。
「そこまでだ、同志大尉」
「!!」
指に迫っていたナイフの動きを止めたのは、扉を開いてこの部屋に入って来た、一人の男の声であった。
男の声に驚いたヴィヴィアンヌは、近付けていたナイフを仕舞い、男の方へと急いで振り向いて、右手を挙げて敬礼を行なった。
「私は収容所で尋問を行なう命令は下していない。アイゼンリーゼ大尉、君の独断で大切な要人を殺してもらっては困る」
「申し訳ありません准将閣下」
現れた男は、五十代後半といった老い方をしており、口元と顎に白い髭を生やし、落ち着いた雰囲気を醸し出す、紳士的な人物であった。彼女と同じように軍服を着て、軍帽を被っている。見た目や会話から、すぐにリックは、現れた男が彼女と同じ所属だと理解した。
「さて、彼とは話したい事が山ほどある。手当てをして十分休ませた後、私の部屋に案内しなさい」
「了解致しました」
あまり状況が読めなかったリックだが、一先ず自分が命拾いした事だけは理解した。入国早々いきなり尋問され、暴行を受け、指を斬り落とされそうになったが、准将と呼ばれたこの男のお陰で、暫くは命の危険はないと判断したリックは、安心して大きく息を吐く。
「このままでは済まさない・・・・・・・」
「!」
安心していたリックに、ヴィヴィアンヌの鋭い囁きが突き刺さる。彼女はまだ、リックから全てを聞き出す事を諦めてはいない。
(完全に狙われてるな・・・・・・。いつかこいつに絶対殺される気がする・・・・・)
そんな不安を抱きつつも、束の間の休息を得た事に喜び、これを利用して情報収集を行なおうと彼は考えた。今のリックは、ここが何処かも、彼女達が何者なのかもわからないのである。情報が欲しいと思うのは当然だった。
(チャンスが来るまでは、ここで踏ん張らないとな・・・・・・)
捕らわれてしまったせいで、今頃自分の仲間達は、尋常ではないくらい困っているだろう。そう思っているリックは、仲間達に迷惑をかけている事実に反省しながら、脱出の機会を窺っている。
捕らわれたリックによる、地獄を生き抜く戦いは、まだ始まったばかりだった。




